国家論・逆相変化の専論 · 03
手を引くとき、誰に負担を渡すのか
隣国の決定に加担しないことと、そこに暮らす人々の安全や行き場まで閉ざすことは違う。元の事例とは別の、仮定の道筋から考える。
その提案は、立派な言葉で説明しやすい。隣国に圧力をかけるため、毎時送っている上流の水位情報を止めよう、というのだ。しかし「隣国」という二文字を開いてみれば、そこには下流に住む人もいる。水がどこまで上がってくるか、早く知る必要がある人々だ。送信の停止ボタンを押しても、選挙を行わないと決めた手を押さえたことにはならない。
ここも、国家論の架空の世界である。北隣の目的民族連合、略称NUTの外事会は、最終的に賛成一、反対四で、水位情報の停止案を否決した。断ったのは、隣国で起きていることを問うことではない。ある決定に対する反応の代償を、まず別の人々の玄関先へ届けることだった。
ただし、この採決の記録を読む前に、物語の道筋を分けておく必要がある。元の事例では、目的連合都市邦、UCSEの後退は止まり、第十一年に戦時状態が終了し、選挙が行われた。これから読むのは、専論が別に設けた仮定である。もし止まらなかったら、隣国はどう応じるか。元の話を黙って別の結末に入れ替えるのでもなければ、架空の国名で現実の国をほのめかすのでもない。
心配だ、というだけではなくなるのはいつか
この仮定では、第十年の冬、加盟院が十四対六で有罪とし、首席裁判官は職を失う。後任は選べず、終審裁判所の裁判官は十人になる。第十一年には撤兵協定が結ばれず、戦闘が断続的に続く。戦時状態は終わらず、民衆院の選挙も行われない。執政院は非常事態を延長し続ける。
さらに重要な一歩は、第十一年の冬に起きた。第三十一号非常命令によって、全国住民投票の実施命令は、戦況を見て執政院が出すと定められた。以前は四つの加盟単位が、民衆院を経ずに共同で改憲を提案し、住民投票を実施できた。それが今は、最後には、問われている側の命令を待たなければならない。外から扉を開けられた最後の鍵が、扉の内側へ取り込まれたのである。
ここまでで見た四種類の変化がそろった段階で、専論はさらに、権力を元へ引き戻す五つの道を一つずつ点検することを提案する。選挙、関係する行為に対する有効な司法審査、監察、非常事態と戦時状態の終了、そして最高の規則を改める道である。機関がまだ扉を開けているかだけを見るのではない。結果を有効に成立させられるか、成立したあと実現できるかを見る。それらのすべてに、問われる側の同意が要るのか。あるいは、その側が支配する場所を必ず通らなければならないのか。
これは著者が提案する見分け方であって、現実のすべての国に当てはめられる既製の法的尺度ではない。一度の不正を見ただけで、国全体に判を押す方法でもない。問われる側の許可に頼らず、すでに移された権力を引き戻せる道が、なお一つでも残っているなら、たとえ利用条件が非常に不公平であっても、この提案に照らして直ちに閉鎖が完了したとは言えない。次の新措置を拒めることと、すでに閉じた扉を開き直せることも分ける必要がある。離れる道は依然として大切だ。ただし退出すること自体で、もとの権力が引き戻されるわけではない。そのため、この五つには数えられていない。
問うべきなのは、影響を受ける人の数が、問題にするほど多いかどうかでもない。多数はいつもどおり投票し、訴えを起こせても、ある集団だけが複数の問いの道を同時に失い、さらに問うたことで報復されているとする。多数の日常が平常だからといって、その人々の部分を削ることはできない。仕組みが後退しているかは、これらの決定がその人々に対してどう働くかを見なければならない。人数は、どの決定についても代わりに答えてはくれない。反対に、兆候の一覧だけで、対等な隣国に代わって判断を下すこともできない。実際の権限、議席、執行の仕方へ戻し、一つずつ確かめる必要がある。一度似たものを見ただけで、もう戻る道がないと言ってはならない。
任命のつながりや、同じ政党に属することも、その点検の代わりにはならない。議会多数派が自らそれらの決定をし、自分たちを選ぶ選挙を止めたなら、自分の行為について問われる必要がある。その前に、執政院の操り人形にすぎなかったと証明する必要はない。逆に、同じ党で同じ票を投じたことだけから、二つの職位が実際に一つになったと認定することもできない。
この道筋では、選挙は来ない。戦時状態を終わらせようとしても、多数を握る、問われている側を通らなければならない。監察署はなお記録を取り寄せ、報告できるが、自分で決定を取り消すことはできない。是正に結びつけるには、最後には裁判所と執行を通る必要がある。第十二年の夏、十人の裁判官は八対二で、第三十一号非常命令が憲章に反すると認定した。裁判所は独立して、有効な裁決を下したのである。執政院は裁判所を尊重すると言いながら、命令が失効する時点を戦時状態の終了後へ延ばした。憲章には、執政院に頼らない代替執行の仕組みがない。機能しなかったのは執行の部分だ。それは裁判所が独立していなかったことでも、裁決が失効したことでもない。まして、不執行によって執政院が合法的な拒否権を得たわけではない。
しかしNUTがその年の春に判断するとき、夏の八対二を証拠に使うことはできない。その時点で見えていたのは、それ以前の未執行の選挙裁決、第十一年の冬の新命令、それまでに行われた採決、そして現に存在していた執行上の空白だった。結末まで読んだ人が、あとから知ったことを、当時の机の上へ置き直してはいけない。
専論が、より広い範囲で距離を置く対応を位置づけるのは、対等な相手が自ら、これらの回復経路は閉ざされた、あるいはその結果がすべて問われる側の手に落ちたと認定したあとのことである。それより前に、兆候だけを理由にこの段階の対応を始めることはできない。ただし、それ以前は何も問えないという意味ではない。具体的な行為を問い、記録し、必要ならその行為に対応する協力を取りやめる道は、以前からある。二つの対応の程度を、互いにのみ込ませてはならない。
どの行為に手を貸さないのか、一件ずつ示す
この仮定の中で、NUTは、これからは自分がUCSEの統治者を決めてよいとは宣言しなかった。承認は保ち、実際にどの職位が行った行為なのかを、なおその職位の名に記録した。ここでの承認は賛同ではなく、国家が人と同じ目的としての地位を得たという話でもない。国家は人が作った仕組みである。国名一つを使って、その中の人までまとめて裁くことはできない。
取りやめたのは、いくつかの協力だった。言論条項と国籍剥奪条項に基づく司法協力は、もう行わない。新しい通商議定書の交渉は一時停止する。防衛署へ輸出する軍民両用物資は許可制にする。一方、質問と回答は公開し、連絡所、住民の査証免除の往来、出国した人や国籍を奪われた人が滞在できる余地は、そのまま残した。距離は広げたが、つながりを全部切ったのではない。
二種類の司法協力を拒むのは、言論を訴追し、国籍剥奪を執行するという具体的な行為に向けた対応であって、UCSEの身分証を持つ人全員に向けたものではない。ただし、法的にはどのような形で拒めるのか、両国の条約に抵触するのかは、具体的な条文を見なければならない。この事例には、条約の全文が書かれていない。散文の側で方向に賛同できるからといって、合法だという結論まで補ってよいわけではない。
新しい通商交渉を止めるのは、穏やかな対応に見える。すでにある交易を取り消すのではなく、新しい協力を増やさないだけだからだ。しかし、外事会の反対票は、ごく具体的な問いを出した。商売が減る北路の商人と、決定をした執政院は、同じ人々なのか。この措置が、狙った職位に実際に届くのかは、資料に示されていない。ならば、その問いは残しておかなければならない。
軍民両用物資の許可制は、防衛署の調達に向けられている。それでも、民間に影響が及ばないかを調べる必要がある。影響が書かれていないことは、誰も損害を受けないと証明済みであることではない。人が生きるために必要なものに及ぶなら、その部分を別に確かめなければならない。対応する側も、「目標は正しい」と書くだけで、自分がどんな仕組みにし、どこへ負担を置いたかを省いてはならない。
水位情報は、この問題をいっそうはっきり見せる。それは両国がこれまで履行してきた仲裁裁決に基づくものであり、同時に下流の住民が危険を事前に知る手がかりでもある。止めることは、相手に便宜を一つ与えないだけの行為ではない。問題の決定をしていない人々の安全を、取引の材料にする行為だ。外事会がこの案を否決したことは、あの批判者を訴追する手助けも続けたいという意味ではない。何を残し、何を取りやめるかは、別々に判断できる。
ここには、もっともな心配への答えもある。距離を置けば、内部の人々をいっそう遠ざけるのではないか。距離を置くことが、ひたすら壁を高くすることなら、その心配には十分な理由がある。しかし、この事例では連絡所、問い、記録を残し、人が外へ出られる道も残している。それは、あらゆる協力を同時に続けることを要求しない。誰が私たちのどの協力を使い、何をするかは、別に話せる。他の人々が話せるか、身を落ち着けられるかを、それらの協力とひとまとめにしてはならない。
したがって、対応そのものも問いのもとにある。UCSEの各職位は自分たちの決定について答え、NUTの外事会は自分の設計について答える。後者の責任は、前者の責任の注記ではない。「そもそも相手があんなことをしたからだ」と、すべての損害を相手へ押し戻すことはできない。他国が後退したことによって、自分にも同じやり方をまねる許可が生じるわけではない。
国の名前ではなく、目の前の人を見る
第十二年の夏、NUTはさらに、UCSE国籍の入国者に追加審査を行うと決めた。人道上の理由、国籍を剥奪された人、異論を表明してきた人についての例外は残された。今度は案が通った。しかし例外が書かれているだけで、通れる扉が確保されたとは言えない。誰が例外を認定するのか。どれほど待つのか。拒否されたあと、誰に問えるのか。それによって、紙の上の隙間を、人が本当に通って来られるかどうかが決まる。
国境でこの審査を受ける人は、すでにNUTのこの決定の影響を受けている。まだ入国していないから、責任の範囲の完全な外にいると言うことはできない。専論は、入国をどう配分するかという問題と、防衛を分けている。それは、誰もが自動的にあらゆる入国資格を得ると宣言することではない。ただ、防衛の名目を一つ掲げて、この審査自体の根拠と結果を点検せずに済ませることを認めない、ということである。
すでにNUTに住むUCSE国籍の住民は、なおさら、元の国籍を理由に一括して制限されてはならない。特定の公式代表との往来を止めることと、同じ国籍の住民全員に出頭や登録を求めることは違う。彼らをまず疑わしい一群として扱うことで反対を表そうとするなら、自分の門の内側ですでに、反対しようとしていた単純化を行っていることになる。
外へ出てきた人の中には、外からの圧力に賛成する人も、家族を傷つけるのではないかと考える人もいる。どちらも、自分の状況を真剣に語っている可能性がある。外事会はその声を聞き、問いを自国の議論へ入れることもできる。しかし一部の人の要請を選び、それで全員に代わって決める承認を得たと宣言することはできない。自分の決定は一件ずつ、自分で判断しなければならない。
再び協力する条件も、事柄そのものに向ける必要がある。関係する行為が止まり、責任を問える相手と場所があれば、協力は一つずつ戻せる。条件の末尾に、私たちが書いた発展の方向を先に受け入れた場合にだけ扉を開く、という文をひそかに足してはならない。外にいる側は、自分がなお協力するかどうかを決められる。しかし、それを根拠に他の人々の未来まで自分の手に収めることはできない。
同じように、後退していること自体は、戦争を始める理由ではない。国境を越えた攻撃など、別の行為が起きたなら、その厳格な根拠に従って、別に問わなければならない。制度の後退で代用することはできない。隣国は、上位の裁判所でもなければ、初めから修復者の資格を持つ存在でもない。相手への評価も、協力の取りやめも、何らかの上位者に代わって刑罰を執行しているのではない。
将来、関係が和らいだとしても、承認、協力、記録はなお三つの別の事柄だ。一つの往来を再開しても、以前の決定が起きなかったことにはならない。記録を残しても、すべての件を訴追しなければならないと先に決まるわけではない。いつ再開するか、何から再開するかには、具体的な判断が要る。「和解」の一声で、影響を受けたすべての人に代わって決着をつけることはできない。
この専論は、扉を閉ざされた人々に、何をしなければならないかという行動一覧を渡すものではない。逃れてきた人に、ある事業の正しさを示す証拠役を続けよと求めるものでもない。修復を担えるのは、そこにいる人と、その人々自身の道である。外側には、言葉を受け止め、人を迎えられる場所を残せる。しかし、どのように暮らすかまで代わりに決めることはできない。
最後に、否決された水位情報の停止案へ戻ろう。毎時の情報が送られ続けたことは、何もかも以前どおりにしたというしるしではない。それによって、「もう協力しない」という言葉に、ようやく区別が生まれた。ある行為には、もう手を貸さない。しかし、ある人々の安全や行き先を、その埋め合わせに使うこともしない。
原論文と読む範囲
国家論の専論『逆相変化』に基づく中国語散文を底本に、日本語で独立して書き直した。事例の国、票数、出来事は著者が設けた架空のものである。元の事例の後退は、原論文が提案する、回復経路の閉鎖が完了したと認める条件に届く前に止まった。第三篇は、止まらなかった場合を別にはっきり仮定している。哲学上の要求、提案される制度規則、具体的状況での判断を分ける。現行法の説明でも、現実の国の診断でも、実際の外交判断への処方でもない。