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Non Dubito

Non Dubito · SAE笑論

判断力と笑い

ビールの泡、いないいないばあ、知らせずに取っておく答え、父のひと言。小さな場面から、笑うとき私たちは何を見ているのかを考えます。

5篇 + 独立特論1篇 · English / 简体中文 / 繁體中文 / Deutsch / Français / Español / 日本語 / 한국어

用語について。本シリーズは当サイトで固定した13–16DDの定義に従います。ある具体的な出会いで互いを疑わず目的として認めても、それは二人それぞれの15DDの瞬間として扱います。16DDは、あらゆる事柄にわたって完全に双方向の不疑が成り立つことだけを指し、有限な個人にとっての理想的な極限です。リンク先の論文が一時的な相互承認を16DDとして記している箇所は、この随筆版ではこの区別に合わせています。一緒に笑ったり泣いたりしたというだけで、互いを認めていると判定することもありません。

英国人の食卓で、インド人の客が不思議がる。ビールが瓶から泡立って出ることではなく、どうやって中に入れたのか、と。カントは笑いを、張りつめた期待が突然無に変わることと捉え、悟性はそこから何も得ないとした。この笑論は、笑いを判断力の表れとして考える。笑いが判断するのは『この構には、まだこんな余項がある』ということだ。その瞬間、構と余項はともに目の前にある。笑いは構を残すか捨てるかを決めず、誰も負けていない。

いないいないばあで笑う乳児の傾向(12DD)から、自分の判断だとわかる持ち主の出現(13DD)へ。自分の目的が笑いの対象となる構に入り込む14DDでは、得意な笑いと苦笑、嘲笑、笑いを使ってする行為が現れる。そして15DDの不疑には、絶望の笑いと、ようやく相手の言葉がわかって浮かぶ笑みがある。具体的な出会いの中で互いを目的として認めることにも触れるが、それは双方それぞれの15DDの瞬間であって、完全な16DDではない。この意味で、この笑論は美学シリーズの裏側にあたる。

六本の論文から六篇の随筆へ。総論一篇、各論四篇、専論一篇という構成である。専論は向きを変えて泣くことを考える。笑いでは判断が直接感じられるが、15DDの不疑における泣きは、まず感情を経る。ビールの瓶、母の両手、急に笑いだす部屋、合格発表と三つの流謫の地、父のひと言、差し出された花、通夜の一夜。古い物語や小さな場面を通して、考えを進めていく。

はじめに

誰も負けていない

英国人の宴席で、インド人の客がビールの泡を見つめる。カントは笑いを、期待が無に変わることと捉えた。笑論が考えるのは『この構には、まだこんな余項がある』という判断だ。笑いの瞬間には構も余項も目の前にあり、誰も負けていない。

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01

まだ、いる

母が顔を覆い、手を離す。赤ちゃんが笑う。知覚は『見えなくなった』と捉え、予測は『まだ、いる』を捉える。12DDの笑いには構と余項の構造が部分的にあるが、自分が判断しているとわかる持ち主はまだいない。笑論はこれを、笑いの傾向として記す。

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02

何を笑っているの?

部屋じゅうが笑いだす。あとから来た人もつられて笑い、それから尋ねる。何を笑っているの? 13DDで初めて、笑いに『この判断は私のものだ』とわかる持ち主が現れる。自嘲、つられる笑い、誤判断の笑い、見物人の笑い。そのすべてに通るのは、笑いは構を残すか捨てるかを決めない、という一点だ。

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03

黄州、恵州、儋州

合格発表で『合格』を見つけた人が笑う。晩年の蘇軾は自画像に、生涯の功績を問うて三つの流謫の地を答える。14DDでは自分の目的が笑いの対象となる構へ入り、得意な笑いと苦笑が対をなす。比較は嘲笑へ滑ることがあり、笑いを使う行為は別に吟味する。

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04

目を合わせる、その前に

もう何もないと決めた人が、まだ探している自分を見る。父の『無事に暮らせることが幸せなのだ』という言葉が、ある日ようやくわかる。絶望の笑いと、相手の立つ場所をようやく理解したときの笑いは、どちらも15DDの不疑に立ち、どちらも一方向の笑いだ。目を合わせた笑いが互いの承認を含んでも、それは双方それぞれの15DDの瞬間であって、完全な16DDを認定するものではない。

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独立した特論

独立した特論

間に合わなかったこと

通夜の夜、長男は父が最後の半年、弟の結婚をよく気にしていたことを思い出す。間に合わなかった。その間に合わなさは父のもので、痛みは長男自身の痛みだ。笑いでは判断が直接に感じられる。15DDの不疑の泣きは、まず情を経る。その情には判断があり、相手を認める姿勢もそこにある。

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六篇は中国語の読者向け随筆をもとに、日本語の読者に向けて独立に書き直したものです。技術的な論文の全訳ではありません。原英語版も独立に書かれ、簡体字・繁体字の中国語版はいずれも全文です。リンク先の学術論文は英語・中国語で、日本語版があるとは案内していません。息抜きの笑い話の選集は中国語の入口です。DDはその瞬間の働きを分けるための目印で、人に一生の等級を付けるものではありません。

原論文と読み方の注記

このシリーズは六本のSAE笑論を背景に持つ、読者向けの随筆です。日本語版は現在の中国語随筆から独立に書き直しています。引用された物語に笑いが記されていない場合、笑ったことや人物の内心を史実として補いません。研究の要約だけを確認した箇所、記憶や二次紹介による比較、候補の説明や未検証の予測は、その限界を保ちます。原英語版は独立に書かれ、簡体字・繁体字中国語には全文があります。各篇に対応する原論文とDOIを示しますが、本随筆は論文全訳でも、そのすべてを新たに検証したとの宣言でもありません。

対応する原論文 · 英語/中国語 ↗