Han Qin · 紅楼夢・新たな三十回

第八十三回史太君は笑みを含みて心肝に言いつけ静かなる琥珀は一言もて遺命を伝う

秦漢による創作続篇です。曹雪芹の佚稿や、その発見・復元を主張するものではありません。

さて、栄国府では、秋になってからというもの、賈母の身体はいよいよ弱っていた。初めのうちはまだ鴛鴦に支えられて廊下を幾歩か歩いたが、そのうち炕の上にしばらく坐っていられるだけになり、さらに数日たつと、炕にも坐っていられなくなった。一日じゅうぐったりとして、大きな凭れ枕に身を預け、目を閉じて気を養っているばかりで、顔はしきりにほてるのに、掌は冷たく、食事もいっそう進まなくなった。鴛鴦が、「大奥さま、何かお召し上がりになりたいものはございませんか」と尋ねると、賈母はため息をついて、「いまのこの身体では、もともと何も食べられやしない。台所には、何でも適当にこしらえて持ってくるように言っておくれ。わたし一人のために、あの者たちを困らせるには及ばないよ」と言った。鴛鴦は目の縁を赤くし、あわてて顔をそむけた。

鳳姐もこのところ病んでいたが、毎日、平児に支えられて、朝夕一度ずつ見舞いに来た。この日、台所から碧粳米の粥が一椀運ばれてくると、自ら受け取り、寝台の縁に腰を下ろして、匙で一口すくい、息で程よく冷ましてから賈母の唇へ運んだ。賈母はその手から二口食べると、もう手を振って押しやろうとした。鳳姐は笑って、「おばあさま、もう一口。それからお薬を召し上がりましょう」と言った。賈母は、「自分の顔にもまだ血の気がないのに、わたしに食べさせようと機嫌を取るのかい。そのわずかな元気は、大事な仕事のために取っておおき」と言った。鳳姐は匙を置こうともせず、「わたくしの大事な仕事は、おばあさまのお世話をすることでございます」と答えた。賈母は笑みを含んでうなずき、結局、もう半匙だけ食べたが、すぐ椀を押しのけて、それ以上はどうしても食べようとしなかった。そして鳳姐に目を向け、しばらくしてようやく、「お猿さん、おまえの身体だって大事だよ。ここにはどうせ鴛鴦たちがいるのだから、帰って休んでおいで」と言った。

やがて王侍医が来て、左手の脈を診、右手の脈を診て、寝台の前に長いこと坐っていた末、ようやく立って出ていった。賈政と賈璉はすぐに次の間までついていき、容体を尋ねた。王侍医は声をひそめ、「外から受けた邪気はもう退いております。もはや薬で攻めて治せるものではございません。いまは心の気が衰え、胃の気も弱っておられますから、ただ静養なさり、ご老人のお気持ちに沿って差し上げるほかはありません。あとは天の定めでございます」と言った。賈政はため息をつき、「人としてできる限りを尽くすしかありませんな」と答えた。賈璉は部屋へ戻り、無理に笑みを作って、「大奥さま、ご安心ください。侍医の申すには、秋の乾いた気に少し当たっただけで、涼しくなれば自然によくなるそうです」と言った。賈母は彼を見て、「うわべだけの慰めはいらないよ。これだけ長く生きて、自分の身体のことがわからないものか。どうやら、今年は越せそうにないね」と言った。賈璉は返す言葉もなく、ただうつむいた。部屋の中には、しばし薬炉の湯の沸く音ばかりが聞こえた。鴛鴦は火箸で炭をかき分け、鸚鵡は痰入れを持って中身を捨てに出ていき、琥珀は帳の裾をきちんと挟み込んだが、誰も声を出そうとはしなかった。

重陽の日になった。空はよく晴れ、賈母は朝起きると、ふと気分がいくらかよくなったように感じたので、鴛鴦に髪を梳かせ、いつも着ている、青い縮み絹を表にした「一斗珠」の羊皮の上着を持ってこさせて着替えた。王夫人が、「大奥さま、やはりお部屋にいらしたほうがようございます。外は風が強うございますから」と勧めると、賈母は笑って、「重陽は年寄りのための日だよ。この何日もわたしが病んでいるものだから、家じゅうが一緒になって苦い顔をしている。今日は一日、みなで集まろうじゃないか。明日のことは明日にしよう。次の重陽を迎えられるかどうかも、わからないのだからね」と言った。皆はそれを聞き、楽しげな様子を繕って笑うほかなかった。ほどなく、竹の椅子で作った小さな覆いのない輿が運ばれてきた。銀鼠の毛皮の敷物を敷き、鴛鴦と琥珀が両脇から一人ずつ支えて坐らせた。李紈は賈蘭を連れ、宝玉、黛玉、宝釵、探春、湘雲たちも皆、後ろに従った。宝玉が輿のそばを歩いて支えようとすると、賈母は笑って、「わたしを支えなくてもいいよ。自分がつまずいて、かえってわたしに心配をかけないようにおし」と言った。

一行は沁芳亭を通り過ぎた。例年のこの季節には、木犀の香りが幾重もの中庭の奥まで漂い、廊下には菊の鉢がずらりと並んでいたものだが、いまは庭の草木を手入れする人も少なく、溝のほとりには枯葉が積もって、掃いても掃いてもきりがなかった。幾つかの薔薇棚には蔓ばかりが残り、風が吹き抜けるたびに、さらさらと音を立てた。稲香村の外では稲穂が倒れ伏し、藕香榭の下では枯れかけた蓮が斜めに傾き、水面に浮草の切れ端が幾片か浮いていた。賈母は道すがらそれらを眺め、藕香榭まで来ると、そこで止めるように言いつけた。皆はもう、あっさりした酒と菓物の膳を二卓用意していた。菊花酒と菓子、果物の皿など、ほんの数品であった。賈母は膳を見渡して笑い、「いつもの年なら、この時分には、もうここに蟹が並んでいたろうね」と言った。鴛鴦はすぐ笑顔を作って、「おいしいことはおいしくても、身体によいものではないと、大奥さまご自身がおっしゃったではございませんか」と答えた。賈母も笑って、「わたしの言葉で、わたしの口をふさぐのかい」と言った。賈母は娘たちを近くに坐らせると、また笑って、「岸のそばに、まだ魚が何匹かいるね。釣り上げて、ひとつ楽しんだらどうだい」と言った。婆やたちが短い竿を数本持ってきた。宝玉は真っ先に一本取り、浮きが動くや、あわてて引き上げた。ところが針は石の隙間に引っかかっていて、竿は青石に打ちつけられ、ぱきんと二つに折れ、針までどこへ行ったかわからなくなってしまった。

皆は一斉に笑いだした。湘雲が笑って、「あの魚は果報者ね。宝二さまの針にかかるより先に、宝二さまの竿を折ってしまったのだから」と言うと、賈母も幾声か笑い、「この子は小さい時から、何を持たせても壊してしまう。今日は魚まで、逃げたほうがいいと心得ているんだね」と言った。そう言ってなお笑っていたが、笑い声は次第に低くなった。しばらく水面を見やり、手で鬢のあたりを撫で、また顔を上げて、庭のあちこちの楼閣を眺めていたが、ふと、「わたしがこの家へ来てから、初めから数えれば、もう五十何年になる」と言った。皆はそこで黙り込んだ。賈母は、「わたしが来たばかりの頃は、先代の国公さまもまだおいでだった。あの代の人々にも愚かなことはあったけれど、一着の着物を何年も着て、年越しや節句の時にしか新しいものを作らず、やはり倹約ということは心得ていた。それが、こんなに立派だった家が、わたしの代になって、一日一日と衰えてしまった」と言った。そこまで言うと、少し間を置き、声を落とした。「この頃は、よくあの方々の夢を見るよ。ただそこに立ってわたしを見ておいでで、一言もおっしゃらない。こちらは、合わせる顔がないというのに」そう言って、自分から一つ笑い、「こんな話をして、どうなるものかね。ご先祖さまや、ありがたい菩薩さまがお取り計らいくださるだろうさ。さあ、鴛鴦、お酒を注いでおくれ」と言った。

皆はともに笑ったが、こらえきれない者が何人か、後ろを向いてそっと涙を拭いた。宝玉は折れた竿の半分を持ち、ただその折れ口を指でいじっていた。黛玉は、ずり落ちた賈母の敷物の端を直してやるばかりで、一言も口をきかなかった。宴が終わると、皆で賈母を支えて輿に乗せた。賈母は振り返り、もう一度藕香榭を眺め、「みな帰ろう。風が冷たくなった」とだけ言った。

重陽からさらに数日たつと、賈母の気力はまたいくらか衰えた。この日の晩、鴛鴦もほかの者も皆、下がって少し休むように命じ、琥珀一人だけをそばに残した。琥珀は足台のかたわらに坐り、そっと脚を叩いていた。賈母はふいに、「おまえがわたしについてから、何年になるね」と尋ねた。琥珀は、「大奥さま、七年になります」と答えた。賈母は、「七年か、短くはないね。おまえは物静かな子だ。一言だけ、おまえに頼んで伝えてもらいたいことがある」と言った。琥珀はあわてて膝をつき、「何なりとお申しつけください」と言った。賈母は帳の天井を見つめ、長いことたってから、ようやく口を開いた。「敏は小さい時、林の子よりも泣き虫でね。嫁いでゆく日にも、輿に乗る前に戻ってきて、もう一度わたしに抱きついたものだ。後に病で死んでしまって、わたしは最期の顔さえ見ることができなかった」そこで口を閉ざし、やがて声をひそめて言った。「わたしの娘はもういない。あの子の娘は、わたしの心肝にも等しいいとし子だ。命とも頼む子は、どうあってもその心肝にも等しいいとし子と一緒にいなくてはならない」琥珀は床に伏して聞いていた。賈母はさらに、「わたしが目を閉じたら、この言葉をご主人に伝えておくれ。ただこの一言だけだよ。付け足しも、引きもしないように」と言った。琥珀は、「かしこまりました」と答えた。賈母は目を閉じ、もう何も言わなかった。琥珀はまた足台のところに坐り直し、賈母の手が掛け布団の外に出ているのを見ると、そっと布団の中へ入れてやった。

翌日、賈母はまた人をやって、文官を呼ばせた。文官はもう普段着の地味な衣に着替えていて、入ってくると、まず寝台の前で叩頭した。賈母は近くへ呼び、手を取ってしばらくつくづくと眺め、「おまえの顔かたちは」と半ばまで言いかけただけで、口を閉ざした。そして鴛鴦に、戸棚の上から小さな箱を一つ取ってくるように命じた。それは古い紫檀の箱で、飾り模様もなく、錠を掛ける金具も擦れて白くなっていた。賈母はその箱を文官に渡し、「持っておいで。自分で大事にしまっておおき。わたしがいなくなったら、自分の力で外へ出て、何か生計を立てる道を見つけるのだよ」と言った。そして手の上を二度ぽんぽんと叩き、「おまえは賢い子だね。その顔立ちは、わたしの敏に似ているよ」と言った。さらに、「これから先、身体を大切にするのだよ。あの子のように、あんな若くして死んでしまわないように」と言い、そこでまた声を詰まらせた。文官は箱を捧げ持ち、床に膝をついて、ただ頭を下げるばかりであった。賈母の息が静まるのを待つと、箱を抱えて下がっていった。鴛鴦はただ戸棚に錠を掛け、鍵を身につけてしまった。

また一日過ぎ、賈母は自分の気力の衰えを感じ、賈政、王夫人、邢夫人、李紈、鳳姐たちを皆、枕もとへ呼ばせた。宝玉と姉妹たちも簾の外で待っていた。まず翡翠を湘雲のそばへ行かせ、「おまえは雲の子についていって、翠縷の仲間になっておくれ。あの子は大らかな気性だから、細かいところまでは気が回らないかもしれない。わたしの代わりに気をつけてやっておくれ」と言った。湘雲はあわてて膝をつき、「おばあさまのおそばの人を減らすわけにはまいりません。わたくしには要りません」と言った。賈母は笑って、「ここには人が足りないとでもいうのかい。いいから連れておいき」と言った。また珍珠と玻璃を宝琴の前へ行かせ、「琴がこの先また船で南へ行くようなら、おまえたち二人がついていくのだよ。船の上の暮らしは家とは違うから、何事も気をつけるようにね」と言った。宝琴は涙を浮かべて承知した。そこで賈母は賈政と王夫人を見やり、はっきりと言いつけた。「宝玉の婚礼は、早く取り運んでおくれ。わたしを待つには及ばない。もしわたしに万一のことがあっても、服喪のしきたりにこだわって、あの子の大事を遅らせることは許さないよ」皆、手を垂れて聞いていた。賈政は身をかがめ、かしこまりましたと答えた。

賈母は目を閉じてしばらく気を養ってから、賈政に向かって言った。「三年待つには及ばない。百日のうちに済ませておくれ」皆、それを聞いても、あえて言葉を返す者はなかった。王夫人は賈政をちらりと見て、うつむいた。

探春は寝台の足もとに立っていた。賈母はふいに手を差し伸べ、「三番目の子、こちらへおいで」と言った。探春は急いで進み出て、寝台のそばに膝をついた。賈母はその手を握ったが、もう力はほとんどなく、ただ低い声で、「おまえは、持ちこたえられる子だ」と言った。探春は目を伏せ、「はい」と答え、賈母の手を握ったまま、かすかに震えた。賈母はさらにしばらく握っていてから、ようやく手を離した。李紈は賈蘭を前へ押し出した。賈蘭はきちんと叩頭した。賈母は引き寄せて足台に坐らせ、頭を撫でながら、「お母さんに、よく孝行するのだよ。お母さんは、この長い年月、おまえを守ってきたのだからね」と言った。賈蘭は襟に涙を落とし、ただ一声、返事をした。

そしてまた鴛鴦に古い鍵の束を取り出させ、奥の間にある楠の箱を開けさせた。箱の中には、嫁に来て以来蓄えてきた内々の財産が入っていた。銀錠や古い装身具に交じって、田畑の証文も幾枚かあった。人に紙と筆を取ってこさせ、各家へそれぞれ分け与えた。賈政には銀の包みを幾つか渡して、日々の用に取っておくように言い、邢夫人と王夫人にもそれぞれ一人分ずつ、李紈と賈蘭には別に小箱を一つ与えた。鳳姐の番になると、賈母は、「これはおまえが自分で大事にしまっておくのだよ。璉には一文たりとも手をつけさせてはいけない」と言った。鳳姐は寝台の前に膝をつき、涙を含んで笑い、「おばあさまが取っておいて、お使いください。わたくしのところは、まだ、このくらいのお金には困っておりません」と言った。賈母は、「しまっておけと言ったら、しまっておおき。この何年も家のために心を砕いてきて、自分の手もとには何も残っていないかもしれないではないか」と言った。鳳姐は目の縁を赤くして、両手で受け取った。賈政は箱の中の品がもう半分以上なくなったのを見ると、急いで、「大奥さま、どうか少しはお手もとに残しておいてください。これからも、お金の要る日はたくさんございます」と言った。賈母は彼を一目見て、「外向きのことでも、体面ばかりを言っていてはいけないよ」と言った。賈政はもう何も言えなくなった。賈母はさらに、「わたしがまだ何にお金を使うというのだい。これは皆、おまえたちに使わせるために蓄えてきたものだ。もともと分けてやるべきものなのだから、手もとに置いて気にかけているよりよいよ」と言い、箱を閉めさせて、それ以上は何も言わなかった。鴛鴦は鍵をしまう時、枕の下にまだ小さな巾着が一つ挟まっているのを見て、「これは、どなたにお残しになりますか」と尋ねた。賈母は、「おまえが取っておおき」と言った。鴛鴦は顔じゅうに涙を流し、また枕の下へ戻した。

その夜、二更を過ぎると、賈母の息は次第に短くなった。皆が部屋に集まり、鳳姐は平児に支えられて寝台の足もとに立ち、宝玉と黛玉は左右に一人ずつ膝をついていた。賈母は目を開けて皆を一通り見渡し、それから窓の方へ目をやった。鴛鴦は急いで簾を少し上げた。外は月の光が澄んで白く、廊下に置かれた、咲き終わりに近い菊の鉢を一つ照らしていた。賈母は、「みなで取り囲まないでおくれ。息が詰まるよ」と言った。皆はあわてて少し下がった。宝玉は膝でにじり寄って賈母の手を握り、「おばあさま」と一声呼んだ。賈母は宝玉を見ていたが、ふと視線を移し、反対側に膝をついている黛玉を眺めた。唇がかすかに動き、何か言おうとするようだった。長いことたってから、ようやく宝玉の手を引き、「おまえたち二人は、小さい時から一緒に育ってきた」と言った。少し息を休めて、また、「これからも仲よくするのだよ」と言った。さらに何か言おうとしたが、もう言葉にならなかった。

息を喘がせているうちに、ふいに顔に赤みが差し、かえって顔色がよくなったように見えた。賈政は次の間で物音を聞いて入ってきたが、一目見ると、これが死の前の束の間の回復だとわかり、急いで人参湯を進めるように命じた。人参湯が唇のところへ運ばれた時には、賈母の歯はもう固く噛み合わされていて、飲ませることができなかった。しばらく目を閉じ、また開くと、部屋じゅうをゆっくりと見渡した。その目にはまだ澄んだ光があった。しばらく眺めるうちに、唇のほとりにかすかな笑みが次第に広がったが、胸はもう上下しなくなっていた。こうして、笑みを含んだまま逝ったのであった。

鴛鴦は呆然と寝台の前に立っていたが、突然、寝台の縁に伏した。王夫人が、「大奥さま、どうしてわたくしたちをお残しになって、逝ってしまわれたのです!」と泣くと、皆は一斉に膝をついた。鳳姐の身体がぐらりと揺れ、平児は急いで抱きとめた。黛玉はただ額を寝台の縁に押しつけ、一声も発しなかった。部屋の外で控えていた婆やたちは、中の様子を聞いて、ようやく手分けしてあちこちへ訃報を告げに走った。

夜が明けようとする頃、賈政は喪服に着替え、外の書斎に一人坐っていた。手には一巻の書を握っていたが、長いこと一頁もめくっていなかった。琥珀が入ってきて、膝をついて叩頭し、「大奥さまには、もう一つ内々のお言葉がございまして、ご主人にお伝えするようお申しつけになりました」と言った。賈政は顔を上げて彼女を見た。琥珀は言った。「わたしの娘はもういない。あの子の娘は、わたしの心肝にも等しいいとし子だ。命とも頼む子は、どうあってもその心肝にも等しいいとし子と一緒にいなくてはならない」そう言い終えると、頭を垂れた。賈政の手にあった書は机の下に落ちたが、拾おうともせず、ただ坐っていた。しばらくして、「わかった」と言った。琥珀はもう一度叩頭して立ち去り、賈母の部屋へ戻ると、いつも使っていた眼鏡、数珠、鍵、櫛と梳き櫛を一つずつきれいに拭いて整えた。それから自分の衣を二枚、小さな包みにまとめ、抱えて一人出ていった。鴛鴦は霊前の番から戻り、あの小さな寝台がきれいに片づけられ、敷き布団が脇に畳まれているのを見ると、しばらく立ち止まり、また霊前へ戻っていった。

賈母が逝ってしまうと、あの幾間かの部屋はがらんとした。中の調度には、しばらく誰も手をつけず、ただ鸚鵡が毎日入って、埃を払い、見まわっていた。茶器も置物も、昔のままに並んでいた。

さて、賈母の葬儀は、どうしても従来のしきたりどおりに整えねばならなかった。栄禧堂の前には白い布の仮屋が組まれ、内にも外にも白幕が掛け渡され、門の灯籠も弔いのものに替えられた。霊前の常夜灯には一日に二度ずつ油が足されたが、各部屋の灯火は、夜になると灯芯草を一本ずつ減らした。紙細工の供物、読経のための仮屋、鳴り物の奏者、供応の料理にはそれぞれ古くからの決まりがあり、一つでも欠ければ、あれこれ言う者が出た。ところが、どこで金を求めても、帳場では銀がないと言った。門の廊下にある古い弔いの灯籠数張には、白紙を張り直したが、骨はもう二本も緩んでいた。白幕が足りず、蔵に長く置いてあった無地の布を縫い合わせたが、縫い目は長短まちまちだった。紙細工の供物の明細には、輿、馬、楼閣、倉庫と、何一つ欠けていなかった。差配役が初めから終わりまで見て、節約できるものを消していったが、残った金額も、なお帳場の手持ちの銀をかなり上回っていた。仮屋の骨組みの代金は後払いで、棺の担ぎ手を出す店の者は、先に手付けを求めた。

鳳姐は二日ばかり養生し、三日目には無理をして起き上がった。平児が、「奥さま、もう二日ほどお休みくださいませ。外には二の旦那さまも林の奥さんもおいでになります」と勧めると、鳳姐は、「あの時、東のお屋敷の仕事では、毎日、卯正二刻には出向いて点呼を取っていたのだよ。今度は自分の家のおばあさまのことだというのに、寝ていられるものかね」と言い、人に支えられて次の間へ出て、事を取り仕切った。長く坐ってはいられないので、炕に敷き布団を敷き、帳簿を一山ずつ前へ運ばせ、一日に何度も算段した。まず真っ先に平児に、「劉ばあさんのところへは、人をやって知らせたかい」と尋ねた。平児が、「まだでございます」と答えると、鳳姐は、「一人やっておくれ。おばあさまはご存命の頃、あの人の話を聞くのが何よりお好きだった」と言った。台所の女中が両手を前襟で拭き、「今年は蝗にやられまして、よい米は値がついても品がございません。上等の米どころか、昨日はたった二斤の肉を買うにも、肉屋の者にさんざん言われてしまいました。弔問のお客さまが増えましたら、野菜や鶏や鴨を、とても賄いきれません」と申し立てた。鳳姐は、「まず人数をきちんと見積もりなさい。お客さまに一卓、お供に一卓。一卓に三人しか坐っていないのに、満席の一卓に数えるような真似は許さないよ。精進の料理を二品増やして、肉の料理を二品減らしなさい。おばあさまはご存命の頃、無駄遣いが大嫌いだった」と言った。その女中は承知して去った。また外の帳場の者が、書付を一束抱えて来て、「荘園の地代の銀を催促しても取れません。一軒一軒回りましたが、どこでも作柄が悪かったと申すばかりで、年のいった者などは、ただ一言、『払わないのではございません。畑に何もないのでございます』と答えただけでした。現銀は見られず、猶予を願う書付ばかり袖いっぱいに集まりました」と言った。そう言って書付を捧げ出したが、粗末な紙のものが多く、紅い便箋のものは少なかった。鳳姐は聞き終えると、書付を荘園の管理人ごとに分けさせながら、朱筆を取り、一つ一つ印をつけた。炕の脇には、小さな火鉢が一つ燃えているだけだった。鳳姐は左手で供応の席の帳簿を押さえていた。書付には、封じ目が擦れて白くなったものも、角に泥のついたものもあり、一枚一枚広げると、ほとんど炕の半分を埋めてしまった。そのことはさておく。

そこでまた平児に支えさせ、銀を工面するため、邢夫人の部屋へ行った。邢夫人は炕の上に坐り、手あぶりを抱え、笑って言った。「大奥さまのことだから、もちろん皆で心を尽くさなくてはね。ただ、大旦那さまのところでも祭礼の品を用意せねばならず、こちらにはそんなに回せるものがないのだよ。おまえはこの何年も家を取り仕切ってきたのに、お葬式一つの備えもしていなかったのかい」鳳姐は、「備えてあったお金は、とうにあちこちの立て替えに出てしまいました。いまは、わたくし一人の体面ではなく、お屋敷全体の体面でございます」と言った。邢夫人は、「お屋敷全体のことなら、ご主人と奥さまにお決めいただくがいい。わたしのような一介の女に、どれほどのものがあるというのだい」と言った。鳳姐はしばらく坐っていたが、やむなく平児に支えさせて帰ることにし、戸口まで来ると振り返って、「奥さま、もし五百両おありでしたら、まず三百両をお貸しください。初七日が過ぎてから、また精算いたします」と言った。邢夫人は笑って、「人に探させてみよう」と言った。翌日届けられたのは、わずか五十両で、その包みには、しかし「奠儀」の二文字が書かれていた。鳳姐はそれを見て、長いこと何も言わなかった。平児はたまらず、「去年、奥さまがあの二百両をお求めになった時には、こちらの奥さまが輪形の金の首飾りを質に入れてお揃えになったのに」と言った。鳳姐はただ彩明に、帳簿につけるよう命じた。

ついに賈政が口を出し、賈璉に、屋敷の値打ち物の一覧を作り、質に入れるべきものは質に入れ、売るべきものは売るよう命じた。賈璉は林之孝と二日かけて調べた。一覧に書き出されたものは、碧璽、猫目石、汝窯の玉壺春瓶など、いずれも昔から家の体面を飾ってきた品ばかりであった。ところが蔵を開けてみると、いくつかの骨董は空箱しか残っておらず、下の者を問い詰めても、誰もが知らないと言った。恒舒典の使いは手を垂れて、「番頭の申しますには、近頃、お屋敷の奉公人の方々が簪や腕輪、器物を質に入れに来られるのが絶えず、店には売れない品がずいぶん溜まっておりますので、まことに大金を出してお引き受けすることができないのでございます」と答えた。賈政もどうしようもなく、家に蔵してあった唐寅や董其昌の書画数幅を、知り合いに頼んで、町の富豪に売った。車馬や卓、机の中で値の張るものも、林之孝に命じ、菜市口へ運んで並べて売らせた。朝に一つの値をつけても、昼には一割引き、日が西に傾く頃には、とうとう半値で人手に渡した。見る者は多かったが、買う者は少なかった。林之孝は戻ってきて、「買い手が値をぎりぎりまで押さえ、一分たりとも上乗せしてくれません」と申し立てた。賈政がいくらで売れたか尋ねると、その額を告げたので、賈政は筆を取って一覧に書きつけた。

弔問に来る官吏の家々は、以前に比べてずいぶん少なくなった。栄国府の門前にも道端の祭壇は設けられていたものの、通り口には大きく空いた場所があり、以前よその家が祭壇の仮屋を建てるために杉の支柱を打ち込んだ穴が、まだ残っていた。門では小僧二人が名刺を受け取る番をしていた。一人が、「これだけしか来ないのか。東のお屋敷の蓉の若奥さまの出棺の時には、王府の祭壇の仮屋だけでも四つあったぞ」と言うと、もう一人は、「何を知っているものか。いまは朝廷で罪に問われる家が多く、捕らえられて詮議を受けている家だけでも何軒もある。罪に問われていないところも、戸を閉ざして風向きを見ているのさ。甄家だって、もう家財を没収されたじゃないか」と言った。湘雲は霊堂に入るや、棺の前に身を投げ出し、泣き入って気を失った。翠縷と翡翠があわてて脇へ抱えていくと、気づいてからも、また身を起こして棺の方へ行こうとした。黛玉は全身白ずくめで、毎日霊前を守り、疲れると柱に寄りかかってしばらく坐った。紫鵑が、「お嬢さま、戻って少しお休みくださいませ。ここには番をする者がおりますから」と勧めても、黛玉は首を横に振るだけだった。黛玉は蒲草の円座に膝をつき、霊前のあの常夜灯を見つめて、「おばあさま」とただ一声呼んだ。

喪のさなか、門の小僧があわただしく入ってきて、「宮中の夏さまが、宦官をお一人よこされました。お妃さまがご病気になられたそうでございます」と告げた。王夫人は急いで賈政とともに表の広間で面会し、「宮中へ上がって、お妃さまのお見舞いを申し上げることはできましょうか」と尋ねた。宦官は、「なりません」と言った。さらに病状を尋ねても、「内々のことは、われわれがあれこれ申し上げるわけにはまいりません」と答えるだけだった。そう言ってもすぐに立とうとはせず、茶を飲みながらため息をつき、「宮中では近頃、どちらでも出費がかさみ、上から下までお勤めの者は皆、難儀しております」と言った。屋敷には現銀が少なかったので、人に命じて銀を一包み集めさせ、小さな金錠を二つ添え、茶盆の下に置いて差し出した。宦官はそれを袖に納め、重みを確かめてから、ようやく小声で、「お妃さまには、もう一つ、お屋敷へ伝えるようにとのお言葉がございます」と言った。賈政は急いで、何というお言葉かと尋ねた。宦官は、「言を慎み、行いを慎め、と」と言い、立って辞去した。賈政は階段の下まで送り、振り返ると、庭いっぱいの白幕が風につれて上がったり下がったりしているのが見えた。王夫人は弔いの簾の下に立ち、手にはまだ、先ほど銀を集めた書付を持っていた。

鳳姐は病中であったが、葬儀の帳簿はなお毎日自分の手を通していた。ある日、賈璉が外から戻ると、鳳姐が炕に身を凭せ、供応の席数を確かめているのを見て、腰を下ろし、「そんなことは平児や彩明がいるのだから、おまえまで何を気にするのだ」と言った。鳳姐は笑って、「わたくしが見ていなければ、明日には百卓が百五十卓に書き立てられてしまいますわ」と答えた。賈璉は冷笑し、「おまえは昔から、誰よりもよくわかっているさ。だが、おれには一つわからないことがある。あの年、二姐は胡侍医の薬を飲んで流産した。その後、あの部屋では、いったいほかにどんなことがあったのだ」と言った。鳳姐の帳面をめくる手が止まった。「医者が出した薬のことで、どうしてわたくしにお聞きになるのです」賈璉はさらに、「あの年、二姐の部屋にいた善姐は、この二年ほど、おれを見ると逃げる。以前は、誰よりもおれのそばへ寄って来たがったではないか」と言った。鳳姐は帳面の頁をめくり、「そんなこと、わたくしがどうして知りましょう。みな下の者が勝手に言いふらしているだけです」と答えた。

賈璉はしばらく彼女を見つめてから、立ち上がって言った。「どうして知ろうと言うのなら、下の者が勝手に言いふらしていることだとは、どうしてわかるのだ」そう言うと、簾を上げて出ていった。

部屋にはほかに人がいなくなった。鳳姐はただ坐っていた。朱筆は置いたままで、取ろうともせず、片手で帳簿を押さえていたが、紙の角には、つまんだところに一本の折り目がついていた。

長いこと坐っていて、ようやく帳簿を閉じた。閉じると、すぐにまた開き、先ほどの頁までめくり戻して、紙の角を押し伸ばした。それから、またじっと坐っていた。平児は次の間にいて、奥から物音がしないので入ってみると、鳳姐は両手を帳簿の上に置き、灯を見つめていた。平児が何か言おうとすると、鳳姐が先に、「明日の供応の明細を、彩明にもう一度確かめさせておくれ」と言った。平児は返事をした。鳳姐は自分で立ち上がり、炕の縁にすがって奥の間へ入っていったが、二歩ほど歩いて立ち止まり、また、「あの灯は吹き消さなくていい。つけておおき」と言った。

一方、宝玉は、外の書斎も庭も使用人が減ったのを見て、自分のそばに仕える者を何人か呼び入れた。李貴、鋤薬、掃紅たちが一列に立ち、誰も声を出さなかった。宝玉は銀の包みを幾つか卓に置き、さらに自分の古い硯と、扇子を二本、扇の飾りを幾つか取り出して一緒に並べ、「いまは家の様子も昔とは違い、ぼくのそばにも、これほど大勢は要らなくなった。家に戻るあてのある者は帰るがいい。行くところのない者は、この少しばかりの銀や品物を持って、ゆっくり仕事を探しておくれ」と言った。李貴はあわてて、「二の若さまのおそばに、誰もいなくてよいはずがございません」と言った。宝玉は、「茗煙はまだいるよ。それに、いまのぼくは書斎に坐っているだけだ。大勢いてもらって、何になる」と言った。鋤薬たち、帰る家のある者は、うつむいて受け取った。掃紅は鼻をすすり、「これからも、二の若さまのお顔を見に入って来ても、よろしいのでしょうか」と尋ねた。宝玉は、「都合のいい時に、見に来てくれればいいよ」と言った。李貴は最後に銀の包みを受け取り、「二の若さまが小さい時から、お供してまいりました。いま、そのようにおっしゃるのでしたら、お暇するほかございません。二の若さま、どうぞ何事にもお身体を大切になさってください」と言った。宝玉はうなずき、「帰ったら、おまえのお母さんに、ぼくからよろしくと伝えておくれ」と言った。皆は叩頭し、それぞれ退出した。茗煙は戸口に立っていて、人が皆出ていくと、笑って、「わたしにも一人分くださいませ」と言った。宝玉は笑いながら叱って、「残る者が、どうしてまだもらおうとするんだ。これからも、幾つか使いに走ってもらうところがあるよ」と言った。茗煙は承知の返事をしながら、卓に残った銀の包みを片づけた。

さて、賈赦の方では、賈母が亡くなってまだ間もないというのに、一日に二度も三度も邢夫人をせき立て、鴛鴦の件には確かな返事があったかとばかり尋ねていた。ある日、邢夫人を呼びつけ、「鴛鴦のあの娘の件は、大奥さまがいなくなったこの機に、早く話をつけてしまうがいい」と言った。邢夫人は笑顔を作り、「ただいまは、ちょうどお葬式を取り運んでおりますから」と言った。賈赦は冷笑し、「葬式は、いつまでやっているつもりだ」と言った。邢夫人はそれ以上何も言えず、ただ下がった。門の外には小僧が二人、まだ返事を待っていた。一人があわてて迎えに出て、「奥さま、旦那さまには、どうお返事いたしましょう」と尋ねた。邢夫人は眉をひそめ、「あの娘は、まだ強情を張っていると、旦那さまにお伝えおし」とだけ言った。その晩、賈赦はまた人をやって催促し、三日のうちに確かな返事をせよ、とだけ言わせた。

霊堂の戸口を風が通り抜けると、あの常夜灯の覆いが少し傾いた。鴛鴦は手を伸ばして直し、また膝をついて紙銭を焼いた。さて、賈赦が鴛鴦に迫るこの一件、その後いかがなったであろうか。それは次回の説き明かしをお聞きあれ。

まさに、
慈しみの雲ひとたび去りて群芳は冷え、
寿ぎの燭いま燃え尽きて満院は昏し。

この翻訳について

人名は日本語で読める漢字表記を基本とし、松枝茂夫訳を参照する際も、未確認の読みを断定しません。秦漢の中国語原作から独立して訳し、会話や詩詞、語られていないことを残しています。