制度が決着を提案し、選手が断った
「金メダルを二つにできる?」
東京五輪男子走高跳決勝で、ムタズ・エサ・バルシムとジャンマルコ・タンベリは同じ高さを越え、失敗数も同じで、二人とも二・三九メートルに失敗した。役員はジャンプオフが可能だと説明する。バルシムが二人とも金にできるか尋ね、答えはイエス。二人は抱き合った。
友情が規則を打ち破った場面として語られるが、より興味深いのは友情が規則を通して働いた点だ。準備のない機関へ例外を強制したのではない。首位同着の規定が、ジャンプオフを続けず同着を受け入れる余地を持っていた。
既に尽くされた比較
首位が共有される前に、通常のカウントバックは最後に成功した高さでの試技数、全失敗数を比較していた。それでも分けられなかった後、さらに競技を続けて勝者を作る装置がジャンプオフである。
制度は自動比較を使い切り、なお決着を作る手段を持っていた。ただしその手段を無条件に強制せず、選手へ提示した。決着能力があることと、必ず決着させる義務があることを分けたのである。
閉じないことを認可する
重要なのは「特別に金を二つ発行する権限」ではない。同着が最終結果になれば、同じメダルがそれに従う。中心はジャンプオフを完了しなくてもよいという許可だった。
競技制度は普通、曖昧さを消し一人の王者を作る。しかし走高跳には、選手が追加比較を求めない時、首位同着を生かす小さな空間が設計されていた。空欄は忘れられたのではなく、意図的に残された。
規則への反抗でなく、規則内の選択
二人は感動的な物語を未来の全選手へ押し付けたわけではない。利用可能な手続きの一つを選んだ。同じ状況の別の二人はジャンプオフを選べる。公平性は全員が同じ感情的結論を出すことではなく、同じ選択肢へアクセスできることにある。
制度は両方の結果を生める。一組は続け、一組は分ける。人間の決定が違っても、規則上の選択場が共通なら、差異は恣意的例外にならない。
選択を称賛し、規則を批判できる
東京の判断を美しいと思いながら、選手権は必ず一人の勝者を決めるべきだと主張することもできる。その批判は選手の人格でなく制度設計へ向く。将来ジャンプオフを必須にしても、過去の二人の選択が誤りだったことにはならない。
逆に強制決着が常に客観的とも限らない。長い決勝後の追加跳躍は、既に終えた競技を明確化するのではなく、別の疲労・故障危険下で新しい証拠を作る。続行は同じ能力の再測定ではなく、条件を変えた追加試合である。
比較できるから比較すべきか
記録制度の余りは、書式に欄がないため外へ出ることが多い。この例では、制度が余りを置ける場所を用意した。決着費用を最も負う選手が、その費用を払わないと決められた。
拒否は大会を未完成にしなかった。同着を完成した最終結果へ変えた。成熟した制度とは、可能な差を最後まで掘り出す制度だけではない。区別する能力があっても、区別しない価値を認められる制度でもある。