一 複製の速さだけで選んだら、何が削られるか
1967年、アメリカの分子生物学者スピーゲルマンは、二人の同僚と小さな実験を行った。その結果は、今も引き合いに出される。何をしたかは一言で言える。一本のRNAを試験管の中でひたすら複製させ、速いかどうかだけで選んだのだ。彼らの論文の題名は、「細胞の外でのダーウィン的実験」という言葉で始まっている。
手順はこうだ。大腸菌に感染するウイルスを選び、その複製酵素を使う。一本のRNAを見本に新しいRNAをつくるためのタンパク質だ。これと材料、それにウイルス自身の完全なRNAを少量、試験管に入れる。ひととおり複製させる。その液の一部を、新しい材料の入った試験管へ移す。また複製させ、また移す。
そして何回か移すごとに、複製に使える時間を短くしていく。一回20分だったものを、ついには5分まで縮めた。そこで報われるのは一つだけだ。与えられた時間内に、より速く複製すること。ここには細胞も、宿主も、感染すべき相手もいない。世界に残ったのは、複製酵素と材料と時間だけだった。
この実験の仕組み自体が、すでに一つのふるいになっている。一つのことしか測らないから、その一つに関わるものだけを残す。もとのウイルスRNAは、4,200余りの塩基からできていた。
移し替えを重ねるにつれて、RNAはどんどん短くなった。理由は簡単だ。複製酵素は毎回、端から端まで書き写さなければならない。鎖が短いほど早く写し終わり、そのぶん早く次を始められる。
74回目の移し替えで残っていたRNAは、もとのおよそ6分の1の長さになっていた。この種の実験では、のちに200余りの塩基しかない短い変異体も選び出された。さらに別の研究室では、50余りの塩基まで縮んだものも得られている。
4,200余りから、200余りへ。この産物には俗称がある。「スピーゲルマンの怪物」だ。
何が削られたのか。ごみではない。
細胞の中で暮らすウイルスにとって、削られた配列は、宿主を見分け、殻を組み立て、感染を成し遂げるための情報だった。どれも生き延びるために欠かせない。ただ、複製の速さしか測らない試験管では、それらの機能に一銭の見返りもなかった。役に立たないだけでなく、時間まで食う。
この実験が示したことの射程は狭い。だが、揺るがない。選択が最適化するのは、選択基準によって定められたことだけだ。その基準に貢献せず、しかも費用のかかるものは、何であれ削られていく。
ゴールに着く速さだけを競う長距離走に、少し似ている。荷物を背負った走者は、いずれそれを捨てるだろう。中に入っているのが、ゴールしたあとの暮らしに必要なものだったとしても。
基準を変えれば、残る顔ぶれも変わる。1974年、同じ研究室が、複製を妨げる色素を試験管に加えた。移し替えを何度か繰り返すと、勝ち残ったのは、その色素に強い変異RNAだった。
言い方を変えよう。選択基準そのものが、一つの「構」なのだ。このシリーズでは、境界と項目を持ち、何を残すかを決めるこうした枠組みを「構」と呼んでいる。報いるものを残す。その外にあるものはすべて、ほかの場所でどれほど必要であろうと、削られる。
自然界でも、これは抽象論ではない。どんな環境も、何らかのかたちで「何をもって成功とするか」を定めている。ただ、誰もそれを書き記していないだけだ。
試験管の中では、実験者が基準を決める。では、開けた水の中では誰が決めるのか。誰でもない。 それでも、削除は進んでいく。
試験管について、もう一つ見ておきたい。分子はすべて同じ試験管の水に浸かり、何もかもを共有している。選択に見えるのは、複製の速い遅いだけだ。この一篇で取り上げる一枚の膜は、まさにその点を変える。
二 得をするのは誰か
完全に混ざり合った水を思い浮かべてほしい。自分を複製できる分子が、たくさん漂っている。こういうものを「複製子」と呼ぶ。自分を見本にしてコピーをつくれるものは、すべてそうだ。いま、その一本に変異が起き、自由に拡散する触媒の働きが生まれたとする。ある反応を少し速くする働きだ。
その働きを生み出す費用は、この分子が負担する。では、利益はどうなるか。周囲へ広がって、池にいる複製子なら誰でも利用できる。集合住宅の一世帯が自腹でエレベーターを直しても、乗れるのは建物の住人全員で、直した世帯が余計に得をするわけではない。それと同じだ。「誰が改良したか」と「誰が多くの子孫を残すか」のつながりは、こうして薄れ、ときには消えてしまう。
だから、分子を仕切ることのいちばん大切な役割は、分子を守ることではない。改良が生む利益を、その改良を生み出した側に、もう一度結びつけることだ。
もう一つ、別の問題を見よう。複製の間違いには、越えられない限界がある。
1971年、ドイツの化学者マンフレート・アイゲンは、複製の誤りと維持できる情報量とのあいだに閾値があることを示した。4年前、きわめて速い化学反応の研究でノーベル賞を受けたばかりの人だ。その関係の理屈は難しくない。本を書き写す話で説明できる。
一冊の本を書き写すとして、一文字につき1パーセントの確率で写し間違えるとする。10文字なら、全部正しく写せる可能性が高い。1,000文字なら、まず間違いが入る。文字数が増えるほど、全文を間違いなく写せる確率は急速に下がる。
ここに条件を一つ足す。正しく写せた本のほうが人気があり、次の書き写しの見本に選ばれる。間違えた本も出回ってはいるが、そこまで人気はない。
けれど、本が長すぎて、完全に正しい一冊がほとんど存在しなくなったらどうか。人気の差があっても、「正しい版」を中心にコピーが集まることは、もはやできない。情報は散り散りになる。
例として数字を入れてみる。正しい版が10倍有利で、一か所の誤り率が1パーセントなら、上限は約230か所になる。誤り率が0.1パーセントに下がれば、上限は約2,300か所だ。
これはモデルから得られる、おおよその桁の話だ。現代の細胞がDNAを複製するときは、酵素と何段階もの校正によって、約10億文字を写してようやく一文字間違える程度に抑えている。だから、数十億文字に及ぶゲノムを守っていられる。
いまのRNAウイルスは、この上限の生きた実例だ。複製時に誤りが多いため、ゲノムの多くは数千から1万余りの文字しかない。コロナウイルスは約3万文字で、RNAウイルスのなかでは最長クラスに入る。そして、ちょうどこのウイルスは、自前の校正酵素を持っている。
ともあれ、向きははっきりしている。酵素に助けてもらわない複製では、維持できる配列の長さに限りがある。ところが、精度を上げる酵素をつくるには、もっと長い配列が要る。これが有名なアイゲンのパラドックスだ。
アイゲンは、1971年のその論文ですでに一つの出口を示していた。1977年前後には、シュスターとともに一連の論文にまとめている。二人はそれを「ハイパーサイクル」と名づけた。
考え方はこうだ。一本の長い鎖にすべての情報を背負わせず、何本かの短い鎖に助け合ってもらう。AがつくるものがBの複製を助け、BがCを助け、最後のものが再びAを助ける。閉じた輪になる。一つひとつは短くても、全体では大量の情報を持てるわけだ。
弱点は早くから指摘されていた。変異した鎖が、前の鎖からの助けは受け取り続けるのに、次の鎖を助けなくなったらどうなるか。複製の資源はもらいながら何も返さず、しかも手間を省いたぶん速く複製する。よく混ざった一鍋のスープでは、こうした「もらうだけで渡さない」仲間が、輪全体を食い潰しかねない。
1979年、ジョン・メイナード=スミスは、この仕組みの安定性に正面から疑問を投げかけた。翌年、別の三人の研究者が論文を出した。その題名には、三つの言葉が並んでいた。ハイパーサイクル、寄生者、パッケージング。三つ目の言葉が、出口だった。
1987年、二人の研究者が、のちに確率的補正モデルと呼ばれる枠組みをつくった。機能を補い合う複数の鎖を、数多くの小さな区画に分けて入れる。鎖は区画の中で複製し、区画はある大きさまで育つと分裂する。中の鎖は、二つの子区画へ無作為に振り分けられる。
巧みなのは、この無作為な振り分けが、区画どうしの違いを絶えずつくり、その違いを今度は区画単位の成否が選別するところだ。たまたま均衡のよい組み合わせを受け取った区画は、全体として速く増える。「もらうだけで渡さない」仲間に大きく占領された区画は、全体の働きが落ち、残せる子区画も少なくなる。
大きなクラスを小さな班に分けて課題をやらせるのに、少し似ている。クラス一括なら、さぼる人は人混みに紛れて同じ点をもらえる。班に分けると、たまたまさぼる人の多い班は課題を提出できず、少ない班はよい仕事をする。さぼる行為自体が変わったのではない。その結果が、自分のいる班に返ってくるようになったのだ。
こうして、二つの階層で引っ張り合う選択が現れる。分子の階層では、速く複製するものが選ばれる。区画の階層では逆に、相補的な機能を保てるものが選ばれる。上位の選択が、下位の選択を抑える。このかたちには、このシリーズの先で何度も出会うことになる。
下位の単位がそれぞれ複製でき、しかも、ひとまとまりで繁殖する上位の単位に収められているとき、二つの階層の選択は、逆向きに働くことがある。 上位が下位を抑え込めるかどうかは、一つのことにかかっている。上位の成否が、本当に中身の組成と結びついているかどうかだ。
2016年、この仕組みを支持する実験が行われた。研究者たちはRNAの複製系を小さな液滴に周期的に分け、また混ぜ合わせた。ずっと均一なままの系では、「もらうだけで渡さない」RNAが複製資源を乗っ取ってしまう。だが、周期的に仕切ることで集団間に違いが生まれ、負担の少ない液滴がより大きく貢献した結果、系全体は食い潰されずに済んだ。
これは今日の実験室での実演であって、初期の地球で本当に起きたことの記録ではない。成立には条件もある。区画の育つ速さが、中に何が入っているかと、本当に結びついていなければならない。区画どうしがすぐに融合してしまえば、互いの違いは消えてしまう。
そして、膜だけが方法ではない。鉱物表面に貼りついた分子や、遠くまで拡散できない分子なら、膜がなくても利益を手元に残せる。選択が本当に必要としているのは、利益と、それを生み出す側とを近くに置くことだ。第七節では、そうした別の方法を取り上げる。
三 13桁の隔たり
まず、膜が何でできているかを見よう。膜をつくる分子には特徴がある。一方の端は水になじみ、もう一方の端は水を嫌う。両親媒性分子と呼ばれるものだ。身近な例なら石けんがいちばんわかりやすい。一方で油をつかみ、もう一方で水に溶け込むから、油汚れを連れ去れる。
こうした分子をまとめて水に放り込むと、面白いことが起きる。水を嫌う端を水中にさらしておくのは、エネルギーのうえで割に合わない。そこで分子はひとりでに集まり、水を嫌う端どうしを寄せ合わせて内側に隠し、水になじむ端を外へ向ける。
濃度があるところに達すると、二層に並ぶことができる。二列の分子が尾と尾を合わせ、水になじむ頭を、それぞれ内外の水へ向ける。だが、その二重層の縁が水に露出しているのも、やはりエネルギーが高い状態だ。そこでシートは自然に丸まり、端どうしがつながって、閉じた小さな袋になる。
シャボン玉にも石けん分子の層が二枚ある。ただし、その間に挟まるのは水で、尾は外の空気へ伸びている。細胞膜はちょうど逆だ。二枚の分子層の間に、油の層を挟む。厚さはわずか5ナノメートルほど。2万枚重ねて、ようやく紙一枚の厚さになる。
この過程に、タンパク質の触媒は要らない。ひとりでに起きる。1985年には、1969年にオーストラリアへ落ちたマーチソン隕石から有機分子を取り出し、水に入れた人がいた。それらも自分で小さな袋をつくった。膜の材料は、空から落ちてくる石の中にさえある。
手を貸してくれるものもある。2003年、ごくありふれたある粘土が、脂肪酸の小胞の形成を大幅に速めることがわかった。粘土の粒も、そのまま小胞の中に包み込まれる。
それ以前に、この粘土の表面が、RNAの部品を一つずつつないで、数十個分の長さの鎖をつくる手助けをすることもわかっていた。一粒の粘土が、二つの仕事を助ける。
とはいえ、自己集合が起きる条件には幅があり、その幅は思うほど広くない。分子が集まり始めるには、水中の濃度がある値に達していなければならない。そしてその値は一定ではない。温度や塩濃度、酸性・アルカリ性の強さによって変わるうえ、分子の種類によって桁違いに異なる。
いまの細胞膜に使われるリン脂質は、一分子に水を嫌う尾を二本持つ。もっとも単純な脂肪酸なら一本だ。オリーブ油に含まれるオレイン酸も、その一つである。
化学で濃度を表すときは、よくモル毎リットルという単位を使う。塩でいえば、水1リットルに60グラム近く溶かした濃度が1モル毎リットルで、海水はおよそその半分だ。
二本鎖のリン脂質は水を避ける作用が強いため、この濃度の境目は通常、100万分の1モル毎リットルより低い。構造が単純な一本鎖の脂肪酸では、1ミリモル毎リットルから、数十ミリモル毎リットルに達することもある。あいだには数桁の開きがある。
これは、きわめて現実的な違いを生む。単純な脂肪酸の膜と現代の膜とでは、「水中にばらばらに漂う分子がどれだけあるか」も、「膜どうしで物質がどれだけ速く行き来するか」も、まるで違う。
単純な脂肪酸は、酸性・アルカリ性にも注文が多い。オレイン酸の場合、安定した小胞をつくるのはpHが約8から9という狭い範囲だけだ。酸性側に寄ると油滴になり、アルカリ性側に寄ると、より小さな集まりにほどけやすくなる。
次は透過性だ。膜は内と外を分けるが、物質を通しやすい順に並べると、途方もなく幅の広い表になる。酸素のような分子は、膜の水を嫌う部分をたやすく通り抜ける。その通りやすさを速さで表すと、毎秒100センチメートル余りという桁に達する。水は毎秒100分の1センチメートルほどだ。
グリセリンは小さく、電荷もないが、水になじみやすいため、毎秒100万分の5センチメートル程度まで下がる。カリウムイオンになると、毎秒1兆分の1センチメートルほどにまで低くなりうる。
最速の酸素から最も遅いカリウムイオンまで、およそ13桁から14桁の開きがある。つまり後者は、前者より10兆倍以上遅い。
13桁とは、どれほどの差なのか。「1秒」と「30万年」の差に、おおむね相当する。同じ一枚の膜が、ある分子にはほとんど開け放たれ、別の分子にはほぼ完全に閉ざされている。
これらの数字は、異なる膜、異なる温度、異なる測定法から得られたものなので、そのまま一組の精密な数値としては使えない。それでも、この桁の違いは、一つのことをきわめて確かに示している。膜は壁ではない。通す度合いに、ものすごく急な段差のあるふるいなのだ。そして、このふるいのかたちが、細胞が何を解決しなければならないかを決める。
カリウムイオンを食い止められるから、細胞は内外で異なるイオン組成を保てる。あなたの細胞の中には、外のおよそ30倍のカリウムがあり、ナトリウムは外の約10分の1しかない。一方、水は止められないから、浸透圧には別の対処が要る。
酸素も止められないから、戸を閉めて酸素の毒性から逃れることはできない。逆にいえば、あなたの肺に入った酸素が血液へ移るのも、こうして直接膜を通り抜けるからだ。扉は一つも要らない。
この表には、例外が一つある。陽子だ。水素原子が電子を失ったあとに残る核のことである。電荷を一つだけ持つ普通のイオンから見積もれば、カリウムイオンと同じあたりに収まるはずだ。
実際には、毎秒1万分の1から100分の1センチメートルという桁にあり、カリウムイオンよりはるかに漏れやすい。同じ膜で比べると、7桁から8桁も高い。なぜこれほど漏れやすいのかについては、いくつかの説明がある。
その一つは、膜の中にときおり水分子の列ができ、陽子は自分で押し分けて進むかわりに、その列を伝って次々に「手渡し」される、というものだ。この話は覚えておいてほしい。第五節で使う。
選択性が生まれれば、その瞬間に輸送の問題も生まれる。膜が止められないものもあれば、止めすぎてしまうものもある。しかも細胞に必要な材料には、後者がたくさん含まれている。
現代の細胞は、三種類の装置で対処する。チャネルは水になじむ連続した通路をつくり、物質は濃度差に沿ってそこを通る。普通、その働き自体にはエネルギーを使わない。担体は目当ての物質と結びついてから形を変え、反対側へ送り届ける。ポンプは直接エネルギーを使い、濃度差に逆らって物質を運ぶ。
だが、最初の膜にこうした装置が必要だったとは限らない。2008年の実験では、脂肪酸のような単純な分子からなる膜が使われた。外に材料分子を加えると、小さな分子は入り、長い核酸の鎖は中に残る。外の材料を取り入れながら、中の鋳型を逃がさず、その鋳型に沿って新しい鎖を伸ばす反応を小胞内で進められた。ただし、このとき組み立てたのはまだRNAではない。こうした小胞の中で、RNAを鋳型にRNAを組み立てることが初めてできたのは、2013年だった。
全過程を通じて、輸送タンパク質は一つも使っていない。同時に、これらの実験は一つの引き換え条件もあらわにした。膜が緩ければ、栄養は輸送タンパク質なしで入れるが、内側の小分子やイオンも漏れやすい。膜が密になれば、中身を保つ力は増すが、電荷を持つ材料を取り込むには専用の装置がますます必要になる。
「膜は安定していればいるほどよい」という単純な右肩上がりの関係は、ここにはない。 鎖が長くなるほど、水を嫌う端の作用は強まり、膜は安定するが、分子の出入りや交換は遅くなる。鎖が短ければ、その逆だ。
マグネシウムやカルシウムのように、電荷を二つ持つ金属イオンは、とりわけ厄介だ。こうした分子の頭に結びつき、膜をばらしてしまう。純粋なオレイン酸の小胞は、マグネシウムイオンが数ミリモル毎リットルあるだけで壊れる。そのマグネシウムが、多くのRNAの触媒作用には欠かせないのだ。
四 境界は薄まりを防ぎ、同時に圧力を生む
一枚の膜が、ある分子たちを同じ小さな体積の中にとどめた。薄まってしまう問題は和らいだ。代わりに現れたのが、力学の問題だ。まず、浸透から見ていこう。
袋を一つ用意する。袋には、水分子は通すが糖の分子は通さない、ごく細かな穴が開いている。砂糖水を入れ、真水に浸す。何が起きるか。
水が袋の中へ入っていく。袋は膨らみ、その膨らみで生じる圧力が、水の流入を食い止めるところで止まる。この圧力を浸透圧という。レーズンを真水に浸すと、ゆっくり膨らむのも同じ理屈だ。
その大きさを決めるのは、ただ一つ。外より内に、「通れない粒子」がどれだけ多くあるかだ。粒子の大きい小さいではなく、個数がものをいう。では、袋を細胞膜に、砂糖をRNAやタンパク質などの大分子に替えてみよう。同じことが起きる。
人間の赤血球には細胞壁がない。真水に入れれば、すぐに膨れて破裂する。病院の点滴に真水ではなく生理食塩水を使うのは、そのためだ。
薄い溶液の浸透圧は、簡単な関係で見積もれる。室温付近では、膜を通れない物質1モル毎リットルにつき、およそ2.5メガパスカルの圧力になる。2.5メガパスカルとはどれほどか。自動車のタイヤの空気圧の、10倍余りだ。
すると、内外でわずか10ミリモル毎リットル違うだけで、約25キロパスカルになる。100ミリモル毎リットル違えば、約250キロパスカルだ。ごく小さな濃度差でも、脂質の膜を張り裂くには十分なのである。だから、小胞に膜を通れない大分子を大量に閉じ込めることは、濃度を上げるだけではない。絶えずかかり続ける負担を、一緒につくることでもある。
現代の細菌は、少なくとも三つの仕組みに、この負担を分け持たせている。
膨張による力学的な負荷は、大部分を細胞壁が引き受ける。塩の濃い環境では、小さな分子を積極的にため込んだり放出したりして、内外の差を調節できる。そして急に真水にさらされたときには、膜にある一種の装置が働く。圧力鍋の安全弁のように、張力が高まると自動的に開き、中身を急いで逃がして、膜の破裂を防ぐ。
最後の装置は、普段の食事に使う通路ではない。緊急時の圧抜き弁だ。
現代の細菌の内圧は、実際どれほどなのか。測り方によって、数十キロパスカルから2メガパスカル前後まで幅があり、細胞壁の厚い種類で最も高く見積もられている。桁で見た関係は明確だ。脂質二重層だけで耐えられる張力には限りがある。現代の細胞は、持続する負荷を細胞壁へ移し、急な変化には圧抜き弁で対処する。
細胞壁も、ただで手に入るわけではない。細菌が育つとき、壁は切り開くそばからつくり直さなければならない。ペニシリンが止めるのは、まさにそのつくり直す段階だ。切ることは続くのに、補修が追いつかない。細菌は、自分の内側の圧力で破裂する。
細菌の大きな一群は、膜の外にもう一枚の膜を重ねている。有害なものを数多く食い止める一方で、栄養の一部も止めてしまう。結核菌の仲間はさらに徹底していて、外側をろうのような脂質で包んでいる。多くの薬がしみ込めず、結核を治しにくくしている理由の一つになっている。守りを一枚増やすたびに、支払いも一つ増える。ただし、これは今日の細胞の勘定だ。最初の細胞にまで、さかのぼって請求してはならない。
生体の外で行う実験では、この問題を避けたり利用したりするのに、三つの方法が使われる。小胞の内と外の溶液を、できるだけ同じ濃度にする。あるいは膜を速く通る物質を使い、面積とともに体積も増えるようにする。あるいは逆に、通れない大分子をあえて中へ入れ、圧力差を利用して膜の奪い合いを促す。
次は分裂だ。小胞が中身を次へ渡すには、育つだけでなく、二つに分かれられなければならない。初期の方法は、かなり手荒かった。先ほどの2003年の研究者たちは、脂肪酸の小胞に、外から加えた脂肪酸を取り込ませて大きくし、それを細い穴へ無理やり押し通して、小さく分けた。
これでも循環は成立する。だが、押す力は実験装置が外から与えたもので、中身も失われる。この点を解決しようとしたのが、2009年の研究だった。外力で押し割るのではなく、小胞のほうから分裂の寸前まで進めないだろうか。
まず、幾何学上の事実を一つ。球の表面積は半径の二乗に、体積は三乗に比例する。だから大きな球ほど、体積に対して表面積が足りなくなる。細胞が一般に小さい理由の一つも、これだ。大きくなりすぎると、膜からの仕入れが、中身に追いつかない。
この制約は、膜の材料が何かとは関係がない。純粋な幾何学だ。膜の分子が加わり続けて面積が増えるのに、内側の体積が追いつかなかったら、どうなるか。
その面積を収められるかたちは、もはや球だけではない。余った面積は、楕円体や管、長い糸というかたちになって現れる。逆に、水や中身が膜面積より速く増えれば、膜の張力が高まり、最後は漏れるか、破れる。
ショスタクは若いころ、染色体の末端を研究し、その仕事で2009年のノーベル生理学・医学賞を共同受賞した。1990年代以降、彼は研究室の向きを、生命がどう始まったかという問いへ変えた。
2009年、朱聴とショスタクは、この幾何学的な制約を利用して、タンパク質を一つも必要としない成長と分裂の道筋をつくった。大きなオレイン酸の小胞を、溶質が膜を通りにくい溶液に入れ、もとの膜脂質の約5倍にあたるオレイン酸を加えた。外側の膜の面積が先に増え、内側の体積は同じ速さでついていけなかった。
すると、球形だった小胞は、数十分のうちに長い糸へと伸びていった。あとは穏やかな攪拌が生むせん断力だけで、糸をいくつもの子小胞に切り分けられた。しかも、内側のRNAの漏出は、以前の機械的に押し通す方法よりはるかに少なかった。
同じ論文には、対照実験もある。 膜を速く通る物質に替えると、溶質が入ったあとを水も追い、体積の増加が面積の増加に追いつく。小胞は球形を保ちやすくなり、糸になる現象は大幅に弱まった。この対照が示すのは、脂肪酸を加えれば自動的に分裂するわけではない、ということだ。
鍵は、面積の増加と体積の増加が一時的にずれること、そして外のせん断力が最後の切断を担うことだ。ここでの成長と分裂は、能力ではない。ずれが起きた結果なのだ。この違いは大きい。問いのかたちそのものが変わるからだ。
分裂を「能力」と考えるなら、その能力がどこから来たかを説明しなければならない。だが、ずれの結果だとすれば、説明すべきことはただ一つ。なぜ面積と体積が足並みをそろえて増えなかったか、である。 答えは幾何学と透過性にあり、新しい装置を何か持ち出す必要はない。
五 膜は容器ではない、発電機だ
この節では、この一篇で最も直感に反することを取り上げる。一枚の膜そのものが、エネルギー装置になりうる。ダムを思い浮かべよう。水を高いところへためると、両側に落差ができる。落差そのものがエネルギーだ。水門を開け、低いほうへ水を戻すだけで、水車を回せる。
細胞がやっているのも同じことだ。ただし、持ち上げるのは水ではなく陽子である。膜の片側から反対側へ陽子をくみ出す。その結果、膜の両側に陽子の濃度差と電位差ができる。
この差が、落差だ。どれくらいあるのか。膜を挟んだ電圧は100ミリボルト余りにすぎない。だが膜の厚さは、わずか数ナノメートル。1メートルあたりに換算すると、3,000万ボルトになる。稲妻になぞらえる人もいる。
膜には、水車のような装置がある。陽子が落差に沿って戻ってくると、それに押されて回転し、その回転を使って細胞のエネルギー通貨をつくる。一人の人間が一日にこの通貨をつくり、使い切る総量は、重さにして自分の体重ほどにもなる。だから、ここで膜は容器ではない。ダムそのものだ。
ところが、この説明は16年ものあいだ拒まれた。1961年7月、ピーター・ミッチェルは『ネイチャー』に論文を発表し、いま見た光景を提示した。当時の主流の枠組みは、まるで違っていた。
主流の考えでは、呼吸鎖はまず、拡散できる「高エネルギー中間分子」をつくり、その分子が次の段階へエネルギーを渡す。この筋道は、当時すでに知られていた別のエネルギー生成方式とよく合った。だから多くの研究者は、具体的な中間分子を分離し、捕らえ、あるいはその存在を証明できるはずだと考えていた。
ミッチェルは、そうである必要はないと言った。エネルギーはまず、膜を挟んだ不均衡として存在できる。従来の意味での高エネルギー分子に対応しなくてもよい。この仮説は、長く激しい抵抗を受けた。理由は、単なる保守性ではなかった。
当時としてはひどく異例なことを、研究者に受け入れるよう求めたからだ。エネルギーは、特定の分子の中に入っていなくてもよい。技術的な理由もあった。初期の実験試料は陽子を漏らしやすく、膜を完全な状態に保つことが難しかった。そのため、二つのモデルを明瞭に区別できない実験が多かった。
1950年代から70年代初めにかけて、高エネルギー中間分子の候補は次々と現れた。呼吸鎖を構成するものは、ほぼすべて容疑者になった。だが、広く再現できる決定的な検証を通ったものは、一つもなかった。1962年には、のちにあの回転装置の研究でノーベル賞を受けるボイヤーも、一つ捕まえたと思ったことがある。結局、その分子は別の酵素が働く際の中間産物で、この件とは無関係だった。
1963年、ミッチェルは健康上の理由で大学を去った。イングランド南西部の荒れた古い屋敷を修復し、自費で小さな研究所をつくる。そこで共同研究者のモイルと実験を続けた。1960年代半ば、二人はもう一つの仕事をした。
ミトコンドリアが呼吸を始めると、測定できるだけの陽子の排出が起きることを示し、呼吸鎖の各段階と陽子の輸送との量的な関係を調べた。「電子の受け渡しは、実際に膜を横切って陽子を運んでいる」という考えを、直接支えるものだった。
1966年、見事な実験が現れた。二人の研究者が、植物のある膜構造をまず酸性の環境に置き、内部を陽子で満たした。それから、よりアルカリ性で材料も含む液へすばやく移した。こうして、内外に人工的な陽子の落差をつくった。
暗闇の中、光に駆動される電子伝達が一切ない状態で、その落差は短時間ながらエネルギー通貨の合成を駆動した。ミッチェルにとって、非常に有利な実験だった。それでも論争は、すぐには終わらない。中間分子の支持者は、「落差が間接的に未知の中間分子を生んだのだ」と、説明を修正することができた。
本当に避けて通れなくなったのは、1974年の再構成実験だった。二人の研究者が、ある好塩性の古細菌の、光で働く陽子ポンプを使った。塩田の水をピンク色に染める仲間だ。そのポンプと、ミトコンドリアのあの回転装置を、人工の小胞に一緒に組み込んだ。光を当てる。陽子ポンプが落差をつくり、回転装置がその落差でエネルギー通貨をつくる。
この系からは、電子伝達鎖のほかの成分をすべて取り除いてあった。残ったのは三つだけ。ポンプ一つ、密閉された膜一枚、水車一台。それでも、エネルギーの変換はできた。
1961年の提唱から、主要な論争が収まる1977年ごろまで、およそ16年。1978年のノーベル化学賞は、ミッチェル一人に贈られた。
ただし、論争が収まることは、片方が降参することではない。1970年代後半には、膜を挟んだ落差がエネルギー変換の中心にあるのか、という大きな争点はほぼ決着した。だが、それがどうやって合成と結びつくのかという細部には、なお大きな対立が残っていた。1977年、かつて敵対する陣営にいた主要な研究者たちが、共同で総説を書いた。そのこと自体が、両者が一つの大きな枠組みを共有し始めたことを物語っている。
この仕組みの規模も見ておこう。哺乳類のミトコンドリアにある典型的な呼吸鎖なら、食物の分解で得た電子を運ぶNADHから、電子を一対受け取るごとに、いくつかの段階を合わせて約10個の陽子を膜の外側へ移す。そして、あの回転装置の膜内ローターは、同じ部品が輪になって並んだもので、一回転するとエネルギー通貨を3分子つくれる。
だから、ローターの輪が10個の部品からできていれば、一回転に必要な陽子は約10個。通貨一つあたり、約3.3個になる。輪が14個なら、約4.7個だ。
自然界で知られる輪は、小さいもので8個、大きいもので17個。哺乳類のミトコンドリアは8個なので、通貨一つあたり約2.7個となる。エネルギー通貨を1分子つくるのに陽子をいくつ支払うかは、生物によって違うのだ。
そして、この装置が回るというのは、比喩ではない。1997年、日本の研究者たちは、その回転軸に蛍光を帯びた細い糸を貼りつけ、糸が回るところを顕微鏡で直接見た。
使ったのは、装置のうち膜から突き出た半分だけだった。エネルギー通貨を与えると、装置は逆向きに働き、通貨を消費しながら回った。水車はポンプにもなる。同じ年、早くから回転を予言していたボイヤーと、構造を解いたイギリス人のウォーカーが、ノーベル化学賞をともに受けた。
もう一つ。この仕組みが膜に求めるのは、数学的な意味で陽子を絶対に通さないことではない。漏れる流量が、くみ出され、戻ってくる流量より十分に小さいことだ。
絶対値の条件ではなく、比の条件なのである。水車を回すイオンは必ず陽子でなければならないのか、という点そのものにも議論がある。一方は、ナトリウムのほうが古いと考える。その理由の一つは物理的なものだ。初期の膜が陽子をひどく漏らし、ナトリウムイオンはあまり漏らさなかったのなら、ナトリウムの落差のほうが、確かに長く保ちやすい。
もう一方は、陽子のほうが古いと考える。天然のアルカリ性熱水と、より酸性の海水のあいだには、そのまま使える陽子の落差ができるからだ。最初に使うエネルギーは、地球化学が先に用意してくれたかもしれない。最初の水車を回したのはどのイオンか。現存する証拠では、異論のない答えは出せない。
だが、その答えによらないことが一つある。この仕組みは、均一な溶液の中に「陽子の濃度」を保存しているのではない。エネルギーを、膜の両側の不均衡として成り立たせている。両側が自由に混ざれば、落差は消える。
1974年の再構成実験は、この点を対照として確かめた。閉じた小胞がなければ、ポンプが陽子を動かしても、膜を挟んだ落差にはならない。小胞が完全な状態で存在し、水車も一緒に組み込まれていれば、光を当てるとエネルギー通貨ができる。
だから、境界になることとエネルギー装置になることは、膜の別々の機能ではない。内と外を隔てるという行為そのものが、このエネルギーを蓄えるための物理的条件なのだ。
ここで、第三節のあの例外をつなげられる。現在、ほとんどの生物はこのエネルギー系を陽子に賭けており、ナトリウムを使うのは一部の細菌と古細菌だけだ。その陽子こそ、電荷を一つ持つイオンのなかで、膜から最も漏れやすいものなのである。
気軽に取り替えられる選択ではない。 膜の両側に落差をためておくなら、漏れは遅いほどよい。なのに選ばれたのは、いちばん速く漏れるものだった。なぜなのか。第三節の最後に見た制約が、一つの方向を示す。初期の膜は、マグネシウムやカルシウムのような二価のイオンに弱い。しかもマグネシウムは、触媒作用に欠かせない。
使えるイオンは、そもそもそう何種類もなかった。
六 そろわないし、奪い合いもする
一枚の膜がいくつかの分子を囲めば、同時に、ほかの分子は外へ締め出される。当たり前に聞こえるが、その結果は計算できる。
小胞ができるとき、均一な溶液から一定の体積を無作為に囲い込むだけだとしよう。ある分子が何個入るかは、たくさんの小鉢へごまをまくようなものだ。一鉢あたりの平均が何粒かは計算できる。だが、目の前の一鉢に何粒入るかは、偶然が決める。
直径100ナノメートルの小胞で計算してみよう。ある重要な分子が周囲に1ナノモル毎リットルの濃度であるなら、小胞一個に入るのは平均約1万分の3個。つまり、少なくとも一個を手にできる小胞は、およそ1万分の3しかない。濃度を1マイクロモル毎リットルまで上げると、平均は約0.32個になり、少なくとも一個入る確率は約27パーセントとなる。
10マイクロモル毎リットルにして、平均は約3.2個。確率はようやく約96パーセントになる。では、互いに異なる五種類の成分が必要で、どれも濃度は1マイクロモル毎リットル、それぞれ最低一個は要るとしよう。
互いに独立だと単純化して仮定すれば、一個の小胞に五種類がそろう確率は約1,000分の1.4。十種類なら、約100万分の2だ。五種類の調味料が要る料理に似ている。それぞれの調味料をたまたま備えている台所が四軒に一軒ほどしかなければ、五種類全部のそろった台所は、千軒に一、二軒しかない。
この計算法は、実験でよく使われる基準線だ。現実の系は、そこから外れることもある。分子が膜に吸着するかもしれないし、互いに集まるかもしれないし、膜との相性に偏りがあるかもしれない。ただ、どちらへどれだけ外れるかは、それぞれの系で測るしかない。いつも都合のよいほうへ外れると決めてかかることはできない。
区画どうしに違いをつくる仕組みと、一つひとつの区画で必要なものがそろわなくなる仕組みは、同じものだ。前者だけをもらうわけにはいかない。
体積が小さいということは、低濃度の分子の数が、0、1、2といった飛び飛びの値になりうるということだ。そうなると「どれが欠けているか」は、小さな濃度の揺れではなく、区画どうしの実質的な違いになる。確率的補正モデルは、まさにその違いを利用し、同時にその違いを背負う。
いまの細胞も、ここから逃れられない。2002年、大腸菌に二つの蛍光遺伝子を入れた実験がある。一つは細胞を青緑に光らせ、もう一つは黄色に光らせる。二つの遺伝子の前には、まったく同じスイッチがついている。理屈どおりなら、一個の細胞から出る二色の光は同じ量になるはずだ。
ところが顕微鏡で見ると、同じ集団の中に、青緑寄りの細胞と黄色寄りの細胞があった。スイッチも環境も同じ。違いを生んだのは、細胞内にわずかしかない分子たちの、それぞれの偶然だった。
そろわないことのほかに、もっと直接的な問題もある。区画どうしが争うのだ。2004年、三人の研究者が、膜を通れないRNAを脂肪酸の小胞に封じ込め、内部の浸透圧を上げた。ここでも、三人のうち一人はショスタクだ。脂肪酸の膜は、固定された材料ではない。 一個一個の脂肪酸分子は、水中を漂い、小胞から小胞へと行き来できる。
「ぱんぱんに張った」小胞と、比較的緩んだ小胞を一緒に置くと、前者は脂肪酸を吸収して自分の張力を和らげ、後者は膜の一部を失う。一方が育ち、もう一方が縮む。二つの風船のうち、膨らんだほうが、しぼんだほうから少しずつ皮を剝ぎ取るようなものだ。中に入れるものによって、前者の表面積は2割から5割増えた。この仕組みには、触媒作用が一切ない。
この実験でRNAが果たす役は、膜を通れない大分子というだけだ。内側のRNAが多いほど圧力が高くなり、脂肪酸は差し引きで内へ流れ、膜面積が増す。内部の化学的な違いが、純粋に物理的な力だけを通じて、境界の育つ速さを変えた。
実験室での実演ではある。だが、一つのことを見せてくれる。袋に何が入っているかが、その袋の育つ速さを決めることがあり、しかも酵素は一つも要らない。第一節の試験管に戻ってみよう。あそこでは、選択に見えたのは複製の速さだけだった。ここでは袋の中身が、袋そのものの運命とつながった。
2011年、同じ研究室が、脂肪酸の小胞に、現在の細胞が使うリン脂質を少量混ぜた。リン脂質入りの小胞は脂肪酸をしっかりつかまえておけるため、混ぜていない小胞から膜を奪い、どんどん大きくなった。
これは、細胞膜がのちにリン脂質へ替わった理由を説明するかもしれない。最初はほんの少し入れるだけで、膜の奪い合いに勝てる。ただ、リン脂質が増えると膜は締まり、外の材料も入れなくなる。細胞は、今度は輸送装置を一そろい用意しなければならない。一つの利点が、ついでに次の問題を連れてきた。
七 膜がなくても内と外はできる
あなたの細胞の中には、いまこの瞬間も、膜のない「部屋」がいくつもある。細胞核の中の核小体も、膜に包まれていない液滴だ。細胞が高温などのストレスに遭うと、数分のうちに新しい液滴がいくつも凝り集まり、ストレスが去ると、またほどける。
この節では、膜に頼らず内と外をつくる方法を三つ取り上げる。最初が、この液滴だ。ある種の電荷を持つ大分子を混ぜると、自然に集まって、濃度のとても高い領域ができる。周囲の薄い溶液と共存しながら、均一には混ざらない。
油と水が分かれるのに少し似ているが、まったく同じではない。液滴の中には大量の水があり、分子もすばやく出入りできる。ただ、内側に多く分配され、とどまりやすい。できるのは濃度の境界であって、切れ目のない仕切りではない。
この現象は、古くから知られていた。1929年、オランダの二人のコロイド化学者が、体系的に記述している。1930年代には、ソ連の生化学者オパーリンが、生命の起源を考えるために取り入れ、「コアセルベート」と呼んだ。
それより前に、オパーリンとイギリスのホールデンは、それぞれ独立に、初期の海には有機物が少しずつたまり、薄いスープのようになっていたと考えていた。コアセルベートは、オパーリンがそのスープの分子たちに用意した、最初の容器だった。
現代の細胞生物学が、こうした液滴を細胞の中を組織する仕組みとして改めて研究し始めたのは、2009年前後のことだ。線虫の生殖細胞にある種の顆粒が、液体のように融合し、滴り、すばやく物質を交換することが観察された。
2018年の実験では、RNAを切るリボザイムを、モデルとなる液滴に入れた。リボザイムと、切られるRNAは、液滴内で1,000倍以上に濃縮され、切断も起きた。だが、濃くなればよいとは限らない。同じ濃度で比べると、この液滴内の切断は、普通の溶液中より約60倍遅かった。
液滴の弱点も、具体的だ。切れ目のない仕切りがないから、イオンを食い止められない。先に見たような落差も、ためておけない。しかも液滴どうしは融合する。融合すれば、互いの違いはなくなる。
融合については、回避しようとする試みもある。2022年、加熱した岩石の微細な孔と気泡の表面に系をつくり、温度差と流れの中で、液滴が集まり、育ち、融合し、ちぎれる様子を観察した研究があった。
環境の流れが、膜を分裂させる装置の一部に代われることを示している。ただし、太古代の具体的な岩の孔で、このような液滴の集団が本当に維持されていたことを証明したわけではない。
二つ目の方法は、タンパク質の殻だ。細菌には、タンパク質でできた小さな籠を持つものがいる。殻は二十面体で、極小のサッカーボールのようだ。典型的には直径100から数百ナノメートルで、中には二酸化炭素を固定する酵素が入っている。
この酵素は植物の葉にもあり、地球上で最も多いタンパク質と呼ばれることが多い。籠の殻によって、内側の二酸化炭素が外より濃くなり、酵素はずっと速く働ける。
この籠は、知られているすべてのシアノバクテリアと、いくつかの独立栄養細菌に見られる。構造上の証拠からは、二つの主要な型が、おそらく別々につくられた二系統の仕組みであることが示されている。
別の種類の殻はもっと小さく、直径は約20から40ナノメートル。ウイルスの殻に似たタンパク質が自分で組み上がり、特定の目印を使って荷物を中へ包み込む。中身が気体だけの殻もある。多くの水生細菌や古細菌の浮き沈みを調節し、魚の浮き袋のように働く。
こうした区画の多くは、それぞれ独立に発明された。だから、進化の歴史で「隔てる」ということが何度起きたのか、総数は数えられない。
三つ目の方法は、そもそも生物がつくったものではない。1980年代から90年代にかけて、最初の局所的な反応の場は、自由に漂う小胞ではなかったかもしれない、という説が出てきた。
海底のある場所では、海水が岩へしみ込み、岩石と反応してから再び湧き出す。温かく、アルカリ性寄りの液体になっている。周囲の海水と混ざると鉱物が沈殿し、薄い鉱物の壁を持つ、小さな孔だらけの蜂の巣状の構造が育つ。
第一篇で触れた、大西洋海底の「ロストシティ」がその例だ。白い炭酸塩の煙突は、高いもので60メートル、20階建てのビルほどになる。それぞれの孔の水は、隣の孔とも外の水とも、限られた分だけしか入れ替わらない。鉱物の構造が、まず幾何学的な仕切りを用意した。
この説は、物理実験やシミュレーションによって支えられている。2002年、二人の研究者が、ごく小さな範囲の温度差を使い、水中のDNAの振る舞いを調べた。温度差だけなら、DNAは冷たい側へ偏る。そこに対流が加わると、流れが分子を何度も温度差のある場所へ戻し、捕捉が生じる。実験とモデルでは、局所的におよそ1,000倍を超える濃縮が起こりうる。
2007年には、この二つの働きが熱水の通り道で組み合わさる様子を、コンピューターでさらに調べた研究がある。幅がミリメートル程度の細長い、一端の閉じた孔では、ヌクレオチド単体さえ1億倍以上に濃縮できるという結果だった。
ただし、塩分には具体的な制約がある。約0.5モル毎リットル、つまり海水とほぼ同じ塩辛さでは、この効果は大幅に弱まり、検出しがたいほどになることもある。低塩濃度での実験結果を、そのまま天然の海水のイオン組成へ当てはめることはできない。
これらの実験とシミュレーションは、微細な孔の中の熱による流れが、実際に分子を濃縮できることを示す。太古代のどの熱水系で、本当にそうした濃縮が起きたのかについては、まだ証拠がない。
鉱物の孔には、自分では解決できない問題がある。孔は複製しない。濃縮も、触媒作用も、区画を用意することもできる。だが、自分と同じものをもう一つつくることはない。
液滴なら、少なくとも二つに分かれられる。タンパク質の殻は細胞自身がつくるので、細胞とともに増える。鉱物の孔は、ただ一つの場所であり、そこにとどまっている。
ある孔に有利な分子の組み合わせが生まれても、孔自身が育たず、分裂せず、中身を子の孔へ系譜として受け渡さないなら、確率的補正モデルに必要な「区画の繁殖」は起きていない。
流れは中身を下流の新しい孔へ運べる。だが、それは、区画全体がその構成物をすべて連れて移動することとは違う。 鉱物の区画から自由な細胞へ至るあいだには、いくつもの難所がある。孔の中でどうやって境界をつくるのか。中身を散らさずに抱えたまま、どう鉱物から離れるのか。離れたあと、自力でどう育ち、分裂するのか。そして、用意されていた落差を失ったあと、どうやって自分で落差をつくるのか。
一歩ごとに、具体的な工学上の難題がある。最初の化学反応がどこで起きたにせよ、のちにそこから歩み出たのは、すべて、自分で膜を携えた細胞だった。
八 境界は見える、材料は見えない
自分を維持できる区画は、どこまで小さくなれるのか。遺伝物質、タンパク質をつくる機械、基本的な代謝を担うタンパク質、それに十分な水とイオンを収めなければならない。この条件から、古典的な見積もりでは、自律的な細胞の下限は、球形なら直径約250ナノメートルとされる。
この数字には、いきさつがある。1996年、火星から来た隕石の中に、細菌に似た微小な構造を見たという報告があった。長さはわずか数十から100ナノメートルだった。
2年後、アメリカの科学アカデミーは、細胞はどこまで小さくなれるかを話し合うため、特別に会議を開いた。そこでの見積もりの下限が、おおむねこのあたりに落ち着いた。「火星の細菌」は、細胞に必要な家財道具を全部収めるには、小さすぎたのである。
培養された海洋の浮遊性細菌では、ペラギバクター・ウビークが、自由生活をし、自律的に複製する最小級の細胞の一つであり、海で最も数の多い細菌の一つでもある。体積は約0.015から0.058立方マイクロメートル。幅は100ナノメートル余りしかなく、500余りを横に並べて、ようやく髪の毛一本の太さになる。
もっと小さい候補なら、体積が0.01立方マイクロメートル前後にまで下がるものもある。ただ、こうした極小のグループはゲノムが大幅に縮小していることが多く、代謝物を群集内のほかの仲間に頼っている可能性がある。だから「独立して自分を維持している」と数えてよいかは、定義をめぐる議論になる。
マイコプラズマの仲間には細胞壁がない。マイコプラズマ肺炎を起こすのも、その一種だ。細胞はしばしば300から800ナノメートルほどしかないが、多くの物質を合成する能力を失い、さまざまなものを宿主に供給してもらっている。巨大ウイルスのなかには、こうした最小の細胞より大きなものさえある。
つまり、「自分を複製する最小の細胞」と「本当に自由生活をする最小の細胞」は、同じ記録ではない。ただし、どちらも普通の光学顕微鏡の限界に届くほど小さく、1,000倍に拡大しても、ぼんやりした点にしか見えない。
では、最初の膜は何を残したのか。膜そのものは化石にならない。それをつくる脂質分子は、死後に分解される。残りうるのは、分解されたあとも比較的安定している、炭素の骨格だ。
生物のグループによって、つくる骨格は少しずつ違う。こうした残りものを、生物指標、バイオマーカーと呼ぶ。最古の膜を探すとは、実際には、細胞膜に由来すると判断できる最古の分子の痕跡を探すことなのだ。
聞こえるほど簡単な仕事ではない。岩石中のこうした分子の濃度は、しばしば10億分の1にも満たないほど低い。ところが、掘削泥水、プラスチック、実験室の溶媒、あとから地下へしみ込んだ石油、そのどれもが、若い有機物を持ち込めてしまう。
20世紀末には、約27億年前のオーストラリアの岩石から、こうした分子を見つけたという報告があった。2012年、研究者たちは超清浄な方法で岩石コアを掘り直した。2015年に発表された結果では、測定量は、試料を何も入れない空試験の対照とほとんど変わらなかった。この話は、第五篇で詳しく取り上げる。
こうした検証を経て、岩石と同じ時代のものだと確認できる膜脂質分子は、現在、約16億4,000万年前までなら確実とされ、約17億3,000万年前のものも報告されている。一方、細胞状の微化石には、約34億年前のものがある。そのあいだの17億年間、細胞には明らかに膜があった。ただ、その膜は、たどり直せる分子を残さなかった。
それらの微化石については、第一篇で三層の証拠をすでに見た。保存されているのは、炭素質の外形、鉱物化した輪郭、糸状の構造であって、脂質二重層が完全な分子構造のまま残るわけではない。細胞らしい境界が見えることと、その膜が何でできていたかを突き止めることのあいだには、大きな隔たりがある。
第二篇では、現代の細菌と古細菌が、異なる二組の膜脂質を使っていることを見た。骨格は互いに鏡像で、尾も、つなぎ方も違う。最初の膜はどちらだったのか。それとも、どちらでもなかったのか。いまも答えはない。
ここで、この一篇の「構」に戻ろう。一枚の膜は、「内」を定めることで「外」を定める。この行為は、薄まる問題を解き、改良の利益をそれを生み出した側へ結び直し、ついでにエネルギーを蓄える物理的な前提にもなった。そして、できたその瞬間から、自分自身の余項を生み始めていた。構に収まりきらず、しかも消せないもの。このシリーズでは、その部分を「余項」と呼んでいる。
無作為な振り分けで入れ損ねた成分は、余項だ。ないものはない。小さな体積そのものが、数が飛び飛びになることを意味する。浸透圧も余項だ。解決されたのではなく、細胞壁と圧抜き弁へ負担を移された。くみ出し続けなければならないものも余項で、ポンプはエネルギーを使い続けなければならない。外に締め出されたものも、すべて余項だ。
これらの余項は、一つとして片づいていない。 どれもまだそこにある。場所が変わったか、引き受ける相手が変わっただけだ。そして岩石の中には、もう一つの余項がある。この境界がかつて存在したことは見えるのに、何でできていたのかは見えない。
判定基準はいまも選り分ける。岩石はいまも切り開き直される。実験室の小胞はいまも糸となり、ちぎれ、互いに膜脂質を奪い合う。