Non DubitoEssays in the Self-as-an-End Tradition
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鑿構周期律 · 陸上競技シリーズ · 日本語独立再構成版
第 18 篇 / 全23篇

同じ名をもつ、二つの構

記録を狙うレースも、選手権のレースも、同じ「競走」と呼ばれる。だが、そこで生み出されるものは違う。一方はゴールの数字を最適化し、もう一方はその場の順位を決める。ペースをつくる仕組みが、この違いを表舞台に引き出す。

Han Qin (秦汉)
この篇の目次

一 同じ名前、二つのレース

世界記録の更新を目指す10000メートルと、オリンピックの10000メートル決勝。同じ名前で呼ばれ、同じ世界記録の一覧に載る。

ところがこの二つは、制御できる変数のほとんどすべてにわたって違っている。

記録を狙うほうでは、主催者は規則に従ってペースメーカーを雇える。一周ごとの目標ペースをあらかじめ決め、承認されたペースライトを使い、タイムの出やすいトラック、標高の低い場所、涼しい時間帯を選べる。順位による賞金とは別に、タイムや記録更新に対する賞金を用意することもできる。選手の仕事は、風をよけられ、ペースの安定した位置にできるだけ長くとどまり、設定されたタイムに近づくことへ力を注ぎ切ることだ。

選手権のほうには、普通、雇われた「ラビット」、つまりペースメーカーはいない。選手は自分の位置取り、次のラウンドへの進出、予選から積み重なる疲労、相手に囲まれたり進路をふさがれたりする可能性、相手の力量を同時に考え、最後のスパートに備えて余力も残さなければならない。世界陸連自身、選手権の10000メートルについて、ペースメーカーを使わず、選手はまず体力を温存し、最後の数周で勝負を決めることが多いとはっきり説明している。多くの場合、最も合理的なのは、最初の一周から平均速度を最大限に上げることではなく、力を蓄え、終盤にペースを上げる機会を待つことなのだ。

仕組みとして異なる二つのレースである。目的関数が違う。一方は時間を最小にすること、他方は相手を倒すこと。認められる助けも違い、最適な走り方も違う。生理学のデータもレースのデータも、成績が生まれる仕組みの違いを裏づけている。

それでも世界陸連は、現行規則のなかで、この二つを別々の種目にはしていない。

10000メートルは10000メートルである。規則が線を引くのは、競技が適法か、どんな助力が許されるか、成績を記録として公認できるか、という点だ。競技を組織する目的が、あるタイムを追うことなのか、ある順位を争うことなのか、そこには線を引かない。公開されている規則には、「記録を狙うレース」という区分と「選手権のレース」という区分が並んで置かれているわけではない。

本稿で扱いたいのは、このことだ。実際の働き方が仕組みとして違う二つの構が、一つの名前、一つの記録表を共有している。構は、自分の公式な発信の場では両者の違いを認めながら、正式な規則のなかで別々のものとして名づけることを拒む。そして一枚の統一された記録表で、二つを再び一緒にする。

前の第17篇で見たのは、構が決着をつける手段を用意しながら、それを使わないという選択だった。今回はその隣にある話である。構はある違いを見て取れるし、その違いを名づける力もある。それでも、名づけないことを選ぶ。

まず、この「名づけない」の意味をはっきりさせておきたい。うっかり見落としたのではない。もし構が二種類のレースの違いに気づいていないなら、それは見えていないという話であって、本稿の主題ではない。ここで扱うのは正反対のことだ。この構には、はっきり見えている。自らの公式文書で、二つのレースがどう違うのかを繰り返し説明している。見えていないのではない。見たうえで、見えたものを規則のなかの二つの名前に固定しないと決めたのである。違いを見ることと、違いに名前を与えることは別の営みだ。この構は、その二つのあいだで立ち止まっている。

二 この議論を成り立たせるには、まず言い方を絞る

先へ進む前に、言いすぎになっている主張の範囲を絞っておかなければならない。そうしないと、議論全体が立たなくなる。

その強すぎる主張とは、記録を狙うレースと選手権の成績はそもそも比較できず、両者は別々のスポーツだ、というものだ。

これは言いすぎである。規則と記録制度は、まさに両者を同じ種目の、比較可能なタイムとして扱っている。選手権で極めて速いタイムが出ることも、世界記録が生まれることさえ、十分にありうる。記録を狙うレースにも、本物の競争はある。

2024年パリ五輪の男子1500メートルは、わかりやすい反例だ。商業的に雇われたペースメーカーはいなかったが、インゲブリクトセンが自ら速いペースで先頭を引き、レース全体の速度を上げた。ホッカーの優勝タイムは3分27秒65。世界記録までわずか1秒65だった。ラビットを雇っていない選手権の決勝を、先頭を走る選手が内側から、ほとんど記録を狙うレースのようなものに変えたのだ。両者のあいだには、越えられない壁があるわけではない。

では、どこまでの主張なら、確かに成り立つのか。

二つの成績がそもそも比較できない、ということではない。同じ種目の名のもとで、仕組みとして異なる二つの成績生成のあり方を、規則が認めている、ということだ。したがって、一つの計測タイムを、同じ競技能力を無条件に測った値としてそのまま受け取るなら、レースの構造という重要な変数を落としてしまう。

主張は少し弱くなるが、はるかに強固になる。生理学とレースのデータは、成績の生まれる仕組みが違うという側面を支える。一方、世界陸連の規則制度は、規則上比較できないという側面を明確に退けている。どちらも規則に適合すれば、同じ記録体系に入るからだ。正確には、別々の二つのスポーツではない。規則上は一つの種目のもとに、レースで成績を生み出す二つの構造がある。どちらもきわめて安定して存続しているが、目的関数は異なる。

この絞り込んだ主張を守ってこそ、証拠が支えない断言へ滑り落ちずに済む。以下の材料はすべて、絞り込んだほうの主張を支えるものであり、強すぎるほうを支えるものではない。

こう絞ることで、よくある不満との境界も引ける。今の記録はラビットとライトと速いシューズを積み上げたもので、真の実力とは呼べない、という不満だ。本稿はそういう話をしていない。記録を狙うレースの成績が本物の実力かどうかを裁くつもりはない。選手は実際にそのタイムで走っている。ラビットが風をよけてくれても、脚を動かすのは本人だ。言いたいのは、もっと冷静な、構造の話である。仕組みとして異なる二つのレースが一枚の表を共有するとき、その表にある数字だけを見ても、どちらの構造のなかで走って出したものかは、もうわからない。どの成績をおとしめるのでもなく、その表が一つの変数を落としている、と指摘しているのである。

三 ペースメーカーは参加選手であって、場外のサービスではない

二つの構を理解するには、まず規則のなかでペースメーカーがどんな身分に置かれているのかを見なければならない。その身分は、直感で思い描くものと少し違う。

現行の助力に関する規則が禁じるペースメーキングには、次のようなものがある。同じレースに参加していない人によるもの、すでに周回遅れになった選手や、周回遅れになりかけている選手によるもの、そして許可されていない技術装置によるものだ。

どこに境界線が引かれているのか、よく見てほしい。他人のためにペースをつくっているかどうか、ではない。このレースに正当に参加している選手かどうか、競技の通常の位置関係から助力しているかどうか、である。

ロードレースの規則は、さらに明快だ。主催者に雇われたペースメーカーは真正の参加選手であると明記し、ほかのエリート選手と一緒に、号砲と同時にスタートすることを求めている。

だから、規則に適合したペースメーカーは、コースの外からサービスを提供する係員ではない。規則上の身分は参加選手であり、経済的な役割はペースメーカーなのである。エントリーしてスタートリストに載り、最後まで走れば、原則として正式な成績を得られるし、優勝することさえできる。世界陸連の資料にも、もともとペースメーカーとして出場した選手が、そのまま優勝した事例がある。

この身分の設計こそ、二つの構が一枚の記録表を共有できる制度上の土台だ。ペースメーカーが規則上の参加選手であるから、ペースメーカーを置いた世界記録挑戦も、規則のうえでは通常のレースであり、その成績を正式な記録に入れられる。構はラビットを競技外の道具として扱わず、競技内の参加選手にした。こうして、ラビットの助けを借りたタイムと、ラビットなしのタイムとのあいだには、規則上の違いがなくなる。

巧妙な設計である。そして、二つの構が一枚の表を共有する仕掛けは、まさにここにある。別の可能性を考えてみよう。もし規則がペースメーカーをコース外の補助道具と定義していたなら、ペースメーカーのいるレースは補助つきの競技となり、その成績は補助なしの競技とは別に記録するのが筋だろう。だが規則は、そう定義しなかった。ペースメーカーを参加選手の名簿に入れた。それによって、ペースメーカーがいることは、規則上、外からの補助ではなく、競技の内側にある通常の構成要素になった。ひとたびラビットが参加選手になれば、ラビットを雇うことも、場内の誰かが先頭を走って風よけになることと同様、競技の内側の出来事であって、外から持ち込まれたものではなくなる。この身分の定義は、記録を狙うレースと選手権とのあいだに引けたはずの線を、一筆で消したのである。

禁止される三種類のペースメーキングは、逆にこの身分の境界を示す。競技に参加していない人が入ってきてペースをつくるのは駄目だ。参加選手ではないからだ。周回遅れになった人が、余力を残したペースメーカーとして戻ってくるのも駄目だ。通常の競争を超える継続的な助力を生むからだ。例外に含まれない技術装置も駄目だ。歴史的に本当に問題になってきたのは、あらかじめみんなでペースを相談していたことではない。走者の交代、余力のある走者の継続的な投入、あるいは外部装置によって、同じレースの通常の競争を超える持続的な補助をつくれるかどうかだった。

四 バニスターのレース、認められなかったのは前年だった

ペースメーカーという身分の微妙さが最もよく見えるのは、バニスターが1マイル走で4分の壁を破った出来事である。そしてこの出来事には、広く流布している誤った話がある。

まず、実際に起きたことから。1954年5月6日、オックスフォードのイフリー・ロードで、ブラッシャーが序盤を先導し、チャタウェイがそのペースを引き継ぎ、最後はバニスターが一人で追い込んで、3分59秒4を出した。このレースは、オックスフォード大学とアマチュア陸上競技協会との正式な対抗戦の枠内で行われた。バニスター一人のタイムを測るだけの練習テストではなかった。

誤って伝わっているのは、この1954年のタイムが出たあと、それが真正の競争だったかどうかを当局が正式に調査し、聴聞を経てようやく公認した、という話だ。

その話は資料に裏づけられていない。別の出来事を1954年へ移してしまった可能性が極めて高い。

英国の当局が、真正の競争ではないという理由で実際に公認を拒んだのは、1954年ではなく、1953年だった。

1953年6月27日、モツパー・パーク(Motspur Park)で4分突破を狙ったバニスターは、4分02秒で走った。このときはマクミランが先にペースをつくり、ブラッシャーは特別な段取りを取った。まずゆっくり走ってバニスターに一周抜かせ、それから比較的余力のある状態で、再びバニスターの前へ出て先導したのである。英国アマチュア陸上競技評議会は、その後このタイムを英国記録として認めることを拒否した。主な理由は、このレースが規則のいう真正の競争を成していないことだった。

1953年のこの前例があるからこそ、1954年はレースの形式にとりわけ慎重だったのだ。1954年の二人の助っ人は、号砲の時点から同じ適法なレースに参加する選手であり、周回遅れになってから余力を残して戻る方法は、もう使わなかった。

ここでは、疑義と裁定を分けなければならない。疑義とは、ブラッシャーとチャタウェイがあらかじめバニスターを助ける役を引き受けており、自分の勝利を第一の目的としていたとは限らない、ということだ。裁定について言えるのは、1954年のレースを真正の競争ではないとして英国の評議会が正式に否認した記録は見つかっておらず、むしろ3分59秒4は公認世界記録の系譜に入った、ということである。

そして、この緊張関係を言い当てたのが、当事者自身の証言だった。チャタウェイは自らの回想で、1954年のあと、評議会には自分とブラッシャーが本当の競争相手だったのかを再び問いただす度胸がなかった、と述べている。そのうえで、実際に勝つ意志があったかという意味なら、もちろんそうではなかった、と実に率直に認めた。

この一言は決定的だ。本人たちの目的から言えば、チャタウェイとブラッシャーはペースメーカーであり、勝つつもりはなかった。だが規則上の扱いでは、1953年のように記録を否認されなかった。名目上の参加選手に、最初から勝つ意志がないのなら、「真正の参加選手」という言葉の意味に、きしみが生まれる。チャタウェイの告白は、そのきしみを白日のもとにさらしたのである。

ここには、誠実さのために空白を一つ残しておかなければならない。1954年のタイムが公認されたことは確認できる。公認した理由をすべて記した文書は、手に入らない。1953年と1954年の重要な違いは、1954年には二人の助っ人が号砲の時点から同じ適法なレースの参加選手だったことだ、と合理的に推測することはできる。だが、これらの理由によって承認する、と一つひとつ記した議事録は見つかっていない。したがって、結果は確認済みでも、裁定理由の全体まで確認済みのふりをしてはいけない。

五 ラビット一人を雇うことから、生産システムをつくることへ

バニスターの時代のペースメーキングは、まだ数人の友人による手助けだった。1990年代以降の最も大きな変化は、ペースメーカーが突然発明されたことではない。記録を破るという営みが、商業サーキットによって制度化されたことだ。

1998年に始まったゴールデンリーグは、オスロ、ローマ、モナコ、チューリヒ、ブリュッセル、ベルリンの一日競技会を、高額賞金とテレビ中継を備えたエリート選手中心の、一続きの商業システムに組み込んだ。世界陸連自身のゴールデンリーグの記録資料にも、そうした商業大会で生まれた世界記録が並ぶ。たとえばエルゲルージが1998年にローマで出した、1500メートル3分26秒00だ。

こうした記録を狙う商業レースには、典型的な組み立て方がある。目標タイムを先に決める。一組、あるいは複数の組のペースメーカーが、区間ごとにペースづくりを引き継ぐ。記録を狙う主役は、風をよけられ、ペースの安定した位置にできるだけ長くとどまる。会場には標高の低い場所、タイムの出やすいトラックや平坦な道路を選ぶ。天気予報に応じて、より適したスタート時間を選ぶ。順位賞金とは別に、タイムや記録更新への報奨を設ける。毎回すべてがそろうわけではない。それでもエリート向けの一日競技会や高速マラソンでは、繰り返し現れる要素だ。

ここでも、強すぎる言い方は避けたい。1990年代の記録挑戦レースには、たとえば一律5万ドルというような、統一された世界記録ボーナスがあった、と言われることがある。これを共通の制度的事実とすることはできない。報酬にはいくつもの層がある。シリーズ全体の賞金、その大会での順位賞金、出場報酬、タイムボーナス、さらに大会やスポンサーが別途設ける記録賞金。後のいくつかは大会や契約ごとに決まることが多く、当時の契約が公開されているとも限らない。さまざまな記録更新賞金やタイムボーナスが実在したことは確認できる。だが個々の大会から逆算して、世界記録に共通の現金価格表があったとすることはできない。

そしてペースライトが登場する。このシステムは2017年前後に開発され、2018年6月1日に初めて競技で使われ、2020年には世界陸連の規則による全面的な使用許可を得た。標準的な400メートルトラックの内側に、約1メートルおきに、およそ400個のライトを並べる。ソフトウェアが目標タイムに合わせて点灯を前へ進めていく。抽象的なラップタイムの表は、こうしてトラック上を動き、ずっと目で追える位置に変わる。選手は目標にあとどれだけ足りないかを頭のなかで換算する必要がなくなる。その光について走ればいい。

この光がしていることは、第8篇で見た、あの開かれた扉と比べてみる価値がある。あちらでは、フォームマットという物質的条件が、背面跳びの可能性を開いた。こちらでペースライトという技術が開くのは、別のものだ。自分の速度を判断するという、それまで選手が担っていた仕事から、選手を解放するのである。ペースライト以前、記録を追う選手は、自分の身体感覚、ペースメーカーの先導、周回タイムを知らせる声をつなぎ合わせて、今の走りが十分速いかを判断しなければならなかった。それは一つの技能、自分を感じ取る技能である。ペースライトは、その技能を、光についていくという単純なことに変えた。選手が節約するのは体力ではなく、判断の一部だ。その判断を外部装置に肩代わりさせてよいのか。それこそが次節の論争の核心になる。

この光については、よく聞く言い方を一つ取り除かなければならない。規則の抜け穴に潜り込んだ、違法な電子ラビットだ、という言い方だ。そうではない。世界陸連の助力規則は、技術装置によるペースメーキングを禁じる一方、レースの経過時間を示す電子ライト、関連する記録のペースを示すものを含めて、認められる例外として明記している。現在の規則の仕組みは、技術によるペースメーキングの一律禁止ではない。原則として禁止し、特定の視覚的な時間表示システムを明文で例外にする、というものだ。

もう一つ取り除きたい言い方がある。ペースライトは選手権以外でしか使えず、正式な選手権には絶対に登場できない、というものだ。現在の規則を述べる命題としては、すでに成り立たない。初期の運用が主に一日競技会や記録挑戦だったのは確かだが、2025年のヨーロッパ室内選手権では、すでにペースライトが正式に導入された。選手権で使うかどうかは、大会運営の選択と、規則が認める範囲の問題である。記録挑戦専用と定められた、永久に越えてはいけない規則上の境界ではない。

六 あの光を外部からの助けに数えるべきか

ペースライトを認めるべきかという論争では、双方の論拠がはっきりしている。世界陸連は最終的に、その一方を選んだ。この節では両者を並べる。裁定はしない。

認める側は言う。この光は、参加者全員が見られる経過時間の情報にすぎない。大型画面や時計、周回タイムの読み上げが伝えていた情報をトラック上へ移し、空間のなかに置いたようなものだ。選手を押すことも引くこともなく、特定の選手だけに機械的なエネルギーを与えるわけでもない。しかも規則は透明で、誰にも等しく適用される。世界陸連が最終的に採ったのは、この規則上の立場である。

制限を求める側は言う。常に見える視覚的な目標は、選手自身の速度判断の誤差を絶えず取り除く。それによって、従来は選手、ペースメーカー、計時のフィードバックが共同で担っていたペース管理を自動化してしまう。分析のなかには、ペースライトを使って生まれた一部の記録では、一周ごとのタイムのばらつきが極めて小さく、ほとんど揺れがない、と指摘するものもある。そのことが、過去の記録との比較可能性を問題にする。以前の世界記録保持者は、速度を判断する仕事の一部を自分で引き受けていた。今では、その一部が一筋の光に外注されているからだ。

この論争を一つの実験で決着させることはできない。ペースライトだけで決まって何秒縮まる、と言える信頼できる実験はない。最高水準の世界記録について、技術の有無を無作為に割り付け、盲検で比較することはできない。シューズ、天候、ペースメーカー、選手のコンディションが、いつも同時に変わるからだ。結局、あの光がどれだけ助けたかは、前の各篇で見た、原因を振り分けきれない問題と同じように、計算し切れない。

注目すべきは、この論争が本当は何を争っているのかだ。光が助けになっているかどうかではない。助けになっているのは明らかだ。問われているのは、その助けが、なおこのスポーツの内側で受け入れるべき競争関係に含まれるのかどうかである。ペースメーカーをめぐる論争とは、同じ問いの二つの形なのだ。

七 同じ選手の勘定と、一枚にまとめられた表

ここで、二つの構を一つにする記録表を見よう。具体的な違いは、どれほどあるのか。

女子5000メートルは、最もすっきりした例だ。チェベトの2025年の世界記録では、五つの1000メートル区間の最速と最遅の差は、わずか約7秒22だった。しかも最速は、最後の1000メートルである。つまり機械のメトロノームのように、最初から最後までまったく同じ速度だったわけではない。非常に安定した中盤に、意図的な終盤の加速が加わっている。これは研究者が記録型の長距離走に見いだす、両端がやや速く、中間が安定する構造にちょうど重なる。

選手権と比べてみる。同じチェベトが2025年東京世界選手権の女子5000メートルで優勝したタイムは、14分54秒36だった。世界記録は13分58秒06である。優勝したレースの最後の400メートルは約57秒6。レース全体の400メートルあたりの平均は約71秒55だった。最後の区間にかかった時間は、全体平均より2割近く短かったのだ。

同じ選手が同じ年に、ほぼ理想的な比較例を自然に提供してくれたことになる。記録を狙う環境では13分58秒。選手権で勝つときには14分54秒。差は56秒ある。その56秒をすべてコンディションのせいにはできない。レースの目的そのものが、最適な戦略を変えるからだ。

女子10000メートルでも、チェベトはさらに明快な同一選手の比較を示す。2024年に世界記録を出したレースは、はっきりと世界記録挑戦として組まれ、目標ペースをつくる仕組みを使い、28分54秒というタイムを生んだ。一方、2025年東京世界選手権で彼女自身が優勝したタイムは30分37秒。同じ人が、記録を狙う環境では28分54秒、選手権の優勝では30分37秒。差は103秒である。この103秒を、すべてコンディションで説明することはできない。レースの目的が最適な戦略を変える。核心にある理由はそれだ。

ただし、ここで違いを絶対化してはいけない。記録を狙うレースは等速で走るもの、選手権はゆっくり走って最後の400メートルだけスパートするもの、とは言えない。先ほどの2024年パリ五輪男子1500メートルが反例だ。優勝候補が最後のスパートに勝敗を委ねたくないと考え、自らペースを個人の限界近くまで上げる選手権もある。逆に世界記録でも、入りはやや速く、中盤は安定し、最後にまた速くなるという起伏がよく見られ、数学的な等速にはならない。学術的により正確に言うなら、二種類のレースでは区間タイムの確率分布が違うのであって、互いに重ならない二つの型なのではない。

そして、これらの違いはすべて、統一された記録表のうえでならされる。チェベトの28分54秒と、仮に選手権という環境で生まれた10000メートルのタイムとは、同じ表に入り、同じ位置づけを与えられる。表は、どんなレース構造のなかでその成績が生まれたかを記さない。記すのはタイムだけだ。成績に系統的な影響を与えるレース構造という変数が、記録表の層では消えてしまう。

チェベトという同一選手の比較を使うのは、最も簡単な反論を取り除けるからだ。別々の二人を比べ、一人は記録を狙うレースで速く、一人は選手権で遅かったと言っても、二人の能力が違うのだと言えば済む。だがチェベトは同じ人であり、連続する二つのシーズンで、どちらのシーズンも競技者として絶好調だった。28分54秒と30分37秒のあいだの100秒余りは、能力の違いから生まれたはずがない。同じ身体なのだから。差が大きすぎるので、コンディションだけから生まれたとも考えられない。残る最も大きな説明は、レースの構造そのものだ。記録を破るために組まれたレースと、優勝を争うレースでは、同じ人が走っても、100秒以上離れた二つのタイムが出る。そして、その二つは同じ表に入る。

八 選手権の決勝では、世界記録はめったに出ない

記録を狙うレースと選手権が、本当に仕組みの異なる二つの構なら、ある帰結が見えるはずだ。選手権の決勝では世界記録がめったに生まれない。そして歴史上の頻度は、まさにそれを支えている。

まず集計の範囲をはっきりさせよう。世界規模のシニア屋外選手権とは、オリンピックと世界陸上競技選手権を合わせたものを指す。決勝だけを数え、予選と準決勝は入れない。数えるのは公認の世界記録だけだ。男女の1500メートル、5000メートル、10000メートルという六種目について、世界記録の変遷と選手権決勝の日付を突き合わせると、世界規模の選手権決勝での世界記録として確認できるものは、わずか7回である。

種目ごとに、その種目が世界規模の選手権に入り、世界記録体系の比較も可能になってからの決勝数を分母にすると、六種目の選手権決勝は合計約225レース。そのうち世界記録を生んだのは7レース、約3.11パーセントとなる。

さらに際立つことがある。この7回の世界記録は、すべてオリンピックで生まれた。1983年に始まった世界陸上競技選手権では、この六種目の決勝から世界記録は一つも出ていない。世界選手権が始まって以降、世界規模の選手権決勝で生まれた唯一の例は、2016年リオのアヤナの女子10000メートルであり、それもオリンピックでの記録だった。

この約3パーセントという数字だけでは、選手権の仕組みが世界記録を抑えているとは証明できない。ほかにも交絡する変数がある。気候、日程に組まれたラウンド数、賞金、その年に破るべき記録の難しさ、トレーニングの水準、ランニングシューズ、そして世界記録自体がますます生理的限界に近づいていること。これらはいずれも選手権決勝で記録を破る確率を下げる要因であり、記録を狙うレースと選手権との違いだけに、単純に還元できる要因ではない。

それでもこの約3パーセントは、少なくとも一つの単純な命題を退ける。同じ1500メートル、5000メートル、10000メートルと呼ばれ、同じ記録表に入るのだから、記録を狙うレースと選手権は、同じくらいの頻度で記録に迫るはずだ、という命題である。実際の歴史はそうなっていない。記録更新は、ほとんどいつも記録を破るために組まれたレースで起こり、選手権の決勝ではほとんど起こらない。二つの構は同じ名前で呼ばれながら、共有する記録の線に触れる頻度が、これほどかけ離れている。

九 ほかのスポーツは、別の答えを出した

陸上競技は、この違いに名前を与えることを拒んでいる。同じ問題に直面したほかのスポーツは、違う答えを出した。並べてみると、陸上競技の選択がどこに位置するのか、よく見えてくる。

水泳を引き合いに出せるのは、半分までだ。

水泳にも、記録を狙うときと選手権決勝との区間タイムの違いは確かにある。世界水泳連盟の世界記録は、規則に適合したさまざまな公式大会で樹立でき、必ずオリンピックや世界選手権の決勝でなければならないわけではない。一方、世界選手権の決勝が、選手の意志で記録ペースの泳ぎになることもある。だから水泳にも、記録を目指すことと、優勝を目指すことの違いはある。

ただし、水泳をそのまま陸上競技のペースメーカー問題と同一視することはできない。競泳選手は一人ずつ独立したレーンにいるので、その1メートル前に人を雇って置き、ずっと水の抵抗を減らしてもらい、ペースを知らせてもらうわけにはいかない。水泳におけるもう一つの勘定を生むのは、主に予選、準決勝、決勝と重なる疲労、戦術上の相手の観察、記録という目標であって、正当に雇われたラビットではない。水泳は、記録を目指すことと優勝を目指すことの違いを考えるにはよい類例だが、ペースメーカー制度と同じ構造をもつ事例ではないのである。

自転車競技は、陸上競技が採らなかった別の答えを示している。二つの構に、そのまま別の種目名を与える、という答えだ。

自転車競技の規則では、集団で走るロードレースは一つの種目である。位置取り、チームの連携、空気抵抗、逃げ、スプリントこそ、その種目の中身だ。個人タイムトライアルは別の種目であり、選手は間隔を空けて一人ずつ出発し、最短のタイムで成績を決める。距離が近いからといって、この二つを「誰が最も速く走ったか」という一つの記録の論理へ押し込むことはない。二つの名前、二つの勘定である。

自転車競技が外部からの助けをどう扱うかは、とりわけ示唆的だ。選手のすぐ後ろを走る車両も、周囲の気流を変え、空気力学上の利益をもたらしうるため、自転車競技の統括団体は、個人タイムトライアルの選手と後方の車両との最低距離を25メートルに引き上げ、車両のもたらす気流が成績に及ぼす影響を減らした。制度がここで認めているのは、ペースライトやペースメーカーとまったく同じ根をもつ問いである。外部の情報や物体は、どこから先、単に競技の進行を助けるものではなく、測ろうとしている競技能力そのものを変えるものになるのか。

ただし、はっきりさせておきたい。自転車競技を根拠に、陸上競技も勘定を分けるべきだと言うのは、どうあるべきかについての主張であって、歴史の必然ではない。自転車競技は二つを分けたが、陸上競技の伝統は、まさに二つを一種目に結びつけてきた。世界記録、オリンピックの金メダル、戦術的な力量が、ともにこの競技の100年以上の歴史を形づくっている。正式に勘定を分ければ、かえって100年以上続く記録の連続性を断ち切ってしまう。陸上競技が分けないのは、思いつかなかったからでも、できないからでもない。二つを一緒にしてきた伝統を残すと決めたからだ。

このシリーズのなかへ戻してみると、その選択には重みがある。自転車競技は、勘定を分けることが可能だと示した。一つのスポーツの制度が、最速タイムを出す能力と、相手とのやり取りのなかで勝つ能力とは別の技能であり、二つの名前、二つの勘定に値すると認めることは、十分に可能なのだ。陸上競技は、その道を選ばなかった。100年以上の世界記録も、オリンピックの金メダルも、戦術の駆け引きも、すべて同じ種目の歴史に収めた。そこには実際の利点がある。記録の連続性だ。バニスターの3分59秒から今日の一つひとつの1マイル走の成績まで、途切れない一本の線として、いつまでも比較を続けられる。勘定を分ければ、その線は切られ、二本の短い線になる。陸上競技は一緒にしておくことで、レース構造という変数を曖昧にする代わりに、記録の連続性を得たのである。これは取捨選択であって、見落としではない。

十 名づけることを拒まれた違い

ここまでの話をまとめよう。

二つの構がある。一つは記録の構だ。主催者は、同じレースに出るペースメーカーを正当に雇い、目標ラップを決め、承認されたペースライトを使い、有利なトラック、気候、時間帯を選べる。金銭的な誘因を、タイムや記録に直接結びつけることもできる。もう一つは選手権の構だ。通常、雇われたラビットはいない。選手の前には勝ち上がりのラウンド、直接ぶつかる相手、そして一人しかなれない優勝者の座がある。最も合理的な戦略は、しばしば力を温存し、位置を変え、終盤にペースを上げる機会を待つことになる。

この二つの構では、成績を生む仕組みが系統的に違う。世界陸連自身、公式の場でこの違いを繰り返し説明してきた。選手権にはペースメーカーがいないと言い、記録挑戦は通常ペースメーカーを置いたレースだと言う。異なる二つの運営の論理があることは、よくわかっているのだ。

それなのに、一つのことをした。正式な規則のなかで、この二種類のレースを別々の種目として名づけることを拒んだ。そして統一された一枚の世界記録表によって、異なる二つの仕組みが生んだ成績を、再び一緒にした。

これが本稿の余項である。その姿はまた、これまでのどれとも違っている。

これまで見てきた余項には、構に収まりきらないもの、構が計算し切れないもの、構の手が届かないもの、構が進んで場所を残したものがあった。今回の余項は、実在しているのに、規則が名づけることを拒む違いそのものだ。レース構造は、成績に系統的な影響を与える変数である。構にはそれが見えている。公式の場で説明もしている。名づける力さえある。自転車競技は、実際に名づけた。それでも構は名づけないことを選び、記録表の層で、その違いをならしてしまう。

だから、その違いが余項になる。一つひとつのレースに実在し、28分54秒と30分37秒とを構造的に隔てているのに、統一されたあの記録表のうえでは姿を消す。表は、二つの異なるものを、同じ能力を無条件に測った値として、同じ場所に置く。消されたのは、その成績を生んだレースの構造である。

構が違いを処理する、もう一つのやり方だ。これまで、構が違いに決着をつけられない例を見た。決着しないもののために、構が自ら場所を残す例も見た。ここにあるのは第三のやり方である。構には違いがはっきり見えており、それを名づける力も十分にある。それでも認めないことを選び、異なる二つのものに、同じ名前と同じ表を使わせる。分けられないのではない。分けないと決めたのだ。

そして、この選択は三層の構造をなしている。この構造こそ、本稿で最もよく見ておくべきものだ。第一の層では、規則が違いの命名を拒み、記録を狙うレースと選手権という二つの区分を設けない。第二の層では、大会運営がその違いを絶えずつくっている。一方ではラビットを雇い、ライトを置き、天候を選んで記録を狙う。他方ではラビットを置かず、複数ラウンドを戦い、戦術を競う選手権を行う。第三の層では、記録表が二つを再びまとめ、異なる構造のなかで走ったタイムを、一つの表、一つの記録の推移に収める。

規則は認めず、大会はつくり、表は一つにする。この三層が同時に動いているのに、向いている方向は一致しない。規則は一つの種目だと言い、大会は二種類のレースだと言い、表は比較可能なタイムの列だと言う。構は三層のあいだの矛盾を解いていない。ただ、その三つを同時に存在させている。

この構は、あなたの風よけになる人を雇える。400個のライトでペースを示せる。涼しい夜と、最もタイムの出やすいトラックを選べる。そうした助けをすべて規則で認め、あなたが走ったタイムを公認記録へ入れられる。別のレースでは、それらの助けをすべて取り去り、あなたを相手と疲労と位置取りに、一人で向き合わせることもできる。それが異なる二つのレースであることを、構ははっきり知っている。だが勘定をつけるときには、その二つで走ったタイムを同じ行に書き込む。違いには名前を与えなかった。だから、その違いは、この表では説明できない一秒一秒のなかに、ひっそり残るのである。

物差しは、まだ正しく測れていない。それでも、測り続けている。