一 とうに見えていた。ただ、名前を取り違えていた
いま恐竜の本を何でも一冊開けば、そこにいる動物には色がついている。栗色の尾、黒と白が交互に並ぶ長い羽、背が濃く腹が淡い胴体。だが二十年前、その色はすべて画家の手から生まれていた。
化石は灰色だったり褐色だったりする。石そのものの色だ。そこへ描き足す色は、一筆ごとに想像だった。描く本人も、それが想像だと承知していた。1993年の映画『ジュラシック・パーク』に登場した恐竜の灰緑色の皮膚も、事情は同じだ。
当時の言い方は、実にきっぱりしていた。色は化石にならない。そう言い切る背後には、かなり堅い理由が二つあった。
第一に、化石に見える色はたいてい、鉱物の色、酸化皮膜の色、炭素質の残留物の色であって、その動物が生きていたころの姿とは関係がない。第二に、もともと色素分子があったとしても、何千万年もたてば分子はとうに壊れている。化石が残っているからといって、当時の光学的な性質まで残っているわけではない。
色は長いあいだ、ある種の不在を説明する定番の例だった。物は残った。だが残った物には、こちらが知りたい属性がない。骨はある。羽毛の痕もある。色はない。今回たどるのは、この例にその後何が起きたかだ。色は残らないという見方は、部分的に覆された。そして、覆されたことそのものより、そのあとに起きたことのほうが重要だった。
もっとも、「色は原理的に何の証拠も残せない」という言い分には、早くから反例があった。イカやタコなど、頭足類の墨袋は、化石の中に黒い有機物を残すことで以前から知られていた。1973年にはすでに、化石の墨と現生のメラニンの赤外線スペクトルが比較されている。
2012年には、もっと直接的な化学手法を使い、1億6000万年以上前のジュラ紀の墨袋二点から、真メラニンの存在を強く裏づける証拠が得られた。墨は極端な例だ。色素がこれ以上ないほど濃いうえに、初めから袋の中に収まっている。
それでも、メラニンのような分子が並外れて残りやすいことを示すには十分だった。2009年、英国の研究者たちは、1億6000万年あまり前のジュラ紀の化石からイカの仲間の墨袋を取り出した。墨をすりつぶし、アンモニア水で溶き、その墨で、墨袋の持ち主の姿を描いた。
化石の甲虫やガの金属光沢は、これとはまったく別の道を開いた。ナノメートル規模の層構造が残っていれば、電子顕微鏡で層の厚さや間隔を測り、光学モデルを使って、かつてどの波長の光を反射していたかを逆算できる。
4700万年前のガについて、翅の鱗粉の構造から、生きていたときの前翅の背面は黄緑色で、見る角度を変えても色が変わらなかったと計算した研究がある。1500万~4700万年前の甲虫の化石を調べた研究は、後で何度も顔を出す厄介事まで明らかにした。化石がいま見せている色は、生前の色とは限らないのだ。これらの甲虫ではナノメートル規模の層がかなりよく保存されていた。変わっていたのは外殻の素材自体の光学特性で、反射する色は全体として赤い側へずれていた。もとが青なら緑に、もとが黄なら橙に変わっていた。
つまり恐竜の色が論じられる以前も、色に関わる情報が一切なかったわけではない。長らく本当に欠けていたのは、較正の連鎖だ。化石に残る物質やナノ構造を、生前の色のカテゴリーへと安定して対応づけるための、つながった手順だった。
そして、何より大事な前史がある。あの微小な粒は、とっくに顕微鏡で見られていた。
まず、何を探すのかを説明しておこう。人間の髪や皮膚の色の濃淡は、メラニンによって生まれる。メラニンは細胞内のごく小さな粒に収められている。この粒をメラノソーム、黒色素体という。長さはわずか1、2マイクロメートル、髪の毛の太さの数十分の一ほどだ。
メラニンにも二種類ある。ユーメラニン、つまり真メラニンは黒や灰色を生み、フェオメラニン、つまり褐色メラニンは赤や黄色を生む。赤毛の赤は後者の働きだ。鳥の羽毛では、真メラニンを収める粒はたいていソーセージのように細長く、褐色メラニンを収める粒はたいてい肉団子のように短く丸い。
ドイツのメッセルは、いまは使われていない油頁岩の採掘坑だ。4700万年前には火山湖で、そこで見つかる化石は、胃の中の最後の食事が見えるほど保存がよい。1980年代には、危うくごみ処分場として埋め立てられるところだった。
1983年、メッセルの化石から、マイクロメートルほどの棒状や球状の微小体が大量に記載された。調べたものには羽毛や体毛も含まれていた。当時は、軟組織の腐敗に関わった微生物だと説明された。
1995年には別の二人の研究者がこの考えをさらに進め、分解を担う細菌が作った有機物の薄膜によって、羽毛の輪郭が保たれたのだと提案した。その後、微小体の外側を包む物質を、細菌が分泌した細胞外高分子だと解釈する研究も現れた。
要するに、証拠はずっと顕微鏡の下にあった。見られ、写真に撮られ、論文にもなっていた。ただ、別の名前の下に分類されていた。 このことは、その後二十年を理解するうえで大切だ。同じ一群の画像が、まるで違う二つの世界を支えうる。
本当の転機は2008年に訪れた。四人の研究者が、ブラジルのクラト層から出た白亜紀前期の羽毛一枚を調べ直した。明暗の帯が入った羽毛だった。クラト層は1億1000万年あまり前の湖底にできた石灰岩で、地元では床を敷く石として採掘される。切り出した石板には、しばしば化石が挟まっている。研究者たちは、この一枚を現生の鳥の黒い羽毛と比べた。
見えてきたのは、濃い帯には長さ約1~2マイクロメートルの、炭素を含む細長い楕円体がびっしり詰まり、淡い帯にはほぼ羽毛の圧痕だけが残っているという違いだった。微小体の大きさ、形、そして羽枝と小羽枝の方向に沿った並び方は、無秩序に広がる細菌膜よりもメラノソームによく似ていた。
2010年の二本の論文が踏み出したのは、さらにその先だ。「ある一枚の羽毛にはメラノソームが残っているかもしれない」から、恐竜の標本から系統立てて試料を採り、色を分類し、全身の模様を復元するところまで進んだ。大きな一歩だった。そして踏み出した途端、厄介事が始まった。
二 二十九の点
2010年1月、『ネイチャー』に一本の論文がオンライン公開された。調べたのはシノサウロプテリクス、シノルニトサウルス、コンフキウソルニス、それに一枚の単離した羽毛だった。いずれも遼寧省西部にある、1億2000万年あまり前の湖沼の堆積物と火山灰に由来する。羽毛のある恐竜や古鳥類が大量に埋まり、熱河生物群と呼ばれる一群をなす場所だ。手法は走査電子顕微鏡。羽毛や糸状構造の表面にある、マイクロメートルからそれ以下の大きさの微小体を観察し、現生の羽毛のメラノソームと寸法や形を比べた。
研究者たちは微小体を二つに分けた。比較的長い棒状のものと、比較的短く球に近いものだ。現生の鳥では、前者は真メラニンに、後者は褐色メラニンに対応している。
シノサウロプテリクスでは、尾の場所によって微小体の種類が違っていた。そこで著者たちは、肉眼でも見える尾の環状模様を異なる色素の領域と捉え、赤褐色ともっと淡い色が交互に並んでいたと提案した。シノサウロプテリクスは1996年に遼寧省で発見され、鳥類以外の恐竜で初めて体に羽毛が見つかった種類だ。その尾に、今度は色がついた。赤褐色と淡い色が輪になって交互に並ぶ。少しアライグマの尾に似ている。
同じ年、もう一本の論文が『サイエンス』に載った。主役はアンキオルニス。約1億6000万年前、いまの遼寧省に暮らしていたハトほどの小さな恐竜だ。この論文はのちに、恐竜のカラー復元図のほとんどすべてのひな型となり、証拠の連鎖を理解する格好の入口にもなった。研究者たちは、標本に残る頭部、胴体、前肢、後肢から、種類の異なる羽毛を網羅するように試料を取った。全部で二十九か所。その一つ一つを走査電子顕微鏡で調べた。
微小体の長さは、100ナノメートルから2000ナノメートル近くまであった。ほとんどの部位では、真メラニンを含む細長いメラノソームが主だった。頭の冠羽の先端には、褐色メラニンに対応する約500ナノメートルの、球に近い微小体が見つかった。
まず研究者たちは、色のわかっている現生鳥類の黒、灰色、褐色の羽毛を使って、統計手法に分類を覚えさせた。この羽毛の集まりが「訓練データ」だ。そのうえで、長軸のばらつき、短軸の歪度、縦横比、密度を手がかりに、化石の微小体を既知のカテゴリーへ振り分けた。この段階を判別分析という。
姿を現したのは、くっきりした模様の小さな恐竜だった。体はおおむね灰色。翼と脚の長い羽は白地に黒い先端を持ち、並ぶと黒白の模様を作る。頭には赤褐色の冠羽がひと房あり、顔には赤褐色の斑点が散っている。翼と脚の模様は、いまのニワトリの品種、スパングルド・ハンバーグによく似ていると研究者たちは述べた。恐竜一体を頭から足先まで色づけした、初めての例だった。
ここで、少し立ち止まりたい。次が今回いちばん大事な一文だからだ。二十九の点は、二十九の画素ではない。 スマートフォンの写真一枚には、千万を超える画素がある。
二十九の点から、途切れのない全身のカラー画像へ至るまでには、こんな手順が挟まる。一点を採取し、そこにある多数の微小体を測り、その点をある色のカテゴリーに入れる。次に、その点がどの羽毛領域に属するかを見て、近くの未採取の同種の羽毛にも同じ分類を広げる。最後に、画家がそれらの領域をつないでいく。インターネットで目にする絵の色は切れ目なく続いているが、元の測定位置は、離れ離れの二十九か所だ。
分類そのものの確かさも、一様ではない。論文には明記されている。二十九の試料のうち、二十四は分類確率が0.9を上回った。一方、三つは0.56~0.74にとどまり、分類は明らかに曖昧だった。
また、メラノソームの数が極端に少ない場所もあり、色素の沈着に乏しかったため「淡色」あるいは「ほぼ白」だったと解釈された。試料14番は、判別空間の中で明らかな外れ値にもなっていた。
黒と褐色は形態から比較的よく分けられる。厄介なのは灰色だ。灰色は形や密度のさまざまな組み合わせから生じうるため、判別空間で占める範囲が広く、ほかのカテゴリーにも近づく。著者たち自身も、カロテノイドやポルフィリンのような色素は同じ方法で読み取れる形を残さないため、この分析では、それらが実際の羽色に関わっていた可能性を排除できないと記している。
復元図の脇に書かれることのほとんどない事情が、もう一つある。そのアンキオルニスの標本には、そもそも尾が残っていなかった。論文の図版に描かれた尾は、もっと完全な別のアンキオルニスを参照して補われたものだ。つまり、手本となったこの「全身復元」には、出どころの異なる三種類の情報が同居している。この標本の測定値、別の標本を用いた解剖学的な補完、そして画家によるつなぎ合わせだ。
最後に、較正の規模を見ておこう。アンキオルニス研究の初期の訓練データが区別していたのは、黒、褐色、灰色の三カテゴリーだけだった。
チームが後にこの手法を振り返った報告では、三択に限定したこの問題で、判別の正解率は約九割だった。三カテゴリー、九割。それが、当初の較正の連鎖が持っていた重みのすべてだった。
その後、データベースは確かに大きくなった。恐竜や古鳥類の研究によく使われる比較用データベースの一つは、現生鳥類101種、羽毛試料168点へと拡充された。
さらに、現生の羊膜類181分類群を対象にする研究も現れた。だが後者がもたらした最大の成果は、「この対応関係はもっと広く使える」という話ではなかった。むしろ逆で、形と色の強い結びつきは鳥の羽毛や哺乳類の体毛では意味を持つものの、トカゲ、カメ、ワニ類の皮膚には単純に当てはめられないとわかったのだ。
2012年には、虹色光沢を持つ羽毛やペンギン型の羽毛も加えられ、三択だった問いが五択になった。メラノソームの形だけから羽色を予測すると、正解率は約82%へ下がった。2019年、さらに虹色光沢によらない構造色を加えると、約62%にまで落ちた。とりわけ灰色とこの種の構造色は区別しにくかった。形と色の関係は、一対一で引ける早見表ではなく、確率的な関係なのだ。 しかもその確率は、どの分類群、どの組織で訓練するか、色のカテゴリーをどう区切るか、どの統計モデルを使うかによって変わる。
三 メラノソームなのか、細菌なのか
2014年、七人の研究者が、実に率直な題名の論文を発表した。「メラノソームか、微生物か」。
主張は狭く絞られていた。それだけに手ごわかった。顕微鏡写真だけでは、微生物である可能性を排除できない。
実験の中心は、比較だった。現生のニワトリの羽毛内部にある本物のメラノソームと、羽毛の表面に生えた微生物、そして微生物が作るぬるぬるした膜。水道管の内側につく、あの滑りやすい層のようなものだ。走査電子顕微鏡、電界放出形走査電子顕微鏡、透過電子顕微鏡を使い、これらを見比べた。
続いて、ガンスス・ユーメネンシスのものとされた羽毛の化石一枚と、すでに公表されていた一群の化石の顕微鏡写真を調べ直した。結論は三つの文に収まる。大きさは重なる。形も重なる。分布も重なる可能性がある。
大きさの話は、いちばんわかりやすい。鳥の羽毛のメラノソームは、普通は数百ナノメートルから約2マイクロメートル。その範囲には、多くの球菌や桿菌も入ってしまう。
後のカエルの化石研究からは、さらに具体的な例が得られた。棒状の細菌には、1.5~2.5マイクロメートルに達するものがある。球形や楕円体の微小体に至っては、走査電子顕微鏡だけで球菌かメラノソームかを見分けることさえできない。だから「約1マイクロメートル」には識別力がない。「長い棒」には限られた識別力しかない。「球」はとりわけ危ない。
形も、二つの状態を切り替えるスイッチではない。初期の一般向けの図は、真メラニンを含むメラノソームをソーセージ、褐色メラニンを含むものを肉団子として描くことが多かった。説明には便利でも、同定には粗すぎる。細菌にも球菌、桿菌、その中間のさまざまな形がある。メラノソーム自身の縦横比も連続的に変わり、組織によって違ってくる。
メラノソーム説を支持する側は、その後、戦い方を変えた。一粒ずつ照合する代わりに、微小体の集団全体が示す統計的な分布を比べた。化石の羽毛の微小体は全体として、現生のメラノソームが収まる比較的狭い大きさと形の範囲に入る。これに対し、対照実験の微生物が示す形の幅はずっと広い、というのだ。この時点で、争いの形は変わっていた。「メラノソームに似た細菌が一種類でもあるか」ではなく、「この集団全体の分布は、どの構造の集団に最もよく似ているか」になった。
本当に天秤を傾けたのは、ほかの二種類の証拠だった。一つ目は並び方だ。クラト層のあの羽毛では、微小体はもともとの濃い帯に集中し、羽枝と小羽枝の軸に沿って並んでいた。
淡い帯には、同じような炭素質の微小体がほとんどない。現生の羽毛のメラノソームも、羽毛の発生過程でできる構造に従ってケラチン細胞へ取り込まれるのであって、表面を無造作に埋め尽くすわけではない。
メッセルの虹色光沢を持つあの羽毛では、構造はもっと具体的だった。小羽枝の表面に微小体が密集した連続層を作り、その内側にはより疎な配列があった。現生鳥類の羽毛の薄膜干渉構造に対応する並びだ。腐敗で偶然できた生物膜が、羽毛の解剖学的な境界、方向性、さらには光学的に必要な層まで同時に再現したと考えるなら、はるかに多くの説明が必要になる。ただし、この基準にも使える範囲がある。ひどく押しつぶされ、ケラチンが完全に消え、微小体の層だけになった標本では、まさにこの位置関係の情報が失われる。保存状態が抜群によい一例の識別力を、すべての化石へ自動的に移すことはできない。
二つ目は位置だ。2016年、1億3000万年前の古鳥類エオコンフキウソルニスの羽毛を調べた研究は、微小体と保存されたケラチン様構造が、元の羽毛組織であるべき位置関係を保っていると報告した。しかも、ケラチンとメラニンの分子的な証拠が同時に得られた。
これは、2014年の論文が突きつけた核心の問いに直接答えている。現生のメラノソームは、もともと羽毛組織の内部の成分であるはずで、後から表面を覆った外来の細菌膜ではない。この結果だけで、それ以前に報告されたすべての微小体をメラノソームと証明できるわけではない。それでも、「メラノソームは実際に、羽毛とともに元の位置に保存されうる」という一般的な命題は、ずっと強くなった。
化学的証拠は第三の道だ。そして、守るべき手順をとりわけ明確にしておかなければならない道でもある。2012年、表面の分子の断片を読み取る質量分析法で、始新世の魚の眼にあるメラノソーム様構造が調べられた。断片のスペクトルは現生のメラニンと一致し、信号の位置も微小体の位置と重なった。2015年には別の研究グループが、この論理に続成作用の実験を組み込んだ。現生のメラニンを200℃、250℃で熱熟成させると、スペクトルが徐々に化石のものへ近づいていった。
つまり、「化石のスペクトルが新鮮なメラニンと違う」ことは、もともとのメラニンの存在を必ずしも否定しない。再現可能な続成変化の結果かもしれないのだ。ただし、判定は複数の断片が作る統計的な組み合わせに基づく。単独の信号はメラニンだけに固有のものではない。
放射光を使った元素イメージングも同じだ。2011年、化石の羽毛に含まれる銅などの微量元素の分布が描き出され、もともとメラニンのあった領域に、有機物と結合した形の銅が集中していると指摘された。
強みは、広い範囲を一度に地図にできることだ。模様に対応した化学的な区分があるか、直接見ることができる。弱みは、銅も亜鉛もカルシウムも、メラニン固有ではないことだ。堆積物も微生物もそれらの元素を吸着する。しかも微生物は、自分でメラニンを合成することもできる。
ラマン分光法は、試料にレーザーを当て、分子の振動を読む手法だ。その立場は最も微妙である。メラニンと、さまざまな乱れた構造の炭素質物質は、ほとんど同じスペクトルを示す。だから「ここには炭素質の物質があり、メラニンであっても矛盾しない」とは言えるが、「この粒はメラノソームだ」とは言えない。
三つの化学的な道を合わせて得られるのは、耳には快くなくても正確な一文だ。メラニンらしい信号を測ったからといって、写真の微小体が一つ残らずメラノソームになるわけではない。信号と微小体の位置が重なることを示し、堆積物、微生物由来のメラニン、そのほかの炭素質物質を排除する必要がある。
では、いまどこまで来たのか。答えは標本による。保存がよく、羽枝の構造とも色の帯とも一致し、化学信号まで同じ位置にある例では、細菌説は、対抗する説明としてすでにかなり弱い。 だが、岩の表面に孤立して露出し、組織内の位置も化学的な検証もない微小体については、細菌は今なお排除すべき候補だ。
2020年の方法論の総説は、段階を踏んで確認する枠組みを提示した。実際に求めているのは、標本ごとに一件ずつ確かめ、万能の許可証は出さないということだ。これは厳しい規律である。「ある手法がメラノソームを証明済みだ」という一括の許可を取り消し、立証の責任を個々の標本へ戻している。
四 形は変わる
あの微小体は確かにメラノソームだ、と認めたとしよう。それでも議論は終わらない。別の層へ移るだけだ。第二ラウンドの問いはこうなる。正体を取り違えていなかったとして、形から色へ、どこまで進めるのか。ここには互いに独立した五つの厄介事がある。一つを解決しても、ほかを解決したことにはならない。
一つ目は、続成作用が形を変えてしまうことだ。2013年、五人の研究者が現生の羽毛を高温高圧にさらし、埋没後の熟成を再現した。条件には200℃と250℃が含まれ、圧力は約250気圧だった。
その結果、メラノソームが壊れてなくなったわけではない。むしろ逆で、羽毛のほかの構造が明らかに分解してからも、メラノソームは残り続けた。ただし、大きさ、形、空間的な分布は変化した。試料によっては、長さが二割近く縮んだと報告されている。
これは、判別の連鎖に隠れていた前提を直撃した。現生の訓練データに使われるのは、続成作用を受けていない長さ、幅、縦横比だ。一方、判別モデルに入る化石のデータは、わからない熱の履歴を経たあとの長さ、幅、縦横比である。 両側で比べているものは同じではない。
どれほど変わったかも、言い切れない。2015年の別の実験では、メラノソームはおおむね縦横の比率を保ちながら一~二割縮んだ。実験条件は定められているが、天然の化石はそれぞれ違う埋没の歴史を持つ。形が変わることはもうわかった。だが、一つ一つが実際にどれだけ変わったかはわからない。
2023年の実験は、さらに一歩進んだ。メラニンを含む現生の羽毛を圧密した堆積物に埋めて熟成させ、天然の孔隙の状態に近づけた。温度は190~300℃。190~225℃の範囲では、色の異なる羽毛が徐々に似たような褐色の染みへと変わった。黒も、赤褐色も、最後には褐色になった。
250℃に近づくと炭化が進み、300℃に近づくと有機炭素がさらに失われた。ここには、後で使う細部が一つある。熟成が進んだ条件では、真メラニンは褐色メラニンより安定しているらしい。
だから現在、化石の寸法から生前の寸法を逆算できる公式はない。比較的頼れるのは、同じ標本の中で色の異なる領域を互いに比べるやり方だ。新鮮な現生の羽毛と、そのまま比べることではない。
二つ目の厄介事は、もっと根本にある。形が百パーセントそのまま残っていても、その形が一つの色だけを指定するとは限らない。
第二節で見たとおり、この関係は鳥の羽毛では比較的よく働くが、トカゲ、カメ、ワニ類の皮膚ではそうはいかない。では、哺乳類の体毛はどうか。
2025年の大規模な研究は、この点をさらに厳しく突きつけた。現生哺乳類59種とジュラ紀の化石一点から、7600を超えるメラノソームを測定したところ、形態が説明できた「赤み」の変動は約四分の一、明度の変動は一割にも満たなかった。
いちばん姿を思い浮かべやすい例が、ゾウだ。アフリカゾウとアジアゾウでは体の色が違う。それでもメラノソームの幾何学的な形は、ほとんど同じなのだ。
逆に、違う組み合わせから同じ色が生まれることもある。粒の形から、人の目が名前をつけられる色に至るまでには、色素の化学組成、粒の数や密集の度合い、ケラチンへの埋まり方、光の散乱の仕方が介在している。初期のモデルが普通に見ていたのは、そのうち二、三項目にすぎなかった。
三つ目は構造色だ。虹色の光沢は、色素そのものの色ではない。屈折率の異なる素材が作る、ナノメートル規模の層構造から生まれる。シャボン玉に浮かぶ色と同じ仕組みだ。
羽毛では、メラノソーム、ケラチン、空気の境目が薄膜や多層膜を作ることがある。隣り合う界面で反射した光が干渉し、特定の波長が強まる。層の厚さを変える。メラノソームの間隔を変える。光が入る角度を変える。すると、最も強く現れる色も変わる。
したがって、化石に虹色光沢があったかを判断するには、メラノソームがあるだけでは足りない。層状に並んでいることを確かめ、層の間隔を測らなければならない。そして圧密が変えてしまうのは、まさにそこだ。数ナノメートルから数十ナノメートルの距離の違いで、色が別物になることもある。
代表的な例がミクロラプトルだ。2012年の研究では、全身が黒く、カラスの羽のような青黒い光沢があったとされた。黒いという判断は比較的堅い。メラノソームが多く、形も深い黒色の羽毛の範囲に収まるからだ。
光沢の判断は、それより弱い。元のケラチンはたいてい失われているし、押しつぶされた化石が当時の層間隔を保っているとも限らない。だから「非常に黒く、光沢があった可能性もある」は、「この部分はまさに青黒い金属光沢だった」より、ずっと頼りになる。
四つ目は、手法そのものの死角だ。カロテノイドは多くの黄、橙、赤を生む。フラミンゴのピンクもカナリアの黄色も、その働きによる。ポルフィリンは赤や緑など、別の色調を生み出せる。
これらの分子は、形から読み取れる粒を作らない。アンキオルニスの最初の論文も、自らその点を認めている。まったく残らないわけではないが、メラニンよりはるかに同定しにくい。化学的な目印が検出できても、もともとどこにあったかは、なかなかわからない。
五つ目。メラノソームは、羽毛や皮膚だけのものではない。現生の脊椎動物では、網膜色素上皮、皮膚の色素細胞、一部の内臓にも大量に含まれる。私たちの眼球の奥の壁にもメラニンの層があって、余分な光を吸収する。カメラの暗箱と同じだ。
現生のカエルと化石のカエルを調べると、肝臓、肺、脾臓といった内部組織のメラノソームは、皮膚より数が多い可能性さえあるとわかった。腐敗実験では、内臓のメラノソームの大半は胴体にとどまるが、攪乱、腐敗、水流によって一部が元の場所から運び出される。カエルの化石73点を調べたある調査では、約93%に体表以外に由来するメラノソームが残り、そのうち約四分の一では、微小体の分布が胴体から四肢へ広がっていた。
だから、体の輪郭を覆う黒い微小体の層が、必ずしも「皮膚本来の色」だとは限らない。眼、肝臓、腹膜、あるいはほかの組織が分解したあとに移動してきたメラノソームが、混じっているかもしれない。
こうして「メラノソームの同定」は、実際には二つの別の問いに答える仕事になる。これはメラノソームか。そして、もともとどの組織のメラノソームだったのか。前者には化学が力を貸せる。後者は、主として解剖学的な位置に頼るほかない。
五 描き直された、あの復元図たち
証拠の連鎖が頼れるかどうかを確かめるには、何を言い立てているかを見るより、どこが直され、どの層が直されたかを見るのがいちばんだ。
シノサウロプテリクスは、最も大きく修正された例の一つだ。2010年の有名な結論は、尾に濃淡の環状模様があり、一部のメラノソームの形態は栗色や赤褐色を示す、というものだった。2017年には複数の標本を使って分布を系統的に描き直し、尾の帯を確かめただけでなく、濃い背、淡い腹、目の周りの黒っぽい「マスク」も示した。覆面強盗のような顔と、明瞭なカウンターシェーディングが浮かび上がった。
面白いのは、修正の向きだ。模様の範囲は広がった。尾の帯から、全身の背腹の濃淡の勾配、顔のマスクへ。一方、色合いについて確実に言える範囲は狭まった。褐色メラニンの保存や形態補正の問題が見えてくるにつれ、正確な栗色の色値を一つ主張し続けるより、「濃淡があり、メラニンの分布が違う」と書くほうが、はるかに堅実になったのだ。一枚の絵は、豊かになると同時に慎重にもなれる。この二つは矛盾しない。
ガンスス・ユーメネンシスは、1億年あまり前に水辺で暮らしていた古鳥類で、化石は甘粛省玉門から出た。こちらで直されたのは別の層、しかもさらに土台に近い層だった。初期の研究は、この標本の羽毛にある微小体を、メラノソームの証拠体系に組み込んでいた。
2014年の「メラノソームか、微生物か」は、この羽毛を再検討し、走査電子顕微鏡に見える微小体だけでは正体を確定できないとした。直されたのは、「ガンススのカラー肖像」の中の特定の色合いではない。色の復元を支える、その物自体を正しく見分けていたのか、という問いだった。
始祖鳥はしばしば最初の鳥とされ、1億5000万年前、現在のドイツ一帯に生息していた。その一枚の単離羽毛をめぐる話は、さらに入り組んでいる。ドイツで1860年か1861年に出土し、1861年には記載された。骨格より一足早い。「始祖鳥」、アーケオプテリクスという名は、もともとこの羽毛一本に与えられたのだ。
2012年の研究は、この有名な羽毛にメラニンが豊富に含まれ、ほぼ黒かったと解釈し、始祖鳥の羽色をめぐる議論に取り込んだ。2013年、別のグループは放射光による化学イメージングから、色素が濃かったのは主に羽の先端と外弁だと考えた。
2019年には、レーザー誘起蛍光を使い、かつて標本処理で取り除かれた羽の根元の輪郭を取り戻した研究が出た。その輪郭は始祖鳥のどの種類の羽毛とも合わず、そもそも始祖鳥のものではないかもしれないという。2020年にはまた別のグループが、始祖鳥の羽毛として矛盾しないと論じ直した。
この論争で、「微小体からメラニンへ、メラニンから黒へ」という局所的な連鎖は、基本的に動いていない。動いたのは、この黒い羽毛は始祖鳥のものか、体のどこに生えていたのか、その動物の全身を代表できるのか、という部分だ。測定が正しくても、復元図の中で正しい場所に置かれているとは限らない。 色の測定だけを精密にしても、誰の羽で、どこに生えていたかは決まらない。解剖や分類など、別の証拠も必要になる。
ボレアロペルタは、鎧竜の仲間だ。2011年、カナダのオイルサンド鉱山で、掘削機の運転手が偶然掘り当てた。全長は5メートル余り、重さは1トン余り。皮膚も装甲も立体的に残り、まるで石の彫刻だった。
2017年の論文は、皮膚の有機物の痕跡から、背が濃く腹が淡い模様を復元し、赤褐色の傾向があったと提案した。これほど大きな動物まで、背腹の濃淡で身を隠す必要があった。当時それを食べていた捕食者は、相当な相手だったわけだ。「模様は色の名前より頼りになる」という話にも、ぴったりの例である。
ただし、より幅広い化学研究からは、硫黄を含む芳香族化合物や続成作用を経たメラニンの信号は、熟成の度合い、硫化、そのほかの有機物の影響を受けうるとわかった。したがって、「カウンターシェーディングを示す空間的な勾配」と「色は正確に赤褐色だった」は、同じ強さの結論ではない。ところが公開された復元図の一様な褐色は、目で見るかぎり、両者を一つの事実に押し固めてしまう。
いちばん鮮やかな実験は、プシッタコサウルスで行われた。イヌほどの大きさの植物食恐竜で、口はオウムに似ている。背が濃く腹が淡い配色は、いまの動物にもよくある。カウンターシェーディングという。光は上から当たるから、腹はそれだけで暗くなる。そこで背を濃く、腹を淡くすれば、体は平らに見え、見つかりにくくなる。
研究者たちはまず、残された皮膚の痕跡から、プシッタコサウルスの背と腹の色素分布を描いた。次に骨格の寸法をもとに実物大の体の模型を作り、均一な灰色に塗った。それを二種類の光で照らした。一つは林の下の散乱光、もう一つは開けた場所の直射日光だ。
模型の体にできる陰影を測り、それを打ち消すには、体の色が濃いところから淡いところへどう移り変わる必要があるかを計算した。そして予測された境界線を、化石に実際に残る境界線と比べた。よく合ったのは林の下の散乱光だった。そこで研究者たちは、プシッタコサウルスはおそらく林に暮らしていたと推定した。
この連鎖は、一環進むごとに弱くなる。皮膚の濃淡の分布は、見えている。いちばん堅い。それがカモフラージュのためだったというのは機能の解釈で、一段弱い。林の下の光に対応していたという主張は、光学モデルに頼る。
林に暮らしていたとまで言えば、普段どんな姿勢で立ち、どう動いていたかという仮定も加わる。ここがいちばん弱い。2017年のシノサウロプテリクス研究による「開けた場所に暮らしていた」という結論も、同じ論理を使っている。最後の一文を、最初の一文と同じ確かさで書いてはいけない。
六 あの絵のどこまでが、測ったものなのか
ここまで来れば、冒頭の問いに答えられる。公表された恐竜のカラー復元図のうち、測定に支えられている部分は、どれだけあるのか。
最もわかりやすいのはアンキオルニスだ。証拠が直接対応するのは、二十九の採取地点と、その近くの羽毛領域である。二十四か所では分類確率が0.9を超えるが、明らかに低い場所もある。その点々から、全身を切れ目なく覆う色へ進むには、間を補わなければならない。しかも尾は、そもそもその標本に残っていた部分ではない。
そこで、復元図を四つの層に分けられる。直接測定の層。採取地点の微小体の寸法、形、密度、統計的なカテゴリー。空間的な外挿の層。同じ羽毛領域の未採取の部分も、採取した点と同じだと仮定する。
解剖学的な補完の層。この化石には残っていないが、別の標本から推定できる羽毛の輪郭。そして芸術の層。切れ目のないグラデーション、厳密な彩度、光沢の強さ、眼の色、口の中の色、残っていないあらゆる軟組織、さらには照明と背景。
この四層が絵の中で占める面積はまるで違う。だが絵は、その境目がどこかを教えてくれない。 後から色をつけた古い写真に、少し似ている。写真は本物だ。色は後から一筆ずつ加えられた。見る人には、どの一筆に根拠があるか、なかなか見分けられない。凡例のない絵は、強さの異なる三種類の知識を、切れ目のない一続きの色として塗り広げる。読者が受け取るのは、見た目にはまったく均質な一つの物なのだ。
ここで、一色だけ取り出して話す必要がある。白だ。
アンキオルニスの研究は、メラノソームがごく少ない羽毛の付け根を、淡く、ほぼ白かったと解釈した。現生の鳥の羽毛になぞらえるなら、理にかなった推論である。
いまの鳥の白い羽毛は、たいてい色素を含まず、ケラチンの中で光がさまざまな方向へ散乱するために白く見える。白いカモメでも、翼の先が黒いものは多い。メラニンは羽毛を摩耗に強くする。一番負荷のかかるところを、黒くしているのだ。
だが論理的には、「メラノソームがない」には、少なくとも四つの可能性がある。もともと本当に色素がなく、白かった。もともとカロテノイドなど、メラニン以外の色素があった。もともとメラノソームに依存しない構造色があった。あるいは、保存される過程でメラノソームと組織が失われた。
ここに非対称が生まれる。「黒」には存在を示す陽性の証拠があることが多いが、「白」はしばしば、不在を示す陰性の証拠に一部を頼る。 同じ証拠の等級を与えるべきではないのに、復元図の上では、どちらも同じだけ確かに見える。
ここで第十一篇の原則が使える。不発見の重みは、ゼロという数ではなく、「存在していたなら見つかるはずだった」確率で決まる。問うべきなのは、その羽毛の部分に元々メラニンが多かったなら、同じ保存条件と検出法でメラノソームをどれほど確実に見つけられたか、ということだ。
その確率が十分に高くて初めて、空白は「元々メラニンが多かった」という説明を弱める。それでも白だったと単独で証明できるわけではなく、ほかの可能性も排除できない。とくに元々カロテノイドがあった可能性は、この形態を読む方法では最初から見えない。
公表される絵は、さらに別の二つも混ぜ合わせている。色のカテゴリーと、画家が選ぶ具体的な色値だ。
判別分析が普通に出すのは、「黒」「灰色」「褐色」「赤褐色」といった大まかなカテゴリーであって、パレットの中のただ一つの色値ではない。同じカテゴリーでも、実際の動物の明るさ、彩度、光沢は大きく違いうる。だから論文の絵にある、あの特定の灰色、あの赤みを帯びた栗色、あの青黒さは、「論文の色カテゴリーを満たす、見た目の一例」と読むべきだ。測定器が岩石から読み出した、唯一のカラーコードではない。
普通の読者にも使える目安はないだろうか。ある。恐竜の復元図を見るときは、「模様」と「色の名前」を分けて見る。濃淡の帯、斑点、目の周りのマスク、背から腹への濃淡の勾配。これらは模様だ。
空間的な配置が損なわれずに残っていれば、模様はかなり高い等級の証拠を持てる。アンキオルニスで試してみよう。翼の黒白の模様、頭にひと房の冠羽があること。これは模様だ。その冠羽が「正確には栗色か、それとも赤褐色か」は色の名前に属する。続成作用の補正、分類群ごとの対応づけ、密度という三つの関門をくぐる必要があり、確かさは明らかに一段落ちる。
この目安には、もう一つ効用がある。なぜ修正では、いつも模様より先に色の名前が動くのかを、説明できるのだ。シノサウロプテリクスの修正が、まさにそうだった。模様の範囲は広がり、色の名前について言える範囲は逆に狭まった。同じ新しい証拠が、二つの層に正反対の向きで働くことがある。
無理な注文をしているわけではない。全身の色を復元するには、大量の試料を、しかもしばしば標本を傷つけながら採取する必要がある。
大型の標本を丸ごと電子顕微鏡に入れることはできない。一点を調べるために、化石から小片を削り取ることも多い。実際の研究は、必ず採取密度の制約を受ける。限られた試料だけでは、全身にわたる色の変化を捉えきれないかもしれない。この制約は、手法を説明する補足資料に隠すのではなく、復元図の隣に書いておくべきだ。
完成した絵は、証拠まで完成しているように見せてしまう。だが画像でも、凡例、空白、複数案などで不確実性を示せる。そうした手がかりがないと、はっきり描かれたものを、はっきり分かったものと取り違えやすい。
七 同じ道を延ばして、どこまで来たか
この手法を最も自然に広げられる相手は、古鳥類だ。較正がそもそも主に現生鳥類の羽毛に由来するからである。コンフキウソルニス、エオコンフキウソルニス、一部のエナンティオルニス類、メッセルの鳥の羽毛などが、メラノソームの形態、羽毛の模様、構造色の研究に使われてきた。
とりわけ重要なのがエオコンフキウソルニスだ。メラノソームとケラチンがともに残っているという証拠は、微小体がもともとその組織の内部にあったという解釈を、直接強める。信頼性を左右するのは、たいていごく素朴な一点だ。羽枝と小羽枝の位置を、まだ見分けられるか。孤立していて、羽毛のどこにあったかが明確でない微小体では、信頼性がはっきり落ちる。
いま最も面白い方向は哺乳形類だ。同じ年に、外挿の成功と較正への警告が、両方現れたからである。2025年、現生哺乳類116種から体毛のメラノソームのデータベースを作り、約1億6500万~1億2000万年前の中生代の哺乳形類の化石六点を復元した研究が発表された。哺乳形類とは、哺乳類と、それに最も近い親戚を合わせた一群で、当時は大半がネズミほどの大きさだった。復元された毛並みは、全体として非常によく似た、一様な暗褐色だった。
同じ年、現生哺乳類59種の7600を超えるメラノソームを扱った別の研究は、形態と毛色の相関は全体として弱く、系統関係の影響が明瞭に出るとした。この二つの結果は、一方を選ぶのではなく、並べて読むべきだ。
可能性を支える側から言えば、哺乳類専用の訓練データを用い、大まかな色カテゴリーだけを予測するなら、有用な信号を取り出せる。限界を示す側から言えば、哺乳類の体毛で形から色へ至る関係は、一対一からほど遠い。だから中生代の毛色は、確率的な予測として受け取るのがよい。鳥の羽毛で初期に使われた「ソーセージか肉団子か」という単純な規則を、そのまま写してはいけない。
海生爬虫類は、手法の対象を羽毛から皮膚へ広げた。魚竜、モササウルス類、古代のオサガメの皮膚の痕跡から、真メラニンとメラノソーム様構造が報告されている。少なくとも一部の魚竜は、現生のオサガメのように体表全体が暗い色だったと提案され、現代の海の動物の隠蔽、紫外線からの保護、熱に関わる生理と比較された。ただし、2018年に別のジュラ紀の魚竜を調べた研究では、背が濃く腹が淡かったとされている。
だが、皮膚での形と色の関係は、鳥の羽毛ほど安定していない。内臓由来のメラノソームが移動する問題も、羽毛以外の軟組織ではとりわけ深刻だ。だからここにも、異なる二つの強さがある。「皮膚の領域にメラニンがある」は比較的強く言える。「形から見て、この皮膚は具体的にこの褐色だった」は、明らかに弱い。
化石昆虫は、別の枝を進んでいる。昆虫の鞘翅や翅の鱗粉の色の多くは、キチンのナノメートル規模の層やフォトニック構造から生まれる。いまの甲虫の一部が見せる金属的な緑も、この仕組みによる。残された層の間隔から元の反射を計算できるが、続成作用によってずれが生じる。
したがって、「恐竜の色」から始まった道は、実際にはすでに二つに分かれている。一つは細胞小器官と色素の化学を、色そのものの代わりに測る指標にする道。もう一つはナノスケールの光学構造を、その指標にする道だ。鳥の羽毛では、この二本が時に合流する。メラノソームそのものが光学構造を組めるからである。
時間をどこまでさかのぼれるのか。長いあいだ、最古の記録として広く引かれていたのは、約3億700万年前、石炭紀後期の例だった。米国イリノイ州メーゾンクリークの化石で、ヤツメウナギやヌタウナギのような顎のない魚の眼、さらにヤツメウナギの体表に、メラノソーム様構造が見いだされた。
第十三篇で触れたタリーモンスターも、同じ場所から出ている。判断の根拠となったのは、大きさ、形、保存のされ方、そして微小体の分布が元の解剖学的な構造の内側に限られていることだった。
2026年、記録は一気に約5億1800万年前のカンブリア紀までさかのぼった。雲南省澄江から出た、ごく初期の脊椎動物の化石群に、メラニンの入ったメラノソームが見つかったのだ。私たちの眼球の奥の壁にある、あの層とそっくりのものだった。メラニンの化学信号も測定された。その動物たちは、頭に四つの眼を持っていた。左右に一対、さらに頭頂に二つ。
この二例は、どちらも古代の動物の全身カラー画像ではない。証拠の多くは眼のように、もともとメラニンに富んだ組織から来ている。だから、「メラニンはどれだけ長く残れるか」にとっての意味のほうが、「全身の体色をどこまで細かく復元できるか」にとっての意味より大きい。 この二つの問いは、幾度となく一つのニュースの見出しへまとめられてきた。
最も用心したい外挿が、もう一種類ある。この道筋は、色以外の問いにも持ち出されてきた。メラノソームの形態や分布から、生理の変化、代謝の進化、羽毛の進化、さらには化石動物の系統上の位置までが論じられた。2014年のあの大規模研究は、羽毛恐竜のメラノソームの多様化が、もっと広範な生理変化と関係していた可能性まで提案している。
問題は、同じ研究自体が、メラノソームの形態は組織と分類群に強く依存することも示していた点だ。「メラノソームの形が似ている」を、遠く離れた分類群どうしの類縁関係を示す強い形質としてそのまま使うと、循環に陥るおそれがある。組織や分類群によって変わるとわかっている量から、分類群の関係を推定する。その量がどう変わるかという規則は、また分類群の関係から読み取られているのだ。比べると、石炭紀後期のあの標本群の扱いは、より堅実だった。解剖学的な位置と色素細胞の層の配置を使い、個々の微小体の縦横比を系統解析の符号にしたわけではなかった。
比較的堅実に引ける線は、一段ずつ弱くなる、言ってよい範囲の連なりだ。メラノソームから色素のカテゴリーへは、適切な組織に複数の証拠がそろえば、測定によってたどれる。
色素のカテゴリーから目に見える色へは、確率的になる。目に見える色から機能へは、答えが一つに決まらない。機能から行動や環境へは、モデルに依存する。行動から進化の原因へは、色だけで決められない。一段進むたびに、言えることの強さは一段落ちる。ところが一般に伝わるのは、たいてい最後の一段だけだ。
八 一つの余項が引き入れられたあと
ここで、今回本当に語りたかったことへ戻ろう。恐竜がどんな姿をしていたか。それが話の半分だ。もう半分は、知りようがないとされていたことが測れるようになり、そのあと何が起きたかである。微小体から色までを読み取っていくあの連鎖は、人が判断し、比較できるように組み立てたものだ。このシリーズでは、そうした枠組みを「構」と呼んでいる。
まず、撤回が本当に起きたことは確認しておこう。今日なら比較的確かに言える。保存のよい化石の羽毛、皮膚、眼の組織の一部には、確かに、もともとのメラニンやメラノソーム、あるいはその続成作用後の残留物がある。
標本によっては、本物の濃淡の帯、斑点、マスク、背から腹への色素の勾配が残っている。シノサウロプテリクスの尾の輪模様、アンキオルニスの翼の黒白模様、プシッタコサウルスやボレアロペルタの濃い背と淡い腹は、いずれもその例だ。よく保存された鳥の羽毛型の組織では、非常に細長いメラノソームが高密度で集まっていれば、真メラニンに富む黒か暗褐色の領域だったことが通常は裏づけられる。小さな結論ではない。二十年前には、これらはすべて「原理的に知りえない」の欄に入っていた。
ただし、どう撤回されたかが重要だ。「ようやく色が測れるようになった」という話ではない。一つの塊だった「復元できない」が、それぞれ測れて、それぞれに誤差のある、いくつもの段階へ分解されたのだ。
そして分解した途端、新しい余項が現れた。構に収まりきらず、しかも消し去れない部分を、このシリーズでは「余項」と呼ぶ。それも一つではない。続成作用でどれほど変わったか。化石ごとに違い、共通の定数はない。形と色の対応は、分類群と組織に依存する。鳥の羽毛では使えても、ワニ類の皮膚では使えない。
メラニン以外の発色機構は系統的な死角になる。黄、オレンジ、鮮やかな赤の多くは別の色素に、青の多くは別のナノ構造によるもので、メラノソームの形だけでは読めない。小体がほかの器官から来た可能性もある。黒い層が皮膚の黒とは限らない。採取の密度にも上限があり、大きな標本を丸ごと電子顕微鏡に入れることはできない。
ここには、見過ごされやすい一点がある。新しい余項は、古い余項のかけらではない。
「色は復元できない」という古い余項には、「続成作用で何パーセント縮んだか」という問いは、そもそもなかった。ありようがなかった。測れる対象がなければ、その対象がどう変形したかという問題も生じない。
同じく、「形から色への対応づけはワニ類の皮膚では成り立たない」という文も、その対応づけができる前には言いようがない。構が一層広がると、余項も一層広がる。新しい余項は新しい構の産物であり、古い余項を掃除しきれずに残った屑ではない。
ここでの余項を生んだのは、測れないものを測れるものへ変えた、その行為だ。能力と一緒に育ち、能力が強くなるほど具体的になる。だから、方法をもう少しよくすれば消えるはずだ、と考えてはいけない。
さらに、偏りの向きに関わる問題がある。ここまで挙げたどれよりも深い問題だ。
この手法に最もよく見えるのは、黒、暗褐色、一部の灰色、一部の赤褐色、そしてメラノソームの配列が形成に関わる構造的な光沢だ。反対に、見落としやすいのはカロテノイドによる黄、橙、鮮やかな赤、残りにくいメラニン以外の分子、ケラチンと空気のナノ構造によって生まれ、メラノソームを主な構成要素としない青や紫外域の色、複数の仕組みが混じって生まれる緑である。そこへ2023年の発見が加わる。高度に熟成した条件では、真メラニンのほうが褐色メラニンより安定しているらしい。
二つを重ねると、こうなる。私たちが復元している中生代の色彩世界は、方法そのものの段階で黒と暗褐色に偏っている。別の色素で鮮やかな黄色になっていた恐竜がいたなら、この方法はその黄色を見落とすかもしれない。だからといって、褐色に塗る根拠が得られたわけではない。
第十一篇で扱ったのは保存の偏り、つまり何が化石になれるかだった。ここでの偏りは、もっと後の段階にある。遺存物はすでにあり、確かに情報も持っている。それでも、測定に使う代理指標そのものに偏りがあるのだ。
この代理指標を通して見える属性と、当時実在した属性は、同じ集合ではない。だから「中生代の哺乳類は広く暗褐色だった」といった結論は、二度読む必要がある。一度目は、何を言っているのか。二度目は、もしその中に鮮やかな黄色のものがいたら、この手法には見えただろうか、と。
ここまで示してきたのは、一つの余項が構の内側へ引き入れられる、ひと続きの過程だ。
この二十年を順に並べれば、その形が見えてくる。初めは、色の代わりに測れる指標がなかった。それが見つかった。指標の正体を取り違えているかもしれないとわかった。化学と位置関係による検証が加わった。
代理指標の正体が、一部で受け入れられた。その数値が続成作用で変わるとわかった。現生の対応関係そのものも、分類群や組織に依存するとわかった。一歩進むたびに、一つの穴がふさがり、同時に別の穴が開いた。
これは色を再び「知りえない」へ押し戻す話ではない。まったく逆だ。いま恐竜の色について言えることは、二十年前よりはるかに多い。しかも一つ一つの文には、たどって確かめられる誤差の出どころがある。たどれること自体が成果なのだ。意見の食い違いを、ただ言いっぱなしのすれ違いではなく、きちんと論争できる食い違いに変えてくれる。
それでも、あの絵はまだ閉じていない。四つの層のうち、測ったものは第一層だけだ。色の空間には、方法の外に丸ごと残る領域がある。新しい結論はどれも、そのすぐ隣に新しい問いを残している。
絵は描き続けていい。ただ一筆ごとに、化石から来た色と、私たちが貸し与えた色を忘れずにいたい。