Non DubitoEssays in the Self-as-an-End Tradition
← 『チェンソーマン』を読む
2 / 5

誰もが同じ取っ手を使う

Han Qin (秦汉) · 日本語版 · 2026-10-09

この版について

この版について:中国語原文の議論を、日本語の読者に向けて書き直したもの。原文は同じページで簡体字・繁体字を切り替えて読める。

ある女がデンジに言う。ひと仕事してくれたら、キスさせてあげる、と。

姫野。早川アキの相棒で、公安のデビルハンターだ。幽霊の悪魔と契約し、代償として右目を差し出している。たばこを吸い、酒を飲み、歯に衣着せぬ物言いをする。この部署でいちばん普通の人間である。

彼女の持ちかけた交換は、その人柄どおりだ。気軽で、率直で、大げさなことだとは思っていない。

同じ仕組みを使ってデンジに近づく、二人目の人物だ。

その取っ手

まず、この一篇の見取り図を示しておこう。

前の一篇では、デンジの願いは小さく、具体的で、かなえる費用が安いと書いた。

今度は、そのことを知っているのは一人だけではない、という話だ。そして、それを利用する人が皆、悪人というわけでもない。

この作品では、ほぼすべての関係が交換から始まる。その交換で差し出される札は、繰り返し同じものだ。食事。一度、胸を触ること。キス。一緒に暮らすこと。

姫野は、ひと仕事と引き換えに、キスを約束する。

マキマは、触れさせることと引き換えに働かせる。最初は一度だけ胸を触らせ、その先にはまた別のものがある。一度に少しずつで、決してまとめては与えない。

パワーは、嘘を一つついて猫を助けに行かせる。

レゼが差し出すのは、まるごと別の人生だ。

この人たちの動機は、まるで違う。それでも、手をかける取っ手は同じなのである。

マキマの与え方

まずマキマを見よう。彼女だけは、使い方がほかと違う。

姫野は思いついたまま口にする。パワーはその場でたくらむ。レゼには任務がある。

マキマには、与える間合いがある。

彼女は一度に全部は渡さない。少し与え、働くのを見届けて、また少し与える。映画に連れていく。彼の好みを覚えている。危険な仕事を終えると、ご褒美を与える。

一回きりの取引ではない。与え続けるための仕組みだ。

この仕組みが成り立つには、一つ条件がある。デンジの願いが、もとの大きさに収まっていなければならない。もし別のもの、たとえば人から与えられることに頼らない暮らしを望み始めたら、この与え方はうまく効かなくなる。

作品はマキマ自身にそれを説明させない。ただ、この仕組みを動かし続ける。

姫野

姫野がこの物語で生きている時間は短い。それでも、その一部始終は書いておきたい。

交換の申し出は何気なく、酔いも手伝っていて、本気で果たす気はあまりなかったのだろう。後に酔った勢いで、その一部は実行される。ただし、ひどい有り様だった。デンジは吐いた。作品はこの場面を、少しもロマンチックには描かない。

姫野は、サムライソードとの戦いで死ぬ。

その戦いでは、一方的に押されていた。彼女は幽霊の悪魔に新しい取引を持ちかける。代償は、自分のすべて。片目ではない。自分という人間を丸ごとだ。自分を差し出す代わりに、幽霊の悪魔にアキを救い出させようとする。

そのとき、きれいなせりふは口にしなかった。

それ以前に、アキには自分がどうしたいかを話していた。彼がこの仕事を辞めたら一緒になろう、というほどの意味だった。その日は来なかった。

姫野は、この取っ手を最初に見せる人物であり、取っ手を使うことが悪意と同じではないと、最初に示す人物でもある。デンジの願いを取引の札にする。同時に彼を気にかける。そして仲間のために自分を燃やし尽くす。

三つのことが、一人の人間の中にある。作品は、そのどれかで残りを説明しようとはしない。

パワーと猫

パワーは血の魔人だ。嘘をつく。責任を押しつける。仲間を前に突き出して盾にする。しかも、やったあとで赤面一つしない。

彼女には猫がいる。ニャーコという。

デンジとの関係は、一度のだまし討ちから始まった。

ニャーコが捕まったと話して、救出に行かせる。そのとき考えていたのは、彼を死なせて自分が助かることだった。作品は後にそれをはっきり明かし、かばい立てしない。

デンジは行った。理由は猫とはほとんど関係ない。パワーから、あることを約束されていたからだ。

彼は猫を助け出した。

そこから二人は友達になる。しかし、出発点が利用だったことを、物語は消さない。パワーに謝らせもしなければ、反省させもしない。あのときのお前は間違っていた、と誰かに言わせることもない。

ただ、その先を続ける。一緒に住む。一緒に食べる。一緒に戦う。岸辺にそろって、いろいろな場所へ放り込まれる。

利用から始まった関係でも、その先で別のものに育つことはある。

この作品では、それは教訓ではない。繰り返し起こる事実だ。

レゼ

この一篇で最も大事なのは、レゼのくだりだ。

二人が出会うのは、雨宿りをしているときだ。その後、レゼが働く喫茶店で、彼女はデンジの髪を拭き、話しかけ、飲み物をごちそうする。

後には、泳ぎも教える。泳げない彼を、夜のプールで少しずつ導いていく。

二人は数日を一緒に過ごす。それはデンジが生まれてから経験した中で、いちばんまともな日々だった。

そして彼女は誘う。一緒に逃げよう。何もかも放っておいていい。公安も、あれこれも、全部忘れてしまおう。

デンジに差し出されたものの中で、これがいちばん大きい。それまでの人たちがくれたのは、パン一枚、キス一回、触れ合い一度だった。レゼは、人生を丸ごと一つ差し出している。

一方で、彼女は爆弾の悪魔の力を宿しており、チェンソーマンを奪うために送り込まれている。

あの誘いは本物だった。チェンソーマンを奪いに来たのも、本当だった。

作品では、この二つが同時に成り立つ。しかも、同時に成り立つよう、はっきり描かれている。デンジに向けたレゼの気持ちが本物だったことは、後の描写で明らかになる。任務も本物であり、そのために彼女は大勢を殺した。

この構造が、この一篇の中心にある。

心から一緒に逃げたいと思う人が、同時に、あなたを捕らえるために送り込まれていることもある。あなたの願いを取っ手として使う人が、その手の中で、その願いを本当にかなえることもある。二つの層は、互いを打ち消さない。片方がもう片方の証明になるわけでもない。

あのときデンジは揺れた。すぐには断らなかった。作品は、その迷いを長く描く。本当に考えているのだ。ただ、どちらがいいかを比べているのではない。どうしたらいいのか、わからないのである。

結局、彼は残った。

この出会いの結末も、作品はあっさり描く。デンジに会いに行く途中でマキマに行く手をふさがれ、殺される。

デンジは、約束の場所でずっと待っていた。長いこと、待った。

何が起きたのか、彼は知らない。最後まで知らない。

岸辺の最初の教え

岸辺は、この作品で最強のデビルハンターであり、デンジとパワーの訓練を任されている。

最初に教えるのは、誰も信用するな、ということだ。

この作品の世界では、まったく正しい助言である。デンジの周囲を一人ずつ見ればわかる。ヤクザは彼をだました。姫野は願いを取引の札にした。パワーはだまして死地へ送った。レゼは敵のスパイだった。マキマについては、この先の篇で書く。

つまり岸辺は正しい。しかも、豊富な経験に裏打ちされた正しさだ。

それでもデンジには、この教えを守れない。

守れないのは、善良だからではない。ほかに手がないからだ。

誰も信用せずにいるためには、誰も必要とせずにいられなければならない。デンジには人が必要だ。食事が要る。住む場所が要る。今日は何をすればいいのか、教えてくれる人が要る。持っているものは、すべて人から与えられたものだ。

その位置にいる彼にとって、誰も信用するなというのは、守るのを嫌がっている原則ではない。守れるだけの余裕がない原則なのである。

利用することと傷つけること

最後に、一つ区別をつけておこう。この連作の続きは、その区別の上に成り立っている。

人の小さな願いを使って何かをさせることと、その人を害することは、別々のことだ。

姫野はあの取っ手を使い、その後、仲間のために自分を燃やし尽くした。

パワーはあの取っ手を使った。悪意を持って使った。それから、彼の友達になった。

レゼはあの取っ手を使い、泳ぎを教え、数日を一緒に過ごし、その後、計画どおりチェンソーマンを奪いに来た。

ヤクザはあの取っ手を使い、その後、彼をゴミ袋に詰めた。

同じ仕組みで人に近づくことと、その人を害することは別だ。この連作では、二つを一緒にはしない。

ただし、裏側も見ておく必要がある。この仕組みが誰の手でもよく働くのは、使う人の人柄とは関係がない。よく働くのは、デンジの願いがあの大きさだからだ。

ある人の中に、小さく、具体的で、いつまでもそこにある欠落がある。そうすると、近づこうとする人は、どんな動機であれ、そこから入ってくる。それがいちばん手間のかからない道だからだ。

この人たちの中に、一人、そうではない人間がいる。

早川アキの願いは、とても大きい。家族を皆殺しにした悪魔を殺すことだ。

次の一篇で、その違いを見てみよう。