Non DubitoEssays in the Self-as-an-End Tradition
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鑿構周期律 · 経済
第12篇・全23篇

無償労働――記録されないから経済は回った

家事とケアは国民勘定の境界外に置かれながら、賃金労働と市場を再生産してきた。時間調査とサテライト勘定が示す規模と限界を考える。

Han Qin (秦汉)

一人の賃金、見えない仕事

1907年オーストラリアのハーベスター判決は、非熟練男性の最低賃金が妻と三人の子を養える額であるべきだとした。一つの賃金の下には、料理、洗濯、養育、健康維持が無償で続くという前提があった。

サイモン・クズネッツは1934年、主婦と家族のサービスが巨大だと認めつつ、客観測定の難しさから除外した。同じ頁で、市場が縮み家庭内活動が増えれば、その省略が生産力指標を歪めると警告した。

同年マーガレット・リードは第三者基準を示した。原理上、他人に有償で委ねたり市場サービスで代替できる活動なら生産である。料理やケアは愛の表現であっても、愛だから生産でないわけではない。

同じ台所を分ける境界

戦後国民勘定は市場取引を核心の生産境界にした。自分で料理すれば入らず、料理人を雇えば入る。親が子を見れば外れ、保育者が同じ子を見れば入る。同じ行為も契約上の身分で統計的存在を変える。

境界は市場だけに従うわけでもない。持家には実際払わない帰属家賃を計上し、自家消費農産物も対応価格で入れる。測定可能性、国際比較、系列安定という理由は合理的でも、非市場活動の扱いは一様でない。

母乳は矛盾をよく示す。粉ミルクを買えば生産、輸送、小売がGDPを増やすが、母乳へ戻れば数値は減る。乳児数は同じでも市場対応物のない活動は候補にならない。マリリン・ウォーリングは1988年、この価値体系を正面から批判した。

愛と呼ばれた無償労働

1972年セルマ・ジェイムズは家事への賃金要求を明確にし、国際運動が続いた。1975年シルヴィア・フェデリーチの小冊子は、愛と呼ばれるものを無償労働と呼び直した。家庭を労働力再生産の場所として名付けたのである。

賃金要求は女性を家事へ永久固定する意味だけではない。労働と認めて初めて拒否、再分配、公共化を交渉できる。名のない仕事は交渉できず、価格ゼロとなる。ゼロは予算も責任者も求めない最も便利な数である。

同じ側から批判も出た。金銭化は複雑な関係を小切手へ還元し、家事賃金が性別分業を固定しうる。承認するか、値を付けるか、誰が払うかは別の問いで、今も一つの答えに閉じない。

主勘定の周りを回る衛星

1995年北京行動綱領は有償・無償労働を測り、サテライト勘定などへ記すよう求めた。時間利用調査は誰が何時間担うかを示し、補助勘定は主勘定と比較可能にする。真剣に受容されても中心欄には入らない。

貨幣評価では、本人が市場で失った賃金を使う機会費用法と、他人へ頼む費用を使う代替費用法が分かれる。後者も一般家事賃金か、料理、清掃、送迎、ケアの職種別賃金かで変わる。どれも活動固有の価格ではない。

OECDの2018年推計では、代替費用法は無償家事をGDPの約15%、機会費用法は約27%とした。カナダの2019年推計も5169億~8602億加ドルの幅を持つ。同じ活動も借りる尺度でほぼ二倍違う。

物差しは自分の目盛りを写す

機会費用法は既存労働市場の賃金格差をそのまま持ち込む。市場賃金の低い人がより多く無償労働をしても、時間は低く評価される。見えない労働を認める数の中へ、古い序列が再び印刷される。

ILO推計では女性は世界の無償ケアの76.2%を担い、日平均4時間25分、男性は1時間23分である。2023年、ケア責任で労働市場外にいた7億4800万人のうち7億800万人が女性だった。個人選択の集積だけでは説明できない規模だ。

鑿構周期律で国民勘定は、余項を否定せず衛星軌道へ置く構を作った。夜中に発熱した子の額へ布を置く行為には代替賃金も逸失賃金も付けられる。だがどちらの数も、その人が過ごした夜そのものではない。

中国語原文の論証と史料を基に、日本語読者のために構成と文章を新たに組み直した独立編集・再構成版です。 中文・English