第十九篇 二〇〇八:受け止められたのは、つながりの強いものだけ
金融危機は、相互連結した機関を救い、孤立した世帯を後回しにする制度の優先順位を露呈した。縦の連鎖と街路の損失の非対称を読む。
一 一つ、欠陥を見つけました
二〇〇八年十月二十三日、アメリカ下院のある委員会が、公聴会を開いた。証言台に立ったのは、退任してまだ間もない中央銀行の前議長だった。議長の席に、十八年半、座っていた人である。
議員が尋ねた。世界に対するご自分の見方が間違っていたと、気づいたのですか。
彼が答えた一言は、後に繰り返し引用されることになる。一つ、欠陥を見つけました。
さらに問われると、何を認めたのかが、もっと具体的になった。自ら損益を負う金融機関なら、自分たちの利益のために、株主や会社の利益をきちんと守るはずだ。そう信じてきたが、その信念に問題があったのだという。
八十二歳になった一人の人間が、議会の証人席で、何十年も使ってきた自分の判断の仕方に、一か所、成り立たないところがあると認めた。
そのこと自体、一筆、記しておく値打ちがある。これまでの十八篇で、構は、めったにこんな話し方をしなかった。名前を変える。尋ねない。境界を内側へ引く。余項には、帳簿の周りを回る軌道を与える。人には、証拠を示せと求める。それでも、自ら前へ出て、自分の使っている物差しには一か所、間違いがある、と言うことは、ほとんどなかった。
ただし、何を認めたのかには、注意したい。彼が言ったのは、金融機関が、思っていたようには自分を守らない、ということだ。つまり、欠陥は、人についての判断にあった。あらゆるものを価格へ押し縮める、このやり方自体に問題があるとは言っていない。構が、一つのパラメーターを見誤ったと認めることと、自分の測り方に問題があると認めること。この二つは、遠く隔たっている。
さらに珍しいのは、それを認めた時期である。反論に打ち負かされたあとで認めたのでも、何十年もたってから、後世の人が記録を掘り起こして見つけたのでもない。出来事が起きたばかりで、当事者はまだ生きており、損失もなお広がっている。そのときに、あの物差しを支えてきた中心人物が、自分で口にしたのである。
この一言を、まずここに置いておきたい。この先、どこに目を向けるかを決める言葉だからだ。
前の篇では、あの機械がどう作られたかを書いた。標準化された契約。計算できる価格。七つに切り分けられた連鎖。そして、別の帳簿を記しはじめる帳簿。
これから書くのは、機械が止まった数日間のことだ。そして、止まったあと、誰が受け止められ、誰が受け止められなかったか。
機械が故障するのは、技術の問題である。故障したあと、どれから先に受け止めるかを、誰が決めるのか。それは、別の種類の問いだ。機械工学の領分には入らない。
危機を分析するうえで、最も実りがあるのも、この点だ。平穏な日々には、誰もが帳簿に載っていて、順番は見えない。資源が足りなくなり、列を作らなければならなくなって初めて、その並び順が現れる。
その順番を、危機が作ったのではない。前からあった。ただ、ふだんは使わずに済んでいた。
一つの制度がふだん見せる顔と、資源が足りなくなったときに見せる顔は、別の顔である。後の顔のほうが、その本当の造りに近い。ふだんの顔では、誰もが収まる場所があり、先も後も見えないからだ。
二 一件の住宅購入にも、資金を出していない
その順番を見きわめるには、まず、この機械が、最後にどこまで進んでいたのかを見なければならない。
二〇〇六年には、証券化は、すでに周辺的な資金調達の手法ではなくなっていた。この年、アメリカのサブプライムローンの実行額は、六千億ドルに達した。住宅ローン全体の二十三・五パーセントを占め、その大部分が証券化された。非エージェンシー住宅ローンの実行額は、一兆四千八百億ドル。エージェンシー住宅ローンを上回る幅は、四十五パーセントを超えていた。
ローンが一件、実行されれば、束ねられて売られる。それが、すでに当然の行き先になっていた。
この一文は、ゆっくり読まなければならない。ローンを売れるようになった、というだけではない。貸すという行為の目的そのものが、変わったのである。以前、銀行が一件の融資をするのは、その先三十年、利息を受け取りたいからだった。いま、金融機関が一件の融資をするのは、三か月以内に、そのローンを売りたいからだ。同じ契約。同じ家。同じ借り手。それなのに、貸し手が見ているものは、まったく違う。
この変化は、関係のなかから、一つのものを取り外した。三十年、持ち続けるローンなら、貸し手は、その人がこれから三十年、どう暮らしていくかを気にかけなければならない。三か月以内に売るローンなら、その三か月のあいだ、そのローンがどんなふうに見えるかだけを気にかければよい。前の気遣いは、利害によって結びつけられている。誰かの善意に頼る必要はない。後の気遣いは、期限が来れば切れる。
そして、価格を現実から完全に引き離したのは、合成型と呼ばれる商品だった。
ふつうの再組成商品の下には、実在する住宅ローン担保証券がある。証券の下には実際のローンがあり、ローンの下には本物の家と、本当に返済しなければならない人がいる。その線は、ひどく長く引き延ばされている。それでも、つながってはいる。
つながっているということには、重みがある。つながっているかぎり、連鎖の最上端で証券を買う人から、いちばん下で毎月返済する人へ、さかのぼっていける道が残る。歩くのは骨が折れる。七つ、八つの段階をくぐらなければならない。それでも、道はある。後で見るように、実際にそこを歩いた人もいた。
合成型の商品は違う。その下にあるのは、あの証券そのものではなく、証券の成績をめぐる賭けだ。
危機を調べた委員会は、率直に記している。市場で現物の商品が足りなくなると、ウォール街は、もっと安く、もっと量産しやすい合成型の商品を作りはじめた。さらに委員会は、こうした商品は、一件の住宅購入にも資金を出していない、と指摘した。
一件にも、である。
ここは、はっきりさせておきたい。合成型の商品は詐欺だ、と言っているのではない。正当な用途がある。すでに大量の住宅ローン担保証券を保有する機関が、現物を売らずに、持ち高をヘッジするために使える。その用途は本物であり、リスク管理のうえでも筋が通る。問題は、比率にある。ヘッジのために買われる分が少なく、賭けのために買われる分が多くなれば、そのものの性質が変わる。
規模は、小さくなかった。ある投資銀行一行だけで、二〇〇四年七月から二〇〇七年五月までに、七百三十億ドルの合成型商品を組成し、販売した。それらが参照していた三千四百超の住宅ローン担保証券のうち、六百十銘柄は、少なくとも二度、重複して参照されていた。
別の研究者の追跡によれば、およそ五千五百銘柄の中間層のサブプライム住宅ローン債券が、再組成された仕組み商品に組み込まれるか、そこから参照されるかした回数は、約三万七千回に上る。六百四十億ドルの債券が、約千四百億ドルの資産へ膨らんでいた。
六百四十億が、千四百億になる。その間に、家は一軒も余分に建っていない。家を買いたい人へ、一銭でも多く貸されたわけでもない。
前の篇では、帳簿が別の帳簿を記しはじめる、と述べた。
合成型の商品まで来ると、さらに一段、先へ進む。帳簿は、指し示す先さえ要らなくなる。もはや、実際の債務を一件も記していない。記しているのは、その債務の成績をめぐる賭けの約束であり、その約束は、何枚でも複製できる。
同じ借り手の返済能力が、何十枚もの契約に同時に現れる。当の本人は、一度しか金を借りていない。
構がここまで来ると、外の対象は、もう必要ない。要るのは、参照できる対象が一つと、両側で賭けに応じる人だけである。
しかも、賭ける双方が悪人である必要はない。買う側は、このローンは返済されると考え、売る側は、返済されないと考える。それぞれが、自分の判断で値をつける。契約を一枚ずつ見るかぎり、どこにも非難すべきところはない。
問題は、総量にある。一件のローンで起きる債務不履行は、一度だけだ。その周りには、何十枚もの賭けの約束がある。ローンが債務不履行に陥ったとき、支払いが必要になるのは、一枚分ではない。何十枚分である。
リスクは、分散されたのではなかった。複製されていた。
この一文は、前の数篇を貫く一本の線を、その果てまで押し進める。第十篇では、構は、答えられない問いを門の外へ出した。第十二篇では、余項に、帳簿の周りを回る軌道を与えた。第十八篇では、帳簿が別の帳簿を記しはじめた。ここまで来ると、構がしているのは、もう余項の処理ではない。自己増殖である。世界に何か一つ、新しいものが増える必要はない。同じ出来事に、もう一度、賭けてもよいという人がいれば、それだけで帳面は、また一段、伸びていく。
三 牛が組んだ仕組みにだって
この機械が動くには、途中に一つの関門が要る。格付けである。
格付けは、もともと判断だった。専門知識のない投資家に代わって、誰かが資産のプールの質を調べ、比べられる等級をつける。そうすれば、別の都市にいる年金の運用担当者は、自分で家を見に行かずに済む。
その機能は、本物であり、必要でもある。それがなければ、証券化は、そもそも成り立たない。見知らぬ人々のローンを数千件、精査する費用を払える人はいないからだ。
これもまた、通約が実際に成し遂げたことだ。逆に読んではならない。別の国の年金基金が、一生会うことのない家族へ金を貸せるのは、まさに、この関門があるからである。間で省かれた費用は、途方もなく大きかった。その一部は、実際に、より低いローン金利になって、家を買う人の手へ届いた。
問題は、この関門が、その後、何へと育ったかだ。
ある格付け会社が扱う各種の再組成商品の取引件数は、二〇〇四年の二百二十件から、二〇〇六年の七百四十九件へ増えた。取引額は、九百億ドルから三千三百七十億ドルへ増えている。
同じ会社の投資家サービス部門では、仕組み商品からの収入が、二〇〇〇年の一億九千九百万ドルから、二〇〇六年には八億八千七百万ドルへ伸びた。会社全体の収入に占める割合も、三分の一から四十四パーセントへ上がった。
人手は、それに合わせて増えなかった。後の証言に繰り返し現れるのは、同じ訴えだ。人が足りない。いつも火消しに追われている。まともな調査をする余力など、ほとんどない。
調査記録には、後に最もよく引用されることになる、社内のインスタントメッセージのやり取りがある。ある分析担当者が、一つの取引はあまりにばかげている、モデルはリスクの半分も捉えていない、と書いた。別の担当者が、こう返した。
うちは、どの案件にも格付けする。牛が組んだ仕組みにだって、格付けするさ。
この言葉が重要なのは、品がないからではない。一つの事実を言い当てているからだ。格付けは、もうリスクを判断する仕事ではなくなっていた。流れ作業の、一工程になっていたのである。
工程の役目は、物を通すことだ。止めることではない。
しかも、この工程には、他ではあまり見られない性質がある。送り出すのは製品ではなく、他人が根拠として使うことのできる判断だ。工場がひとまとまりの不良部品を作ってしまえば、欠陥は、その部品にある。一つの格付けを誤れば、それを頼りに決めた人が、みな誤る。判断が事実として使われるとき、間違いの代価は、判断を出した人の負担にはならない。
この変化には、誰かの決定は要らない。量が変わることで生まれる。取引が二百二十件から七百四十九件へ増え、人手が増えなければ、一件に使える時間は、何分の一かになる。あるところまで時間が削られると、丹念に見るか、モデルどおりに進めるかは、もはや選べることではなくなる。
そして、金を払うのは、投資家ではなく発行体だった。
この点を、道徳の言葉で語る必要はない。構造上の事実である。誰のために調べるのかと、誰から金を受け取るのかが、分かれている。調べる人は、投資家のために調べる。費用は発行体が出す。その取り決めは、業界で公然と行われ、文書にも書かれ、誰もが知っていた。
第十三篇で、こう述べた。過程のすべてが完全に合法でも、結果は、なお著しく非対称でありうる。ここで、同じことが再び姿を現している。
技術的にどこを誤ったのかも、具体的だ。平均すれば質の高くないローンのプールから、高格付けの証券を大きな塊として精製するには、強い前提が要る。これらのローンは、同じ時点で一斉には傷まない。少なくとも、そこまで足並みをそろえて悪くはならない、という前提である。
後の再検証が示したのは、格付けモデルが、相関を低く見積もりすぎ、分散の効き目を大きく考えすぎていたことだった。
二〇〇八年末までに、格付け会社は、重要な相関の仮定を、危機前の二倍ないし三倍の水準に引き上げた。
仮定は、変えられる。家は、もう取り上げられていた。
この二つの文のあいだにあるのが、モデルと現実との時間差だ。モデルは、いつでも修正できる。パラメーターを一つ変え、計算をやり直せば、翌日には新しい格付けができる。しかし、古いパラメーターで値をつけたローンは、すでに実行されている。家は買われ、三十年の契約に署名が済んでいる。構は、自分を変えるのは速い。すでに引き起こしたことは、変えられない。
ここで、共通の尺度についても、一言、付け加えられる。市場がある日、突然、新しい情報を一つ見つけたわけではない。見つかったのは、共通だと思っていた物差しが、実は共通ではなかったということだ。同じ文字でも、商品が違えば、意味は大きく違っていた。
連邦準備制度のある論考は、この危機では、信用スコアは実際の債務不履行リスクを予測する役割を果たさなかった、とさえ、はっきり記している。
物差しが最も危険になるのは、一度、測り違えたときではない。誰もがまだ使い続けているのに、それが、もうそのものを測っていないときだ。
四 併存
危機のあと、最も手軽にできる説明の一つは、当時は誰にも見えていなかった、というものだ。
資料は、その説明を支持しない。
二〇〇四年、連邦捜査局は、すでに住宅ローン詐欺を、拡大しつつある流行病と呼んでいた。その年の最初の九か月だけで、疑わしい活動の報告は一万二千件を超え、二〇〇一年の一年間のおよそ三倍に達した、とも述べている。
二〇〇五年には、国際決済銀行の研究が、ストラクチャード・ファイナンスの階層化された商品は、金融機関のポートフォリオに、予想もしないリスクの集中をもたらす恐れがある、と警告していた。
同じ年、ある大手債券ファンドは、信用分析の担当者を二十の都市へ送った。不動産仲介業者、住宅ローンの仲介業者、地元の投資家に直接会い、住宅市場と住宅ローン市場で、いったい何が起きているのかを尋ねたのである。靴底をすり減らす、昔ながらの調査。そう呼ぶ人もいた。
彼らが探していたのは、まさに、どの数字にも取り込まれていない情報だった。
一方、同じ時期に当たる二〇〇七年の春、中央銀行の議長は、なお議会に対し、サブプライム問題が経済全体や金融市場へ及ぼす影響は、おそらく抑え込めるように見える、と述べていた。
この節で、最も目を向けたいのは、誰が正しく、誰が間違っていたかではない。
危機に至るまでの数年間、警告と楽観的な判断が、併存し続けていたことだ。
併存。この言葉に、この節の重みはすべて懸かっている。危機に至るまでの数年間、ある人は流行病と書き、ある人は二十の都市を回り、ある人はおそらく抑え込めると話していた。警告も、楽観的な判断も、消えなかった。そして機械は、毎日、いつもどおりに数十億ドルの新しい証券を作り続けていた。
この併存が、一つの結果を生む。後になれば、どちらの側に立つ人も、当時の資料から、自分を支える証拠を見つけられる。誰にも見えていなかったと言う人は、楽観的な見通しを挙げられる。早くから警告されていたと言う人は、警告を挙げられる。双方が引くのは、本物の資料だ。警告も楽観的な判断も、危機に至るまでの数年間に、併存し続けていたのである。
警報は鳴り、軽視は続き、論争は行われ、商売はいつもどおりに進む。先に誰かが警告し、それが押さえ込まれ、最後に皆が悔やんだ、という話ではない。それらすべてが同時に併存しながら、どの段階にも、機械を止める権限がなかった、という話である。
第十六篇でも、よく似た形を書いた。三つの場所すべてで、人は見ていた。三つの場所すべてで、人は書き残していた。それでも、機械は回り続けた。
あのときに起きていたのは、食糧があると知りながら、出さないことだった。今回は違う。その水門を開け閉めする権限を、誰一人、握っていなかった。
ある取引はばかげていると気づいた分析担当者にできるのは、社内のやり取りで一言、書くことだった。二十の都市へ人を送ったファンドにできるのは、自分たちの買う量を少し減らすことだった。捜査局が結論を書けば、それは、すでに処理能力を超えていた法執行の手続きへ入る。規制当局者には権限があった。しかし、市場は自らを律すると信じており、その信念が、当時の主流だった。
構が最も扱いにくくなるのは、しばしば、こういうところだ。悪意を持つ人は要らない。続けろと命じる人も要らない。それぞれの場所にいる人が、自分の場所で、自分にとって筋の通ったことをする。それだけでよい。
止めるという仕事は、誰の職務の範囲にも入っていない。
第十六篇との違いは、はっきりさせておきたい。あの三つの飢饉では、機械は止められた。どう止めるべきかを、当時すでに指摘した人もおり、止める権限も、具体的な誰かの手にあった。今回は事情が違う。機械全体を止められるスイッチは、一つもない。止められるのは、自分の受け持つ部分だけだ。そして、自分の部分を止めても、たいていは、その商売が別の会社へ移るだけだった。
この場合に、責任を分けて考えるのが、とりわけ難しいのは、そのためだ。間違いを犯した人が見つからない、ということではない。それぞれの場所にいる人が、その場所でするべき仕事をしており、それを全部合わせると、あの結果になる。機械を止めるには、誰かが自分の持ち場を越えなければならない。だが、持ち場を越えることに、制度上の褒賞はない。たいていは、罰のほうがある。
五 あの週末
時系列は、はっきり並べておかなければならない。救うか、救わないかの違いが、わずか数日のあいだにあるからだ。
しかも、この線は、続けて読んでこそ意味を持つ。切り離して見れば、どれも、一つの金融機関に起きた個別の苦境でしかない。つなげて見れば、同じことが、違う場所で順々に姿を現している。まず、いちばん質の悪い側の商品が売れなくなる。次に、それを持つファンドが解約に応じられなくなる。その次に、ファンドへ融資する銀行が、金を借りられなくなる。最後には、その銀行へ貸していた人々が、そろって、もう貸さないと言い出す。
二〇〇七年は、失速の年だった。二月二十七日、ある政府支援機関が、最も危険なサブプライム住宅ローンと、その関連証券の購入をやめると発表した。四月二日には、かつて大手の一角を占めたサブプライムローンの貸し手が、破産保護を申請する。六月、格付け会社が、一群のサブプライム関連債券を格下げしはじめた。六月七日、ある投資銀行の、高いレバレッジをかけたストラクチャード・クレジット・ファンドが、解約を停止した。七月三十一日には、その銀行傘下の、住宅ローン担保証券を大量に持つ二つのファンドが、清算に入る。八月九日、フランスのある銀行が、三つのファンドの解約を凍結した。市場では、この日を、世界的な信用恐慌の始まりの一つと見る考えが、広く共有されている。
この日の意味は、出来事が外から伝わってきたことにある。それまでの事故は、まだ、アメリカの住宅市場に限られた問題として説明できた。しかし、フランスの銀行が解約を凍結したということは、これらの品が、すでに他人の貸借対照表に載っているということだ。第十八篇の、七つに切り分けられた連鎖が、このとき、その長さを見せた。
最初に崩れたのは、短期の資金調達市場だった。資産担保コマーシャルペーパーの未償還残高は、二〇〇七年八月の一兆千八百億ドルから、二〇〇八年八月の七千四百五十億ドルへ減った。三十七パーセントの縮小である。
二〇〇八年三月、あの投資銀行が、破綻寸前になった。三月十三日、市場から資金を調達できなくなったと中央銀行に伝える。十四日には、つなぎ融資で、かろうじて命をつなぐ。十六日、別の大手銀行に買収される案を受け入れた。後の公式な検証は、率直に記している。きわめて大規模な流動性支援か、より強い金融機関による引き受けがなければ、三月十七日、月曜日の営業開始までは、持ちこたえられなかった可能性が高い。
九月七日、政府の支援を受ける二つの住宅金融機関が、政府の管理下に置かれた。
九月十二日、金曜日、別の投資銀行には、中央銀行のある制度を通じた借入が、なお百八十五億ドルあった。九月十五日、月曜日には、さらに別の制度から二百八十億ドルを借りた。それでも、資金の流出は止まらなかった。
あの週末、歴史は、もう少しで別の道を進むところだった。
調査記録によれば、最も有力な買い手は、イギリスのある銀行だった。しかし、イギリスの財務大臣は、自国の納税者に、アメリカの銀行の尻拭いをさせることを拒んだ。この投資銀行の弁護士の回想では、後にアメリカの財務長官が、彼らにこう伝えている。イギリス政府は、それをしない。
九月十五日、その投資銀行は、破産保護を申請した。同じ日、別の投資銀行は、商業銀行に買収されると発表した。
後にある研究者は、この破綻を冷ややかなほど簡潔にまとめた。九月十五日の未明に破産したのは、その朝、店を開けるだけの現金が、もうなかったからだ、と。
この説明は、出来事全体を、債務超過の話から、短期の資金調達が突然途切れた話へと引き戻す。
二つの説明の違いは、学問上の細部ではない。債務超過で倒れたのなら、救うことは、すでに腐ったものを救うことになる。一夜にして金を借りられなくなって倒れたのなら、救うことは、時間の隙間を埋めることになる。同じ出来事が、前の読み方では自業自得となり、後の読み方では運が悪かったとなる。しかも、当時は、どちらも確かめようがなかった。確かめるには、あの資産が、本当はいくらの値を持つかを知らなければならない。それこそ、当時、誰にも答えられないことだった。
そして、その破綻から四十八時間のあいだにこそ、システム全体を揺さぶる、本当の雷鳴がとどろいた。
九月十六日、ニューヨークの連邦準備銀行は、ある保険グループに、最大八百五十億ドルを融資する権限を与えられた。同じ日、あるマネー・マーケット・ファンドは、破綻した投資銀行の手形を保有していたため、純資産価額が一ドルを割り込んだ。後に、九十七セントと確認される。マネー・マーケット・ファンドで、取り付けが起きた。
九月十九日、中央銀行は、マネー・マーケット・ファンドから、質の高いコマーシャルペーパーを買い取るのを支援する制度を設けた。財務省は、最大五百億ドルの、マネー・マーケット・ファンド保証計画を打ち出した。
九月二十一日、最大手の投資銀行二行に、銀行持株会社へ移行することが認められた。
十月三日、あの七千億ドルの救済計画を定める法律が、成立した。
十数日のあいだに、それまで別々の管轄に分かれ、行き来のなかった一組の境界が、引き直された。誰が中央銀行の金を受け取れるか。誰が身分を変えられるか。誰が国家の保証を得られるか。そのすべてが、この十数日間に決まった。
ここで、最も注意したいのは、身分という言葉だ。最大手の投資銀行二行が銀行持株会社への移行を認められた、とは、分類が変わったということである。別の扉を通り、別の種類の金を受け取り、別の規則に従う身分になった。第十三篇で述べたとおり、構の引く境界は、活動と活動のあいだではなく、組織の形と形のあいだにある。今回は、誰かが境界を越えたのではない。特定の数社のために、境界のほうが動いた。
六 名簿
ここで、あの問いを出せる。なぜ、こちらが選ばれ、あちらは選ばれなかったのか。
答えは、陰謀ではない。そして、陰謀よりも、よく見ておく値打ちがある。
陰謀なら、正すことができる。結託した人々を見つけ、入れ替えれば、規則は元へ戻る。しかし、物差しの光が、あるものに届かないことは、誰がその物差しを使っても変わらない。
救済にも、物差しが要る。
あの数日間、決定を下す人々の手元には、実際に計算できる量があり、彼らは、本当に計算していた。その量を、システミック・リスクという。この機関が倒れれば、何社の取引相手が巻き込まれるか。資金調達の連鎖が何本、凍りつくか。いくつの契約で、同時に決済を求められるか。取り付けが連鎖するかどうか。
この物差しで測れば、ある保険グループは、八百五十億ドルを融資するに値した。無数のクレジット・デフォルト・スワップ取引で、相手方になっていたからだ。その破綻は、何百枚もの契約の向こう端を、同時に抜き取ることになる。
この物差しで測れば、投資銀行の価値は、いくつの連鎖へ組み込まれているか、そして、引き受け手がいるかどうかで決まる。
この物差しで測れば、マネー・マーケット・ファンドには、保証が必要だった。何千万人もの人が、現金として扱っていたからだ。一度、取り付けが起きれば、コマーシャルペーパーへ、企業が給料を払うための金へと伝わっていく。
どの項目も、計算できる。どの項目にも理由がある。そして、その理由の大半は、当時の状況では、十分に成り立つものだった。
あの数週間に決定を下した人々は、自分たちにできる唯一のことをしていた、とさえ言える。時間は、一時間刻みだった。情報はひどく不足し、使える法律の条文も限られていた。一時間、遅れるごとに、もう一社、倒れるかもしれない。その条件で、他を道連れにするものから先に受け止めるのは、理にかなった判断であり、責任ある判断でもある。
問題は、その計算が間違っていたことではない。この物差しの光が、何に届くかである。
機関には、届く。一人の人間には、届かない。
一つの機関は、システミック・リスクの計算に入れられる。倒れれば、影響が伝わるからだ。取引相手がいる。貸借対照表がある。契約の網があり、つながっている会社が何百社もある。これらは、どれも数えられる。
家を失う一人の人間からは、波及しない。その人が債務不履行に陥っても、別の三百人が、同時に債務不履行になるわけではない。取引の相手方はおらず、損失は、その人自身と家族のところで止まる。
システミック・リスクという量で測れば、その人の読み取り値は、ゼロだ。
こうして、あの名簿の形が決まる。救われる条件は、傷が深いことでも、非が誰にあるかでも、誰のほうが救われるに値するかでもない。その量の計算に、入れられるかどうかである。
この量に入るには、まず一つ、条件を満たさなければならない。他とつながっていることだ。つながりが強いほど、読み取り値は高くなる。つまり、この物差しには、あまり口にされない性質がある。絡み合っているほど、報われる。一つの機関が、より多くの人々と結びついているほど、危急のときには、列の前に並べる。
倒れれば連鎖反応を起こす機関は、この出来事のなかで、最も恥ずべき行いをしていたとしても、受け止めなければならない。受け止めるのは、他の人々のためだからだ。
自分には読んでもわからない契約に署名し、いま、来月の返済額を用意できない人は、何一つ悪いことをしていなくても、その名簿に入れない。その人を救っても、救われるのは、その人だけだからだ。
この理屈は、通る。あの数週間には、通る理屈は、それしかなかったとさえ言える。資源は限られ、時間は一時間刻みだ。他を道連れにするものから受け止めるのは、合理的な分け方である。
同時に、それは、一枚の価値の一覧表でもある。
物差しは、ものに順番をつけはじめたとたん、何を勘定に入れるのかを宣言している。システミック・リスクが測るのは、あるものが他のものと、どれほど強くつながっているかだ。そのもの自身がどうなっているかを記す欄は、ない。
第十六篇では、名簿の外に人が立っている、と述べた。今回は、形が違う。人々は、名簿に載っていないのではない。いくつもの名簿に載っている。信用情報の記録にもいる。担保権実行の統計にもいる。失業率の数字にもいる。ただ、あの肝心な名簿には、いない。
余項は、ここで、別のあり方になる。漏れ落ちたものではない。後回しにされたものになる。
その順番は、平穏な日々には見えない。ふだんは、順番をつける必要がないからだ。
今回の論争が、ひときわ解きほぐしにくい理由も、ここにある。ふだんなら、この制度は、誰もを平等に扱うと言える。証拠も挙げられる。同じ金利表。同じ申込手続き。同じ契約書。どれも本当だ。順番は、その文書のなかには書かれていない。資源が足りなくなったとき、誰が先に金を受け取るか。そこに書かれている。そして、それが起きるのは、何十年に一度なのだ。
危機は、分けるには足りないところまで資源を縮める。すると、ずっと存在していた順番が、初めて読み上げられる。
七 三百八十万と、七百八十万
代価には、数字がある。
ここに数字を置くのは、これまでの数節が、機関についてばかり語ってきたからだ。機関は、眠れぬ夜を過ごさない。
これらの数字には、共通するところもある。どれも、後から集計されたものだ。あの数週間、決定が下されていたときには、一つとして存在していなかった。何人が職を失い、何世帯が家を出ることになるのか。当時、それを計算できる人はいなかった。計算せよと求められた人もいなかった。どの機関を救うかは、その日のうちに答えを出すべき問いだった。こうした代価を、どれだけ払うことになるのかは、何年もたってから、ようやく数えられる事柄だった。
二〇〇七年の第一四半期から、二〇一一年の第二四半期までに、全国の平均住宅価格は、五分の一を超えて下落した。
失業率は、二〇〇七年十二月の五パーセントから、二〇〇九年六月の九・五パーセントへ上がり、同年十月には十パーセントに達した。その月、失業者は千五百万人を超えていた。
担保権実行が何件あったかは、はっきり言えない。そして、はっきり言えないということ自体に、注意したい。
ある連邦準備銀行の推計では、二〇〇七年から二〇一〇年までに、約三百八十万件の担保権実行があった。別のデータ機関が、より長い期間をさかのぼって集計したところでは、二〇〇七年以来、完了した担保権実行は、累計で約七百八十万件となる。
どちらの数字も、間違いではない。測っているものが違う。一方は、特定の数年間を数え、もう一方は、その時点からの累計を数える。一方は、手続きの開始を数え、もう一方は、完了を数える。
二つの数字の隔たりは、およそ、中規模の一国の全世帯数に等しい。
この一文を、第十四篇の第一節に出てきた小数点以下七桁と並べると、一つの形が見えてくる。何がきわめて精密に測られ、何が、最後まで集計基準さえそろわないのか。それを決めるのは、どちらが重要かではない。どちらが、数えられる出来事として定義しやすいかである。
これまでの十八篇に現れた物差しは、一件ごとのローンを小数点以下何桁にもわたって計算し、各層のトランシェの利回りの上乗せ幅をベーシスポイントまで計算し、一枚ごとの契約の現在価値を、その日の取引終了時点まで追って計算していた。
ところが、自分の家を出た家族が、いくつあったかを数えようとすると、集計の基準がぶつかりはじめる。
統計を取る機関が、いいかげんなのではない。担保権実行が、きれいにそろった出来事ではないからだ。手続きが終わる前に家を売った人もいる。三年、粘ってから出ていった人もいる。取り上げられたときには、もう半年も空き家になっていた例もある。最初から最後まで正式な手続きに入らず、ある日、鍵を銀行へ送り返しただけの人もいる。
ある出来事を正確に数えるには、まず、正確に定義できる形がなければならない。一人の人が住まいを失うことには、その形がない。
形のないことも、起きる。それも、まるごと起きる。ただ、記録されるときには、必ず、記せる何らかの形へ、先に切りそろえられる。切り落とされた部分は、数に入らない。第十二篇では、物差しの光が届かないところには、何もないと人は思ってしまう、と述べた。ここでは、光は届いた。だが、照らし出されたのは、突き合わせても合わない二つの数字だった。
倒れた機関のなかにも、人はいた。あの投資銀行の破産後、世界でおよそ二万六千人の従業員が、仕事を失った。
当時の中央銀行議長が、自ら語っていたことがある。二〇〇七年、サブプライム市場についての講演で、彼は、すでに認めていた。借り手にとって、債務不履行は、住宅の純資産価値や、家そのものを失う結果をもたらしうる。近隣の人々にとっては、担保権実行が地理的に集中すれば、周辺の不動産の価値が下がる、と。
現職の中央銀行議長が、公の場でそう言うことの重みは、批判者が言うのとは違う。当時すでに、見えていたということだ。最高の地位にいる人にも見えており、正式な講演原稿にも、書き込まれていた。ただ、それは、あの数日間に下すべき、どの決定にもならなかった。
最後の一文が、重要である。
一軒の家が取り上げられると、隣の家の評価額も下がる。下がれば、隣の家族も金を借りられなくなるかもしれない。借りられなければ、その人も、家を守れなくなるかもしれない。
これも、波及である。しかも、確かに伝わっていく。
ただ、システミック・リスクという量には入らない。伝わる向きが横だからだ。通りから通りへと伝わり、縦には進まない。契約の網に沿って、上へ上がっていくのではない。
それによって、どの機関の貸借対照表も動かない。だから、あの物差しには、像が映らない。
この歴史全体で、最も重要な非対称は、ここにある。縦への波及は計算される。契約に沿って伝わり、契約には番号があるからだ。横への波及は、計算されない。通りに沿って伝わり、通りには取引の相手方がいないからだ。同じように、一つの出来事が、別の出来事を引き起こしている。それなのに、一方はモデルに入り、もう一方には、変数が一つさえない。
八 誰の過ちか
原因をめぐる研究者の見解の隔たりは、今日まで埋まっていない。単なる好みの違いでもない。
一つの立場は、規制緩和と、規制が機能しなかったことを重く見る。あの公式調査の多数意見を貫くのは、この見方だ。焦点は、一つの法律ではなく、長い期間にわたる制度の環境にある。市場の自律への信頼。最も規制の緩い監督者を、金融機関が選べること。店頭デリバティブの透明性と、担保による制約の乏しさ。そして、シャドーバンキングが、銀行と同じような満期変換や、流動性のミスマッチを抱えていたこと。調査の結論には、強い調子の一文がある。三十年以上にわたる規制緩和と、自主規制への依存が、重要な防衛線を弱めた。同じ結論は、規制当局に権限がなかったのではない、権限がありながら使わなかったのだ、とも主張している。
別の立場は、金融政策が緩すぎたことを重く見る。二〇〇〇年代の前半に、中央銀行が金利を低くしすぎ、長く据え置きすぎたため、住宅バブルが大きく膨らんだ、と考える研究者がいる。フェデラルファンド金利の誘導目標は、二〇〇〇年十二月の六・五パーセントから、二〇〇一年十二月の一・七五パーセントへ下がり、二〇〇三年六月には、さらに一パーセントへ下がった。
しかし、連邦準備制度内の研究者も、後の議長も、それを主な原因とする見方には同意していない。短期の政策金利だけでは、住宅価格の上昇幅の大きさも、リスクプレミアムの小ささも、各国のバブルが足並みをそろえたことも、説明しにくいという。争われているのは、金利が作用したかどうかではない。それが最大の推進力だったのか、そして、当時の現実の条件のもとで、利上げによって本当にバブルを止められたのか、という点だ。
世界的な不均衡と、貯蓄過剰を重く見る立場もある。新興国や産油国の余剰資本が、アメリカとヨーロッパへ流れ、安全資産の利回りを押し下げた。その結果、金融システムは、安全に見える資産を、もっと生産するよう迫られたという。一方、世界的な不均衡と金融危機は、共通の原因から生まれたもので、同じ政策のゆがみが、両方を生んだとする研究者もいる。また、不均衡と危機を、機械的に同一視すべきではないという指摘もある。本当に肝心なのは、世界の金融システムが、こうした資本の流れを、どのようにレバレッジ、満期のミスマッチ、誤った価格づけへと変えていったかだという。
詐欺と、インセンティブの腐敗を重く見る立場もある。この見方は、危機を主にマクロの不均衡として捉えるのではなく、個々の取引での虚偽情報と、意図的な隠蔽に注目する。二〇〇七年の上院証言は、業界内の標本を引き、いわゆる収入自己申告型のローンでは、九割に収入の水増しがあったと述べた。後の学術研究も、非エージェンシー住宅ローン担保証券の市場で、資産の質についての虚偽報告が広く行われていたことを突き止めている。約二兆ドルの市場で、仲介者は、契約上の開示において、資産の本当の質について、買い手に虚偽の情報を渡していた。借り手が自分で住んでいるか。家に第二順位の抵当権があるか。そうした重要な変数に、目立った虚偽報告があった。
政府の住宅政策を主因とする立場もある。あの公式調査の内部で、最もよく知られた異論だ。住宅政策上の目標、機関に与えられたインセンティブ、長年にわたる融資審査基準の引き下げによって、途方もない数の高リスク住宅ローンが作られた。それが、危機に必要な条件だったという。これに対し、多数意見は、地域再投資法を主な原因とする説明を、明確に退けた。サブプライムローンの貸し手の多くは、そもそも同法の規制を受けておらず、関連する高コストローンの割合も、きわめて低かったと指摘している。
ここで、裁定はしない。
ただし、これらすべての説明に共通することが、一つある。むしろ、それだけを取り出して語られることは、少ない。真剣な研究のほとんどは、借り手だけに責任を負わせていない。
争われているのは、主な責任が、マクロ政策にあるのか、規制の構造にあるのか、金融機関のインセンティブにあるのか、国際的な資本の流れにあるのか、それらの組み合わせにあるのか、ということだ。その組み合わせがどんな形を取っても、契約に署名したあの人は、主役にはならない。
この点には、それだけを取り出して、一度、目を向けたい。起きたことの結果と、ちょうど逆になっているからだ。どの説明でも、その人は、用意されたものを受ける側にいる。売り込まれた商品。緩められた基準。押し下げられた金利。流れ込んだ資本。偽って報告された資料。追い求められた利回り。どの説明にも、その人が主語になる場所はない。
主役ではない。それでも、自分の負担分を、誰よりも余すところなく引き受けた。
冒頭の一言へ戻ろう。
証人席で、一人の人が言った。一つ、欠陥を見つけました。
確かに、欠陥だった。指摘した場所も正しかった。自ら損益を負う機関が、必ずしも、自分をきちんと守るとは限らない。まして、他人をきちんと守るとは限らない。
ただ、その言葉は、もう一歩、先へ進められる。
あの機械は、一人の返済能力を信用スコアへ、一軒の家を住宅価値に対する融資比率へ、一つの街区を債務不履行の確率へと押し縮めた。数千件のローンを、一つの文字へ押し縮め、その文字を、さらに、日々変わる相場の数字へ押し縮めた。どの圧縮にも道理があった。どの段階でも効率が上がり、以前なら借りられなかった人々へ、より多くの金が流れた。
その圧縮には、向きがある。換算できないものを、後ろへ残していく。一層ずつ、残していく。上へ行くほど、それを見られる人は少なくなる。
救わなければならない日が来ると、誰を先に救うかを決める物差しも、同じ向きで測った。つながりの強いものが、先に並ぶ。
一人の人間は、それほど強くつながっていない。その人は、その人自身でしかない。一軒の家。一つの仕事。一本の通り。何人かの身内。つながっているのは、それだけだ。
それらのつながりは、どれも本物である。その人にとっては、それがすべてでもある。ただ、どの貸借対照表にも現れない。
このことを、非難の一文にする必要はない。照合して確かめられる事実だからだ。あの数週間、決定に使われた物差しには、これを記す欄が、確かになかった。その欄を持たせるには、誰かが先に作らなければならない。しかし、時間を一時間刻みで数えたあの数日間に、新しい物差しを作る暇のある人はいなかった。最も肝心なとき、構が使うのは、いつも、すでに手元にある、あの一本なのである。
勘定はいまだ合わず、記帳はいまも続いている。
中国語原文の論証と史料を基に、日本語読者のために構成と文章を新たに組み直した独立編集・再構成版です。 中文・English