大恐慌とケインズ――価格を下げても人は戻らなかった
産出と物価が崩れても大量失業が消えなかった1930年代。ケインズは個々の合理性が全体の停滞を作る仕組みを、有効需要から組み直した。
十五か月後の崩落
1930年秋には回復期待もあったが、恐慌は深まった。米国の産出は三割近く、物価は四分の一近く落ち、失業率は約四分の一へ達した。価格が十分下がれば需要と雇用が戻るという説明に、人だけが戻らなかった。
数百万人は街と救済所に見えていた。従来の構は失業を賃金選択や摩擦へ分類できても、働きたいのに職がない集団を置く欄が弱かった。今回は余項が統計外でなく路上に立った。
古典的モデルでは賃金を下げても働かない者は、自発的失業と定義されやすい。当事者が毎日職を探す事実は、モデルが受け取る変数にならず、失敗は選択へ書き換えられた。
もし人々が働きたいなら
ケインズは意欲をめぐる道徳論でなく、現行賃金で働きたい人が雇用を得られないという検証可能な条件を置いた。非自発的失業が存在すれば、労働市場だけの価格調整では説明が閉じない。
企業は売れると予想する量だけ生産し雇う。販売予想は他人の所得と支出に依存し、その所得は別企業の雇用に依存する。皆が他者の先行を待てば、個別に合理的でも全体は停滞する。
通論の核心は政府支出という標語より、因果順序の変更にある。有効需要が産出と雇用を決め、完全雇用は市場の自然状態でなく、条件が揃った特殊例になった。
部分の常識が全体で逆転する
一企業が賃金を下げれば費用を減らせる。しかし全企業が同時に下げれば家計所得と需要が落ち、売上も減る。個別項目を切り分けて足せば全体になるという構の前提が崩れる。
貯蓄も一人には慎重さだが、全員が支出を減らせば所得が縮み、社会全体の貯蓄は増えないことがある。合成の誤謬は、部分の価格と全体の結果が別物だと示した。
時間、期待、慣習が経済の中心へ戻った。投資は未来収益への確信に左右され、他者の判断を互いにまねる。与えられた価格だけでなく、まだ存在しない未来の想像が現在を動かす。
銀行とともに消えるもの
1930年末から銀行恐慌が連鎖し、預金者の取付けが健全な銀行も資産売却へ追い込んだ。貸出と預金が同時に消え、失われたのは現金だけでなく企業と家計の信用線だった。
1933年ルーズベルトは銀行休業を行い、炉辺談話で銀行資産の仕組みを説明して預金を戻すよう国民へ求めた。国家元首の人格的な語りが、最も匿名的な金融構を再起動した。
金価格は一オンス20.67ドルから35ドルへ改定された。金平価を離れる効果は黄金の善悪でなく、平価維持費用を失業者だけへ負わせない点にあった。物差しを変えることで、人をその下から少し動かした。
一つに閉じない原因
恐慌原因には貨幣収縮、銀行破綻、金本位、債務デフレ、需要不足、政策判断を重視する諸説がある。賃金が下がったかだけでなく、価格、期待、債務、需要が全体として雇用を回復させたかが争点である。
1932年、第一次大戦退役兵のボーナス・アーミーは支給前倒しを求めワシントンへ集まり、排除された。失業率の一数値の周囲には、家族扶養、住居喪失、誇り、非公式労働という数えにくい余項があった。
鑿構周期律でケインズは、失業者を自発的選択へ帰属させる分類を切り直した。個人の供給価格でなく全体需要へ構を組み替えたのである。それでもどの雇用がどんな生活を支えるかは、集計値の外に残る。
中国語原文の論証と史料を基に、日本語読者のために構成と文章を新たに組み直した独立編集・再構成版です。 中文・English