一 分裂したあと、離れなかった
あなた自身も、たった一つの細胞から始まった。一つの受精卵が二つになり、二つが四つになる。この倍増を四十数回繰り返すだけで、人を一人つくるのに足りる数の細胞がそろう。
ただ、あなたの細胞は分裂したあと、どこかへ行ってしまわなかった。一つの細胞が二つに分かれれば、ふつうはそれぞれの道を行く。細菌も、ゾウリムシも、分裂すれば離れていく。あなたの皮膚の細胞は、分裂すると膜は別々になるのに、当人たちは立ち去らない。専用のタンパク質で、隣同士を鋲留めされているからだ。ときには、細胞は分かれても離れない。このことなら実験室で数十日あれば起こせる。後の第六節で取り上げよう。
ささやかな出来事に見えるが、その先に生じるものは大きい。細胞がそれぞれに繁殖するのをやめたとたん、選択が働きかける相手が変わるからだ。それまでは、ある細胞と別の細胞が、どちらがより多くの子孫を残すかを競っていた。今度は、細胞の集まりと別の集まりが競う。もっとも、この切り替わりは自動的には起こらない。
細胞がいくつもくっついているだけで、一つの繁殖単位になったとはいえない。一緒に繁殖する必要がある。つまり、次の世代の体は、この体から生まれなければならない。その中の何個かの細胞が勝手に抜け出して、それぞれ体をつくり直すのではいけない。それでも、その集まりの内側では、一つ一つの細胞が自分自身の複製を続けている。
多細胞化が小さな出来事ではないのは、このためだ。それまで内部に競争のなかった単位が、内部に競争を抱えた単位になる。だから、そもそもの問題は「どうやって細胞同士がくっつくか」ではない。くっついたあと、その内側の競争をどうするか、なのだ。
千個の細胞からなる体を考えてみよう。細胞はどれも遺伝的にまったく同じだ。そこに、一つの細胞で突然変異が起こったとする。その変異のおかげで、その細胞自身は速く複製できるようになる。だが、体全体には何の得にもならず、むしろ害になるかもしれない。それでも体の内側では、その細胞が次第に増えていく。
そのせいで、体という全体は、かえって子孫を残しにくくなるかもしれない。二つの階層で、選択が逆向きに働いている。この難題には、誰もが知っている名前がある。がんだ。
がんは、あの問題が今日とっている姿である。がん細胞は単細胞の祖先の暮らし方に戻ったのだ、とさえいう人がいる。自分が分裂することだけを気にかけ、他のことはお構いなし。その見方には今も議論があるが、がんと多細胞の起源を、同じ一つの問題の中へ置いてみせた。
がん細胞とは、まさにそういう細胞の集まりだ。体の内側では他より速く複製し、その結果、自分たちのいる体が死ぬ。がん細胞が裏切ったわけではない。自分が何をしているかなど知らない。ただ、隣の細胞より速く複製している。
それぞれが複製できる部品を数多く集めてつくった体では、「隣より速く複製する」、それだけで十分なのだ。だから、多細胞生物が存在しているという事実そのものが、一つのことを教えている。この矛盾は、ある程度まで抑え込まれていなければならない。そうでなければ、体は保たない。
それでも、この矛盾はいまだに取り除かれていない。 多細胞の体の内側にある矛盾は、すでに解決された歴史上の問題ではない。毎日起こり続け、ただ十分に低い水準へ抑えられている、現在進行形の過程である。
大人の体には、およそ三十数兆個の細胞がある。毎日、数千億個の古い細胞が死に、新しい細胞がその穴を埋める。分裂のたびに、DNAは数文字の写し間違いをする。今この瞬間も、あなたの体には、決まりを破って複製している細胞がいくらかあるだろう。そして、その大半は排除されている。
大半、というところに注意してほしい。大半と全部のあいだに残るわずかな差が、この体制のいまだに閉じきっていない場所なのだ。一つの細胞ががんになるには、ふつう、いくつかの重要な遺伝子で続けざまに誤りが起こらなくてはならない。それが積み重なるには時間がかかる。だから、がんの多くは中高年になって現れる。一人の生涯に、体の細胞の分裂は一京回にも及ぶ。一回ごとが、一つの機会になる。
がん細胞のなかには、もとの体を離れたものさえある。犬には、交尾によって犬から犬へとうつる腫瘍がある。どの腫瘍の細胞も、数千年前に生きていた、同じ一匹の犬に由来する。
その犬はとうに死んでいる。それでも、その犬の細胞の一群は、今も世界各地の犬の体で生きている。人にも、似たことが起こった。1951年、アメリカのヘンリエッタ・ラックスという患者から採取されたがん細胞は、培養瓶で育てられ、今なお世界中の実験室で分裂を続けている。
細胞を採るとき、彼女の同意は得られていなかった。タスマニアデビルの顔にも、感染するがんがある。この二十数年で、デビルの数を半分以上も減らしてしまった。
この問題は、また、とても古い。2020年、七千万年以上前の角竜の脚の骨に、骨のがんが確認された。植物にも腫瘍はできるが、それで死ぬことはきわめて少ない。植物の細胞は細胞壁に囲い込まれ、その場から出られない。移動できないから、転移にもならない。
体は、こうした違反を抑えるために、何組もの仕組みを使っている。第五節で一つずつ見ていく。その前に、別のことを考えよう。細胞が集まって体になるという出来事は、進化の歴史で何度も起こってきた。では何回なのか。数えてみると、思いのほか難しい。
二 二十五、二十二、十六、四十五
「多細胞は、独立に二十回余り起源した」。広く流布している一文だ。出どころとしてよく挙がるのは二つの総説で、2007年のものは「少なくとも二十五回」、2011年のものは真核生物で「少なくとも二十二回」としている。2017年の別の総説では、「少なくとも十六の真核生物系統」だった。
2023年、ポーランドの研究者ラムジャが、この引用の連なりをあらためてたどった。「少なくとも二十五」という数字には、何を数に入れるかという明確な基準がなく、一例ずつ挙げた一覧もなかった。同じ論文の図に、真核生物の多細胞系統としてはっきり描かれていたのは、約十六だった。
「少なくとも二十二」にも、完全な一覧は添えられていない。「少なくとも」をつけた見積もりが、論文から論文へと引用され、二次文献にたどり着くころには「科学者が集計した結果」に変わっていた。「少なくとも」は「それ以上ある」という意味であって、「だいたいその数」という意味ではない。
数の大小は大切だ。もっと大きな問い、地球の外のことにかかわるからである。ほかの惑星にも細胞が生まれたとして、そこから体ができるのは、難しいことなのだろうか。
ここで多細胞が何十回も現れたのなら、その一歩はおそらく難しくない。難しいのは、そのあとの数歩だ。一回か二回しか現れていないのなら、めったにない幸運のように見える。何十回も現れたのなら、むしろ、ずっと開いていた扉に見える。
彼は自分で数え直した。使ったのは、もっとも広い定義だった。生涯の大部分を、「一枚の膜の内側に核が一つ」という典型的な単細胞の姿で過ごさないものは、すべて数に入れる。九十一の分類群を調べ、独立した事例として識別できるものを四十五得た。
さらに、その四十五例の「多細胞」を六つの型に分けた。隔壁のある多核の菌糸もあれば、分裂したあと離れなかったクローンの塊もある。一時的に集まる群体も、たくさんの細胞が部分的に融合してつくる網もある。実際の数は、もっとずっと多く、百回近いかもしれないとも考えた。小さな原生生物の多くは、あまりに記録が乏しいからだ。
これほど数が違うのは、「何を一回とするか」が定まっていないためだ。中国には川が何本あるか、と尋ねるのに少し似ている。どのくらいの長さから川と数えるのか。支流は含めるのか。雨季だけ水が流れるものも数えるのか。そこを決めて初めて、数字に意味が生まれる。キノコはよい例だ。私たちが食べるキノコは、地下に広がる大きな菌糸の集まりから生えた「果実」である。
菌糸は一本一本が細い管で、その中では、連続する原形質の同じ区間に、たくさんの核が浸っている。途中の隔壁は不完全なことが多く、そもそもない場合もある。これを多細胞と呼ぶかどうかは、「核が複数あること」を求めるのか、「完全な膜で区切られた細胞が複数あること」を求めるのかで変わる。
前者なら数に入り、後者なら入らない。地中海にはイチイヅタという藻がいる。根や茎や葉のような部分を伸ばし、一株が一メートルほどにもなるのに、中身は仕切りのない一本の管だ。多くの核が、一続きの原形質に浸っている。これは一個の細胞なのか。それとも一株の多細胞植物なのか。菌類にいたっては、キノコからカビまで、その界の大半を菌糸が占める。この判断一つで、菌類の一群がそっくり勘定に入ったり、消えたりする。
条件を積み増すほど、数字は小さくなる。二個以上の細胞が長くつながっていればよいのなら、多くの糸状細菌も、酵母の塊も、藻類の群体も入る。細胞同士が安定して互いに依存していることまで求めると、集合は狭まる。
さらに、不可逆な分化、生殖細胞と体細胞の分業、三次元の体と発生プログラムまで要求すれば、残る系統はごくわずかになる。系統樹が変われば、回数も変わる。単細胞生物のなかには、多細胞の祖先から単細胞へ戻ったものがある。それを、ずっと単細胞だったものとして扱えば、起源を何回か多く数えてしまう。
教科書にはよく、「複雑な多細胞の起源は約六回しかない」とある。動物、菌類、紅藻、褐藻、緑藻、陸上植物。この分け方の背後には、現実の壁がある。
一次元の糸や二次元の薄片なら、どの細胞もまだ水に接している。三次元の塊ではそうはいかない。直径一ミリの中身の詰まった細胞塊では、中心から表面まで半ミリある。酸素が拡散だけでそこを進むのは遅すぎて、細胞が酸素を使う速さに追いつかない。三次元の体がある厚みを超えれば、自前の輸送系をつくらなければならない。さもなければ、中は死んでしまう。
ただし、この六つは同じ階層にはない。陸上植物は、もともと緑色植物の中に含まれる。菌類の複雑な子実体も、八から十一の系統で、それぞれ独立に生まれた可能性がある。二十五、二十二、十六、四十五。これは、一つの同じ量を四回測った数字ではない。
三 それぞれに生まれた体
別々に生まれた体は、姿もずいぶん違ってよい。まずは、私たちにもっともなじみ深い枝、動物から始めよう。海綿も、クラゲも、虫も、魚も、人も、同じ多細胞の祖先から来ている。動物の体の起源は一度だけだ。陸上植物も一度だけで、水中の緑藻の一枝に由来する。ほかのものには、それぞれ別の来歴がある。
コンブも、その一つだ。褐藻に属し、陸の植物とは近縁ではない。自力でつくり上げた、多細胞の体の一式である。系統上の隔たりでいえば、コンブとハクサイは、人とキノコよりも遠い。
カリフォルニア沿岸のジャイアントケルプは、一日に半メートルも伸び、一株で四十メートル、五十メートルに達する。海の中に「海中林」を広げるのだ。その森には、ケルプを食べるウニも、ウニを食べるラッコも暮らしている。
ラッコが減ると、ウニはケルプを食べ尽くし、森は一面の裸の海底に変わる。ジャイアントケルプの体には、光合成でつくった糖を深いところへ運ぶ、専用の細胞がある。植物の通導組織によく似ているが、両者はそれぞれ独自に、この仕組みにたどり着いた。
ノリやテングサは紅藻で、こちらはまた別の起源だ。食卓のコンブ、ワカメ、ノリ、それにテングサを煮てつくる冷たいところてんは、互いに独立した二回の多細胞化に分かれて属している。紅藻には、体の表面に炭酸カルシウムの硬い殻をつくる仲間がいる。桃色の石灰をまとったような姿で、サンゴ礁のかけら同士をつなぎ留める。
キノコを生む菌類は、さらに別の一回だ。森の中では、菌糸が木の根に絡みつき、木と木をつないでいる。糖や栄養分は、その菌糸を伝って、木々のあいだをある距離だけ移動できる。
この地下の網が、実際にどれほど重要なのかは、研究者のあいだでも議論が続いている。大きなオニフスベは、成熟すると中に数兆個もの胞子を詰め込む。軽く踏むだけで、煙のように吹き出す。
草地に、キノコがぐるりと輪になって生えることがある。英語ではフェアリーリング、中国語では俗に「キノコの輪」と呼ばれる。地下の菌糸が一点から出発し、年ごとに外へ広がっていった跡だ。輪の縁には栄養がいちばん豊富なので、その縁に沿ってキノコが顔を出す。アメリカ、オレゴン州の山林には、地下で一つにつながったナラタケ属の菌糸がある。広さは十平方キロ近く、数千年生きていると推定され、地球最大の生物の一つとよくいわれる。
粘菌は別の道を進んだ。モジホコリという黄色い粘菌は、一つの巨大な細胞で、その中に数千、数万の核をもつ。朽ち木の上を這い、網のように広がっていく。
日本の研究者がこれを迷路に入れ、両端にオートミールを置くと、体を縮めて、両端を結ぶ最短の一本の線になった。2010年には、東京周辺の都市の位置に合わせてオートミールを配置した。粘菌の伸ばした網は、東京一帯の鉄道網によく似ていた。
「道を覚える」こともある。這った跡に粘液の層を残し、再びそれにぶつかると避けて進む。同じ道を戻らない。これは一個の細胞なのか、一つの体なのか。まさに、前の節で出会った問題である。
細胞性粘菌は、また違う集まり方をする。キイロタマホコリカビという種類は、ふだんは一個ずつばらばらのアメーバとして土の中で細菌を食べている。飢えると、数千、数万の細胞が同じ場所へ這い寄り、数ミリの長さの、這って動く「小さなナメクジ」になる。明るいほうへ、暖かいほうへ進み、よい場所に着くと、細い柄を立てて、その先に胞子の塊を載せる。この柄については、第四節で詳しく見る。
細菌にもある。粘液細菌と呼ばれる仲間のあるものは、飢えるとやはり集まり、肉眼でかろうじて見える小さな「果実」をつくる。小さな木に似たものもあり、その中には胞子が入っている。
シアノバクテリアは細胞を数珠つなぎにして糸を伸ばす。その糸の中には、窒素固定を専門にする細胞もある。第四篇で取り上げたものだ。土によくいるストレプトマイセス属の細菌は、枝分かれする菌糸を伸ばし、胞子の列を立ち上げる。雨上がりの土の匂いのかなりの部分は、この細菌が放つ分子から来ている。そして私たちが使う天然の抗生物質の半分以上は、もともと、この仲間の細菌から見つかった。
動物にもっとも近い単細胞の親類もいる。襟鞭毛虫という。細胞のてっぺんに鞭毛が一本、その周りを「襟」が取り囲む。海綿の体で水を濾す細胞に、よく似た姿だ。襟鞭毛虫のなかには、小さなバラの花のような細胞群をつくるものがいる。第七節でもう一度登場する。
こうした体のでき方は、大きく二つに分かれる。先ほどの四十五例のうち、約三十三例は、一つの細胞が分裂したあと離れなかったもの。約十二例は、ばらばらに存在する多くの細胞が、あらためて集まったものだ。この二つのやり方の違いは、見た目から想像するよりずっと大きい。
四 集まることと、離れないこと
形成の仕組みには二つの道があり、その違いは形にはない。クローン型では、細胞が分裂したあと、娘細胞が完全には離れない。すべての細胞が同じ出発点から来ている。人もそうだ。全身の細胞は、同じ一個の受精卵から生まれる。
凝集型では、まず互いに独立した、ばらばらの細胞がある。環境からの合図を受けると、移動して一か所に集まる。それぞれ違う場所から来た細胞であり、遺伝的にはまったく異なっていてもよい。
2013年、この二つを「一緒にとどまる」と「一緒になる」と要約した研究があった。根本にある違いは、集まりの内側で血縁がどれほど近いかだ。研究者は、これを集団内の血縁度と呼ぶ。
それによって決まるのは、一つの細胞に、自分には得でも全体には損になる変化が起きたとき、その結果を引き受けるのが、自分と由来を同じくする子孫なのかどうか、ということだ。
たとえてみよう。一個の細胞から育った体なら、中にいる細胞はすべて、同じ細胞の子孫だ。大勢の実の兄弟姉妹のようなものだろう。一方、あとから集まってできた群体には、出どころがまったく違う細胞が交じっているかもしれない。たまたま居合わせた他人の一団のように。
同じ「誰かがさぼる」でも、この二つでは結果がまるで違う。実の兄弟姉妹の中なら、さぼった者が得をしても、結局は自分とほとんど同じ細胞たちへ、その取り分が回る。他人同士なら、得をした分は丸ごと自分のものになる。
凝集してつくる体にも、なかなかの力がある。1907年、アメリカのウィルソンは、一片の海綿を目の細かい布に押し通した。海綿はほぐれ、ばらばらの細胞になった。数日後、その細胞たちは自分で這い集まり、再び小さな海綿をつくった。ただし、集まり直したものが、すべてもとの仲間とは限らない。
実は、人の体にも他者が住んでいる。妊娠中、胎児の細胞の一部は胎盤を越えて母親の体へ入り、そのまま何十年もとどまる。母親の血液や皮膚、さらには脳からも、子どもの細胞が見つかっている。
だから凝集型の仕組みでは、「さぼる」ことで得られる利益がずっと大きい。そしてそのことが、高度な分業へ進化できるかどうかを直接左右する。
2013年、百六十八種を系統比較した研究では、クローン型に群体をつくる十二系統のうち九系統で、必ず多細胞の段階を経る生活史が進化していた。一方、調査された凝集型になりうる五系統は、すべて、多細胞にならずとも暮らせるものだった。クローン型の形成は、より多くの細胞型や、繁殖しない細胞の出現とも関連していた。
クローンの内側にも、もちろん衝突はある。突然変異、異なる由来の細胞の混在、体細胞への選択が、再び違いを生み出していく。クローン型の形成が緩めるのは、衝突が起こり始める時点の条件である。
もう一つ、事実がある。今日もっとも大きく、構造のもっとも複雑な多細胞生物、セコイアデンドロン、シロナガスクジラ、人は、すべて、分裂したあとも細胞の系譜の連続性を保つ生活史をとっている。凝集する仕組みの中で集団内選択が働くことは、直接観察されている。
キイロタマホコリカビは、「農耕」までする。2011年、集まって移動するとき、細菌を少し持ち歩くものがいるとわかった。新しい場所へ着くと、まず細菌をまき、増えるのを待って食べる。
細胞性粘菌では、飢餓のあと多数の細胞が集まり、最終的に約五分の一が、もう繁殖しない柄になる。残りは胞子になる。柄になった細胞は、子孫を一つも残さない。自分自身を、胞子を高く掲げる棒に変えてしまう。少しでも高ければ、胞子は風や、通りかかった動物に運んでもらいやすい。
だから、これは無駄ではない。けれども、その五分の一自身にとっては、ここが終点だ。 異なるクローンを混ぜると、ある遺伝子型が最終的に胞子の中で占める割合は、最初に占めていた割合よりも高くなる。「誰が柄になり、誰が胞子になるか」で、得をしているのである。
言い換えれば、交じり込んだ一部の細胞は、柄になることが少なく、胞子になることが多い。そのすべてに、何の「意図」も要らない。細胞が振り分けられる過程で、ある細胞が胞子になる側へ押しやられやすい。それだけでよい。細胞表面の性質が、ほんの少し違えば足りる。
一方、野外の子実体では、ふつう血縁度がとても高い。これが、そうした競争を制限する重要な条件だと解釈されている。つまり自然の中で集まる細胞は、もともと親戚同士であることが多いのだ。
第三節で出てきた、小さな「果実」をつくる粘液細菌も、ふだんから群れで動く。オオカミの群れのように他の細菌を取り囲み、消化酵素を放ち、一緒に食べる。この細菌は、もっと端的な実験を見せてくれた。
2000年、栄養の豊富な環境で一つの集団を約千世代進化させ、子実体をつくる力の衰えた系統を複数得た研究があった。その一部を祖先と混ぜて発生を誘導すると、生まれた胞子の中で占める割合は、接種した時点の割合よりも高かった。
ここには、直接見えることがある。混合した子実体の中で、ある細胞や系統が相対的にどれだけ繁殖に成功するかと、発生した構造全体がどれだけよく働くかは、必ずしも一致しない。この実験の選択条件には注意が要る。千世代を過ごしたのは栄養豊富な環境であり、そこでは、子実体をつくる能力は報われなかった。
だから、これが示しているのは「凝集型は必ず崩壊する」ということではない。集団内選択の通り道が開いているかぎり、報われない集団機能は衰え、衰えた系統のほうが、混ざったときにはかえって優位になる、ということだ。
五 衝突は解決されず、抑えられている
問題を正確に言い表せば、選択は二つの階層に同時に働きうる、ということになる。多細胞個体からなる集団に起こる全体の変化は、二つの項に分けられる。一つは集団同士の違い、どの体が、より多くの子孫を残したかだ。
もう一つは、同じ体の内側にいる細胞同士の違い。どの細胞が、その体の中でより多く複製したかである。ある細胞の性質が、体内で自分の占める割合を増やしながら、体全体が生む子孫の数を減らすなら、この二つの項は反対を向く。
速く複製し、組織の働きにはあまり貢献しない細胞系統に、意図など要らない。細胞の階層で相対的な優位が高ければ、それだけで体の中に増えていく。この分解は、もう一つのことを示している。内部の衝突は、多細胞という体制そのものの構造的な性質だ。各々が複製できる部品で体をつくるかぎり、それはそこにある。
一つの繁殖単位が、それぞれに複製できる複数の部品からできているかぎり、二つの項は同時に存在する。その一方を低く抑えるのは、発生を成り立たせる仕組みが、余分に担わなければならない仕事だ。抑制の仕組みはいくつかあるが、どれにも、それぞれの漏れ口がある。
第一は、単細胞のボトルネックである。動物や、多くの藻類・植物では、世代ごとの体が一個の細胞から始まる。なぜそれが重要なのか。次の世代が大きな細胞の塊から始まるとしたら、前の世代の体に蓄積した細胞間のあらゆる違いを、そのまま受け継いでしまうからだ。一個の細胞から始めれば、それらの違いはいったんゼロになる。
抑えられるのは、一つの新しい体が出発するときの内部の違いである。種全体の長期的な変異が、必ず減るという意味ではない。世代ごとの突然変異は、なお新たな違いを生む。しかもボトルネックを通るということは、大きな体を、ごく少数の細胞から何度でもつくり直さなければならないということだ。それだけ、偶然の重みが増す。
一個の細胞から始まる体は、前の世代が積み上げたものを、すべて最初からやり直さなければならない。ゼロへ戻すことは、あらゆる危険をもう一度くぐり直すことでもある。
第二は、生殖細胞と体細胞を早い段階で分けることだ。動物は発生のごく早い時期に、小さな細胞集団を取り分け、次の世代を生む役目を専門に担わせる。それ以外の細胞、皮膚、筋肉、神経、血液は、遺伝には加わらない。
これによって、体細胞に生じた変異の大半は、世代を越える道を断たれる。遅い時期に生じた体細胞の変異型が体内で広がっても、ふつうは次の世代の祖先になれない。その結果、細胞の圧倒的多数は、遺伝の行き止まりになる。体細胞に現れた有利な変異も、たいていは遺伝できない。
植物には、これほど厳しい一線はない。木のどの分裂組織からも、花が生じる可能性があり、花は配偶子をつくる。それでも植物は、複雑な体を保っている。
2022年、こうした例外をもとに、単細胞のボトルネックも、早期に分けられる生殖系列も、複雑な多細胞に論理上不可欠な条件ではない と指摘した研究があった。この反例は重要だ。五つの仕組みが必修科目の一覧ではなく、選びうる手立ての組み合わせであることを示すからだ。
系統ごとに違う組み合わせを使いながら、どれも衝突を、維持可能な水準まで抑え込んでいる。
第三は、細胞による識別と排除だ。細胞性粘菌には、非常に多くの型をもつ認識の仕組みがある。発生の過程で、適合する標識をもった細胞は互いを識別でき、適合しないもの同士は振り分けられる。
抜け穴も明らかである。認識の仕組みが防げるのは、それが識別できる違いだけだ。同じクローンの内側で、そのあと新たに生じる突然変異は防げない。排除が強すぎれば、もともと一緒に、もっと大きな構造をつくれたはずの細胞まで減らすかもしれない。つまり、認識が変えるのは、よそ者が入り込む確率なのだ。
第四は、プログラム細胞死である。細胞には、自分を壊すためのプログラムがある。DNAがひどく傷ついていると検知したときや、いてはいけない場所にいるとき、細胞は自らそれを作動させることができる。
だが、細胞死そのものにも代償がある。組織は細胞を失い、再生と、そのための資源を要する。作動の閾値が低すぎれば、傷ついていても修復できる細胞まで退場させてしまう。高すぎれば、異常な系統を残してしまう。
だから選択は、修復、停止、排除のあいだの兼ね合いに働く。二百年以上生きるホッキョククジラは、とりわけよい例だ。2025年の研究で、DNAの切断を修復する能力が格別に高いとわかった。それが長寿の理由の一つなのかもしれない。
体の中には、見回り役もいる。免疫系には、表面に異常のある細胞を専門に探し、見つけると殺す細胞がある。
第五は、増殖の中央集権的な制御だ。「いつ分裂するか」を、一個の細胞がその場でもつ栄養状態から切り離し、体全体の発生プログラムの一部へ組み込む。
ボルボックスの仲間に、一つの例がある。単細胞のクラミドモナスから多細胞のゴニウムへ至るあいだに、細胞周期を調節する一つの経路が、群体をつくる分裂のために使い直された。ゴニウムのその調節因子をクラミドモナスへ入れると、群体の表現型を引き起こせる。
ここで、がんへ戻ろう。この問題が、今も構造の上から消えていない証拠だからだ。大事なのは、単細胞のボトルネック、早期の生殖系列の分離、認識系、プログラム細胞死、増殖の中央集権的な制御を備えた体でさえ、これらの制約を破る細胞系統を、内部に何度も生み出すということである。
五つの仕組みが同時に動いていても、問題は閉じられていない。しかも、この五つはどれもただではない。ボトルネックは変異を捨て、生殖系列の分離は細胞の大半を遺伝の袋小路にする。認識は、協力できたはずの相手を退けるかもしれず、死は組織を費やす。中央集権的な制御には、ひとそろいの信号系が要る。
1970年代、イギリスの疫学者ピートが一つの問いを出した。のちにピートのパラドックスと呼ばれるものだ。人にはマウスの千倍以上の細胞があり、寿命も数十倍長いのに、なぜがんになる危険はマウスより高くないのか。直感では、細胞が多いほど、長く生きるほど、誤りの起こる機会も多くなるはずだ。シロナガスクジラ一頭の細胞数は、人の千倍以上ある。それなら、ずいぶん早くがんになるはずである。ところが、そうならない。
少なくとも、細胞数に比例しては起こらない。現代のデータは、この問題を逸話の域から、種をまたいだ統計へと進めた。人が生涯のうちにがんで死亡する割合は、およそ一割から二割五分。動物園のゾウでは五パーセント未満だ。2022年、動物園の記録から、百九十一種の哺乳類、十一万百四十八個体を整理した研究では、がんによる死亡リスクは、成体の体重や成体としての寿命に単純には伴って増えなかった。
同じ年の別の研究は、十六種の哺乳類の体細胞変異を比較し、一年あたりの変異率が寿命と強い負の相関をもつことを見いだした。一方、体の大きさだけでは、がんのリスクを単純に予測できない。
細胞の数と寿命から、素朴な独立リスクのモデルに沿って、種をまたぐがんの負担を直線的に予測することは、とてもできない。だから、大きく長生きする系統には、追加の抑制機構が備わっているはずだ。しかも、それはどれも同じ一式ではない。
ゾウには、「DNAの損傷を見つけたら、細胞を止めるか自殺させる」という仕事をするがん抑制遺伝子がある。人には一コピーしかないのに、ゾウには二十コピーほどある。ハダカデバネズミはネズミほどの大きさで、アリのように地下の大きな巣に群れ、一つの巣で子を産むのは一匹の「女王」だけだ。それなのに三十年以上生き、がんにもめったにならない。こちらの研究では、別の仕組みが提案されている。ひときわ長いヒアルロン酸、スキンケア製品でおなじみのあの分子が、強い接触阻害にかかわっているという。
ホッキョククジラはまた違い、修復の効率にある。異なる大きな体は、異なる階層の制限を進化させた。
発生と生活史は、がんの発生率、広がる範囲、世代を越えて受け継がれる機会を、多細胞の繁殖単位が保てる程度まで引き下げている。
一つの問題を閉じられないとき、よくある出口は、問題を解き切ることではない。抱えて歩ける水準まで抑えることだ。
六 実験室の六十日
2012年、アメリカのラトクリフらは、この出来事にどのくらいの時間がかかるかを、直接測る実験をした。相手は、パンづくりやビール醸造に使う、あの酵母だ。ふだんは一個ずつ、別々に育つ。
やり方は、きわめて簡単だった。毎日の培養のあと、試験管をしばらく静かに置き、底へ沈んだ部分だけを、新しい試験管へ移す。速く沈むのは、より大きなものだ。
装置のすべては、一本の試験管と、少しの忍耐。酵母には、もう一つ便利な点がある。育つのが速く、一日に何世代も継げるし、凍らせておいても生き返る。
実験がある程度進むたびに、試料を一つ凍らせておいた。そうすれば後日「祖先」を取り出し、その子孫と並べて比べられる。遺伝子改変も、特別な環境も、外から加える信号分子もない。毎日、速く沈む部分を選ぶだけだ。
こうして「大きくなる」ことだけが報われるようになった。生まれた酵母の塊は、一つの枝から何本も枝を出し、顕微鏡の下では雪の結晶のように見えた。研究者は、雪片酵母と名づけた。独立した二つの実験、計十五の反復集団のすべてに、六十日以内で塊状の表現型が現れた。
ばらばらの細胞が集まり直したのではない。出芽のあと、母細胞と娘細胞が正常に離れなくなり、枝分かれするクローンの塊になったのだ。だから、どの塊も出発時には遺伝的な近縁度がきわめて高い。後の研究では、この表現型が、娘細胞を切り離すプログラムにかかわる一つの遺伝子の機能が損なわれたことと結びつけられた。
つまり、細胞をつないで群体にする一歩は、分離のプログラムを一つ止めるだけで踏み出せる。新たな接着の仕組みを一式つくる必要はない。「多細胞は進化しにくいはずだ」という直感を、これは直接弱める。少なくとも最初の一歩は、容易な場合がある。長期版の実験は、はるか先まで進んだ。
後の実験では、六百回の選択、約三千世代が続けられ、2023年に発表された。研究者は多細胞長期進化実験と名づけ、ずっと続けるつもりでいる。手本は、アメリカで1988年から今日まで続く大腸菌の長期進化実験だ。そちらの大腸菌は、すでに七万世代余りを重ねている。その一系統は、三万世代を過ぎたころ、突然、培養液のクエン酸を食べられるようになった。祖先には食べられなかったものだ。
酸素を使った呼吸ができず、そのため内部への酸素拡散の不利を免れた処理条件では、五つの反復集団がすべて肉眼で見える大きさになった。塊の平均半径は約十六マイクロメートルから約四百三十四マイクロメートルへ増え、全体の規模は約二万倍、物理的な靭性は約一万倍になった。
顕微鏡がなければ見えなかったものが、裸眼で見えるようになった。そのすべてが三千世代以内に起こり、外来の遺伝子は一つもなかった。鍵となる変化は、細胞の形にあった。
細胞がいっそう細長くなり、枝同士が絡み合いやすくなった。塊がちぎれるには、より多くの細胞間のつながりを同時に壊さなければならない。そのため、大きな塊でも、より強い機械的な力に耐えられるようになった。
細胞の階層での形の変化から、集団の階層で新たな性質が生じたのだ。また、酸素条件そのものも、この実験結果を単純に外へ広げて考えられない理由を示している。
2021年の実験では、中程度の酸素濃度が、かえって大きな塊を制限するとわかった。内側の細胞に届く酸素が足りないからだ。約八百世代の時点で、異なる酸素条件は、すでにはっきり異なる大きさの上限を生んでいた。
緑藻に捕食者を加える実験には、少なくとも二通りある。
2019年、交雑させたクラミドモナスの集団を、繊毛虫に捕食させた研究があった。理屈は単純だ。捕食者の口には大きさの限界がある。いくつかの細胞が塊になれば、大きすぎてのみ込めなくなる。捕食者を加えた五集団のうち二つで、無性生殖の約七百五十世代以内に、対照群には見られない、遺伝する多細胞の生活史が生まれた。
2021年、別の研究グループは、ワムシを使って、同じ遺伝子型の緑藻十系統を捕食させた。第六篇に出てきた、乾いて風に飛ばされるあの小動物の親戚だ。約五百世代ののち、安定して遺伝する群体成長の表現型が得られ、分離したすべての群体株に共通する、並行した遺伝的変化も検出された。
「可逆的」という言葉は、二段階に分ける必要がある。進化した株のなかには、生活史の中で、より小さな、時には単細胞の繁殖段階をつくるものがある。だから多細胞と単細胞の段階は、同じ遺伝する生活史の中で交互に現れうる。だが、それは捕食者を取り去れば、遺伝子型がただちにもとへ戻るという意味ではない。
これらの実験は、一つのことを力強く証明している。単純な群体ができるまでに、長い待ち時間は要らない。
同時には生まれなかったものもある。複数の細胞型からなる安定した系譜、複雑な空間パターン、長距離の輸送系、位置に応じた精密な信号、そして生殖細胞と体細胞の完全な発生プログラムである。
約三千世代を経て、規模が二万倍になったあとも、雪片酵母は研究者によって、明確に「未分化の多細胞」系として使われている。それ自体が、「ミリメートルの大きさ」と「複雑な多細胞」が同じ意味ではないことを示す、実験上の実例だ。 さらにもう一つ、選択そのものに由来する限界がある。
この種の実験で基準を決めるのは研究者であり、ふつうその基準は一次元しかない。速く沈むか、食べられないか。第三篇の冒頭にあった、複製の速さだけを測る試験管と、同じ形をしている。ふるいにかける基準が報いるものだけが、残される。
自然環境の選択には、資源、拡散、捕食、病気、空間、繁殖、季節など、いくつもの次元が同時に含まれる。したがって、「数十から数百世代で細胞の塊ができる」ことが裏づけるのは、「群体をつくる敷居は低い場合がある」ということまでだ。それをもとに、複雑な発生体系に必要な時間を推し量ることはできない。
では、ここまでに取り上げた実験は、単細胞の祖先から、安定して遺伝する細胞型の分化が新たに進化することを示したのか。ここで検討した結果だけでは、まだそこまでは言えない。
雪片酵母では、もう一つ面白いことが起きた。塊が大きくなると、内側の一部の細胞が先に死ぬ。その死んだ細胞が切れ目になり、塊はそこからちぎれて、少し小さな新しい塊を放つ。死が、繁殖に使われている。
雪片酵母では、位置に依存する死と、明瞭な機能の違いがすでに進化している。初歩的な分業と呼んでもよい。けれども、ボルボックスのように、遺伝的には同じで、行く末の定まった二種類の細胞を、安定した発生プログラムによって繰り返し生み出すところまでは、まだ至っていない。
七 階段は教材であって、系譜ではない
ボルボックスは、池にいる緑の小さな球で、肉眼でかろうじて見える。1700年、オランダのレーウェンフックが、自作の顕微鏡で初めて、その球が水中をゆっくり転がるのを見た。球の内側には、次の世代の小さな球がいくつか入っていた。ボルボックスとその親類は、確かに、目を引く多彩な形の並びを見せてくれる。
単細胞のクラミドモナス。ふつう八個か十六個の細胞が小さな平板状に並び、安定した分化をもたないゴニウム。十六個の細胞が詰まって、小さな球になるパンドリナ。三十二個の細胞が、中の空いた球を囲むユードリナ。
さらに、ふつう数十から百個以上の細胞で群体をつくり、一部の種ではすでに前後で分業している、別の属もある。そしてボルボックス自身には、終末分化した小さな体細胞が約二千個、大きな生殖細胞が約十六個ある。
二千個の小さな細胞は鞭毛をもち、水をかく役目を担い、一生を勤め上げると死ぬ。次の世代を生めるのは、十数個の大きな細胞だけだ。生殖細胞を取り分ける、もっとも単純な姿である。ボルボックスの球には、十数個の娘の球が収まっていることが多い。最後に母の球が破れ、娘の球が泳ぎ出して、それぞれ育つ。発生中の胚は、体全体をひっくり返すこともする。靴下を裏返すように、鞭毛が外を向くようにするのだ。
この形の並びを一列に置くと、単純なものから複雑なものへ上る階段に見える。教科書でも、実際によくそう描かれる。けれども、祖先から子孫へ向かう階段として並べることはできない。
どれも、今生きている枝の先端だ。共通の祖先から分かれたあと、それぞれが進化を続けてきた。2009年の分子時計による解析では、多細胞のボルボックス類の初期の分岐は、少なくとも約二億年前に置かれた。今日目にする単純な群体は、凍りついたままの古い祖先ではない。
これらを階段に並べるのは、今のネズミ、犬、人を一列に置いて、これが哺乳類の進化の過程だというようなものだ。しかも、起源の回数そのものが、系統樹とともに改められてきた。
古い枠組みでは、未分化の多細胞性には、おもな起源が一つあると考える傾向があった。ところが2021年、トランスクリプトームを用いた系統樹は、違う結果を示した。多細胞性は少なくとも二回、独立に現れ、従来のある科は単系統ですらなかった。「ボルボックス類の多細胞性の起源は一度だけ」ということさえ、確定した事実ではない。ゲノムの結果は、さらに直感を裏切る。
2010年、ボルボックスとクラミドモナスのゲノムを比較した時点で、両者のゲノムは全体として、形の違いから想像するより、はるかによく似ているとわかっていた。
2016年、未分化のゴニウムのゲノムを加えてみると、多細胞性が現れる分岐点で検出された正味の増加は、遺伝子ファミリーが約百十、新しいタンパク質ドメインが九つだけだった。それより前の分岐点で起きた変化より、ずっと少ない。「単細胞から多細胞へ」という転換に対して、百十の遺伝子ファミリー。驚くほど少ない。
いちばんはっきりした例は、あの細胞周期の調節経路だ。単細胞のクラミドモナスにも、すでに存在していた。ゴニウムで変わったのは、その調節の仕方だった。必要な部品は、先にあった。使い方が変わったのだ。
いくつかの結果を合わせると、こうなる。新しい組織化の階層が現れるとき、新たに加わる遺伝子ファミリーは、少なくてもよい。一方、既存の遺伝子ファミリーの調節関係、コピー数、使う場面が変わる。だから、「多細胞になるには、まったく新しい遺伝子がひとまとまり必要だ」という直感は、この群では支持されなかった。
動物の側でも事情は似ており、同じ結論を指している。
2008年にゲノムが解読されたある襟鞭毛虫は、知られているかぎり動物にもっとも近い単細胞の親類だ。その約九千二百個の遺伝子には、それまでおもに動物で知られていた、細胞接着や信号伝達にかかわるタンパク質をコードするものが、すでに数多く含まれていた。動物の、もう少し広い意味での単細胞の近縁者からは、道具の別の一部分も見つかった。
ただし、道具箱のすべてが、すでにそろっていたわけではない。同じ一連の研究は、動物の細胞間シグナル経路の多くや、膨大な発生調節ネットワークが、動物の枝で拡張したことも強調している。
海綿は、もっとも単純な動物の一つだ。神経も筋肉も、真の器官もなく、体には小さな穴が無数に開いている。水がその穴から入り、内側に並んだ襟細胞の鞭毛が動くと、水中の細菌が濾し取られて食べられる。襟鞭毛虫は、この細胞にひどくよく似ている。それが、初めに動物の近縁と考えられた理由だった。
アメリカ、バークレーのキング研究室から、ひときわ明快な例が出ている。
ある襟鞭毛虫は、特定の細菌由来の合図がないとき、単細胞や、一直線の鎖の姿で暮らせる。ところが、餌にしている細菌の一種がつくる分子で刺激されると、細胞分裂を連続して行い、安定した球状の群体になる。
発見は偶然だった。研究者は当初、どうしてもこの小さなバラの花を育てられなかった。後になって、培養液に入り込んだある細菌が鍵だったとわかった。細菌が提供するのは、合図だけだ。細胞接着、極性、連続した分裂、形をつくる能力は、襟鞭毛虫自身に備わっている。だから、「多細胞に必要な分子の道具箱の大半は、多細胞より先に存在した」という命題は成り立ちうる。ただし、二つの階層に分けて考えなければならない。
第一は、タンパク質という部品の年代だ。接着タンパク質、信号伝達タンパク質、そしていくつもの種類の転写因子には、動物に近縁な単細胞生物の中に、相同なものがある。
第二は、調節の組み合わせの年代である。これらの古いタンパク質は、単細胞の異なる生活段階で、すでに組み合わされて使われていた。動物の多細胞性における重要な変化の一つは、こうした既存のモジュールを、空間、時間、細胞型に特異的な調節ネットワークへつなぎ直したことだ。だが、道具箱があることと、体制があることは同じではない。
単細胞生物も、足場に接着し、食べ物を見分け、隣に何がいるかを感知し、暮らしの状態を切り替えなければならない。
だから、後に細胞と細胞の接着に使われるタンパク質の祖先が、初めは細胞と足場の接着に使われていたとしても、まったく不思議ではない。あの単細胞の近縁者の接着系は、単細胞でいるときにも、足場への接着にかかわっている。機能の面から見た、もっとも直接的な例だ。
「動物の接着タンパク質は、単細胞生物にもすでにあった」。そう聞くと、多細胞への準備が済んでいた、という話のように響く。けれども、実際にいっているのは、そのタンパク質は当時、別の仕事をしていた、ということだ。
体制の階層で新たに加わるものは、こういうことだ。これらの部品が、統一された生活史によって継続して呼び出されなければならない。一つの細胞の状態が、別の細胞へ安定して影響を与え、位置に応じて、繰り返し再現できる異なる運命を生み出すように。
八 遠くまで進まなかったものたち
まず、化石からどこまで見えるのかを考えよう。一つの化石が多細胞の個体かどうかを判断する、もっとも強い根拠は何か。本当の細胞の境界が見えること。隣接する細胞が規則的に繰り返されること。位置によって、再現性のある細胞型の違いがあること。成長の方向がそろっていること。専用の付着構造があることだ。
だが、どの条件も、一部だけなら別のものがまねできる。大きな原核生物の糸にも横の隔壁はできる。枝分かれは、一個の多核細胞からでも生じる。大きさは、巨大な単細胞によるものかもしれない。第五篇の、二センチ近くもある硫黄細菌がそうだった。だから、いくつもの条件が同時に成り立ち、互いに整合していて初めて、判断が支えられる。
第六篇で触れた華北の化石は、ここでは別の重みをもつ。2024年に報告された、約十六億三千五百万年前の糸状化石の一群では、一個の細胞の直径が最大で約百九十マイクロメートルあり、細胞そのものが直接保存されていた。初期の多細胞の証拠は、「これは大きくて規則正しい」から、「これをつくっていた一個一個の細胞が見える」へ変わったのだ。
細胞が見えるかどうかは、保存の仕方にかかっている。炭素質の圧縮化石は、生物が押しつぶされたあとに残る、薄い炭素の膜だ。つぶされるとき、細胞の立体的な構造は失われる。
リン酸塩化や珪化は、腐る前に構造を「鋳固める」。だから初期の多細胞の記録は、一方では、当時どんな生物がいたかに左右され、もう一方では、どの保存の窓が、たまたま開いていたかに左右される。
次に、現在を見よう。題では、大半は遠くまで進まなかった、と書いた。「遠くまで進む」が、細胞型が増え、体が厚くなり、発生の階層が深くなることを指すなら、確かにそのとおりだ。四十五の独立した事例のうち、三次元で、組織をもち、多くの細胞型を備えた体に育ったものは、少数しかない。大半は、糸、菌糸、薄片、クローンの群れ、あるいは一時的な集合体のままである。
だが、ものさしを替えれば順位は変わる。デンマークのオーフスの研究者たちは、まず2010年、奇妙なことに気づいた。海底の泥の表面では酸素が使われ、一、二センチ深いところでは硫化水素が消費されている。その二つが、驚くほど足並みをそろえていた。あいだが電線でつながっているかのように。2012年、彼らはその「電線」を見つけた。多数の細胞が端と端をつないで一本の細い糸になった、ケーブル細菌だった。
一端を酸素の乏しい泥の深くへ埋め、もう一端を酸素のある表面へ伸ばしている。電子は、その糸を伝って端から端へ流れる。ある場所で電子を受け取り、別の場所で渡す。生きた電線のようだ。導線は細胞の外壁の下に隠れており、電気を通す繊維が、何本も平行に束ねられている。
一個の細胞では、その距離をまたげない。だから、一本の糸でなければならない。一万個以上の細胞がつながり、一筋の糸が数センチにも伸びる。海底一平方センチの下にあるケーブルを全部合わせると、長い場合には二千メートルにもなる。
すでに海の塩性湿地、マングローブ、湖、渓流、地下水で見つかっており、堆積物の深部と表面の化学をつないでいる。細胞型の分化も、組織も、器官もない。細胞型の数で並べれば、いちばん下に来る。どれだけ広い海底の化学を変えたかで並べれば、下には来ない。
ゾウリムシは一個の細胞しかないのに、口溝、食胞、収縮胞、二種類の核、そして協調して水をかく繊毛の一式を備えている。細胞型の数でいえば一。内部構造でいえば、少しも単純ではない。
エジプトのピラミッドをつくる石灰岩には、貨幣石という有孔虫の化石がびっしり詰まっている。一枚一枚が、一個の単細胞生物のつくった殻だ。大きいものは数センチある。地中海には、数センチの高さまで伸び、開いた小さな傘のように見えるカサノリもいる。一株全部で、たった一個の細胞だ。1930年代、ドイツのヘンメルリングは、一種のカサノリの傘を切り落とし、核を別種のものに取り替えた。新しく生えた傘は、核に従った。こうして、形を指揮するのは核だと示した。
複雑さとして測れるものには、少なくとも、細胞型の数、体の大きさ、組織化の階層、遺伝子調節ネットワークの規模、生態的なつながりがある。これらの量は、一緒に増えるわけではない。人のタンパク質をコードする遺伝子は約二万個で、一ミリの長さの線虫の一種と、だいたい同じだ。
タマネギのゲノムは、人の約五倍大きい。1991年、アメリカの古生物学者マクシェイは、「複雑さは進化とともに全般的に増す」という誰もが抱く直感が、当時、ほとんど定量的に検証されていなかったと指摘した。
遠くへ進む道も、一方通行ではない。菌類では、酵母のように単細胞で暮らす生き方が、いくつもの枝で、それぞれ再び現れた。2014年、その背後にあるのは、古い調節ネットワークの並行した変更だとわかった。単細胞のための遺伝子を、一式発明し直す必要はない。
実験でも見える。2019年、塊をつくる酵母から、浮いたままの部分を選び続けると、再び単細胞として繁殖する子孫が得られた。2025年の追跡研究では、そこへ再び沈降による選択を加えると、どれも多細胞の塊に戻るとわかった。ただし、戻るまでの速さには、大きな開きがあった。
複雑な多細胞が特別なのは、もちろんだ。三次元の組織、長距離輸送、位置に応じて出される信号、安定した細胞型は、確かに少数の系統にしか現れない。ただ、「少数」であるという事実それ自体は、ほかの系統を評価する言葉にはならない。少ないことと、優れていることは別のことだ。
ここで、この篇の「構」へ戻ろう。このシリーズでいう構とは、一線を引くことだ。線の内側を数に入れ、外側は数えない。この篇では、その線が体の縁に引かれている。内側の細胞は一緒に繁殖し、一緒に選択を受ける。外側の細胞は、それぞれの道を行く。
ここで選択の単位は、また一つ階層を移った。一個の細胞から、細胞の集まりへ。第五篇の「一回」は、現生の真核生物が共有する基本的な組織を指す。細胞の取り込みがすべて一度しか起きなかったという意味ではない。一方、多細胞性は、異なる系統で何十回も生まれている。
雪片酵母は、六十日でそれをやってのけた。緑藻は、五百から七百五十世代でやってのけた。自然界では、もっとも広く数えるなら、少なくとも四十五回、百回近く起こったかもしれない。選択の単位を細胞から細胞群へ引き上げること自体は、敷居がとても低い。 珍しいのは、階層を移ったあとも組織化を続けることだ。細胞型を固定し、発生プログラムをつくり、内側の衝突を、長く維持できる水準へ抑え込むことなのである。
その衝突は、今も閉じきっていない。第一節で述べたように、この瞬間も、あなたの体には決まりを破って複製する細胞があり、大半は排除されている。大半と全部のあいだの、そのわずかな差が、この体制の第一の余項だ。構に収めきれず、しかも消せない部分を、このシリーズでは余項と呼ぶ。
第二の余項は、まるごと目に見える。組織化を続けなかった、何十回もの起源が、そこにある。名前があり、分布があり、生物量があり、生態系での役割があり、系統樹の上の位置がある。
それらが「遠くまで進まなかった」と呼ばれるのは、見えないからではない。順位をつけるためのものさし、複雑さに、自然に定まる単位がないからだ。「遠くまで進まなかった」と呼ばれるものは、私たちが選んだその一本の軸の上で、遠くまで進まなかったにすぎない。 軸を替えれば、たとえば「何種類の堆積環境に存在するか」「生態系でどれほどの物質の流れを担うか」で測れば、順位はまったく違ってくる。
回数は、今も数え直されている。数え直すたびに、まず何を一回とするかを定義し直さなければならない。ものさしは、まだ定まらない。