一人への愛が全員を使う
ゼーレとゲンドウは同じ補完計画へ進むが、後者の中心にはユイとの再会がある。悲しみは偽物ではない。だが欲望の対象が唯一だからといって、他者の道具化は防がれない。むしろ人類全体が、その一人へ戻る材料になる。
欲しい関係の危険を避ける
他者との関係には拒否、予測不能、期待どおり愛されない可能性がある。ゲンドウは管理できる工程でユイを回収しようとし、再会を所有へ近づける。真嗣に対しても傷つく前に距離を置き、その先回りした放棄が恐れていた断絶を作る。
経路の中にいた別の人
レイはユイへの器として育てられるが、決定的な瞬間にゲンドウを拒み、真嗣の方へ向かう。装置が計画の審判者になる。ゲンドウが見落としたのは、ユイへ通じる経路の内部で、別の一人がすでに欲望と判断を作っていたことだ。
欲しいことと目的として扱うこと
「この人でなければならない」は交換不可能性を表すが、非道具的な愛の十分条件ではない。相手も自分の目的を持ち、私の欠如を埋めるために存在しないと受け入れる必要がある。ゲンドウは唯一の人を望みながら、その唯一性に含まれる他者性を消そうとした。
対象作品: GAINAX / Hideaki Anno, Neon Genesis Evangelion. 1995〜1996年のTVシリーズと1997年の劇場版を主要テキストにした独立批評です。