Non Dubito · 国家の歩みと後戻り
国家の歩みと後戻り
権力への問いと、人が立つ場所
拘束の理由を問う人、差し戻された憲法、反対票、変化を求める街頭、制約を受ける王位、裁判所から排除された判事たち。六つの歴史をたどり、人が声を上げる資格を得、失い、取り戻そうとする過程を読む。これからも続いていく特集です。
選挙、審査、そして修復
インド · 1975–1979
閉じ込められたあとも、「なぜ」と問えるのか
非常事態の下でも裁判所は残り、後には選挙が政権を変えた。この二つを並べて初めて、問いを届ける道がどう閉じ、どう再び開かれたのかが見える。
本文を読む →南アフリカ · 1990–1997
可決された憲法を、なぜ書き直すのか
新しい多数派は、規則を書く資格を得るとともに、その規則が審査されることも受け入れた。しかし別の人々には、移行は、以前の道で過去の被害の責任を問えなくなることでもあった。
本文を読む →参加し続けられる条件
ドイツ · 1933年
あの投票の後にも、議会はあったのか
ヴェルスは反対する理由を述べ、九十四人が反対票を投じた。それでも法案は通った。失われたのは、一度の採決だけでなく、次の反対を有効にするための条件だった。
本文を読む →韓国 · 1987–1988
街頭で争い取った変化を、街頭の外へ残すには
朴鍾哲の死から大統領の直接選挙、そして新しい憲法裁判所へ。求めたのは、一度の勝利だけではない。毎回街へ戻らなくても、権力に答えを求められる可能性だった。
本文を読む →誰が同意し、誰が審査できるのか
イングランド · 1688–1701
王が一人で決められなくなっても、誰がなお入口の外にいたのか
新しい君主に王位が渡り、旧来の越権が一つひとつ文書にされた。議会は同意や問い直しの機会を増したが、その入口が全員へ同じように開いたわけではなかった。
本文を読む →パキスタン · 2007–2009
政府を調べる人が、先に裁判所から追い出されたら
最高裁長官が職を止められ、戻り、また排除された。裁判所の名は同じでも、そこに座れる人は変わる。弁護士、判決、街頭の圧力はどう帰還につながり、何はそれでも取り戻せなかったのか。
本文を読む →インドと南アフリカでは、選挙、審査、修復を。ドイツと韓国では、参加し続けられる条件を。イングランドとパキスタンでは、誰の同意が数えられ、誰が審査する立場に残れるのかを読み比べます。具体的な変化を対にして考えるのであって、六つの歴史を一つの発展段階の梯子に並べるのではありません。各篇は独立して読めます。
史料と読書上の注意
公刊された中国語の歴史随筆全文をもとに、日本語の読者に向けて独立に書き直した版です。既存の英語版も独立に執筆され、簡体字・繁体字の中国語版はいずれも全文を載せています。事実を述べる箇所の番号は、文末の史料と対応し、参照した文書や箇所、利用上の限界を示します。最初の調査報告は事例選びの助けであり、確かめられる史料の代わりにはしません。提案、承認、認証、施行の日付も区別します。関心があれば背景となる哲学論文 · EN / 中文も読めますが、これは問いを立てる視点であり、歴史的証拠の代用でも、必修の前提でもありません。