国家間の協力 · 06
仲間の国が攻撃されたとき、派兵を決めるのは誰か
灯島が陥落し、貨物船二隻が拘束された。加盟国会議は記録を残したが、どの国にも出兵を命じなかった。救援の遅さの代価と、決定を委ねる代価を、同時に見ることはできるだろうか。
夜明け、六隻の艦艇が南航路に入り、およそ千二百人が灯島に上陸した。島の守備隊は約九十人。翌日、灯島は陥落した。死者には守備隊員も、民間人も、入ってきた側の軍人もいた。ここで、手続きが遅すぎるのではないかと真っ先に思ったとしても、不思議ではない。
高原連邦は続いて航路管理所を設け、通航する船に登録を求めた。UCSEの貨物船二隻は拒否し、船員三十一人とともに拘束された。石峡邦は三つの協力国に援助を求め、三界の協力の枠組みにも臨時会議を要請した。四日目、加盟国は公開記録を承認し、進入、管理所設置、登録要求、船舶拘束を記した。
しかし、その末尾にはこうあった。これは軍事行動を認める決定ではなく、いずれの加盟国にも出動の義務を生じさせない。すでに人が死んでいるのに、なぜ後退するような一文を置くのか。この篇では、ためらいを美化したくないし、ただちに参戦することだけが重い回答だともしたくない。まず、その後三つの国が何を決めたかを見てみよう。
同じテーブルから、三つの違う決定が出た
UCSEの執政院は派兵を提案し、合同会議が百八十九対百二十二で承認した。護衛艦二隻と一個大隊、期間は九十日。任務は南航路の護衛と峡口港の防空に限り、灯島での作戦には参加しない。戦争の展開とともに勝手に広がる白紙委任ではなかった。
NUTは派兵しなかった。代わりに鉄道と空域を開放して兵員・物資の通過を認め、燃料と医薬品を提供し、中継施設での鏡海艦隊向け軍需輸送を止めた。共和国の主席は工兵と防空部隊の派遣を提案したが、議会の賛成票が必要な多数に十七票届かず、成立しなかった。
三つを並べると、忠実な国、冷たい国、態度の定まらない国という話にしたくなる。しかし、それは早すぎる。NUTの鉄道は、お見舞いの言葉にすぎないわけではない。共和国の反対票を記録から消すこともできない。参戦を決めた側は説明を求められる。参戦しない側も、実際に何をしたのかを示さなければならない。
このシリーズの枠組みでは、加盟しているという事実そのものを開戦の根拠にしない。そうでなければ、一度加盟しただけで、将来のある戦争に入るかどうかを自国で決められなくなるかもしれない。共同機関が加盟国を飛び越えて派兵を命じられるなら、それはもう協力のための窓口にとどまらない。
これは、現実のあらゆる同盟条項についての法的解釈ではない。共通の強制的な上位者を置かない、ここでの取り決めを考えている。事前に調整し、何が起きたかを共同で判断することはできる。しかし、そこから、各国が参戦する根拠まで整ったと宣言することはできない。二つは分ける必要がある。
UCSEは三つの根拠を示した。自国の船と船員が拘束されたこと。東岸の港から鏡海へ北上する唯一の海路が止まったこと。そして石峡邦から書面で要請を受けたこと。初めの二つは、今回の進入によってUCSE自身がどのように侵害されたかの説明である。三つ目は、支援を受ける側が来ることを望んでいるという説明だ。招請は、最初の二つの代わりにはならない。
「仲間が困っているので助けたい」は、物資を送り、通路を開く理由にはなりうる。しかし、それだけでは、なぜ自国の人を戦争に連れていくのかに答えられない。参戦するなら、同じ発生源からの侵害によって自国が今どのように現実に巻き込まれ、平和的な手段ではなぜ足りず、どう終えるのかを説明する必要がある。純粋な無私は派兵の通行証ではないが、戦闘に加わらない援助のよい理由には十分なりうる。
審議の場では、貨物船二隻の拘束を、自国への攻撃と言えるのかという問いが出た。後に共和国代表も異議を述べた。論文は、UCSEの根拠が十分だとは判定していない。この散文でも、その結論を補えない。賛成票も反対票も、説明も質問も残すべきだ。出兵した側に、自分の出兵を認める判断を独占させてはならない。
食い止めたあと、次を決めるのは誰か
灯島の管理所を食い止める理由は、部隊が地図上の線を越えたことだけではない。誰が通航でき、誰に登録を求めるかを、他者に代わって決め始めたことにもある。そのような支配を止めることと、そのまま相手国へ入り、そこの人々に代わって政府を取り替えることは、一続きの行動ではない。
ここで「対外」と「対内」を分けるのも、地理だけによるわけではない。石峡邦の要請を受け、その領海で外からの支配を防ぐことは、石峡邦の内政を管理することと違う。反対に、ある政府が招請状を書き、自国の別の勢力と戦うため外国軍を呼んでも、署名が一つ増えたからといって、この共同防衛の範囲に入るわけではない。
同じように、招かれて人道物資を守ること、自発的に離れたい人を護送すること、政府に代わって内戦に加わることも、一括りにできない。入ったあとに実際に何をし、誰のどの判断を代わりに引き受けているかを見る必要がある。招請は来る者が歓迎されていることを示せても、その後のどの行動にも保証を与えるわけではない。
もう一つ、見落としやすい点がある。守りに来た人は、それによって守られた側の未来を決める権利を得るわけではない。護衛を受けたあとも、石峡邦には、どう交渉し、誰と付き合うかを自分で決める余地がある。今日の保護と引き換えに今後の方向を差し出さなければならないなら、差し伸べた手は、相手をつかむ別の手へ変わり始める。
実際の行動は、きれいには進まなかった。夏、護衛船団と鏡海艦隊の艦艇が交戦し、UCSEの水兵三人、高原連邦の水兵五人が死亡した。双方は、相手が先に撃ったと主張し、第三者による認定はなかった。話を滑らかにするために、一方の説明を確認済みの発端にしてはいけない。
その後、連邦の艦艇は石峡邦の領海から退き、南航路の通航は再開した。しかし、灯島にはなお約六百人の駐留部隊が残った。住民約千七百人は島を去り、約二千四百人は残って通行証を持たされ、夜間外出禁止に従っていた。「護衛は成功した」は事実でも、「島はすでに自由になった」は事実ではない。
灯島を取り戻すことは、なお石峡邦自身の防衛でありうる。高原連邦を統治しに行くことではない。ただし、UCSEも加わるかは、別に判断する必要がある。護衛と防空だけを認められた部隊を、すでに近くにいるからという理由で、共同指揮がついでに別の作戦へ連れていくことはできない。
夏にUCSEはさらに九十日間を承認し、冬にその期限が来ると撤収した。共同指揮機構も解散した。制限には代価がある。助けることは、最後まで助け続ける保証ではないし、派兵を認める文書が明確でも現場は自動的に安全にはならない。しかし、危険が続く限り派兵の承認も終わらないのなら、部隊はどうすれば帰れるのだろう。
出兵しない側も、何も負わないわけではない
石峡邦は、灯島が陥落する前から、六千人の常備部隊を提案していた。事務総長が進入を認定すれば、まず部隊が出動し、各国は事後に確認するというものだ。脅威を受けてきた側がその速さを望むのは理解できる。すでに島にいる人には、隣国の議論が終わるのを待つ時間がない。
協力国はこの提案を受け入れなかった。後方支援の事前配備と合同演習を増やし、共同計画を維持することには同意したが、出動を決める権限は共同の機関に渡さなかった。物資を倉庫に先に置き、連携に慣れておくことはできる。一声で各国を戦争に連れていける機関をつくるなら、別の線を越える。
間に合うのだろうか。灯島は二日で陥落した。「十分準備すれば必ず間に合う」とは、とても書けない。それはこの選択の現実の代価だ。しかし、間に合わなかったからといって、派兵の決定を集中させればあらゆる誤りを直しやすくなる、と証明されたわけでもない。二つの危険を一緒に見る必要がある。片方を使って、もう片方を消してはならない。
参戦しない側に、傍観しか残されないわけではない。鉄道、避難先、食料、燃料、医療、文化資料の保存も、侵害を受けた人が立ち続ける支えになる。そうした支援のために、自国が開戦すべき状況にあると先に証明する必要はない。支援を理由に、受け取る側を従属させてもいけない。
「派兵しない」で避けられない問いもある。自分は今も、入っていった側に武器や軍需物資を送り、通過経路を開いていないか。懸念を表明しながら、その支援を流し続けているなら、何もしなかっただけではない。NUTは軍需輸送を止め、その決定を報告書にも載せた。
これは、すべての貿易を止めるという意味ではない。共和国は、高原連邦との取引は化学肥料だけで、武器、後方支援、軍事的な通過への協力はないと説明した。通常の取引まで制限すべきかは、一件ずつ判断する。あらゆる往来を支援と呼べば、一つの軍事協力を断つことから、無差別な封鎖へと滑ってしまう。
枠組みの外の国へ入っていったのが、自分たちの加盟国だったらどうか。それでも基準は変えられない。枠組みは問い、記録を残さなければならない。協力国は支援を止める必要があり、戦闘以外の援助は提供できる。ただし、他国の出兵にはそれぞれの条件がある。「仲間が悪いことをした」からといって、別の国が開戦する理由がそのまま生まれるわけではない。
論文では、UCSEが外沙に管理事務所を設けたとき、ほかの加盟国は外沙の住民に非戦闘の援助すら提供しなかった。しなかったことは、しなかったと書くべきだ。派兵の条件が厳しいことを持ち出して、本来は別にできたことを覆ってはいけない。慎重さを、あらゆる責任を閉じ込める鍵にしてはならない。
さらに分けにくい場面もある。ある国が実際に分裂し、その一部が加盟国になった場合、その側が自分たちの地域を守るのを助けることと、全体を奪い合うために助けることは違う。双方とも外へ拡張しているなら、以前からの席にどちらが座っているかだけで支持を決めてはならない。個別の認定は公開の問いにさらされる必要があり、加盟証で判断の代わりにはできない。
この物語を読んで、こんな協力では力が足りないと感じるかもしれない。その不満は残してよい。灯島の住民も、帰らなかった命も、原則の美しさを証明するための道具ではない。作戦の範囲を限ることで何を守れたか。できなかったことの負担は誰に残ったか。両方を示す必要がある。
派兵の決定が重いほど、「みんなが同意した」で終えてはいけない。誰の戦争なのか。なぜこの人たちが戦いに行くのか。どこで止まり、帰還は誰が決めるのか。戦わない側は実際に何を引き受けるのか。必要なのは、一つひとつのためらいを弁護することではない。共同で一度挙手しただけで、すべての人のこれからを、いつの間にか決め終えてしまわないことである。
原論文と読む範囲
『SAE国家間協力論』をもとに公開された中国語の読者向け散文から、日本語で独立して書き直した。元の散文にある論証、事例、限定を保っているが、論文の命題や付録を一つ残らず技術的に訳したものではない。事例中の制度条文は、一つの選択を示しており、唯一最善の設計を証明するものではない。問うこと、答える義務、強制執行を分け、後に政策が変わっても、先の問いが原因だったと自動的に結びつけない。各篇から対応する原論文へ進める。実際の歴史を読む関連エッセイは英語・簡体字中国語・繁体字中国語の現行版で読める。この日本語版でたどる架空の物語とは、別の読み物として設けている。