鑿構の周期律 · 古生物 · 19

分子時計と化石:陰で競い合う二本の物差し

遺伝子と化石が違う年代を示すとき、二本の物差しをどう使うのか。

秦漢 · 読了の目安:約42分 · 公開日

一 二つの数字が合わない

教科書の物語はこうだ。6600万年前に恐竜が絶滅し、空いた場所を哺乳類が埋めた。そこから、のちのゾウ、クジラ、コウモリ、そして人間が現れた。

ところが、分子時計の時刻表はそうなっていない。多数の遺伝子やゲノムを用いた数多くの解析は、現生の有胎盤哺乳類をなす主要な系統の分岐を白亜紀に置き、根元に近い節の年代を、しばしば1億〜1億1000万年前ほどと推定する。つまり、恐竜がまだ元気に暮らしていたころ、のちにゾウへ向かう系統とクジラへ向かう系統はすでに分かれており、しかも分かれてから3000万〜4000万年もたっていたということだ。

これは重い主張である。ついでに、もう一つのことまで言っているからだ。その3000万〜4000万年のあいだ、これらの系統はずっと地球上で生きていたのに、広く認められる化石を一つも残していない。

系統樹の上では存在しなければならないのに、化石が一つもない枝。古生物学には、それを呼ぶ名前がある。ゴースト系統だ。分子時計が化石より古い年代を一つ示すたびに、樹上にはゴースト系統が一つ描き加えられる。だから両者が争っているのは、初めから抽象的な数字などではない。この幽霊たちが、どれほど長く続いていたかなのである。

長さが違えば、見えてくる景色もまるで違う。分子側が正しければ、白亜紀の哺乳類相の中には、のちの現生の目へつながる系統が何本も隠れていたことになる。ただ、当時は誰にも見分けられず、その後も誰にも掘り当てられなかった。化石側が正しければ、現生有胎盤類が扇を開くように枝を広げた全過程は、境界を越えたあとの数百万年で済んだことになる。

自然に出てくる反応はこうだろう。物差しが二本あって、一本は早いと言い、もう一本は遅いと言う。どちらかが間違っているはずだ。しかも、これは恐竜と哺乳類だけの話ではない。「分子時計が示す年代は……」という一文は、いまや「いつ分かれたのか」を伝えるほとんどあらゆる記事に顔を出す。本篇で本当に扱うのは、その一文の中に何が詰まっているかである。

ここで示したいのは、その反応には二つの前提が隠れており、どちらも成り立たない、ということだ。

一つ目の前提は、二本の物差しが同じものを測っていること。二つ目は、その二本が互いに独立していること。ただし、成り立たない理由はそれぞれ違う。分けて考えなければならない。

本篇は、どちらが正しいかを裁くつもりもない。問いたいのは別のことだ。二つの構が互いに相手の入力の一部となったあと、「どちらが正しいか」という問いには、どれほどの意味が残るのか。まずは分子時計の生まれから始めよう。その出自が、二つ目の前提を直接左右しているからだ。

1962年、二人の研究者が、異なる種のタンパク質配列の違いを、古生物学が示す分岐年代と並べて比べた。すると、違いの量は時間とともにおおむね積み重なることがわかった。1965年、二人はこの考えを体系化した。ほぼ同じころの1963年には、別の研究者がシトクロムの研究から「遺伝的等距離」という考えを提案していた。外群から見れば、二つの子孫系統が共通祖先以来蓄積してきた変化の量は、ほぼ等しくなりうるというのである。

この二つの観察が合わさって、「分子進化には、おおよそ時を刻む性質がある」という経験的な土台になった。 この出発点に注意してほしい。分子時計の時間の目盛りは、生まれたその日から古生物学が与えていた。 あとから混入した汚染ではない。もともと、そういう生まれ方をしたのだ。配列そのものが教えてくれるのは「どれだけ変わったか」であって、「どれだけの時間をかけて変わったか」ではない。

厳密分子時計の数式は単純だ。ある系統の置換速度が一定なら、分子距離は時間に比例する。二つの子孫系統が同じ速度で進化していれば、両者の距離は、分岐からの時間を二倍したものにほぼ比例する。

この「なら」が話の核心であり、この先の五つの節は、ほぼすべてこの条件を扱うことになる。その前に、三つの言葉に足場を与えておこう。ここから先、避けて通れない言葉だからだ。

一つ目は「節」、ノードである。系統樹は枝分かれを繰り返す樹で、現生の種は枝先にいる。枝分かれの一点一点が節であり、二つの系統が分かれた瞬間を表す。「年代を与える」とは、ある枝分かれの点に何年前という数字を与えることである。

二つ目は冠群だ。ある分類群の現生成員すべてに共通する最後の祖先を探す。その祖先と、そのすべての子孫を合わせたものが冠群である。三つ目は幹群。その祖先より前に枝分かれし、現在まで生き残った子孫を一つも持たない近縁者たちだ。

したがって、「最古の冠群有胎盤類」と「最古の有胎盤類の近縁者」は、二つの異なる時点を指し、その隔たりは大きくなりうる。この区別は、この先何度もどちらが正しいかを決める。しかも、同じ一つの化石について、二度決めることになる。

二 時計は厳密ではない。そこで、いくつもの時計が生まれた

まず「置換」を具体的にしよう。ある位置で一つの塩基が別の塩基に変わり、その系統に固定されることだ。分子時計は、こうした出来事の蓄積を推定する。分かれた二つの系統はそれぞれ置換を重ねる。両方が単位時間あたり r の速度で進むなら、分岐から t が経過した時点の遺伝的距離はおよそ 2rt になる。違いの数は年代そのものではない。速度がなければ、まだ時計は読めない。

厳密時計に必要な条件は、多くの人が思い浮かべる「中立進化」より、はるかに厳しい。対象とする枝どうしで、解析する配列の位置について、解析する時間幅の中で、平均の置換速度が十分に近くなければならない。

ところが、突然変異率、世代時間、選択による制約、修復機構、代謝、生活史には、系統間で系統的な違いがある。マウスなら数か月で世代が替わるが、クジラなら数十年を要する。

小型で代謝の速い系統は、同じ100万年でも、より多くの置換を蓄積する。だから、大きな分類群をまたぎ、長い時間を扱う実際のデータの大半では、厳密時計は通常、棄却される。

棄却されたからといって、「分子時計は使えない」となるわけではない。その帰結はこうだ。ここから先、分子によるどの年代にも、モデルを一つ選んだという判断がついて回る。そして、その選択は配列だけから一意には決まらない。

そこで現代の深い過去の年代推定は、もはや「時計は厳密か」とは問わない。問うのは、 枝ごとの速度変化を、どうモデルにするか。 主な道筋は三つある。

一つ目は非相関時計。枝はそれぞれ固有の速度を持ち、その速度は同じ母集団の分布から独立に引き出される。「親が速ければ子も速い」とは要求しない。

母集団の平均と散らばりは、データから推定する。速度に系統上の慣性があると仮定する明確な理由がない場合に適している。速度が頻繁に跳び、その跳びがどこで起きたかを事前には指定できない系統樹にも向いている。

弱点は、枝ごとの独立な変化を許すことにある。実際の歴史には、まとまった範囲で長く持続する速度転換があったとしても、それを、系統樹全体に散らばるランダムな不均一性として平らにならしてしまうかもしれない。

二つ目は自己相関時計。子の枝の速度は、親の枝の速度に条件づけられる。近縁な枝の速度は似ていると見込み、より大きなずれを許すには、より長い時間を必要とする。

速度変化に、生活史や生理の慣性が伴う場合に適している。ただし、「速度には実際に自己相関がある」ということ自体も、経験的な仮定である。しかも、自己相関の尺度は、どこまで深く系統を標本抽出するかによって変わる。

三つ目は局所時計だ。枝ごとに自由な変化を許すのでも、樹全体で連続的に速度を漂わせるのでもない。樹上に、いくつかの速度の領域があると仮定する。初期の局所時計では、どの枝が同じ速度を共有するかを、研究者があらかじめ指定しなければならなかった。その後のランダム局所時計では、「どこで速度が切り替わるか、局所時計はいくつあるか」も統計的推定に含めるようになった。

局所時計がとくに向いているのは、ある分類群が生活史の大きな転換を経験し、その子孫が新しい速度を長く保つような歴史である。難点は、モデルの選択肢の広がりも計算量も、ずっと大きくなることだ。そして三つの道に共通する条件がある。どれが適切かはデータに判定させなければならず、直感で選んではいけない。

三つの道は、同じことをどれだけ細かく扱うかの違いに聞こえるかもしれない。一つの実例を見ると、そうではないとわかる。

オーストラリアのグラスツリーは、草の茂みが太い棒を一本突き立てたような姿の単子葉植物である。これが明快な検証対象になるのは、冠群が、とても長い幹の枝の先にぶら下がっているからだ。その幹の枝には、内部の較正点が一つもない。言い換えれば、時間の情報は遠く離れた場所から外挿してこなければならない。

研究者たちは、まずシミュレーションのデータを作り、冠群の真の年代を2500万年前に設定したうえで、異なる時計で推定した。

ランダム局所時計が出したのは2840万年前で、95%区間は1100万〜4200万年前だった。系統樹の事前分布を変えると2940万年前となり、区間は1400万〜4300万年前だった。どちらも真の値を区間内に含んでいた。

非相関対数正規時計では410万年前となり、区間は50万〜1100万年前だった。系統樹の事前分布を変えると490万年前で、区間は50万〜1000万年前となった。 2500万年前という真の値は、こちらの時計の区間には、まったく入ってこない。

実際の配列データの結果も、同じくらい目を引く。同じ冠群の年代の中央値が、時計モデルによって330万年前から3500万年前へ変わり、最大で約十倍も違った。同じデータ、同じ系統樹の事前分布で比較したものの多くでは、二つの時計の95%区間は、重なってすらいなかった。ここには、読み落としやすい一点がある。本篇で繰り返し使う一点だ。

あのシミュレーションで、非相関時計の出した区間は狭かったのに、既知の真の値を覆わなかった。ランダム局所時計の区間は広かったが、真の値を覆った。 つまり、あるモデルの中で事後区間が狭いことは、モデル間の系統誤差が小さい証拠にはならない。

この二つは、どちらも「不確実性」と呼ばれる。しかし別物だ。誤差棒が測るのはモデル内の不確実性であって、モデル選択の不確実性ではない。そして読者の目に入るのは、たいてい前者だけである。

三 分子時計は、どの瞬間を測っているのか

ここで一つ目の前提を扱おう。二本の物差しは、同じものを測っているのか。分子時計が正式に推定する対象は、系統樹のある節の時刻である。種の系統樹を解析する場合、通常は、二つの系統が最後に祖先を共有し、そこから分かれた瞬間と解釈される。ただし、この対象には四つの限定がつく。その一つ一つが、実際の論争では数百万年の違いになる。

第一に、単一遺伝子の時計が直接推定するのは、遺伝子系統の合祖時刻である。種の系統が実際に分裂した時刻と、必ずしも同じではない。

仕組みは難しくない。二つの種が分かれるとき、その祖先集団には、もともと多型があった。分かれたあと、それぞれから遺伝子のコピーを一つずつ採って過去へさかのぼると、その二つのコピーの共通祖先は、種の分裂よりはるかに前に行き着くことがある。祖先集団の中でも、もともと二つの異なる対立遺伝子だったからだ。

これは計算できる。最も単純な二倍体の中立合祖モデルでは、二つの系統が祖先集団に入ったあと、さらに合祖まで待つ時間の期待値は、有効集団サイズの二倍ほどで、単位は世代である。 祖先の有効集団サイズが5万、世代時間が20年なら、この項だけの期待値が約200万年になる。有効集団サイズが10万なら、約400万年だ。

大きな集団が短い間隔で次々に分化した場合、この項だけで、古生物学で争われる数百万年の隔たりと同じ桁に十分なりうる。

最後の共通祖先を扱った第二篇でも、この区別を使った。遺伝子の樹と種の樹は、同じ一本の樹ではない。あの篇では、それが祖先を復元できるかどうかを左右した。

種分岐後に遺伝子流動がなければ、遺伝子の合祖は種分岐より新しくはならない。多数の遺伝子を単純に連結して種分岐と読み替えると、祖先集団での合祖時間の一部を種の節に上乗せしてしまうことがある。ただし、この向きには前提がある。後で述べる遺伝子浸透はそれを崩しうる。「必ず古い」は、あらゆる遺伝子史に通じる規則ではない。

第二に、分子時計は形態が現れた時刻を推定しない。ある系統は姉妹系統から先に分かれ、その後の数百万年間、祖先的な特徴を強く残した形態を保っていてもよい。

実際にはこういうことだ。初期のある一個体が本当はすでに冠群の成員でも、歯や骨格が幹群の近縁者とそっくりなら、古生物学者には見分ける手段がない。「診断形質によって見分けられるようになる」ことには、別の時刻がある。とくに診断形質が複数の特徴の組み合わせであるなら、分裂は、その組み合わせが完全に成立するより早く起きていてもよい。

第三に、分子時計は生態的な役割の成立を推定しない。節での分裂が意味するのは、二つの祖先系統が同じ一本の枝を共有しなくなったことだけだ。そこから体の大きさが変わり、食べ方が変わり、新しい生態的地位を占め、多様性に富む冠群が形成されるまでには、さらに時間が隔たっていても何らおかしくない。

第四に、「集団の分化が完了した時刻」を推定するわけでもない。遺伝子流動を伴う種分化では、分裂は数学的な一瞬ではない。ゲノムの異なる領域には、異なる合祖の歴史がありうる。遺伝子浸透があれば、一部の部位では、実際の種の分裂より新しい合祖時刻が出ることもある。では、化石側は何を測っているのか。

既知の最古の化石がまず与えるのは、年代の下限を述べる一文だ。遅くともこの時点までには、その系統は存在していた。確実にある冠群へ帰属できる化石が1億年前のものなら、その冠群の分岐は、遅くとも1億年前には起きていなければならない。実際には1億500万年前でも、1億2000万年前でも、さらに古くてもよい。

「既知の最古の化石」を、そのまま「真の起源年代」とみなすことは、最初に保存され、最初に発見され、最初に採集されることが、そろって起源の瞬間に起きたと仮定するに等しい。

こうして時点がいくつも並ぶ。系統が分裂する。見分けられる冠群の形態が成立する。堆積記録から初めて採集される。目立った生態的役割を担うようになる。これらが等しくなければならない理由はない。よくある順序では、前のものほど古く、後ろのものほど新しい。

そうであれば、分子から推定した節が、見分けのつく化石より古いのは当然であり、両者とも、それぞれの対象を正確に測っている可能性がある。

有胎盤類の「長い導火線」モデルは、まさにそのように組み立てられている。早い時期の系統分裂と、遅い時期の形態的・生態的拡大を分けるのだ。このモデルなら、分子側のいう白亜紀の分裂と、化石側のいう境界後の放散は、同時に真でありうる。同じことを語っているのではないからだ。

このモデルは、場を丸く収めるためのものでもない。検証できる帰結がついている。もし本当に白亜紀に分裂していたなら、白亜紀の地層には、形態ではまだ見分けられないだけで、これらの系統の成員がいるはずだ。人を送り出して探せる予測であって、その場しのぎの言い訳ではない。

ただし、この解き方はどこでも使えるわけではない。両者が本当に異なる対象を測っている場合にしか成り立たない。 双方の研究が、同じ節に当たる同じ歴史上の出来事を測っていると主張して初めて、本当の年代の衝突になる。 そして、そのような場面は実際にある。第七節でいくつか見よう。

四 化石側にある三層の誤差

化石はしばしば「確かな側」とみなされる。岩石が何年前のものかは、動かしようがないというわけだ。だが、この言い分は三分の一しか正しくない。化石で一つの節を較正するには、少なくとも三層の誤差を通り抜けなければならない。しかも、それぞれの桁は大きく違う。

第一層は、地層の年代の誤差である。通常はこれが最も小さく、数十万〜数百万年ほどで、方法も成熟している。問われるのは、標本がどの層から来たのか、その層をどう数値年代と結びつけるのか、年代区間は直接の放射年代測定によるのか、それとも地層の対比によるのか、生層序から年代への換算には地域差がないのか、といったことだ。

節の較正に関する最良の実務指針は、この層について独立した根拠を示すよう求める。整数を一つ引用するだけでは足りない。ある化石に「1億年前」と書かれていても、その背後には、火山灰の直接の年代測定があるかもしれないし、二つの大陸をまたぐ生層序の対比があるかもしれない。

この実務指針そのものが、一枚の確認リストになっている。標本の番号は何か、どの博物館などに収蔵されているか。その分類群に置く診断上の根拠は何か、ほかの人も検証できるか。どの地層から出たか、その地層の年代は何に基づくか、誤差はどれほどか。

リストは事務手続きのように見える。だが、その一項一項が、年代を数千万年も狂わせうる箇所に対応している。

第二層は、系統上の位置の誤差だ。こちらが主役である。

同じ一本の骨が、放射年代の数字を一字も変えずに、較正する節の年代を数千万年変えてしまうことがある。 一見、大げさに聞こえるが、そうではない。変更が起きるのは形態系統学の論文の中であり、その論文は岩石の試料を一つも測り直していない。

理由はこうだ。化石がどの節を較正できるかは、樹上のどこに位置するかで決まり、現生の成員にどれほど似て見えるかでは決まらない。確実にある冠群に置ける化石は、少なくともその冠群を生んだ分裂が、すでに起きていたことを示す。同じ化石が冠群の外、幹群へ移されれば、もはや冠群の節に最小年代を与えることはできない。制約できるのは、さらに深い全群の歴史だけになる。

有胎盤類なら、この関係が最も見えやすい。白亜紀後期のある哺乳類が、現生有胎盤類の冠群に置かれれば、その化石は冠群に中生代の最小年代を与える。同じ形態を持つ一群が、再検討によって冠群の外に置かれれば、証明できるのは、より広い全群がすでに存在したということだけだ。

争われるのは「樹上の位置」であって、必ずしも「岩石は何年前か」ではない。前者を決めるのは形態の行列、後者を決めるのは質量分析計である。その安定性はまるで違う。

しかも、この層の誤差には向きがあり、その向きは往復しうる。化石では軟組織が欠け、分子的な形質が欠け、骨格の一部も欠けることが多い。保存の偏りによって、硬組織しか残らない化石は、形態に基づく樹の上で、系統的に「幹群側へ移る」ことがある。だから「現生の冠群にあるこの特徴がない」には、二通りの説明が成り立つ。本当に冠群の外にいるのかもしれないし、その形質が保存されていないか、符号化されていないか、あるいは祖先的な状態を残しているのかもしれない。

第九篇で確認した「診断形質は、まだ一式そろっていないかもしれない」という注意は、ここではそのまま較正の不確実性になる。あの篇では、ある化石をある種類の生物と呼べるかどうかを左右した。本篇では、一つの年代を左右する。

逆向きもある。しかも、その結果はもっと奇妙だ。幹群の化石を誤って冠群に置けば、化石による最小年代が古すぎるほうへ押される。いわゆる「ゾンビ系統」さえ生じることがある。分子から推定した節が、そこに割り当てられた化石の最小年代より、かえって若くなるのだ。論理的にはつじつまが合わない。そのため研究者は、モデル、年代測定、系統上の位置をさかのぼって点検せざるをえなくなる。

第三層は、初出の遅れである。第十一篇ですでに数値として扱ったので、ここでは尺度感をつかむため、標本抽出率の桁を一つだけ残しておこう。

保存のきわめてよい浮遊性有孔虫の記録では、ある種が100万年ごとの時間区間で採集される確率は、少なくとも約8割だという推定がある。これは最高水準であって、普通の水準ではない。有孔虫は個体数が多く、殻が硬く、深海の堆積物は連続している。化石記録が与えてくれる、ほとんど最良の条件なのだ。

この数字は、次の節の土台になる。100万年ごとの検出確率が本当に8割なら、数百万年も続けて見つからないことは、すぐに強い負の証拠になる。ある分類群の100万年ごとの実効的な検出確率が数%しかなければ、同じ長さの空白でも、強い年代の上限にはほとんどならない。

三層を合わせれば、結論はこうなる。化石側の誤差を「プラスマイナス200万年」と書くと、深い過去をめぐる論争を本当に支配する層が抜け落ちる。支配しているのは第一層ではなく、第二層と第三層であり、この二層はどちらも誤差棒の形をしていない。

五 循環なのか

ここで二つ目の前提に取りかかろう。この物差しは、いったいどれほど独立しているのか。

まず、なぜ問題になるのかをはっきりさせる。

ある配列に置換が何回蓄積したかは、数えられる。その数は、二つの量の積に等しい。速度かける時間だ。

厄介なのは、この掛け算である。 すべての時間を二倍にし、すべての速度を二分の一にしても、積はまったく変わらない。配列そのものには、違いを見分けられない。 樹上のどの枝も、この二通りの読み方で、長さがまったく同じになる。

つまり、配列はモデルに「この枝では置換がどれほど蓄積したか」「どの節が相対的に深いか」を教えられる。だが、何年前かは教えられない。年代は外から持ち込むしかない。

したがって、少なくとも一つは絶対的な尺度が必要になる。現代の節に基づく年代推定では、通常、複数の内部の節に化石の最小年代、最大年代、あるいは確率密度を置く。その時間情報を、分子的な枝長と速度モデルによって樹全体へ伝えていく。2023年の研究は有胎盤類241種を対象とした。65分類群の遺伝子座系統樹の年代推定には、柔らかい境界を持つ37の化石較正を使い、241種の連結解析にはさらに23を加えた。以下の37の固定点は原理を説明するための数であり、全体解析の総数ではない。

37という数は多く見える。同時に、その樹には37か所、化石の年代と系統上の位置が入力に直接書き込まれた場所がある、という意味でもある。

ここで、危うい形の論証が現れる。化石A、B、Cの年代と系統上の位置を仮定して、時計を較正する。その時計が、対象とする節は、その節自身に属する最古の化石より古いと推定する。

したがって分子の証拠は、化石記録が不完全であることを「独立に」証明した、というわけだ。だが、最後の「独立に」は成り立たない。出力はすでに、入力した化石を条件として成り立っているからである。

ただし、「分子のほうが化石より古い」という結果が、すべて形式論理上の循環になるわけではない。樹上の三か所、A、B、Cの化石から時間の制約を与え、対象の節そのものはまったく直接較正しない場合を考えよう。配列の枝長と時計モデルを使って、A、B、Cから対象へ外挿する。そのあと、対象の事後年代を、対象自身の最古の化石と比べる。

ここには、「答えをあらかじめ入れておいて、あとで取り出す」という同語反復はない。あるのは別のものだ。 証拠どうしの依存関係と、モデルによる外挿である。 循環だという批判に対して、よくある反論が三つある。それぞれ何をどこまで解決できるのか、勘定を分けてみよう。

一つ目の反論は、「較正点は別の分類群や時代から来ている」。これが解決するのは、最も強い意味での循環であって、外挿の偏りではない。対象の節と較正した節が遠ければ、系統誤差は速度モデルを伝って届きうる。とくに較正が樹の片側に集中し、対象が、速度の大きな転換を経験した別の長い枝の上にある場合、「同じ節ではない」というだけでは、推論の頑健性は保証されない。

グラスツリーの例が、まさにこの形をしている。第二節のオーストラリアのグラスツリーは、内部に較正点のない長い幹の枝の先に、冠群がついていた。時計モデルを取り替えるだけで、推定年代が300万〜600万年前から、2600万〜3000万年前へ跳んだ。

同じ配列、同じ較正点なのに、年代は十倍近く違った。 変わったのは、「速度の変化をどうモデルにするか」という一点だけである。

二つ目の反論は、「較正は境界を与えるだけで、答えを決めるわけではない」。これは部分的に正しい。ハードな最小年代は、節がある時点より若くてはいけない、と言っているだけで、理論上、事後年代はそれより古いどこに落ちてもよい。ソフトな最大年代なら、小さな確率で上限を越えることも許す。だから、節が単純に化石の年代へ釘づけにされているわけではない。

しかし、複数の境界が系統樹の事前分布と相互作用すると、いわゆる実効的な事前分布が生じる。直接較正していない節でさえ、その時間の分布は強く形づくられる。 境界は、一点の答えではない。それでも、答えにとって主要な情報源になることは十分にある。

三つ目の反論は、「較正点が多いほど、一点の誤りの影響は小さくなる」。それが成り立つのは、誤りがほぼ独立し、樹上に適切に分布している場合だけだ。独立した信頼できる較正が複数あれば、確かに互いを制約できる。明らかに古すぎる、あるいは若すぎる較正は、ほかのデータと食い違いやすくなる。ソフトな境界なら、配列やほかの較正によって、その影響を抑えることもできる。

だが、十の較正が同じ系統分類上の誤判定、同じ誤った最大年代を共有していたり、そもそもすべて一本の枝に集中していたりすれば、それは独立した十個の情報ではない。同じ種類の系統誤差を十回繰り返したものである。

もう一つ、見落とされがちなことがある。較正点は、数と少なくとも同じくらい、位置が重要だ。内部に較正を置けば、長い枝の途中で時間と速度を交換できてしまう関係を、直接断ち切れる。

樹の根元付近に較正をいくら増やしても、独自の速度転換を経験した遠い枝先の冠群を、必ずしも制約できるわけではない。先ほどのグラスツリーで問題が増幅されたのは、まさに内部に較正のない、あの長い幹の枝だった。

したがって、正しい判定は「必ず循環する」でも、「完全に独立している」でもない。

対象の節の分子年代は、一組の化石、時計モデル、配列モデル、系統樹の事前分布を条件とした予測である。対象の節自身の初出化石からは独立していても、化石による時間尺度そのものからは、通常、独立していない。 短い一文だが、よくある二つの主張を同時に退けている。一方は、分子時計は化石から教わったことを繰り返しているだけだという主張。もう一方は、分子時計は化石とは無関係な、独立した物差しだという主張。どちらも違う。しかも、間違う向きが正反対なのだ。

この予測を使って、対象の節の記録がどれだけそろっているかを検証する。それは交差予測であり、行ってよい。ただし、古生物学にまったく依存しない第二の時計だと説明するなら、独立性を言いすぎている。

六 最大年代という、もう一方の端

較正には両端があるが、二つの端を支える論証の強さは、まるで違う。ハードな最小年代の論理は、最も堅い。確実にある冠群に属する化石が少なくとも1億年前のものなら、その冠群を生んだ節が9000万年前でしかない、ということはありえない。

問題は、二つの前提に絞られる。化石は本当にその冠群に属するのか。その岩層は本当に少なくともそれほど古いのか。この二つが確かになれば、制約の向きは堅固である。

最大年代は違う。最小年代は「すでに一つ見つかった」から来る。最大年代は「もっと古く、その分類群が保存されていてよいはずの地層に、見つからない」から来る。負の証拠に依存している。

不在を上限へ変えるには、さらに一連の論証が必要だ。もっと古い地層は存在するのか。十分な密度で採集したのか。当時の環境は適していたのか。その分類群は、そのころすでに保存可能で診断にも使える構造を持っていたのか。研究者は本当に見分けられるのか。

第十一篇の簡単な計算を使おう。時間区間が互いに独立で、発見確率も同じなら、すべてを見逃す確率は、一区間の見逃し確率を区間数だけ掛けたものになる。100万年あたりの発見確率が8割なら、長い不在は説明しにくい。だが確率が低い、地域や時代で変わる、欠落が相関するといった場合、この掛け算はそのまま使えない。同じ長さの空白でも、信頼できる上限を与えるとは限らない。

ここが肝心だ。最大年代の較正が持ち込むのは、日付だけではなく、化石記録の完全さについての仮定でもある。 事前分布として書けば検証不能になるわけではないし、研究者が隠しているとも限らない。読者にはその仮定が見えるだろうか。別の妥当な事前分布で結果はどれほど変わるか。新しい化石が出ても、その仮定は持ちこたえるか。

ハードな境界とソフトな境界の違いも、ここで見えてくる。ソフトな最大年代は、少量の事前確率が境界の外にあることを許す。意味するのは、「この分類群が早くから存在したなら、高い確率で見つかっているはずだが、見落としの確率もゼロではない」ということだ。

シミュレーションや実例によれば、化石と配列が両立する場合、ハードな境界でもソフトな境界でも、結果はよく似たものになりうる。だが、両者が衝突すれば、ソフトな境界は、ほかの情報が悪い較正を上回ることを許す。ハードな境界は、答えを誤った制約に従わせ、狭すぎる信用区間を生むこともある。有胎盤類は、この論理を実際の問題として見せてくれる。しかも、どちらの側もごまかしをしているわけではない。

冠群の年代はもっと若いとする側は、こう指摘する。白亜紀後期の北米とユーラシアには、比較的豊富な哺乳類化石の産地がある。現生有胎盤類の主要な系統がいくつも、そのころすでに広く存在していたなら、見分けのつく成員が出る確率は、それなりにあるはずだ。

反対側は、アフリカ、南極、マダガスカル、インドなどでは、同時代の記録がはるかに乏しいと指摘する。しかも、初期の冠群の成員は、そもそも形態では幹群と見分けにくかったかもしれない。

だから論点は、単純に「見つかったか、見つからなかったか」ではない。その最大年代を支えるのに、検出確率は本当に十分か、である。この確率は実測したものではなく、推定したものだ。しかも大陸が違えば、桁が違う。これが第十一篇のあの式の実際の姿である。負の証拠の強さを決めるのは、ゼロそのものではない。

較正の事前分布の形も、同じ仲間の問題だ。一様分布、指数分布、対数正規分布は、無害な数学上の包み紙ではない。一様分布は、上限と下限のあいだで、どの年代も特別扱いしない。

指数分布は、最小年代の近くに最も高い確率を置き、過去へ向かうほど減らしていく。対数正規分布は、化石による最小年代より古い側に、左右非対称の山を作り、長い裾を残すことができる。

これらは実際には、それぞれ違う仮説を組み込んでいる。最古の化石は、真の分岐から普通どれほど離れているのか、という仮説だ。だから、ある節について分子自体の情報が弱ければ、事前分布の形を変えるだけで事後分布も変わる。被子植物は、それを最もよく示す現在進行形の例である。

これまでの分子推定は、およそ1億4000万〜2億7000万年前にわたる。2025年の、節に基づく年代推定と化石を組み込んだ出生死滅過程の一連の解析では、冠群の年代は主に2億5500万〜2億200万年前とされた。大部分は三畳紀に当たるが、古い側の端はペルム紀後期に及ぶ。これに対し、化石産出モデルと分子年代推定を順に統合した2026年の研究は、起源をジュラ紀後期、およそ1億5000万年前ほどへ引き寄せた。

化石側では、最古として広く認められる被子植物の花粉と大型化石の証拠は、白亜紀前期、およそ1億3300万〜1億2500万年前に集中している。

したがって、2025年の結果との差は、7000万〜1億2000万年になる。2026年の結果なら、その差は1500万〜2500万年ほどに縮まる。小さくはなったが、ゼロにはなっていない。

発表は一年違いなのに、年代は大きく離れている。単に「遺伝子を追加で読んだから」という話ではない。 化石の取り込み方、較正、標本抽出モデルも答えを左右する。ただし、二つの研究は他の入力を固定して較正だけを替えた比較実験ではない。差のすべてを一要因に帰すことはできない。「近年の分子証拠がこの年代を支持する」と読んだら、引用先だけでなく、それぞれの仮定も確かめたい。

最後に、反対向きにも同じだけ注意が要る。最大年代を不合理なほど古く置けば、深い節に、過去へさかのぼる余地を系統的に与えすぎる。一方、ハードな境界を狭くしすぎれば、見せかけの高精度を生む。深い節はとくに危うい。長い時間のあいだに、配列の置換がすでに飽和している可能性があり、絶対年代は配列よりも、較正と速度の事前分布に大きく依存するからだ。

七 合わない勘定の数々と、ずれの方向表

実際の勘定を見よう。まず有胎盤類。分子側では、21世紀の多遺伝子解析やゲノム解析の多くが、有胎盤類の冠群の始まりと、多数の目どうしの分岐を白亜紀に置く。根元に近い節は、しばしば1億〜1億1000万年前ほどになる。ただし、較正と速度モデルが違えば、根の年代は7000万年前から1億2000万年前以上まで動きうる。

化石側では、厳格な形態学的「爆発モデル」は、異論のない冠群有胎盤類の成員を、主に6600万年前よりあとに置く。2023年、大量の化石産出記録を直接モデル化した研究は、冠群有胎盤類が白亜紀後期、境界に近い時期にはすでに現れていたものの、大半の目の冠群はもっと遅いという結果を支持した。

そのため、従来は3000万〜4500万年だった隔たりが、数百万年から1000万年余りにまで縮まった。だが、すべての目の節が一致したわけではない。

ここには、よく混同される三つのモデルがある。正しく定義するには、誰が支持するかで名づけるのではなく、「どの節が白亜紀末の境界を越えるのか」で分けなければならない。爆発モデルでは、冠群有胎盤類の目どうし、および目の内部の主要な分岐の大部分、あるいはすべてが、6600万年前の近くか、それよりあとに置かれる。

長い導火線モデルでは、冠群有胎盤類の成立と、大半の目どうしの分岐は、白亜紀にすでに起きているが、多くの目の内部で冠群が広がるのは遅い。短い導火線モデルでは、目どうしの分化と、目の内部の分化の一部も、白亜紀にはすでに起きていたとする。

この三つは、「化石モデル、分子モデル、折衷モデル」ではない。爆発モデルへの最も直接的な支持は、冠群の化石記録を厳密に読むことと、形態系統学から来る。

長い導火線モデルは、多遺伝子の緩和時計から最もよく得られる。短い導火線モデルやさまざまな中間形は、速度に基づく選別のしかたの違い、異なる化石較正、化石産出モデルから生まれうる。較正の組み合わせを取り替えれば、同じ大規模な分子行列でも、これらのパターンのあいだを動きうる。

有胎盤類は、本篇で繰り返し現れるもう一つの点も示している。一つの方法の内部の誤差は、方法どうしの隔たりより、はるかに小さくなりうる。ある分子解析の根元に近い一つの節では、95%区間の幅が数百万年から1000万年余りしかないかもしれない。

一方、化石の初出を厳格に読んだ年代と、ある分子推定の中心値は、3000万〜4000万年も離れうる。較正と速度の不確実性を一緒に再標本抽出した研究では、有胎盤類の根の全体の区間は、7000万年前から1億3000万年前まで広がった。一つのモデルだけを条件とした内部誤差より、ずっと広い。

次は鳥類。分子時間樹は長く、現生鳥類の根と主要系統の一部を白亜紀に置いてきた。解析によって、根元の年代は8000万〜1億年前、あるいはそれ以上に古い値となることが多い。20の化石較正を用いた2024年の研究でも、現生鳥類は白亜紀後期に分化を始め、境界をまたいで連続的に枝分かれしたという結果が得られた。

化石側では、以前から最も確実とされた冠群鳥類の化石は、6700万年前あたりに集中していた。南極の新しい標本は、「6900万年前には冠群鳥類の系統があった」という証拠を強めた。だが、現生のすべての主要系統について、信頼できる化石を、さらに深い白亜紀へ押し戻したわけではない。

この例がどう扱われたかは、問題のあり方をよく示している。2024年の研究には、化石較正の選び方をめぐって、ほどなく公開の批判が寄せられた。著者たちは、自分たちの白亜紀という時間尺度は頑健だと応じた。実務上行われたのは、較正を変え、節の事後分布を点検し直すことだった。化石の初出と分子推定の中心値を、平均することではなかった。

有袋類と有胎盤類の深い分岐も見よう。2012年の系統ゲノム解析は、およそ1億6800万〜1億7800万年前という値を出した。2011年には、約1億6000万年前のある化石が真獣類だと解釈され、化石が与える下限は、一時、分子時計にほとんど追いついた。

しかし、その系統上の位置は、のちに疑問を投げかけられた。より確かな白亜紀前期の記録だけを採用するなら、下限はおよそ1億2500万〜1億1000万年前となる。

つまり、標本が本当に約1億6000万年前で、真獣類の枝に属するなら、先ほどの差は800万〜1800万年になる。この固定点を外せば、4000万〜6000万年に戻りうる。 ただし争点は系統上の位置だけではない。標本の由来や年代にも疑問が示されている。形態情報による先端年代推定はより新しい年代を示したが、岩石を直接測り直した結果ではない。この較正を支える二つの前提を、どちらも明らかにする必要がある。

ついでに、これらを「分業」ではなく「競争」と呼ぶ理由を確認しておこう。2013年の、形態を扱う大規模な総証拠解析は、有胎盤類の根を若く見積もる年代を補強した。その後の分子時間樹の研究は、その年代を明示的に否定した。双方が争っているのは、生態的な役割がいつ成立したかではない。冠群有胎盤類の共通祖先が、いつ存在したかである。同じ節、同じ歴史上の出来事に、重ならない二つの区間が与えられたのだ。

二つの比較対象も役に立つ。一つは、パナマ地峡の両側にいる、殻を持つ海生の姉妹分類群である。地峡の両側にいる姉妹種の対を化石較正で調べると、貝殻の記録が確かな一部の系統では、分子から得た分岐が、地峡形成の時期に近くなった。方法間の隔たりは百万年の桁であり、数千万年ではない。

硬い殻の保存と、比較的浅い時間尺度が組み合わさり、感度の高い記録になっている。ただし、すべての種の対が同時に分かれたわけではない。だから地峡の閉鎖を、あらゆる系統に共通する時計の一点にしてもいけない。

もう一つは反例であり、比較対象よりさらに重要だ。ウニである。ウニには、きわめて保存されやすい鉱物化した骨格があり、化石記録は、深い過去の典型的な軟体の幹群より、はるかに優れている。

それでも、現代の系統ゲノム年代推定は、一部の冠群の節を、既知の化石より数千万年も前へ押し戻すことがある。鉱物化した硬い体は検出確率を高めるが、分子と化石の一致を必ず保証するわけではない。これらの勘定の背後にある仕組みを並べれば、ずれの方向表ができる。その表の形そのものが、結論になっている。

まず、向きが決まっていて、食い違いを「分子のほうが古い」側へ押すもの。初出の遅れは、既知の化石初出を若い側へずらす。冠群の診断形質が遅れてそろったり、見分けにくかったりすれば、識別できる初出は若い側へずれる。

祖先多型と不完全な系統選別は、単一遺伝子の合祖を、種の分裂より古い側へずらす。対象の枝が実際には加速していたのにモデルが見抜かなければ、分子年代は古い側へ押されることが多い。

反対向きのものも、実際に存在する。幹群を冠群と誤認すれば、化石による最小年代が古い側へずれる。その後の遺伝子流動や遺伝子浸透は、影響を受けた遺伝子の合祖を若い側へずらす。

対象の枝が実際には減速していたのにモデルが見抜かなければ、分子年代は若い側へ押されることが多い。飽和を十分に補正しない場合の第一近似的な傾向は、深い過去の時間を若い側へ縮めることだ。ハードな最大年代を若すぎるところに置けば、節は若い側へ無理に押し込まれる。

そもそも向きが決まらないものもある。長枝誘引、組成の偏り、複雑な部位間の不均一性だ。これらはまず樹のトポロジーを乱し、それを通じて年代を変える。どの節が歴史上のどの分裂を表すかが変われば、較正の置き場所も枝の長さも変わる。その結果は、古くも若くもなりうる。

だから「分子は化石より古い」という結果が文献にとくに多いのは、少なくとも四つの仕組みが同じ向きに重なるからであって、数学的に必然だからではない。 一つの方向が多数を占めると観察しても、そこから逆に、原因は一つしかないとは証明できない。

八 余項は独立性の中にある

最後の節では、まず統合の試みを見て、そのあとに、統合しても何が残るのかを考える。

「まず化石を節の境界に変え、そのあと化石そのものは捨てる」という扱いをやめようとする道がある。総証拠年代推定は、現生分類群の分子配列、現生分類群と化石分類群の形態形質、そして化石の地質年代を、まとめて系統樹の推定に入れる。化石は樹の末端の標本として解析に入り、その位置は形態行列によって決まる。研究者があらかじめ「この化石はこの節を較正する」と指定するのではない。

化石を組み込んだ出生死滅過程は、さらに一歩進む。「なぜ、この場所に化石が現れるのか」もモデル化する。系統はある速度で生まれ、絶滅し、同時にある速度で化石記録に入る。現生種と化石種は、同じ大進化過程から得られた異なる標本として扱われる。一方が本物の樹で、他方は外づけの較正にすぎない、とは考えない。

これによって、確かに一つの実質的な問題が解かれる。標準的な節に基づく年代推定では、「この1億年前の化石からすると、節は1億200万年前、1億1000万年前、1億4000万年前のどれである可能性が最も高いのか」を決めるために、研究者が分布を指定しなければならない。こちらの道は、化石の標本抽出過程そのものから、節の時間分布を作り出そうとする。

ただし、追加で推定したり、決めたりする量も増える。種分化率、絶滅率、化石の標本抽出率、現生分類群の標本抽出割合である。従来の節の較正に使う事前分布を減らす代わりに、明示的な大進化と標本抽出の仮定を一式引き受ける。そして第十一篇の注意は、ここでとりわけ直接的に現れる。 モデルが補正できるのは、パラメーターで表された不在だけである。

モデルに「100万年当たりの平均化石標本抽出率」しかなければ、ランダムな取りこぼしは補正できる。だが、ある大陸には丸々一つの時期にわたって堆積物の露頭がないこと、ある体の構造は決して保存されないこと、ある研究の伝統では微小な標本をまったく採集しないこと、ある系統の化石がすべて誤分類されていることを、自動的に知ることはできない。これらは、その標本抽出率の中ですでに把握されているランダムな不在ではない。アルゴリズムの名前を替えても、消えはしない。

この点を確認した検証もある。こうした方法は、「どの化石を食べさせるか」に敏感だ。化石がどの系統に属するかを考慮せず、産出記録から無作為に一部を抽出して使うと、既知の化石証拠と両立しない分類群の年代が得られることがある。

答えがわかっている大規模なシミュレーションも、「常に真の値を回復できる」とは結論していない。方法は全体として、現生分類群どうしの関係をかなりよく復元できるが、化石の正しい系統上の位置を復元するのは、もっと難しい。そして節の時刻については、化石の数と、最古の化石がどれほど古いかのほうが、枝間の速度の不均一性の程度や形態形質の数より、大きく影響することが多い。

形態進化モデルも、新たな依存先になる。総証拠解析では、通常、離散的な形態形質のモデルを置き、形質間の速度は同じか、形態時計は厳密か、区分や方向性のある変化を許すか、といったことも決めなければならない。だが、歯、頭蓋骨、四肢、軟組織の形質が、互いに独立し、同じ速度、同じ状態遷移確率を持つ「文字列の部位」であるとは、もちろん限らない。

組み合わせれば自動的に第三の優れた物差しができるわけではない。二本を一つの確率システムに置くのだ。仮定が適切なら推定は改善し、モデル化した不確実性も一貫して伝えられる。だが、モデルが扱わない欠落、誤同定、保存の偏りは、「統合」の一語では消えない。ここで表題の問いに戻れる。競争なのか、役割分担なのか。

正確には、三つの層が同時に成り立っている。直接観察の層では分業だ。化石側が直接観察するのは、保存された形態を持つ個体と、その地層中の位置である。分子的方法が直接観察するのは、現生の配列にある置換の違いだ。

隠れた節の層では競争だ。両者はときに、直接は見られない同じ節を確率的に推定し、その区間がまったく重ならないこともある。推論のシステムの層では結合している。分子時計は化石で較正され、統合モデルはさらに両者を同じ生成過程に書き込む。このうちの一層だけを「本当の関係」と言えば、残り二層を落とすことになる。

この結合を、とてもわかりやすく見せる実験がある。擬似絶滅実験という。まず分子データによって、現生の各目を結ぶ、支持度の高い骨組みを作る。次に、その中のある現生分類群について、分子的な形質と軟組織の形質をわざとすべて削除し、「化石として残る硬組織だけになった絶滅分類群」として扱い、形態の樹へ置き直す。

結果として、目のレベルの分類群の大部分は、程度の差こそあれ位置が動き、変わらなかったのは少数だった。つまり、現代の分子系統樹は、逆に古生物学者へ教えることができる。手元にあるのが化石として保存される形態の部分だけなら、どの系統上の位置が、収斂や欠測データによってとくに誤った方向へ引かれやすいのか、と。

ついでに、よくある誇張も一つ直しておこう。この両側は、互いに行き来のない二つの学派国家ではない。方法を革新する著者たちの顔ぶれは大きく重なっている。古生物学の研究者自身が、確率的な化石標本抽出モデルを開発しているし、統合モデルこそ、その合流の産物なのだ。

本当の非対称性は、別の場所にある。 分子系統樹が、化石の系統上の同定を変えることは、よくある。分子時計が、岩石そのものの数値年代を変えることは、ほとんどない。 確実に年代が測られた一層の火山灰が、ある時計から別の節の年代が出たために、若返ることはない。そこで本篇が余項の表に加えるのは、第十二の型だ。 余項は独立性の中にある。

二本の物差しは、互いに独立した検証に見える。だが、一本の入力には、もう一本が入っている。そのため両者の食い違いを、「どちらかは間違っている」と読むことも、「独立した二つの証拠による相互検証が失敗した」と読むこともできない。

これは、第十四篇の「余項は存在しない物差しの中にある」とは違う。あちらには物差しがなかった。こちらには二本とも存在し、どちらも働き、どちらも数字を出している。余項があるのは、「二本は互いに独立している」という、その仮定の中なのだ。

もう一つ、持ち帰れる規則がある。本篇の個別の内容より、長く使える規則だ。あるモデルの中で事後区間が狭くても、モデル間の系統誤差が小さい証拠にはならない。グラスツリーでは、狭い区間を出したモデルこそ、真の値を覆わなかったモデルだった。

ここから導かれるのは、年代を報告するときには、少なくとも二つを分けて示せ、ということだ。モデル内の区間と、モデルを替えたときに動く幅である。 後者を隠せば、読者の目に映る精度は偽物になる。 最後に、統一された答えのない問いを考えよう。一つの節について、二本の物差しが大きく食い違ったら、どうすればよいのか。

実際の研究には、一律の裁定規則がない。三つの例は、それぞれの道を歩んだ。有胎盤類では、競合するモデルを並べる。爆発、緩やかな爆発、境界横断、長い導火線、短い導火線といったモデルを、いまも明確に名づけて比較し、それぞれにどんな速度、どんな化石の位置、どれほどのゴースト系統やゾンビ系統が必要かを調べる。鳥類では、較正を替えて解析をやり直し、公開で論争する。被子植物では、感度分析による範囲を報告し、モデルへの依存を明言する。

6600万年前と1億年前を平均して、8300万年前にした人はいない。 これ自体が、本シリーズで何度も出会う形である。食い違いがノイズではなくモデルから生じるとき、中間値を取ることは折衷ではない。二つの異なる仮説を、誰も唱えていない一つの仮説へ合成することなのだ。

慎重な総説で、各区間の和集合を取ることには意味がある。だが、それを新たな95%確率区間と解釈することはできない。それぞれのモデルが、同じ確率空間から標本抽出されているわけではないからだ。どれか一つを選ぶことも、追加のモデル検証があって初めて正当化できる。グラスツリーの例では、周辺尤度がランダム局所時計を強く支持したため、著者たちには古い側の結果を採る理由があった。古い年代のほうが本来信頼できるからではない。同じデータが、速度モデルを見分ける追加の情報を与えたからである。

そして「未決着と宣言する」ことは、方法の敗北ではない。系統誤差が双方の内部誤差を上回るとき、それが唯一、正直でいられる状態なのだ。

この一文は、検証できる形にできる。まず問う。双方それぞれの内部誤差は、どれほどか。次に問う。時計モデルを替え、較正の組み合わせを替え、事前分布の形を替えると、中心値はどれほど動くか。二つ目の数字が一つ目を明らかに上回るなら、どちらの側がどれほど狭い区間を報告していても、いま正直に言えるのは、一つの幅だけである。

有胎盤類の根は、まさにこの形をしている。一つの解析の内部区間は、1000万年余りしかないことがある。だが、較正と速度の不確実性を一緒に解放すれば、範囲は7000万年前から1億3000万年前まで広がる。二つの幅は数倍違う。 それでも、通常引用されるのは前のほうだ。

本篇には、層を替えれば判定できるという出口はない。ここに示したのは別のものだ。二つの構が互いに相手の入力となっても、なお重ならない、その部分である。それは、どちらか一本の物差しの中にあるのではない。二本の物差しのあいだにある。一度も測られたことがないのに、ずっと前提とされてきた、あの仮定の中にある。

二本の物差しは、これからも両方必要だ。きれいな年代が出てきたら、その両端を何が押さえているのか、一度立ち止まって見たい。

関連研究・確認に用いた資料