最後に要求される内面
司祭は悔悛、神、来世を認めさせようとし、ムルソーは唯一激しく怒る。マリーの愛、上司の野心、法廷の魂に続き、司祭も彼が感じていない内面を要求する。残された数日しか確実でない彼にとって、死後の物語は最後の時間を奪う。だから今度だけは、相手の襟をつかんで拒む。
世界の優しい無関心
怒りの後、夜の匂いと星の下で母を思い、人生の終わりに新しい相手を求めた理由を理解する。世界の無関心へ心を開くとは、宇宙が彼を承認したという意味ではない。海、光、土の匂いは初めから誰の許可も要らなかった。それらだけで幸福だった生を、説明なしに自分のものとして受け取る。
題名に残る空欄
『異邦人』はムルソーの属性と読まれやすい。しかし前半で読者は彼の感覚世界に住み、後半で同じ珈琲や喜劇が非人間性の証拠へ変わるのを見る。正常な「内側」を法廷と決める根拠は揺らぐ。彼が共同体の外なのか、共同体が彼の経験を読めず外にいるのか、作品は境界の所有者を指定しない。
英雄にしないための境界
ムルソーは誠実さへ殉じた英雄ではない。逃亡や煙草や女を考え、死を恐れ、何より一人のアラブ人を殺した。被害者に名も内面も与えない植民地的な視野も作品の現実的な欠落である。だから彼を正義の側へ置くのでなく、感じていない言葉を足さない小さな態度と、その結果の両方を保持する必要がある。
対象作品: Albert Camus, The Outsider (L’Étranger). カミュの原作を主要テキストに、感覚・内面の物語・社会的可読性を読む独立した日本語批評です。