名前ではなく配置
オブフレッドという音は固有名に聞こえるが、文法をほどけば「フレッドのもの」になる。別の司令官の家へ移れば、彼女の呼び名も変わる。ギレアデ共和国が必要とするのは、彼女が誰かを示す名ではない。現在どの家が生殖能力を所有しているかを管理するラベルである。
以前の名は読者へ確実には明かされない。夫ルーク、娘、仕事、口座、衣服とともに公的な使用を禁じられる。けれども、小説は失われた本名を最後に取り戻して「本当の私」を完成させない。もっと強い主張をする。所有格の名を強制されても、その文法は彼女の生を言い尽くせなかった。
最も大切にされる資源
出生率が崩れたギレアデで、妊娠可能な侍女は貴重である。栄養のある食事、定期検診、重労働からの免除、外出時の同行者が与えられる。旧社会の街頭で女性が受けた視線や暴力からも保護される。リディア〈おば〉が語る「恐怖からの自由」は、すべてが嘘ではない。
問題は、誰がその安全の目的を決めるかだ。健康管理は本人の選べる未来を広げるのでなく、妊娠可能性を保存する。読書、金銭、単独行動が禁じられるのは、苦しめるためだけではなく、管理しやすい身体にするためだ。人は粗末な物としてだけでなく、非常に高価な物としても物扱いされうる。
三人が一つの身体を使う夜
毎月の〈儀式〉では、オブフレッドは司令官の妻セリーナ・ジョイの脚の間に横たわり、手を握られ、司令官の性交を受ける。妻は正統な母性、司令官は権威、侍女は生殖機能を担当する。三人とも制度の役を演じ、誰の言葉もその場の意味を自分で決められない。
オブフレッドは、これは強姦ではない、自分は署名したのだから、と冷たく語る。しかし選択肢は侍女になるか、汚染された〈コロニー〉へ送られて早く死ぬかだった。窓は割れず、首を吊れる金具も外されている。彼女は「選んだ」と言いながら、閉じられた出口を一つずつ数える。形式上の同意が強制の責任を本人へ返す仕組みを、弁明せずに見せる。
容器が一人称で語る
ギレアデにとって、侍女の内面は妊娠に役立つ限りでしか重要でない。ところが小説の全頁を占めるのは、その「容器」の一人称である。オブフレッドは天井の模様、セリーナの苛立ち、司令官の滑稽さ、広告やホテルの記憶を、乾いたユーモアとともに語る。機能には不要な細部が、人物には必要なのだ。
一人称は彼女の無垢を証明しない。彼女は嘘をつき、妥協し、ニックを欲し、危険を避ける。選べる道が極端に狭い場所での生存は、道徳的に整った物語にならない。大切なのは、公式説明と一致しない経験を持ち、それをどの順序で誰へ渡すかを決める話者がまだいることである。
役に立たない盗品
彼女は食卓からバターを隠し、化粧品の代わりに肌へ塗る。戸棚の底では、前任の侍女が刻んだ偽ラテン語の言葉を見つける。司令官との秘密のスクラブルでは、読むことと綴ることを一時的に取り戻す。どれも娘を救わず、制度を倒さない。前任者もすでに自死している。
それでも、バターの匂い、意味のわからない文、反復される記憶は、国家の指標に回収されない。妊娠率にも従順さにも寄与しないから、彼女自身の使用へ戻る。無用であることは自動的に自由を生まないが、制度が人に割り当てた用途と、人が自分へ与える意味の差を保存する。
「普通になる」ことへの抵抗
リディア〈おば〉は、いま異様に見える生活もやがて普通になると教える。実際、オブフレッドは部屋に慣れ、儀式の手順を覚え、小さな安全に安堵する。人間が適応できるからこそ生き延びられ、同じ能力によって耐えがたい秩序も日常になる。適応を臆病と呼べば、生存の条件を見失う。
彼女の語りは何度も自分を訂正する。出来事はこうだった、いや別の仕方だったかもしれない、と話し直し、見知らぬ「あなた」を想定する。不確かさは証言の欠陥ではない。再現できない夜を、制度の公文書とは違う仕方で差し出す権限の行使である。ギレアデが完全には所有できなかったのは秘密の本名より、語りを作り直すこの余白だった。