伝説の真の無罪
真の無罪なら記録は消え、起訴以前へ戻れる。Kが求める唯一の結末だが、ティトレリは実例を一度も見ていない。昔あったという美しい話だけが流通する。実現しない約束は、明確な拒絶より制度に役立つ。被告が可能性を信じる限り、申立て、伝手、待機を自発的に続けるからである。
見せかけの自由
見せかけの無罪なら保証書で一度は釈放される。しかし記録は消えず、どの段階でも新たな逮捕状が出て、同じ手続が再開する。自由な期間はあっても期限は知らされない。残りの人生の朝ごとに、部屋へ看守が入ってくる可能性が残る。無罪ではなく、終期のない執行猶予である。
一生維持する延期
無期限の引き延ばしは、事件を最下層で動かし続け、判決へ進ませない。担当判事への訪問、新資料、定期報告を生涯止められない。ブロックはこの道の成功者である。有罪判決を避け、毎日事件を手入れしながら、商人としても一人の人間としても先に消耗しきっている。
目的がないから満足しない
三つの道に出口がないのは、制度が金、告白、恐怖といった明確な成果を求めていないからだ。屋根裏の事務所、運ばれる記録、無限の階層がただ作動する。目的のある権力とは条件を交渉できるが、手続そのものには満足の日がない。Kの無実が無関係なのも、真実ではなく継続を処理する装置だからである。
対象作品: Franz Kafka, The Trial. 死後刊行されたカフカの未完長篇を主要テキストに、手続・自由・自己拘束を読む独立した日本語批評です。