Han Qin · 紅楼夢・新たな三十回
第八十四回やましき人はなおもやましき事をなし乙女鴛鴦はついに鴛鴦の誓いを全うす
さて、賈母の出棺ののち、棺は鉄檻寺に預けられ、百日が過ぎてから郷里へ送り帰すことになっていた。まだ四十九日も明けず、栄禧堂の前の白い幕も取り払われていないのに、あちこちの祭器はもう一つずつ片づけられていた。賈母の居間にだけは、まだ喪の簾が垂れていた。敷居の内外に敷かれた白い毛氈は、人に踏まれて灰黄色に汚れていた。軒下の白い提灯は蔵にしまわれ、竹の骨にはまだ新しい糊の跡が残っていた。陰暦十一月も近く、各部屋の廊下に置く火鉢は、どこも例年より一つずつ少なかった。宮中からお妃さまのお言葉、「謹言慎行」の四文字が伝えられて、屋敷に届いてまだ幾日もたたぬうちに、賈政は人にきちんと清書させ、外の書斎の机に置いた。屋敷じゅう、上から下まで忙しく立ち働いていた。遺品を数え、人の数を調べ、月々の手当を定め直しているのであった。
鴛鴦は賈母が亡くなってからも、脇の小部屋に住んでいた。この日も朝早く起きると、いつもの寝台の前へ行って、碗の清水を取り替え、数珠、眼鏡、手あぶりを一つずつ拭き清めた。もともと衣類は多くなく、長持にも金銀は入っておらず、枕もとに古い裁縫箱が一つ置いてあるだけだった。部屋の卓や腰掛けは二つ三つしかなかったが、どれも人の影が映るほど磨いてあった。その日の午後、賈母の古い絹の着物を何枚か畳んでいると、ふいに邢夫人が嫁入りの時から連れている老女中が一人、簾を上げて入ってきた。まず満面に笑みを浮かべて言った。「鴛鴦さん、まだそんなことをしているのかい。大奥さまがおいでの時には、おまえさんは誰より重んじられていたんだ。今は大奥さまもお亡くなりになったけれど、大旦那さまも奥さまも、あれだけお仕えしたおまえさんのことを覚えておいでで、粗末にはなさらないよ」
鴛鴦はただ着物の前身頃の隅を撫で伸ばし、「おばさん、お話があるならおっしゃってください」と言った。
老女中は足台に腰を下ろし、手に持った青い絹の手巾をひと振りして、笑って言った。「何度も何度も、うるさく言いに来るのを悪く思わないでおくれよ。大旦那さまは初め、三日で確かな返事をとおっしゃったのに、もうこんなに延びてしまって、奥さまもあちらへお返事がしにくいんだよ。おまえさんは賢い人だ、あたしがはっきり言わずとも分かるだろう。もう二十いくつにもなって、このがらんとした部屋を守って一生を送るつもりかい。外の並の家では、むろんおまえさんには釣り合わない。大旦那さまは、おまえさんなら素性も気心もよくご存じだから、ぜひにとお取り立てになって、側室にしてくださるんだ。喪中だから支度はできなくても、まずおまえさんから確かな返事さえいただけば、この三年が過ぎてから移ればいい。うなずいてくれさえすれば、着物も飾りも何一つ心配はいらない。奥さまも心から、妹のように思ってくださるとおっしゃっているよ」
鴛鴦は畳んだ着物を長持に納め、蓋を閉めて言った。「大奥さまが亡くなって、まだ何日になりますか」
老女中は手を打って笑った。「大奥さまがお亡くなりになったからこそ、早く身の振り方を決めなけりゃならないんだよ。死人は生き返らないが、生きている者は暮らしていかなけりゃね。それに昔のあの誓いは、大奥さまの前で立てたものだろう。大奥さまがもうおいでにならないのなら、あの言葉も風と一緒に消えたようなものさ。腹立ちまぎれのひと言を、一生、本気にしている者がどこにいるものか」
鴛鴦は賈母の古い長持に錠を掛け、しばらく黙っていたが、やがて言った。「分かりました。おばさん、もうお帰りください」
老女中は鴛鴦が腹を立てないのを見て、ますます脈があると思い、なおも近くへすり寄って愛想笑いをした。「じかに言いにくいのなら、奥さまがあとでご自分でおいでになるよ。おまえさんのお兄さんや嫂さんにも、奥さまからお心付けがある。うなずきさえすれば、外のことは何もかも、おまえさんがかまわなくていいのさ」。鴛鴦はもう答えず、ただ古い木綿の布を手に取り、長持の蓋の薄埃をゆっくり拭き取った。老女中は取りつく島もなく、なお二言三言くどくど言ってから、ようやく立ち上がって冷たく笑った。「お話は確かにお伝えしたよ。あんまり人を待たせて、じれさせるんじゃないよ」。そう言って簾を上げ、出ていった。
もともと鴛鴦は、この数年、鍵を預かっていたので、蔵にある古い証文や帳簿を、ほかの者より多く見ていた。あの年、石呆子の古い扇二十本が屋敷に運び込まれ、二の若旦那さまがその一件でひどく打たれたことは、平児がひそかに話してくれた。また、よその省から来た者が、夜、脇門から入り、銀の包みを大旦那さまの書斎へ担ぎ込んだことが何度かあった。翌日には机の上に書付が一通増えていて、折本の経巻に挟まれて送り出されたという。これは下の者が陰で話していたことで、鴛鴦も何度か耳にしたことがあった。賈母が折々、外の様子を尋ねても、老人の喜びそうなことだけを選んで答えていた。今、大奥さまは亡くなり、こうしたこともただ、鴛鴦の腹の中にしまわれていた。
夕方になると、王夫人は鳳姐に、彩明を連れて賈母の部屋の遺品を調べるよう命じた。鳳姐は出血がまだ止まらず、平児に支えられ、外の間へ座った。彩明が目録を読み上げた。「純金の寿の字のかんざし一対、白玉の仏手柑の置物一つ、蜜蝋琥珀の数珠二連」。鳳姐は聞きながら箱を一つ開けさせ、自分で封の紙を確かめた。後の方まで来ると、彩明はちょっと口をつぐみ、「ここにもう一箱、金銀の器がございますが、目録には『押』、質入れの一字が付いております」と言った。鳳姐は奥の間をひと目見て、「その項はひとまず置いて、先をお読み」と言った。ちょうど賈母の昔の絹の着物が入った長持を調べていると、庭の門の外に入り乱れた足音がして、邢夫人が先ほどの老女中と二人の女中を連れて入ってきた。
鳳姐は邢夫人を見ると、腰を浮かしかけただけで言った。「奥さま、こんな時刻にどうなさいました」
邢夫人は笑って言った。「鴛鴦にひと言聞きに来たのですよ。大奥さまのお部屋の物は、おまえはおまえで調べておいで」。そう言うと、すぐ人に鴛鴦を呼ばせた。
鴛鴦は奥の間から出てきた。相変わらず白無地の古い麻の綿入れを着て、髪には銀のかんざし一本しか挿していなかった。邢夫人はその姿を見ると、少し顔を和らげて笑った。「鴛鴦、おまえほどしっかりした者はいませんよ。長年、大奥さまにお仕えしてきたことは、皆が見ています。今、大旦那さまのお部屋には、気持ちを察して心を配る者がいない。おまえの落ち着いたところを見込んで、側室に取り立てようとおっしゃるのです。望んでもかなわぬ者が大勢いるほどの名誉ですからね、おまえも物の道理は分かるでしょう」
鴛鴦は両手を下げてしばらく立っていたが、やがて言った。「奥さま、そのお話は、とても私の身に余ることでございます。私はただ大奥さまにお仕えしてまいりまして、ほかに何の望みも持ったことはございません。この先も静かな所を見つけ、分を守って暮らせれば、それでようございます。このことについては、私には決してその心はございません。どうぞ大旦那さまにも、そうお断りくださいませ」
邢夫人は冷笑した。「それはおまえの心得違いだよ。娘一人、大奥さまが亡くなられて、この先、誰を頼るのです。大旦那さまがかわいがってくださるというのは、おまえにはこの上ない幸せなのに、あれこれ嫌がって、人の心を冷やすものではありません」
鴛鴦は言った。「奥さまのお心は、ありがたく頂戴いたします。ただ、大奥さまはお亡くなりになったばかりで、四十九日もまだ明けず、お屋敷じゅうが喪中でございます。こういうお話を、どうして今、お出しになれましょう。奥さまがよろしければ、ひとまず喪の明けるまでお待ちいただき、その時、改めてお返事をさせてくださいませ」
邢夫人は、鴛鴦が言葉ばかりで逃れようとするのを見ると、顔を曇らせ、冷笑した。「もう、こんな回りくどいことは言いません。これはもともと大旦那さまのお考えで、もうお心はお決まりなのです。相談の余地などありませんよ。今日こそ確かな返事をしてもらいます。承知なら、まず一筆書いて、喪が明けてから向こうへ移る。不承知だというなら、よくお考え。この一家のうちに、この先おまえの立っていられる場所があるかどうか」
鳳姐は外の間でこの言葉を聞き、顔には出さなかったが、心は穏やかでなかった。ただ指先で目録の紙の隅を押さえていた。
ここまで聞くと、鴛鴦の顔はたちまち真っ赤になり、首の付け根から耳の後ろまで紅潮した。うつむいてしばらく立っていたが、ふいに顔を上げ、邢夫人に言った。「奥さま、一つ、物を取ってまいらせてください」。邢夫人は、承知のしるしになる品でも探しに行くのだと思い、止めもしなかった。鴛鴦は振り向いて脇の小部屋へ入り、枕もとの裁縫箱を開け、人目を避けて一つの物を取り、袖に隠して手に持った。それからまた部屋へ戻り、邢夫人と部屋いっぱいの老女中たちをまっすぐ見据え、口を開くなり罵った。
「大奥さまが息を引き取ったとたんに、この鴛鴦があんたたちのまな板の上の死んだ肉になって、あんたたちみたいな下種どもに、好き勝手に目方を量らせるとでも思っているのかい。帰って、あの半身を墓に突っ込んだ老いぼれのくそ野郎に言っておやり。それからあんたもだよ、爺さんの女衒を務めることしか知らない、腐れ売女め! あんたたちのどこが主人なんだ。ぼろぼろの古扇を何本か手に入れるために、あの石呆子の家も財産もつぶして、命まで取ったじゃないか! そのことは屋敷じゅうの者が知っているのに、あんたたちだけが何もなかった顔をしている。あんたたちの部屋に飾ってある物に、人の血と引き換えでないものが一つでもあるかい。夜寝る時、怨霊にその犬畜生の命を取りに来られるのが怖くないのか! 大奥さまの喪のしるしがまだ戸口に掛かっているのに、こんな話をしに来るとはね! 母親が死んだばかりで、何をおいてもまず妾を迎えるなんて道理があるものか。おまけに、人に一筆書かせて待たせておこうだなんて、天下にそんな決まりがあるのかい。昔、一度言ったことを、今また言ってやるよ。あたしは、どうあっても嫁には行かない。大奥さまがおいでの時もそう言ったし、いなくなっても同じことさ。あの老いぼれは前に、あたしの兄さんに言づてをさせたね、天へ上っても自分の掌からは逃げられない、死ぬか、一生男に嫁がないか、どちらかならあたしに兜を脱ぐ、と。大奥さまが亡くなったら、あたしがおとなしく、あの腹黒いくそ野郎の妾になりに行かなきゃならないとでも思っているのかい。小便でも垂れて、自分の面を映して見るがいい!」
部屋にいた者は皆、驚きに立ちすくんだ。邢夫人の顔は赤くなったり白くなったりして、何か言おうとしたが、この一通りの罵声に塞がれて、言葉も出なかった。鳳姐は外の間に座ったまま、一語一語をはっきり聞き、卓の縁に手を掛けて、ようやく立ち上がった。鴛鴦は止まらず、さらに罵った。
「自分はれっきとした奥さまでいながら、旦那に色気を慎めとも言わず、代わりにあたしたち下女を責め立てに来る! 旦那が外で人をひどい目に遭わせても、あんたたちは聞こえないふりをする。あたしがいやだとひと言言えば、決まりを知らないことになる。あんたたちの決まりというのは、後ろ盾のない者を押さえつけるためにだけあるのかい!」
そう言いながら、左手で髪をほどき、右手で袖から、研ぎ減って黒ずんだ鋏を取り出した。それはまさしく昔、賈母の前で誓いを立てた時に使った、あの鋏であった。柄には黄ばんだ古い糸が、まだ一筋巻きついていた。人々はそれを見ると、また髪を切るのだと思い、何人かの老女中が手を差し伸べ、「鴛鴦さん、いけないよ」と叫んだが、進み出る者は一人もなかった。鴛鴦の声はかえって次第に低くなり、一字一字がはっきりと響いた。
「この鴛鴦は、汚れのない身でこの世に生まれた。今日も汚れのない身で去ってやる! 人の皮をかぶった畜生ども、いつまでもこの世で威張り散らしているがいい! 大奥さま、おそばへまいります!」
言葉が終わらぬうちに、その手首がふいに返り、鋏は喉へ突き立てられていた。血がほとばしり、賈母の昔の、淡い藤色の薄絹の上衣に飛び散った。鴛鴦が畳んだばかりのその上衣は、まだ炕の縁に掛けてあった。今、その前身頃に、暗い赤が一面ににじんだ。
中にいた老女中たちは、初めこそ鋏を取り上げ、傷口を押さえようとしたが、とうとう恐ろしさに手足も動かなくなった。邢夫人は戸口へ後ずさりしながら、早く医者を、と叫ぶばかりだった。戸口の外にいた平児は、中が騒がしくなったのを聞くと、顔を真っ白にして飛び込み、傷口を押さえようとしたが、どうにもならなかった。鳳姐は戸口に立ち、手にしていた目録は床に落ちた。医者が来た時には、鴛鴦はとうに息を引き取っていた。賈赦は自分の住まいで報告を聞くと、持っていた茶碗を床へ激しくたたきつけ、憎々しげに言った。「引き立ててやる恩も分からぬ、くそったれめ。命一つで、このおれに泥を塗るとは!」。砕けた磁器が四方に飛び散り、茶が毛氈にこぼれた。そばの嫣紅は声も立てられず、急いでしゃがみ、一かけずつ手巾に拾い集めた。賈赦はひとしきり罵ると、もうその話をしようとはせず、ただ下へ命じた。「外で勝手なことを言わせるな。誰かに聞かれたら、鴛鴦はもとより急な発作を起こす病があり、悲しみで身を損ない、急に手当ても及ばなくなったと、そう言え」。邢夫人は顔を鉄のように青くして、亡骸をぞんざいに納めさせると、老女中たちを連れて、そそくさと去っていった。
以前、部屋をともにしていた侍女が何人か着替えをさせに来て、長持から、あの淡い藤色の綾織の綿入れを探し出した。右手はまだ、炕の縁にある薄絹の上衣の隅を握り締めており、長いことかかって、ようやく指を開かせた。皆、声を上げて泣くこともできず、ただ喉の奥でむせび泣いた。鴛鴦のことは口外するなと言いつけられていたが、結局は隠しきれなかった。二日とたたぬうちに、屋敷じゅう、上から下まで、ひそかに知ってしまった。ただ誰もおおっぴらには口にできず、内輪で話す時も、首を振り、ため息をつくばかりだった。鴛鴦の罵った幾言かは、宝玉の耳にも風の便りに届いた。宝玉は聞くと、長いこと呆然としていたが、「扇子が幾本かで、どれほどの値打ちがあるのだろう」と独り言を言った。麝月は顔を上げて宝玉を見て、思わずため息をついた。
鳳姐は、中の始末がすべて整い、亡骸が運び出されて、ようやく顔をそむけた。平児が支えながら、ゆっくり部屋へ帰った。鳳姐は道々、うつむいてばかりいた。庭の門を入って、初めて言った。「昔、東のお屋敷の瑞珠は、それでも孫娘の礼で、登仙閣に棺を置いてもらえたのにね」。平児は何も答えられなかった。
鴛鴦が去って幾日もたたぬうちに、賈母の居間の品々は順次、台帳に記された。蔵へ戻せる物は蔵へ、各部屋に分けられる物は各部屋へ。古い着物が何枚か残ったが、誰も手を付けようとしなかった。下の者が一品、両手に捧げて出すたびに、彩明は帳面に印を一つ付けた。彩明は一頁書き終えると、めくってまた記し続けた。
この日、王夫人は鸚鵡をそばへ呼び、「大奥さまのお部屋の物は、みな調べ終えました。おまえも、もう空の部屋を守っていることはありません」と言った。そして玉釧児に小箱を持って来させ、鸚鵡に渡して、また言った。「中に銀が何両かと、飾りが二つ入っています。身売りの証文も入れておきました。持っていって、自分で堅実な家を探して、お暮らし」
鸚鵡は急いでひざまずき、両手で箱を受け取って額をつけたが、何も言わなかった。王夫人はさらに尋ねた。「行くあてはあるのかえ」。鸚鵡はうつむいたまま、少しうなずいた。そこで王夫人は言った。「明日、門番に言って、出してもらいましょう」
翌朝早く、空はまだ曇り、軒下には薄い霜がついていた。鸚鵡は少し着古した青い木綿の綿入れを着て、包みを腕に掛け、箱を胸に抱き、西の脇門から出ていった。門番の小僧は証文を確かめると、門を開けて外へ通した。背後ではすぐ、脇門が閉じた。
栄国府の話は、ひとまず置こう。さて薛家では、このところ日に何度も借金の取り立てが訪れた。門番の机には催促状が何通か押さえてあり、紙の端は揉まれて柔らかくなっていた。足音を聞くと、門番はまず門を引き寄せ、細い隙間だけ残した。訪ねてくる者は、帳簿を袖に入れていたり、古い証文を手にしていたりして、階下でしばらく待っても、結局はそれぞれ帰るしかなかった。この日、薛蟠は外で賭けに負け、しょんぼりして戻ってきた。門を入ると、奥で金桂と宝蟾がわずかな紅粉代をめぐって、物を投げたりたたいたり、騒ぎ続けているのが聞こえた。頭が痛くなり、仕方なく姨奥さまの部屋へ逃げ込んだ。部屋の火鉢の炭は、あまりよく燃えていなかった。姨奥さまは宝釵と灯の下で針仕事をしていた。宝釵はうつむいて針を運んでおり、手にしているのは白無地の喪の上着だった。一列また一列と、縫い目が細かく並んでいた。
薛蟠はどっかと座り、卓にあった冷たい茶を取って一口飲むと、宝釵がひたすら針を運んでいるのを見て、不機嫌に言った。「妹はまだ、のんびりそんな物を縫う気でいるのか。今じゃ外では知れ渡っているぞ。宝玉が嫁にもらうのは、あの林とかいう病人だとさ。その宝玉だって役立たずだ。おまえも何年も気にかけた甲斐がなかったな、金の錠前も無駄につけていたわけだ。さっさと諦めろ。もうとっくにおまえの出る幕はないんだ」
宝釵の手の針が止まった。うつむいたまま、針の先は上着の上、布から糸一本ほど離れたところに浮いていた。長い間を置いて、ようやくゆっくり顔を向け、言った。「何をでたらめなことを言うの」
姨奥さまはそばで聞いて、腹を立てて炕をたたき、叱りつけた。「またどれほど酒を食らってきたのだい、ここで出まかせばかりほざいて! 妹のことを、おまえが勝手に言いふらしていいものか。さっさと出ておいき!」。薛蟠は酒の勢いで、まだ二言ほどぶつぶつ言ったが、ようやくばつの悪そうな顔で出ていった。
宝釵はまだ座っていた。針を抜き、喪の上着を一折りして脇に置くと、「この布には、少し油の染みがあるわ。別の布にしましょう」と言った。そして立ち上がり、姨奥さまに挨拶をして帰った。
それから幾日もたたぬうちに、以前、薛蟠と南へ行ったことのある古い店の者が、小さな包みの練香を持って訪ねてきた。「南では香の値が日に三度も上がっております。銀が急に入り用で、安く手放してもよいという荷主が一人おりまして、今、まとめて買い付ければ、転売するだけで何倍もの儲けになります」。薛蟠は一つつまみ上げ、爪で押してみて、鼻の下へ持っていって嗅ぎ、嬉しさに眉を開いて笑うと、練香を卓へぴしゃりと置いた。「これだ! この一口で儲ければ、人の小言なんか聞かずに済むぞ!」。その場で、この香薬の商いを一人で手掛けるつもりになった。姨奥さまは言った。「家で暮らしていく銀まで、みな持っていくのかい」。薛蟠は笑った。「この一口がうまくいけば、暮らしの何を心配するんです!」。姨奥さまと宝釵は何度も止め、質屋の張徳輝も諫めに来た。「旦那さま、香の値が日に三度上がるのなら、日に三度下がることもございます。以前、旦那さまと南へまいりましたが、こんなに急いで手放したがる荷は、十口のうち九口までが人をはめるものです。これほど大口の品をお扱いになるのは初めてですから、まず少しだけになさった方がよろしゅうございます」。だが薛蟠の心はすでに決まっており、一切聞き入れず、家にあるだけの銀をみな集め、さらに帳場に証文を作らせ、すべてをつぎ込んでしまった。
さて賈璉は、あの日、言葉で鳳姐を探ってから、ひそかに尤二姐の昔の一件を調べ始めた。まず興児を使いに出し、当時の胡太医の行方を探らせた。興児は古くからの薬屋を何軒か回り、帰って報告した。「方々、尋ねてまいりました。胡太医はもう何年も前、何か事件があって、荷をまとめて家族を連れ、都から逃げたそうです。南へ帰ったという者も、よその省で病死したという者もいて、確かなことは分かりません」。翌日、通り間で善姐に出会い、「待て」とひと声掛けたが、善姐は聞こえぬふりをして、向きを変え、邢夫人の住まいへ潜り込んでしまった。賈璉が庭の門まで追っていくと、門番の老女中はただ、「善姐はここにはおりません」と言った。人も見つからず、話も聞き出せない。賈璉は、胡君栄と善姐、それから秋桐のそばにいた女中たちの名を、ひそかに薄紙に書き、胡太医の書いた、あの欠けた処方箋と一緒に折り畳んだ。
この頃、湘雲は嫁入りを控え、まず賈家へ別れの挨拶に来た。相手は衛家の子息、衛若蘭で、日取りもすでに決まっていた。史家では賈母が亡くなったばかりなので延期も相談したが、衛家では吉日がとうに決まっており、何度かやり取りをしたものの、結局変えることはできなかった。まだ喪中なので、湘雲はまだ新しさの残る青い繻子の短い綿入れを着ただけで、鮮やかな髪飾りはつけず、髪を丸く結い上げ、飾りのない銀のかんざし一本を挿していた。黛玉、宝釵、宝琴、岫煙が、見送りに瀟湘館へ集まっていた。階の前には竹の葉が薄く降り敷き、掃き除けたそばから、風が吹くとまた簾の下へ寄ってきた。室内には香を焚かず、小さな赤土の炉で茶を一壺、温めているだけだった。姉妹たちはその周りに座り、長いこと話をした。茶が冷めると注ぎ足し、注ぎ足すとまた冷めた。
湘雲は黛玉の手を取って笑った。「林姉さま、わたしが今度行ってしまったら、いつまた会えるかしら。どうか十分に養生なさって、ご自分をつらい目に遭わせないでね」。そしてその手をもう一度撫でた。「どうしてまた、こんなに冷たいの。お薬はまだ飲んでいらっしゃる?」。黛玉は笑った。「毎日飲んでいるわ。一碗も減りはしないのよ」。しばらくして、湘雲に笑いかけた。「あなたはさっぱりした人だから、あちらへ行っても、何事も大らかに受け止めてね。あなたはわたしより強いもの」。そう言う時、目の縁が少し赤くなったが、とうとうこらえて、また言った。「わたしたち、みんな元気でいましょうね」
宝琴はそばで笑った。「雲姉さまは今日はお別れにいらしたのに、先にお薬の問診を始めてしまったわ。これ以上お尋ねになると、紫鵑が処方箋を持ってきて、署名をお願いするわよ」。皆、ひとしきり笑ったが、すぐまた静かになった。岫煙は自分で作った靴を一足取り出し、湘雲に渡して言った。「道中でお履きになって。縫い目は粗いけれど、丈夫よ」。湘雲は受け取ると、その場で足にあてがって笑った。「ぴったりだわ。履きつぶしたら、また頂戴しに帰ってくるわね」。宝釵も地味な錦の裁縫袋を一つ贈り、笑って言った。「よそのお家へ行ったら、何でも先へ立ってしようとなさらないで。夜の針仕事も、もう夜半まで続けてはいけないわ。あなたはきびきびしているけれど、ご自分のために余力を残しておかなくては」。湘雲は宝釵の顔を見て、笑った。「宝姉さまのお言葉、覚えておくわ」
話していると、宝玉が全身に喪服を着て入ってきて、簾のそばで立ち止まった。湘雲はすぐに言った。「二の兄さま、どうしてお入りにならないの」。宝玉は言った。「みんなは話しておいで。ぼくは見送りに来たんだ」。そう言うと部屋の中へ進み、きちんと両手を組み合わせ、深く一礼した。湘雲は初め、それを笑おうとしたが、宝玉が頭を下げたまま起きないのを見ると、すぐ笑みを収め、礼を返して言った。「二の兄さま、お大事に」。宝玉はただ、「君も大事にね」と言った。
鳳姐は出血の病がまた起こり、床から起きられず、平児だけを使いに出して、古い金の腕輪一対を、湘雲の嫁入りの長持に入れる品として贈った。あわせて、ますます体の具合が悪く、にぎやかな席には耐えられないので出向けない、と詫びを伝えた。湘雲はすぐ腕輪を受け取り、言った。「奥さまには、どうぞ養生だけなさるようにお伝えして。そんなことでとがめる人がいるものですか」
日の西へ傾くまで話し、湘雲は史家の迎えの者を待たせてはと、ようやく立って別れを告げた。黛玉が送ろうと立ち上がるなり咳をすると、湘雲はすぐに押しとどめて座らせた。「送らないで。おからだがよくなったら、また帰ってきて騒がせるから。その時は、また凹晶館へ聯句をしに行きましょう」。黛玉は言った。「今の言葉、忘れないでね」。湘雲は返事をして簾の外へ出たが、まだ立ち去りがたかった。振り返ると、宝釵がちょうど黛玉の薬碗をそばへ寄せてやっており、宝琴と岫煙は窓辺に立ち、宝玉はまた簾のそばに立っていた。湘雲は簾を下ろした。
いよいよその日になると、賈家は喪中で祝い事には加わらず、宴へ出た者は一人もなかった。ただ取りしきり役に、ささやかな祝いの品を届けさせただけだった。後に史家からの言づてに聞くと、衛家の迎えの車も派手な赤い飾りは付けず、轅に暗紅色の絹を一筋結んだだけであったという。翠縷と翡翠は嫁入り道具の輿に従って行った。
この前後、邢岫煙と薛蝌の縁談も、まとまる運びとなった。以前、大奥さまが主になって決めたことだったが、いろいろな事に取り紛れ、生年月日時を記した庚帖も、まだ正式には取り交わしていなかった。この頃ようやく庚帖を取り交わしたが、婚礼の日取りまでは、まだ決めかねていた。双方とも栄国府の喪をはばかり、大げさな支度はせず、仲人を呼んで一食振る舞っただけだった。その席で姨奥さまは言った。「これはもともと、大奥さまが取り持ってくださった縁でしたね。あの時、大奥さまはまだ笑って、『今日はまた一つ、話をまとめたよ。どれほどの仲人礼がもらえるだろうね』とおっしゃって」。言ううちに目の縁が赤くなり、それきり口をつぐんだ。
もともと薛蝌の父も、生前は皇室御用の商人で、朝廷の物資を請け負っていた。亡くなって残された財産は、幾間かの家と庭一つにすぎなかった。薛蝌はこのわずかな家産を守り、小資本の商いをしていたが、稼ぎは日々の暮らしにも足りないことが多かった。岫煙はまだ園に住み、寒くなっても薄着のままだったので、宝釵は折々、鶯児に衣類や穀米を届けさせたが、ほかの人には知らせなかった。いつも灯をともして人の静まった頃を選んで行き、米袋の上に包み布をかぶせ、人に会えば針仕事の品を届けると言うだけで、置くとすぐ戻った。
この日、薛蝌が姨奥さまの部屋へ話をしに来たので、宝釵は近頃の商いの様子を尋ねた。薛蝌は茶碗を少し動かしてから、ようやく言った。「人のために香薬や雑貨を少し運んで、わずかな運び賃をもらっているだけです」。ちょっと間を置いて、また言った。「父が残した家は、部屋の半分を人に貸しました。それで、まあ暮らしてはいけます」。宝釵は言った。「叔父さまは朝廷の物資をお請け負いになって、一生、一文たりとも余計にはお取りにならなかったわね。お役目をする以上、潔白であるべきだとおっしゃって。それは本当に、なかなかできないことだわ。ただ、あなたはまだ若いのだから、商いのほかにも、きちんとした書物を何部か選んでお読みなさい。この先、身を立てる道が開ければ、このわずかな仕事を守っているだけよりはよいでしょう」。薛蝌はただ聞いていたが、少し考えてから言った。「姉さまのおっしゃるとおりです。手もとに一部あるにはあるのですが、そろっていないのです」。そう言って、袖から本を一冊取り出し、机に置いた。宝釵が見ると、欠けたところのある『春秋』だったので、鶯児に、そろったものを一部探して来させた。薛蝌はもうしばらく座ってから帰った。庭では試しに焚いた香が、まだ一炉、燃えていた。薛蟠が新しく引き受けた、あの商いの見本の品であった。残りは小さな包み二つ三つに分けられ、上には目方と値段が記してあり、墨の跡もまだ新しかった。炉の近くで嗅げばまだ甘い香りがしたが、少し離れると、焦げた匂いがわずかに漂ってきた。
一方、賈政は大奥さまの臨終の遺言があるので、王夫人に宝玉の婚姻を取り運ぶよう命じた。王夫人は言った。「喪中ですから、世間で何と言われますやら」。賈政は言った。「礼には、あるいはそぐわぬところもあろう。しかし大奥さまは臨終に、皆の前で、喪の定めにとらわれて遅らせてはならぬとおっしゃった。年長の方の遺命である以上、臨機の処置をとるほかはない。まず庚帖を取り交わし、日取りはこの百日の内に選ぶのだ。外の暇人の言い草は、わたしが引き受ける」。王夫人は承知の返事をすると、周瑞の女房に、宝玉の生年月日時を別紙に清書させ、また居間を一部屋整えるよう命じた。王夫人はさらに尋ねた。「お嬢さまの方は、どういたしましょう」。賈政は、「お嬢さまのことは、わたしに考えがある」と言い、それ以上は話さなかった。
あの古い裁縫箱も、最後には台帳に書き入れられた。箱の中の鋏は、洗い清められて、やはりもとの場所に置かれ、誰も取ろうとしなかった。蔵の戸には錠が掛けられ、その鍵は王夫人のもとへ渡された。さて、この一枚の庚帖は、いったいどの家の娘と取り合わされるのであろうか。それは次回の説き明かしをお聞きあれ。