一 水から電子を奪う
あなたが息を吸うたびに取り込んでいる酸素は、どれも水を分解して取り出されたものだ。1941年、ある研究者たちは水に目印をつけた。酸素を少し重い種類のものに置き換え、それをある緑藻に使わせてみたのだ。すると、緑藻が放出する酸素にも、同じ目印がついていた。
植物も、藻類も、シアノバクテリアも、水分子をばらし、その中から電子を抜き取る。残った酸素は、廃棄物として空気中に捨てられる。いまの光合成生物が酸素をつくる速さはたいしたもので、およそ4,000年あれば、大気中の酸素をすべて入れ替えられる。
けれど、地球の大気には、長いあいだ酸素がほとんどなかった。初めてはっきり増えたのは、約24億年前のことだ。地質学者はこれを「大酸化イベント」と呼ぶ。この一篇でたどるのは、この廃棄物が、どうやって惑星を一つまるごとつくり変えたか、という話である。
まず、なぜ水をばらす必要があるのか。光合成でいちばん難しいのは、光を集めることではない。電子を見つけることだ。光合成の仕事は、二酸化炭素を有機物に変えること。その核心にあるのは、二酸化炭素に「電子を加える」という操作である。
二酸化炭素の中の炭素は、電子に乏しい状態にある。一方、糖の中の炭素は、電子に富んでいる。前者を後者に変えるには、どこかから電子を調達して、そこへ押し込まなければならない。だから、どんな光合成も、同じ問いを避けては通れない。電子をどこから持ってくるのか。
ここで光が与えるのは、電子そのものではない。電子をどこかから引き抜くための力だ。現存する、酸素をつくらない光合成細菌は、電子の仕入れ先がそれぞれ違う。硫化水素、単体の硫黄、水素、二価の鉄、あるいはある種の有機物。紫や緑をしているものが多く、池の水を一面、赤紫に染めてしまうものもいる。
こうした物質には、共通点がある。もともと自分の電子を強くつかんでいないので、取り上げるのに大した力がいらない。水は違う。自分の電子を、非常にしっかり握っている。さまざまな物質を「どれくらい電子を手放したがるか」で一列に並べると、水は最も手放したがらない端の近くに来る。硫化水素や二価の鉄、水素は、それよりずっと取りやすい場所に並ぶ。
ただし、電子を取りやすいこれらの供与体は、量が限られている。火口や温泉、硫化水素の噴き出す場所にしかない。水から電子を取る術を身につければ、もう原料の心配はいらなくなる。水なら、どこにでもある。
硫化水素に頼る細菌は、いくつかの湧き口に張りついているしかない。シアノバクテリアなら、海じゅうに漂っていられる。かつて藍藻と呼ばれていた生物だ。夏の湖面にべったり広がる緑色のアオコも、その多くは彼らである。
だから、硫化水素から電子を取る光合成細菌と、水から電子を取るシアノバクテリアは、似たような難易度の同じ仕事をしているわけではない。シアノバクテリアが水をばらすために使う装置は、光化学系IIという。それが一瞬だけ生み出す電子を奪う力は、知られている生物の仕組みの中でも最強の部類に入る。しかも、これはまだ最初の関門にすぎない。
二つ目の関門は、数だ。二つの水分子から電子を抜き、一つの酸素分子を放出するには、電子を全部で四つ取り去らなければならない。同時に四つの陽子を放出し、二つの酸素原子をつないで、一つの酸素分子にする必要もある。ところが光子は一つずつしか来ない。一度にくれる力は、一回分だけだ。
一回に一か所しかこじ上げられないバールで、四隅を同時に持ち上げなければ動かないものを動かす。そんな仕事に似ている。そこで、まず力をためる必要がある。いまの仕組みが使っているのは、分割払いだ。光による酸化が一回起こるたび、その分を金属の集まりに蓄え、四回分がそろったところで、一気に酸素を放出する。
この仕掛けが初めて見えてきたのは、一連の閃光実験からだった。1969年、フランスの研究者たちは光合成を行う試料を暗闇に置き、ごく短い光を一発ずつ当てた。そして、そのつど放出される酸素の量を測った。最初の二発では、ほとんど酸素が出ない。三発目で最も多く出る。そのあとは四発おきに山が来る。七発目、十一発目。ただし、山はしだいになだらかになっていった。
翌年、オランダ生まれのアメリカの生物物理学者コックが、この結果を、段階ごとに蓄積していく一つのサイクルにまとめた。水を酸素に変える仕事を一回仕上げるのに、なぜ光化学反応が四回続けて必要なのかを説明したのだ。いまも研究者はこれを、コックサイクルと呼んでいる。
電荷をためる役目の金属クラスターは、四つのマンガンと、一つのカルシウム、五つの酸素からできている。その姿は、一度にわかったわけではない。何段階もかけて見えてきた。2011年、日本の研究者たちが、ようやく十分に鮮明な像を得た。この十個の原子は、ゆがんだ椅子のような形に組み上がっていた。
その後は、ごく短いX線の閃光を使い、照射で壊れるより前に姿をとらえることで、電荷をためる各段階でどう形が変わるかも調べられた。人工光合成の研究者たちは、何十年もこれをまねようとしている。安い金属を使い、常温で水をばらす。自然は、たった四つのマンガンと一つのカルシウムで、それをやってのけた。
このクラスターがどこから来たのか、答えは一つには決まっていない。最初期の光合成細菌は、まず水の中のマンガンから電子を取る術を覚え、そのマンガンを、タンパク質が少しずつ自分の仕組みに組み込んだのだ、という説がある。別の実験では、いまの光化学系IIも、光が当たると、水中のマンガンイオンから自力でこのクラスターを組み立てられることが示されている。初期にもそうだったのなら、あらかじめ専用の前身ができあがっている必要はなかったことになる。
酸素をつくる光合成には、さらに、二つの光化学系を直列につなぐ必要がある。順番では先に来て、水から電子を引き抜くほうが、なぜか光化学系IIと呼ばれる。こちらが後から見つかったからだ。
電子は、その後ろにある光化学系Iへ送られる。そこでもう一度光子を吸収し、二度目の引き上げを受ける。こうして十分に強い「電子を渡す力」を得て、最後に二酸化炭素へ渡される。一度上げるだけでは足りない。だから、二度上げる。
現存する酸素非発生型の光合成細菌は、ふつう光化学系を一つしか持たない。相手の電子が、もともと引き抜きやすいからだ。硫化水素から電子を取るなら、そこまで高く引き上げる必要はない。一度で済む。つまり、光化学系が一つで済むか、二つ要るかは、どこから電子を取るつもりかで決まる。
では、二つの光化学系は、どうやって一緒になったのか。これにも、いくつかの説がある。祖先は初めから両方持っていて、後に大半の系統が片方ずつ失った、という説。別々の細菌からそれぞれを受け取り、後で組み合わせた、という説。数十億年に及ぶ喪失と受け渡しが重なっているため、いまの遺伝子系統樹は、どちらにも読めてしまう。
どちらだったにせよ、課される条件は同じだ。電子をどこから取るかによって、何段階の引き上げが必要か、どれほど強い酸化剤が要るか、そして何が排出されるかが決まる。シアノバクテリアが排出するのは、酸素だった。後に植物や藻類もこの技を使えるようになったのは、シアノバクテリアを丸ごと自分の細胞に取り込んだからである。この話は、第五篇でする。
二 一つの信号が消えた
数十億年前に大気が変わったことを、どうすればわかるのか。いちばん重要な証拠は、硫黄の中に隠れている。まず、同位体の話から始めよう。
同じ元素にも、重さの違うものがある。原子核の中の中性子の数が違うのだ。化学的な性質はほぼ同じで、少し重いものと、少し軽いものがあるだけである。ただ、たいていの物理的・化学的な過程では、軽いほうが少し速く動き、少し反応しやすい。
そのため、ある過程を経ると、できた物質の中では軽いものと重いものの比率がずれる。大切なのは、このずれの大きさが、ふつうは「どれだけ重さが違うか」に比例することだ。
硫黄には、32、33、34、36という種類がある。硫黄34の硫黄32に対する比率がある幅だけずれたなら、硫黄33の硫黄32に対する比率は、そのおよそ半分だけずれるはずだ。余分な重さが、硫黄34の半分しかないからである。
この法則を、質量分別という。きわめて頼りになる法則で、ほとんどの日常的な過程は、これに従う。では「質量非依存分別」とは何か。名前はややこしいが、意味は、重さの通りにはいかない、ということだ。硫黄33や硫黄36が、質量に応じて引かれるはずの線から、はっきり外れる。
この規則破りの分別が、実験室で初めてつくられたのは1983年だった。アメリカの化学者ティーメンスが、放電でオゾンをつくっていたところ、できたオゾンに含まれる酸素の各同位体の比率が、質量の法則から外れていたのだ。17年後、彼と同じ研究室の二人の同僚は、古い岩石の硫黄にも同じようなずれを見つけ、この現象を地質史の中へ持ち込んだ。
どんな過程なら、この規則を破るのか。現在の説明は、二酸化硫黄に紫外線が当たる、というものだ。酸素が極端に少なく、オゾンの覆いもない大気では、波長の短い紫外線が、二酸化硫黄を含む大気の層まで届く。硫黄の同位体が違う二酸化硫黄分子は、光を吸収する細かな仕組みが、単純に質量に比例して変わるわけではない。そのため、光でばらされる割合にも、重さの法則に従わない差が生まれる。
こうしてできた物質は、海の中の別々の硫黄の貯蔵場所へ入り、やがて堆積物に保存される。その小さなずれを測るには、岩石から硫黄を取り出して気体にし、装置の中で重さごとに分け、一種類ずつ数えなければならない。
2000年、この三人の研究者は、約24億5,000万年前より古い岩石には、こうした規則に従わない硫黄が広く見られ、ずれも大きいことを発見した。それより新しい岩石では、ずれが急に小さくなり、約20億9,000万年前以降は検出できなくなる。大気が変わったことを示す、最も確かな証拠である。
信号が消えるまでには、別々の二つの仕組みがある。第一に、酸素が増えると、大気中の硫黄は、初めにどんな形をしていても、最後には酸化され、硫酸塩という同じ物質になって降ってくる。
もともとは何本かの道に分かれ、それぞれ正や負のずれを持っていた硫黄が、一つの池に混ざる。ずれは互いに打ち消し合う。酸素がもう少し増えれば、オゾンがその波長の紫外線を遮るようになり、工場そのものが止まってしまう。
第二に、酸素のある状態で大陸の岩石が風化すると、海の硫酸塩の総量が増える。異常な比率を持つ硫黄が少し流れ込んでも、ふつうの過程を通ってきた巨大な硫黄の貯蔵庫の中で、いっそう薄められやすくなる。記録が、薄まってしまうのだ。
打ち消し合ったのでも、薄められたのでも、そもそもつくられなくなったのでも、岩石に残る結果はまったく同じである。検出できない。だから、この信号から言えるのは、信号がある限り、大気の酸素はごく少なかった、ということだ。モデルが示す上限は、現在のおよそ10万分の1。信号が消えたら、酸素がその量を超えたことはわかる。どれだけ超えたかまでは、わからない。
ほかの証拠にも、それぞれの理屈があり、それぞれの死角がある。「愚者の金」とも呼ばれる黄鉄鉱や、あるウランを含む鉱物などは、酸素のある水に触れると、酸化されて分解する。
古い川砂の中にそうした粒があり、しかも水に磨かれて丸くなっていたらどうか。水に流され、運ばれるあいだも、酸化されずに済んだことになる。当時、通り道の水や大気の酸化力は、低かったのだ。いまの川なら、そのような粒は、遠くへ行かないうちに酸化されて溶けてしまう。南アフリカには、約28億年前の古い河床があり、こうした鉱物の代表的な産地になっている。そこは、世界で最も多くの金を産出してきた場所でもある。
赤い地層もある。岩が赤いのは、多くの場合、粒の表面に鉄さびのようなものがついているからだ。そして、さびるには酸素が要る。2024年、カナダの古い一連の地層を調べた研究では、石英粒子の表面のさびが、堆積した当時にできたものだと判断された。比較的確かな初期の陸上赤色層は、これによって約23億1,000万年前に位置づけられた。ただし、さびはずっと後に地下水が運んできたものかもしれない。赤いというだけで、堆積当時の大気がわかるわけではない。
もう一つ、有名な岩石がある。赤、黒、赤、黒と、層を重ねた蒸し菓子のような岩だ。縞状鉄鉱層といい、世界の鉄鉱石の大半は、ここから採れる。西オーストラリアのハマースレー山地では、崖という崖の広い範囲が、この赤と黒の縞模様になっている。海に大量に溶けていた鉄が酸化され、沈んだことの記録である。
ただし、鉄を酸化したのが、大気中の酸素とは限らない。海の表層で、シアノバクテリアがその場でつくったわずかな酸素だったかもしれない。酸素をつくらないある種の細菌が、鉄を直接、電子の供与体に使ったのかもしれない。太陽光の紫外線だった可能性もある。鉄鉱石の層が一つあることは、酸素のある大気があったことと同じではない。それでも、何が酸化したにせよ、その鉄はいま、私たちの周りにある。製鉄に使う鉄鉱石のかなりの部分は、20数億年前に海から沈んだ、この鉄なのだ。
古土壌、つまり岩層に埋もれた昔の土は、別の違いを教えてくれる。酸素のない風化では、鉄は水に運び去られやすい。酸素があれば、鉄はさびになって土の中に残る。いま中国南部で見られる、あのれんが色の土も、そうしてできている。
だから、古土壌の断面で鉄が失われているか、残っているかを調べれば、当時の大気を推し量れる。約24億4,000万年前より古い土壌では、広く鉄が失われている。それを換算すると、当時の大気の酸素は、現在の約1,000分の2.4未満になる。ただし、この数字はモデルによる換算だ。当時の雨量や排水、温度、土壌ができるまでの時間を仮定しなければならない。
クロム、モリブデン、ウラン、セレンといった金属も、それぞれ酸化の違う側面に反応する。陸上の風化を見るもの、酸素のない海底の広さを見るもの、局所的な酸化を見るもの。これらは、いつも一致するわけではない。不思議ではない。もともと、同じものを測っていないのだから。 同じ時代に、一つの指標には信号があり、別の指標にはないとしても、実際の場所ごとの差を映しているのかもしれない。必ずどちらかが間違っているとは限らない。
三 酸素はどう入ってきたのか
24億年前、地球にいたのは微生物だけだった。陸はむき出しで、海には動物が一匹もいない。この時代の輪郭を組み立てた人たちの中で、最も大きな影響を与えたのが、アメリカの地質学者クラウドである。1960〜70年代、彼は、縞状鉄鉱層の多くは20億年前より古く、陸上の赤色層の多くはそれより新しいことに目をとめた。そこから、大気はかつて無酸素から有酸素へ変わったのだ、と提案した。
酸素が大気に入ったのは、一日の出来事ではない。一回きりの出来事でもない。いま組み立てられる経過を順に並べると、おおよそ次のようになる。
まず、シアノバクテリアが水をばらす術を身につけた。いつのことかは、それ自体が論争の最中にある。遺伝子から推定して、30億年前、あるいはそれより前だとする人もいる。一方で、シアノバクテリアのごく近い親戚の一部には、いまも光合成ができるものが一つもいない、と指摘する人もいる。そのうちの一系統は、2013年に人の腸内と地下水から見つかった。水をばらす能力は、後になってようやく一式そろったのかもしれない。
岩石には、確かに大酸化より前の酸素の痕跡がいくつかある。西オーストラリアには、約25億年前の黒色頁岩の層がある。2004年、NASAの資金によるプロジェクトがそこに一本の掘削孔をあけ、新鮮な岩石コアを取り出した。2007年、その中からモリブデンとレニウムの濃集が検出された。
この二つの金属が海へ入るには、まず酸素によって陸の岩石から「洗い出され」なければならない。数年後には、同じ地層でセレンの異常も見つかった。ただし、その研究も、酸素は陸上の一部だけでつくられていたのかもしれず、全球の大気にまで入っていたとは限らない、としている。もっと古い候補としては、約26億6,000万年前の地層もある。
こうした「酸素の気配」そのものにも、異論がある。2022年、より細かな微小領域分析であの頁岩を調べ直した研究は、モリブデンは火山灰に由来する可能性があるとした。また、信号は、岩石が深く埋もれて加熱されたときや、ずっと後になって酸化されたときにできたものかもしれない、という。最初の論文の著者たちは、そうした後世の作用では、すべての信号を説明できないと応じた。論争は、いまも続いている。
たとえシアノバクテリアがずっと前から酸素をつくっていたとしても、大気がすぐに酸素を持つわけではない。底に穴のあるバケツに、水を注ぐようなものだ。火山から出る還元性のガスも、海に溶けた鉄も、岩石の中の硫化物も、生まれたばかりの酸素を、絶えず食べてしまう。
酸素をつくる速さが、そうした穴から漏れる速さを長いあいだ上回って、初めて酸素はたまる。シアノバクテリアが密集する浅瀬では、早くからあちこちに酸素が生まれていたのかもしれない。研究者は、そうした場所を「酸素オアシス」と呼ぶ。けれど、オアシスの外は、まだ無酸素の世界だった。
しかも、たまり方は一定の速さではない。2006年の大気モデルでは、酸素が現在のおよそ10万分の1より少ないうちは、大気は低酸素の状態で、ずっと安定していられることが示された。
それを少し超えると、少量のオゾンができる。オゾンが紫外線を遮ると、大気中で紫外線に動かされ、酸素を使ってメタンを燃やしていた反応が遅くなる。酸素の寿命が一気に延び、大気全体が高酸素の側へ飛び移る。酸素の生産量が長いあいだ増え続けても、大気は動かない。あるところで、突然ひっくり返るのだ。
では、バケツの穴は、なぜ後に小さくなったのか。説明はいくつもある。一つは火山に注目する。初期には海底で噴火する火山が多く、そこから出るガスは還元性が強かった。後に陸上の火山が増え、酸素を食べるガスが減った、というものだ。
ニッケルに注目する説もある。マントルがしだいに冷えるにつれ、ニッケルに富むマグマの噴出が減り、海のニッケルも少なくなった。メタン生成古細菌がメタンをつくる酵素には、ニッケルが欠かせない。ニッケルが減れば、酸素の大食いであるメタンの勢いも弱まる。栄養となる元素が、酸素をつくる速さを制限していた可能性もある。これらの説明は、互いを排除するものではない。争われているのは、どれが、ひっくり返る時期を決めたかである。
本格的な転換は、約24億〜23億年前に起きた。南アフリカで同じ時代の地層を貫く三本の掘削孔から得られたコアによって、例の硫黄の信号が消えた時期は、約23億3,000万年前と定められた。しかも、その消え方は速い。100万〜1,000万年ほどしか、かからなかった可能性がある。
別の研究では、最初の変化はもっと早く、約24億3,000万年前あたりとされる。日付が1億年違う。一部は、それぞれが同じ出来事の違う段階を測っているせいかもしれない。一部は、各地の岩層の年代をどう決め、どう対応させるかについて、いまも意見が分かれているためである。
そもそも、これらの日付はどうやって決めるのか。地層には、薄い火山灰の層が挟まっていることがよくある。その灰には、ジルコンという小さな結晶が入っている。ジルコンは結晶になるとき、ウランを少し取り込むが、鉛はほとんど取り込まない。そして、ウランは一定の速さで鉛へ変わっていく。結晶の中の鉛とウランの比率を測れば、結晶ができてからどれほどたったかわかる。良い測定なら、誤差は100万〜200万年ほどしかない。
ひっくり返った後も、すぐに落ち着いたわけではなかった。2021年、イギリスのリーズ大学のポールトンらは、大気が約24億年前に初めて境目を越えた後、何度も低酸素へ引き返し、およそ2億年にわたって行きつ戻りつしたと報告した。戻らずに踏みとどまったのは、約22億2,000万年前になってからだった。
そのあいだ、地球は何度も氷期を経験している。カナダのヒューロン湖北岸にある古い地層には、氷河が残した礫の層が、少なくとも三枚保存されている。
氷河の証拠は、見分けやすい。細かい泥の層の中に、大きな石がぽつんと挟まっている。いちばんよくある説明は、水に浮かんだ氷が解け、運んでいた石を落とした、というものだ。この数枚の氷河堆積物の年代は、約24億5,000万〜22億2,000万年前に収まる。
南アフリカのある氷河の堆積物は、堆積した当時、赤道からさほど遠くなかった可能性がある。氷が赤道まで進んだのなら、惑星全体がほとんど雪玉のように凍りついていたことになる。地質学者は、この状態を「スノーボールアース」と呼ぶ。
2000年前後にはすでに、これらを一つの鎖につなぐ人がいた。初期の大気にはメタンが多く、メタンの保温力は、一分子あたりで比べれば、二酸化炭素よりずっと強い。
シアノバクテリアのつくった酸素がメタンを壊し、温室効果が弱まって、地球が冷えた。2005年には、さらに踏み込む説も出た。シアノバクテリアが酸素をつくる術を覚えたのは、まさにそのときで、酸素をつくり始めるなり地球を雪玉にしてしまった、というのだ。ただし、24億年前のメタンを直接測れる氷のコアはない。どれだけメタンがあったかは、すべてモデルによる推定である。
前後関係も、この数年で見直されている。2020年には、確かな酸化の信号は、鍵となるあの氷期より先に現れた、という研究が出た。時間の順序としては、この鎖がつながるようになった。けれど、順序がつながることと、因果関係が証明されたことは、同じではない。
落ち着いた後、酸素は一度、行き過ぎてもいる。約22億2,000万〜20億6,000万年前、世界じゅうの炭酸塩岩で、炭素が「重く」なった。地質史の中で、同種のずれとしては振れ幅が最も大きく、最も長く続いたものだ。
説明の一つは、大量の有機物が地中に埋まり、軽い炭素がそれと一緒に持ち去られ、重い炭素が海に残った、というものだ。同時に、余分な酸素も残る。そこで、この時期の酸素は、その後よりも一時的にはるかに多かったのではないか、と考えられた。
その後、減少に転じる。埋もれた有機物が、後に再び地表へ出て酸化され、余った酸素を食べ戻した。2019年のある研究は、約20億1,800万年前の硫酸塩鉱物をもとに、この行き過ぎが終わった後、全球の光合成による生産が8割以上落ち込んだ可能性を示した。
それから10数億年、酸素は低い水準にとどまった。クロムの同位体から、当時の大気の酸素は、現在の1,000分の1にも届かなかったのではないかとする人もいる。一方、100分の1前後はあったと考える人もいる。
この時代、地球の変化は驚くほど少なかった。地質学者は、いっそ「退屈な10億年」と呼んでしまった。それほど退屈だったのかどうかは、第七篇であらためて取り上げる。第五篇で話す真核細胞が、しっかり足場を築いたのも、この時代のことだ。
四 なぜ酸素は毒なのか
酸素は、当時の生物に何をしたのか。まず、身近な話から始めよう。傷口にオキシドールをかけると、白い泡が一面に立つ。傷口にある酵素が、過酸化水素をものすごい速さで水と酸素に分解しているのだ。オキシドールの成分は過酸化水素。水より酸素が一つ多い。体がこの酵素を備えているのは、過酸化水素が酸素から生まれる副産物で、放っておくと細胞を傷つけるからだ。
酸素そのものは、実のところ、有機分子と直接反応したがるわけではない。厄介なのは、電子を一つずつ加えられる途中で生まれるものたちだ。スーパーオキシド、過酸化水素、ヒドロキシルラジカル。まとめて、活性酸素と呼ばれる。
呼吸鎖や多くの酵素から電子が漏れると、最初の二つは絶えず生まれる。放射線が人体を傷つけるのも、そのかなりの部分は、まず細胞の水にこうしたものを生み出すためだ。
どこを壊すかも、具体的にわかっている。スーパーオキシドはとくに、酵素の中で鉄と硫黄が組んでいる小さな部品を攻撃する。酵素が壊れると、中の鉄が放り出される。
そして、過酸化水素が遊離した鉄に出会うと、反応性のきわめて高いヒドロキシルラジカルが生まれる。これは、できた場所のすぐ近くで、DNAやタンパク質、膜に襲いかかる。だから、防ぐには逃げるのでなく、途中で食い止めるしかない。スーパーオキシドと過酸化水素を早めに取り除き、さらに凶暴なヒドロキシルラジカルを、できるだけ生ませないことだ。
いまの細胞には、食い止めるための仕組みが一式そろっている。ある酵素がスーパーオキシドを過酸化水素に変え、別の酵素が、その過酸化水素を水と酸素にばらす。傷口で泡を立てていたのは、この後者だ。ほかにも、DNAを修復する装置や、鉄をしまい込む装置がある。人の血液にある鉄のほとんどを、タンパク質がしっかり抱え込み、めったに単独で漂わせないのも、同じ理由による。
スーパーオキシドを過酸化水素に変える酵素には、少なくとも三つの、互いに系統の異なるファミリーがある。鉄を含むものとマンガンを含むものが一組。銅と亜鉛を含むものが一組。ニッケルを含むものが、もう一組。同じ問題に、別々の系統がそれぞれ答えを出したのだ。生物によって酸素への弱さが大きく違うのも、こうした装置や、膜の組成が違うためである。
面白いのは、この装備の一部が、酸素が増える前からあったことだ。2021年の解析によれば、シアノバクテリアが持つこの種の酵素の大半は、大酸化より古い歴史を持つ。一方、過酸化水素を分解する別の二種類の酵素と、ニッケルを含むあの酵素は、約25億〜23億年前に現れたという。筋は通る。大酸化より前にも、局所的にはシアノバクテリアのつくる酸素があった。太陽光の紫外線も、大気や水の中に少量の過酸化水素をつくれる。酸素を使わない代謝そのものも、酸化ストレスを生む。
毒は、後に燃料にもなった。ある微生物たちは、逆にこれを使う術を身につけた。食べ物から取り出した電子を、最後に酸素へ渡すのだ。酸素は電子を奪う力が非常に強い。電子がそこへ落ちるときの落差はとりわけ大きく、それだけ、ため込めるエネルギーも多くなる。
これが、好気呼吸である。いま酸素を使って呼吸する酵素には、大きなファミリーが一つある。その分布から、最初の仲間は大酸化よりも前に生まれ、酸素オアシスですでに役に立っていた可能性がある、と推測する人もいる。
とはいえ、私たちにとっても、酸素はいいことずくめではない。1940〜50年代、病院では早産児の保育器に高濃度の酸素を送り込んでいた。それが多くの子どもの失明を引き起こしていたと、後にわかった。ダイバーも、高濃度の酸素を使って深く潜りすぎれば、酸素そのものによってけいれんを起こすことがある。
そもそも酸素に耐えられない生物もいる。1861年、フランスのパスツールが酪酸発酵を調べていた。傷んだバターのあの酸っぱい悪臭は、酪酸によるものだ。すると、その仕事をしている微生物は、空気を通すと死んでしまうことがわかった。二年後、彼はこの暮らし方に、文字どおりには「空気のない生命」を意味する名を与えた。「嫌気性」という言葉は、こうして生まれた。
いまも、彼らは遠くへ行ったわけではない。破傷風菌も嫌気性細菌の一つだ。芽胞は土の中に紛れ込み、深くて狭い傷や、壊死した組織のある傷の中で、とくに増えやすい。
釘が深く刺さった傷は、速やかに医療機関で処置を受ける必要がある。ワクチンや免疫グロブリンが必要かどうかは、傷の状態と接種歴による。さびそのものが原因ではない。汚染され、傷の奥が酸素の乏しい環境になることが、とくに注意を要する理由なのだ。 ボツリヌス菌も酸素が苦手で、事故は家庭でつくる缶詰や漬物、発酵食品で起こりがちだ。密封されて酸素がなく、しかも加熱や漬け込みが不十分なら、芽胞が生き残る。実験室でこうした細菌を培養するときは、専用の嫌気チャンバーを使う。中を窒素と少量の水素で満たし、人は備えつけのゴム手袋越しに手を差し入れて作業する。
こうした厳密に嫌気的な生物にとって、地表や浅い水に酸素が増えることは、家の前に毒が一つ増えるようなものだった。住める場所は、必ず狭くなる。そこで消えた系統も、おそらくあっただろう。
けれど、どれだけ消えたのかは、計算できない。よく「酸素大災厄」と言われ、生命の90数パーセントが絶滅したとまで語られる。この語りの一部は、ある有名な科学読み物に由来する。1986年、マーギュリスと息子のセーガンが共著で出した本には、「酸素による大虐殺」と題された章がある。
そうした数字を支えるデータはない。絶滅率を出すには、分母が必要だ。もともと何種いたのかを、先に数えなければならない。ところが、当時の微生物の化石は、小さな丸い粒にしか見えないことが多い。それが一種なのか十種なのか、見分けられない。第一篇で取り上げた30数億年前の微化石も、同じだった。「一つ」とは何かさえ決められないなら、この比率は、測定が不正確なのではない。定義されていないのだ。
第三節に出てきた、光合成による生産が8割減ったという話も、8割の種が絶滅したと、じかに置き換えることはできない。森で生える葉が8割減ったからといって、木の8割が枯れたことにはならない。まして、樹種の8割が消えたことにはならない。
五 嫌気的な生物圏はどこにあるのか
忘れないでおこう。大酸化の前、地球上の生命はすべて、酸素のない世界で育った。いまの嫌気性微生物は、なお祖先の暮らしを続けている。
嫌気的な生物圏は、消えていない。「酸素が運ばれてくる速さが、使い切られる速さに追いつかない」場所なら、どこにでもある。
いちばん近い例は、足の下だ。海辺や池の泥を掘ると、表面は茶色でも、数センチ下は黒く、臭くなっていることが多い。その層が、嫌気性微生物の領分である。
堆積物の中で有機物が分解されると、拡散して入ってきた酸素は、たちまち使い切られる。さらに下へ行くと、硝酸塩、金属、硫酸塩を使って「呼吸」する微生物の順に出番が来て、最も下にメタンをつくる古細菌がいる。生命の系統樹全体で、メタンをつくって生計を立てているのは古細菌だけだ。そして、体内に持つその酵素の仕組みは、酸素に触れると壊れてしまう。ほかの生物も、ついでに少量のメタンを出すことはあるが、量ははるかに少ない。
あの腐った卵の臭いは、硫酸塩で呼吸する細菌が排出した硫化水素だ。泥が黒いのは、その硫化水素が鉄と結びつき、黒い硫化鉄になっているからである。
大陸の地下深くにも、巨大な無酸素の住みかがある。岩の割れ目、帯水層、堆積盆地の隙間だ。2018年、全球の地熱、温度、岩石の種類、実測された細胞の密度をもとに、大陸の地下およそ5キロメートル以内には、約2×10²⁹〜6×10²⁹個の細胞が暮らしていると推定された。
南アフリカの金鉱の地下約2,800メートル、岩の割れ目の水の中で、2008年、ほとんど一種類の細菌しかいない場所が見つかった。その細菌だけで、完結した生態系を支えていたのである。岩石の放射能が水を分解して生む水素で生きており、日光も、ほかの生物も必要としない。
研究者たちは、ヴェルヌの小説に出てくるラテン語の一節を借りて、「大胆な旅人」を意味する名をつけた。地下の細胞は、たいてい、きわめてゆっくり生きている。一つの細胞が分裂するまで、数百年、ときには千年以上かかるという推定さえある。海底の数百メートル下にある泥では、有機物は数百万年前に沈んできたものだ。そこの細胞は、そのわずかな古米で食いつないでいる。
動物の消化管も、酸素の不足が続く環境である。ウシやヒツジのルーメン、つまりウシの四つの胃の中でいちばん大きい胃や、多くの動物の結腸では、入り込んだ酸素が微生物の活動によって消費される。そこには、厳密な嫌気性細菌とメタン生成古細菌が、びっしり住んでいる。
ウシのげっぷに混じるメタンも、彼らがつくったものだ。一頭が一年に吐き出す量は、100キログラム近くになる。人の大腸でも、細菌の大半は嫌気性で、その数は、人自身の細胞の数と同じくらいある。
水が恒常的に層をなしている場所には、大きな無酸素の水塊が残る。黒海は、世界最大の無酸素水域だ。深さ100〜200メートルより下の水には酸素がなく、硫化水素が満ちている。
2017年、ある考古学プロジェクトが、遠隔操作の潜水艇でその海底を調べ、約2,400年前の古代ギリシャの商船を発見した。公表されたのは翌年。マストも舵も、まだ残っていた。船は、2,000メートルを超える深さの海底に横たわっていた。
大気の酸素が黒海まで来ていないのではない。水が層に分かれ、酸素の補給が、有機物の分解による消費に追いつかないのだ。湖でも同じことが起きる。夏のアオコが死ぬと、それを分解する際に水中の酸素が使い尽くされ、湖は臭くなり、魚が大量に死ぬ。酸素をつくる生物が、湖いっぱいの酸欠の水をつくることもある。
熱水系も、一律に有酸素、あるいは無酸素というわけではない。高温で還元性の強い熱水が、さまざまな割合で海水と混ざり、急な勾配をつくる。その中の低酸素の場所では、メタンをつくる微生物、硫酸塩を還元する微生物、水素で生きる微生物が養われている。熱水噴出口から採られたメタン生成古細菌には、摂氏122度でも増殖できるものがある。知られている中で、最も熱に強い生命の一つだ。
この生物圏は、どれほど大きいのか。答えは、20年のあいだに何度も書き直された。1998年、アメリカの微生物学者ホイットマンらが、よく知られた推計を発表した。世界の原核細胞は、約4×10³⁰〜6×10³⁰個。そのうち、海底の下に住むものが非常に多いという。この推計から、「地下の微生物は、地上の植物と同じくらいの重さがあるかもしれない」という話が、長く広まった。
2012年、50か所を超える深海掘削地点の実測値を集めて計算し直したところ、海底下の分は9割以上削られた。新しい装置のおかげではない。陸から遠く離れ、細胞が極端に少ない大洋の中央部まで、採取の範囲に入ったためだ。
2018年のあの大陸地下の推計は、あわせて世界じゅうの原核生物を計算し直している。結果は、炭素で約230億〜310億トンにすぎなかった。以前の推計の4分の1〜10分の1で、第八節に出てくる数字と比べても、3〜4割しかない。全球の細菌と古細菌の大半は、地下に住むと見られている。そして、いちばん誤差が大きいのも、この地下の分なのだ。最も試料を採りにくい環境が、ちょうど最も大きな体積を占めている。
厳密な嫌気的代謝は、いまなお、全球規模で動いている。人間が排出する温室効果ガスの中で、メタンの働きは二酸化炭素に次ぐ。いま世界全体から一年に大気へ出るメタンは、6億トン余りある。
天然の湿地から約1億6,000万トン。ウシやヒツジのような反芻動物と、その糞から約1億1,000万トン余り。水田から約3,000万トン余り。田には水が張られ、泥の中は酸素が乏しい。イネの根の周りでは、メタン生成古細菌がせっせと働いている。よく使われる推計では、こうしたメタンの約7割は微生物がつくり、その主力がメタン生成古細菌だ。
海底の「燃える氷」に含まれるメタンも、その多くは泥の中の古細菌がつくったものだ。逆に海底には、メタンを食べることを専門にした古細菌もいる。細菌と組み、酸素のない泥の中で、下から上がってくるメタンの大半を食い止め、大気へ逃がさずにいる。
六 一つの廃棄物と、一冊の鉱物目録
酸素は、この惑星に何をしたのか。あの出来事で、地表全体が一度さびた、と言ってもいい。とくに意外な答えの一つが、鉱物の中にある。
鮮やかな色の銅鉱石。孔雀石の緑も、藍銅鉱の青も、銅が酸化されて初めて生まれる。空気中に酸素がなければ、地球にこれらはなかった。中国画で使う石青と石緑は、この二つの鉱石を砕いてつくる顔料だ。敦煌の壁画の青にも、石青によるものが多い。緑に最もよく使われたのはアタカマ石で、これもまた、銅が酸化されてできる鉱物である。
自由の女神像は、銅の板で覆われている。建てられたときには銅色だったが、ニューヨークの空気の中で、20年余りのうちに緑色になった。その緑の層は、おもに銅が、酸素、水、空気中の硫黄、そして海風の運ぶ塩素と一緒につくった、新しい鉱物なのだ。
2008年、アメリカの鉱物学者ヘイゼンの研究チームは、この話を惑星全体に広げ、「鉱物進化」という考えを提案した。初めて聞くと、冗談のようにも思える。鉱物は繁殖しないのに、どうやって進化するのか。
彼らの言いたいのは、地球の歴史が進むにつれ、できる鉱物の種類が段階的に増えてきた、ということだ。地球ができたばかりのころ、つくれる鉱物の種類は、ずっと少なかった。生命が地表を酸化して初めて、鉄、銅、ウラン、マンガンといった元素が、大量により高い原子価の状態へ移り、ほかの元素と組んで新しい結晶をつくれるようになった。
ここで言うのは、生物がじかに結晶をつくることではない。それなら、貝殻や骨や歯の話になる。生命が環境を変え、そのおかげで鉱物が自ら育つようになった、という話だ。ヘイゼンらの推計では、月のように乾いた天体にできる鉱物は、多くても350種類前後。地球では、6,000種類を超えるものが知られている。この大きな差には、水やプレートの動きが関わっている。そして、生命も関わっている。
彼らは当時、知られている鉱物の3分の2以上が、直接、あるいは間接に、生命による地表改変の結果だと推定した。その中で最大の役割を果たしたのが、この酸化である。ヘイゼンは2010年、一般読者向けの記事にこう書いている。20数億年前のあの酸化によって、2,500種類を超える新たな鉱物が、化学的に存在可能になった。その多くは、岩石が風化した後にできるものだった。
その後、彼ら自身が、勘定をもっと細かくした。データベースが大きくなると、一つひとつの鉱物に、知られているすべての形成経路を記した。結果はこうだった。約2,700種類、ほぼ半分の鉱物は、生命に関わる過程でできる。だが、生命なしでは絶対にできないものに限ると、約1,900種類。全体の3分の1ほどだった。
別に、形成過程に水が関わる鉱物は、約8割ある。同じチームが、十数年をかけ、一つの大胆な主張を、より的確な三つの問いへ分けたのだ。鉱物目録そのものも、厚くなり続けている。2008年には約4,300種類。2022年には5,800種類余り。いまは、6,000を超えている。
酸化はまた、大陸が海へ送り込むものも変えた。岩の中の硫化物が酸化され、硫酸塩となって海へ流れ込む。こうして、海の硫酸塩はますますたまっていった。
大きくなる硫酸塩の貯蔵庫は、今度は第二節に出てきた、あの「規則破り」の硫黄の信号を薄めていく。信号が消える二つ目の仕組みは、こうして生まれた。酸素は、自分が入ってきた証拠を、自分で消してしまった。 大酸化が残したものこそが、「大酸化はいつ起きたのか」という問いを難しくしている。
ウランやクロムといった金属も、原子価が変わると水に溶けるようになり、川に運ばれていった。それが、驚くような出来事を残している。1972年、フランスの研究者たちは、アフリカのガボンにあるオクロのウラン鉱床で、核分裂を起こせるほうのウランが、不自然に少ないことに気づいた。
調べていくと、約20億年前、この鉱床は地下でひとりでに核分裂を起こし、断続的に数十万年も燃え続けていたことがわかった。燃え始めるための前提の一つは、ウランが、まず酸素を含む水に溶けて運ばれ、一か所に集まることだった。大酸化がなければ、この天然の原子炉はなかった。 いまも、知られているのは、この一か所だけである。
酸素は、海へ物を送り込むばかりでもない。新しくできた鉄さびには、リンを強く吸着する性質があり、リンをつかまえ直してしまう。リンは、遺伝物質をつくるにも、エネルギー通貨をつくるにも欠かせない元素だ。海のリンが少なくなれば、光合成は頭を押さえられる。
上空にオゾンができ始めたのも、このころからだ。いまのオゾン層を、地表と同じ気圧まで押し縮めると、厚さはわずか3ミリメートルほどになる。それが遮っているのは、紫外線の中でも、DNAを最も傷つける波長の部分だ。オゾンは、日光を受けた酸素からできる。だから、酸素が少しあれば、オゾンも少しでき、大気の化学を変えるには、それで足りる。
けれど、十分な紫外線を遮り、生命が陸の表面で日を浴びて暮らせるようにするには、酸素が約1,000倍多く要る。現在のおよそ1パーセントだ。2022年の新しいモデルでは、低酸素のときのオゾン層は、古いモデルの見積もりより、さらに薄かった可能性も示されている。
大気に酸素が入っても、深海はなかなか後に続かなかった。それから十数億年、海は層を重ねた蒸し菓子のような状態だった。表面には酸素があり、下にはない。1998年には、当時の深海は広く臭気を放ち、硫化水素に満ちていた、という説が出た。根拠の一つは、約18億5,000万年前あたりで、縞状鉄鉱層の堆積がほぼ止まったことだ。まるで海の鉄が、何かに一気に取り去られたように見える。そして、硫化水素には、まさに鉄を沈殿させる力がある。
後の研究で、深い水のより大きな部分は、実際には溶けた鉄に富んでいたことがわかった。臭かったのは、おもに生産力の高い沿岸や縁海である。大気にはすでに酸素がある。それでも深海にはない。この二つの状態は、長いあいだ共存した。いまの黒海は、そんな海の小さな見本なのだ。
七 強さの違う三つの主張
広く語られている言葉がある。酸素が、複雑な生命を可能にした。この一言の中には、実は、強さの違う三つの主張が押し込まれている。
まず、エネルギーの数字を見よう。発酵とは、外部の電子受容体を使わずにエネルギーを得る方法だ。典型的な解糖系に、乳酸発酵あるいはアルコール発酵が続く場合、グルコース一分子から得る正味の収益は、エネルギー通貨の分子二個分である。
酸素を使って完全に酸化する場合、いまの教科書には、およそ30〜32個と書かれることが多い。中学や高校で36〜38個と暗記した人も多いだろうが、あれは、より理想化された古い計算による数字だ。
つまり、グルコース一分子あたりで比べると、好気呼吸の収益は、発酵の約15倍になる。100メートルを全力で走るとき、筋肉は酸素を待っていられない。エネルギーの一部を発酵でまかなう。すぐには手に入るが、長くはもたない。
ただし、この倍率は、あくまで発酵との比較だ。嫌気呼吸にも電子伝達系があり、硝酸塩、硫酸塩、三価の鉄などを、最後に電子を受け取る相手に使える。多くの場合、得られるエネルギーは発酵より多い。また、このエネルギーの差は、酸素が何かを「積んでいる」から生まれるわけではない。
酸素が電子を奪う力は強く、有機物とのあいだに、大きな落差がある。その一部を、呼吸鎖が膜の両側の陽子の落差として保存する。そして、第三篇で出てきたあの回転装置が、それを使ってエネルギー通貨をつくる。
ここで、三段階の主張を見よう。第一段階は、酸素が、ある種の代謝を可能にする、というもの。これが、最も証拠の強い主張だ。酸素は、効率のよい最終電子受容体として、エネルギー収益の大きい好気呼吸を可能にする。酸素を直接使う酵素反応も多い。
完全に酸素のない環境では、そうした個々の反応は、同じ経路では進められない。化学も、現代の生理学も、これを直接裏づけている。私たちの体でコレステロールを合成するときにも、分子状の酸素をじかに必要とする段階が、いくつもある。
第二段階は、酸素が、ある種の構造や暮らし方を容易にする、というもの。証拠の強さは中ほどで、何を対象にするかに大きく左右される。
2005年、惑星科学者キャトリングらは、この強い形の議論を示した。地球上で、大きな体を持ち、能動的に動き続け、大量のエネルギーを使う複雑な生命は、ほとんどすべて好気的代謝に依存している。したがって、十分な酸素は、高いエネルギー需要を持つ複雑な生命にとって、必要条件かもしれない。彼らの計算の一つは、拡散に基づいていた。体が数ミリメートルを超えて大きくなり、表面から酸素が染み込むのを待つだけで済ませるなら、外の酸素は十分に濃くなければならない。
この議論の強みは、生理学的なエネルギー収支にある。現代の高代謝の組織の多くが、完全に酸素のない状態では長く維持できないのは、確かなことだ。人の脳は、体重の約50分の1しかないのに、全身で使う酸素の約5分の1を消費する。酸素が数分途絶えただけで、損傷を受ける。
ただし、この議論が最も強く示しているのは、「ある具体的な代謝や組織の機能には酸素が必要だ」ということだ。エネルギーの数字だけで、「形態の複雑さ」という抽象的な性質すべてに、共通の境目が必ずあると証明したわけではない。
2014年の実験は、「現代に近い酸素濃度が必要だ」という形の主張を、直接弱めた。デンマークの研究グループが、ごく普通の一種の海綿を、極端に酸素の少ない水に入れたのだ。海綿は筋肉も神経も持たず、体を通り抜ける水から食べ物をこし取る、最も単純な動物の一つである。それが、いまの大気の酸素水準の0.5〜4パーセントに相当する条件でも、生きていられた。海綿は、動物の中で最初期に枝分かれした仲間の一つと見られている。だからこそ、この結果には重みがあった。
結果には、はっきりした二つの意味がある。「単純な多細胞動物にも、現代に近い酸素が必要だ」という説には反する。一方、「この海綿も、ゼロではない量の酸素を必要とする」という説には反しない。その後、別の海綿を使った実験では、さらす酸素の水準を現在の約0.25パーセントまで下げても、見られた変化は比較的限られていた。
こうした実験にも限界はある。現代の海綿は、古代の生物の生理をそのまま複製したものではない。実験時間にも限りがある。体の形、水の動き、食べ物の供給、微生物との共生は、どれも拡散による制約を変える。
第三段階は、酸素が、複雑な構造そのものの必要条件だ、というもの。これが、あらゆる「複雑さ」を指す命題なら、証拠は最も弱い。
複雑さには、代謝にもとづく一つの共通の定義があるわけではない。しかも、ある種の構造に必要な酸素は、ごくわずかだ。2020年、サケに寄生する小さな動物が、ミトコンドリアのゲノムさえまるごと失い、酸素による呼吸をしていないことがわかった。クラゲの遠い親戚だ。ただ、一生をほかの動物の体で過ごす。
2009年、ケンブリッジ大学の古生物学者バターフィールドは、さらに強い疑問を投げかけた。現代の数パーセントほどという低い酸素水準でも、基本的な多細胞動物の代謝に十分なら、地質記録の中で、酸素が先に現れてから、複雑な形態が後に現れるまで、長い隔たりがあること自体が、酸素だけでは出現の時期を決められないことを示しているのではないか。
彼はまた、生物の活動が、海の換気や有機物の輸送を変えることも強調した。つまり、「酸素が生態系の構造を動かす」という因果の矢印には、逆向きのフィードバックもありうる。泳ぐ動物、穴を掘る動物、水をこす動物は、表層の有機物をより速く深い場所へ送り、海水中の酸素の分布を変えられる。動物は、ただ酸素を待っているだけではない。酸素のあり方を、書き換えてもいる。
こちらの立場も、酸素には何の役割もないと言っているわけではない。 彼らが分けているのは、二つのことだ。生理的に必要な最低量は、非常に少ないかもしれない。一方、環境から実際に届く酸素は、境界層、拡散する距離、循環、体の形、行動によって決まる。全球の大気に酸素が何パーセントあるかと、ある生物の細胞に実際にどれだけの酸素が流れ込むかは、同じ変数ではない。
三つの主張は、一段上がるごとに強くなる。けれど、証拠は一段上がるごとに弱くなる。文献の中の論争のかなりの部分は、この三段階の命題を、同じ一言で混ぜてしまうところから生まれている。
八 多いのは誰か
最後に、いまを見よう。2018年、イスラエルのワイツマン研究所の研究グループが、全球のデータを集めた。水分を含む重さではなく、炭素の重さを使って、あらゆる生物を同じ秤に載せたのだ。結果は、現在の地球上の生物を全部合わせて、炭素で約5,500億トンだった。
そのうち、植物は約4,500億トン。8割以上を占め、しかもその大半は、幹の中の木質である。細菌は約700億トンで、二番目の大口だ。その大部分は地下に住んでいる。
菌類は約120億トン、古細菌は約70億トン、原生生物は約40億トン。動物はわずか約20億トンで、1パーセントにも届かない。細菌の炭素量は、その30倍以上ある。
動物の中では、半分ほどが節足動物だ。大きな割合を占めるのは海の仲間で、カイアシ類という米粒より小さな甲殻類や、オキアミなどである。昆虫が中心の陸の分は、約2億トンしかない。魚類が、また全体の3分の1ほどを占める。
さらに、いくつか数字を見よう。人間を全部合わせると、炭素で約6,000万トン。細菌のおよそ1,000分の1、生物全体の約1万分の1だ。人が飼う家畜は約1億トンで、野生の哺乳類をすべて合わせた量の十数倍になる。野鳥は約200万トン。家禽は、その2倍以上ある。
細胞の数で見れば、微生物の優勢はさらに大きい。世界の細菌と古細菌を合わせた数は、推計によって1×10³⁰〜3×10³⁰個のあいだになる。逆に、すべての生物の「個体数」は、数えようがない。アメリカのユタ州には、4万本余りの幹が、地下で同じ根につながるアメリカヤマナラシの林がある。一個体と数えるか、4万個体と数えるかは、定義次第だ。
海では、また様子が違う。海の光合成生物を全部合わせても、炭素で約10億トンしかない。それに養われる生物は、約50億トンある。生物量のピラミッドが、逆さになっているのだ。だから、「地球全体の生物量は植物が占める」と言っても、その大きな理由は、陸にある巨大な木質の炭素貯蔵庫である。そこから、たいていの生態系では多細胞生物が多数を占める、と推論することはできない。
海で最も数の多い光合成生物は、プロクロロコックスというシアノバクテリアだ。海水1ミリリットルに、10万個前後いることもある。酸素をつくるこの一族は、いまも海を切り盛りしている。
ここで、この一篇の「構」に戻ろう。このシリーズで言う「構」は、人がつくった判定基準だけではない。境界を引き、何が残れて、何が残れないかを決めるものは、すべて含まれる。この一篇では、それは惑星規模の化学環境だ。大気の酸化還元状態。海の成層。大陸の風化が送り出す元素の一覧。そして、一冊の鉱物目録。
それを書き換えたのは、一つの代謝廃棄物だった。酸素をつくる細胞には、意図も計画もない。水から電子を奪うことは、彼らにとって、どこにでもある電子の供与体を手に入れることだった。酸素は、捨てられたほうの半分だ。目的ではない。産物でもない。副産物なのだ。 外へ捨てられたものが、その後のあらゆるものの原料になった。
いま、人はこの副産物を使って、地球外生命も探している。天文学者が見つめるのは、系外惑星の大気だ。ある惑星に、長いあいだ大量の酸素があり続けるなら、そこで何かが絶えず酸素をつくっている可能性が高い。ただし、生命に頼らず酸素ができる場合もある。だから、あくまで手がかりの一つである。
これは、「生物が環境を変えた」という話より、ずっと具体的だ。ある代謝が、ある物質を廃棄物として外へ捨てる。その物質が惑星表層の化学を変え、後にまったく別の過程を可能にする。大気の紫外線による光化学を変え、安定して存在できる鉱物を変え、川が海へ運ぶ元素を変え、海の成層を変えた。もしかすると、全球規模の氷期まで引き起こした。けれど、その建材をつくった当の側は、恩恵を受けない。酸素をつくる細胞自身にとって、酸素は重荷なのだ。活性酸素を生むため、専用の酵素で取り除かなければならない。
シアノバクテリア自身も、そのとばっちりを受けている。窒素固定に使う酵素は、酸素に触れると壊れてしまう。そこで、あるシアノバクテリアは、連なった細胞のうち、いくつかを厚い壁を持つ専用の細胞にする。その中では酸素づくりを止め、窒素固定に専念する。自分で出した廃棄物を、自分で避けなければならない。
「構」に収まらず、それでも消し去れない部分を、このシリーズでは「余項」と呼ぶ。それは、書き換えられたものの中にはない。書き換えられなかったものの中にある。この一篇の余項は、嫌気的な生物圏だ。
それは滅ぼされず、「酸素が届かない」場所へ押し込められた。堆積物の数センチ下。地下深くの岩の割れ目。動物の腹の中。層をなす水の深いところ。酸素は、嫌気性生物を地球から追い出したのではない。酸素の行けない場所へ追いやっただけだ。そして、その場所を全部合わせると、地表よりはるかに大きい。
あなたからも、遠くはない。人の3〜5割は、吐く息からメタンが検出される。腸の奥にいるメタン生成古細菌がつくったものだ。あなたが呼吸するたびに使っているのは、光合成生物の捨てたもの。そして、あなたの体の中には、大酸化より古い世界が、小さな一画として、いまも住んでいる。
では、その世界はいま、どれほど大きいのか。いちばん大きな誤差は、ちょうど、いちばん体積が大きく、最も試料を採りにくい環境にある。