協力の歴史を読む · 歴史を読む 07
ウミガメを守るなら、私の方法に従うべきか
漁網には、ウミガメを逃がす出口を設けられる。ウミガメを守る貿易の規則にも、異なる事情や別の方法、そして異議を受け入れる入口を設けられるだろうか。
エビを捕る底引き網には、金属の格子を取り付けられる。エビは格子のあいだを抜けて奥の網袋へ入り、体の大きいウミガメはそこで止められ、別の開口部から泳ぎ出る。このウミガメ除去装置には、物語の主役らしくない略称がある。TEDという。[1]
この出口が扱うのは具体的な問題だ。エビを捕っても、そのためにウミガメまで一緒に死なせない。ところが、保護が一枚の網を離れ、輸入大国から他国への要求になると、別の難しさが生じる。同じくらい真剣に保護していると言えるかどうかを、誰がどう決めるのか。
米国エビ事件は、ここから始まる。1996年10月、インド、マレーシア、パキスタン、タイは世界貿易機関に協議を求め、米国による一部のエビとエビ製品の輸入禁止を争った。申立てたのは加盟国政府であり、ウミガメや漁業者一人に代わる個人訴訟を直接起こしたわけではない。[2]
守りたいものと、従わせたい方法
米国は外国にだけ変更を要求したのではない。国内の底引き網漁業にもウミガメ保護の要件を課していた。輸入措置では、輸出国に米国と比較できる保護・実施の制度があるかなどが問われた。1998年の上訴審では、両方を視野に入れる必要があった。初めから環境保護は口実だと決めつけてはいけない。同時に、自国も制約を受けているから、外国に何を求めても問われなくてよいわけではない。[3]
争いは、ウミガメを守るべきか、エビを売るべきか、という二択ではない。移動する動物の保護は、そもそも一国の水域だけで完結させにくい。よそでどう漁をしているかを一切問わないことにも、影響がある。ウミガメは国境を越えたからといって、保護が不要になるわけではない。[4]
しかし、共通の問題があるからといって、一方の答えが唯一の答えになるわけではない。1998年の上級委員会は、当時の実施方法が事実上、輸出国に米国とほぼ同じ制度を求め、現地の条件を柔軟に考慮していなかったと認めた。問題は貿易の入口にあった。私の市場に入りたければ、まず私の認めるやり方に変えなさい、という要求である。[3]
「私が認める」ことと「保護の効果を上げられる」ことは、重なる場合も、重ならない場合もある。制度がその違いを確かめるつもりすら持たなければ、一つの方法がいつの間にか全員の方法になる。効果を求めることと、別の方法でも効果を上げられるかを聞こうとしないことは、違う。
したがって裁定は、貿易規則のためにウミガメを保護してはいけない、とは結論していない。関税及び貿易に関する一般協定の第20条は、特定の公共目的のために例外を認めつつ、恣意的または不当な差別や、偽装された貿易制限として用いないよう求める。例外とは、制約をすべて取り去ることではなく、条件を付して道を開くことだ。[5]
1998年の結論には、そのため二つの段階がある。措置は、有限天然資源の保護という項目では暫定的に正当化されうる。しかし、実施方法は第20条冒頭の「柱書」の要件を満たさなかった。平たく言えば、やる価値があることは、このやり方ですでに十分だという保証にはならなかった。[3][5]
「米国が負けたから環境保護が負けた」とだけ言えば、保護という目的まで消える。「目的は認められたから米国が正しい」とだけ言えば、実施上の不平等が消える。二段階を残してこそ、よい目的であっても、なぜ人が問える必要があるかが見えてくる。
三年と四か月は、同じ準備期間ではない
不平等は抽象的な政策文書にだけ潜んでいたのではない。上訴報告は準備期間を比べている。先に対象となったカリブ海・西大西洋の十四か国には約三年の移行期間があったが、後から適用が広がった他の輸出国には約四か月しかなかった。技術支援に向けた努力にも違いがあった。[3]
同じ水準を求めても、三年を与えるのと四か月を与えるのとでは、負担が違う。漁具を改めることと、多くの船に使ってもらい、実施の仕組みを作ることも別だ。「あなたにもできる」と言っても、同じくらいの時間や実際の支えを得られたのかには答えていない。
米国は、適用拡大の時期は国内裁判所の判断によると説明した。上級委員会は、それで責任が移るとはしなかった。国は、自国の異なる機関の行動がもたらす法的な結果に答える必要がある。国内の手続は決定の経緯を説明できても、国内に由来するというだけで、国際的な差別的扱いがなくなるわけではない。[3]
三年なら常に足り、四か月なら常に足りない、という話ではない。報告が比較したのは、その時の国々、その要求、その実施だった。一つの数字を取り出し、あらゆる環境転換に通用する期限にしてしまえば、具体的な条件を見るという、この報告の大切な点が失われる。
認証にも入口の問題があった。報告は当時の手続に、正式に意見を述べ、応答を受ける機会が欠けていたと指摘する。申請を拒否されても、理由を記した決定が届くとは限らず、対応する再審査や上訴の手続もなかった。ある国は認められた国の一覧に自分を見つけられず、十分に具体的な説明も得られないことがあった。[3]
拒否された側にとって、抽象的に「ウミガメのため」とわかることは、自分のどこが要件を満たさなかったかを知ることとは違う。資料の不足、実施の不足、別の方法が受け入れられない理由。それぞれに対応する説明が必要だ。そうでなければ、改善は推測に頼るしかなく、異議も何を対象にすればよいかわからない。
ここで米国の担当者が善意だったかを先に判定する必要はない。善意はこうした入口に代わらず、手続の欠陥だけで悪意が証明されるわけでもない。まず何を行い、変更を求められる側に、自分の条件を伝える機会を残したかを問える。
経緯は最初の裁定で止まらなかった。米国は実施指針を改め、マレーシアは履行を確かめる手続を始めた。2001年の上訴報告は、修正された措置が当時の条件の下で例外の適用を受けられるという結論を維持した。1998年の問題をなかったことにしたのではなく、変更後の仕組みを審査したのである。[2][4]
重要な違いの一つは、ほぼ同じ制度を求めることから、保護の効果を比較できる制度へ移ったことだ。違うと名乗れば証明を免れるのでも、基準を一律に下げるのでもない。異なる方法にも真剣に評価される可能性を認め、自分の方法に似ていないからと評価の前に閉め出さない、ということである。[4]
もう一つは、真剣かつ誠実に交渉することと、必ず交渉を成立させることの違いだ。上級委員会は前者の努力を求め、後者の結果を必要条件にしなかった。そうしなければ、交渉相手が同意しないだけで、事実上の拒否権を得かねない。ただし、一度挨拶をしたら十分というのでもなく、協力の努力は続ける必要がある。[4]
「全員が合意してからでなければできない」ほど整然とも、「環境保護のためなら単独で決められる」ほど明快とも言えない扱いだ。それでも、二つの問いを守った。他の側と真剣に取り組む努力を省いてはいけない。同時に、相手が協定を拒んだだけで、その後こちらは何もできないと自動的に決まるわけではない。
強国に説明を求める手続で、個人はどこにいるか
この事件は、共同の手続が強い国にも応答を求め、措置の実施を審査の対象にできることを示す。しかし、WTOを各国の漁船を直接管理する政府にしたわけではない。紛争解決機関、上訴審、米国の実施機関は異なる仕事をしている。すべてを万能の「国際社会」にまとめることはできない。
紛争解決規則には、裁定や勧告の実施を監督する仕組みがあり、不履行をめぐる争いにも定められた後続手続がある。譲許の停止などには、所定の承認が要る。相手が間違っていると思えば任意に報復できるというのではない。共同機関に、各国に代わって港で執行する部隊がいるということでもない。[6]
ただし、その手続の中に当事者として立つのは、なお主として政府だ。WTOの制度説明は、個人、企業、NGOがこの紛争手続を直接始めることはできないと明示している。本国政府に働きかけることはでき、意見書が受け入れられる場合もあるが、その受理には裁量がある。それによって当事者の地位を得るわけではない。[7]
ここには、異なる二種類の「問える」がある。輸出国は米国に、その拒否が共通規則に沿うかを尋ねられる。だが、直接影響を受ける輸出業者や漁業者は、自分の損失だけを理由に、自分の名で同じ国際手続を始められるわけではない。一方の道が有効だからといって、他方の道もすでに与えられたふりをしてはいけない。
これは、個人がほかの場所でも一切声を出せないという証明ではない。国内の申立て、政治的な働きかけ、業界団体、環境団体の参加は重要かもしれない。ある人が実際に何を利用できるかには、別の資料が必要だ。本篇では失業した漁業者を創作して代弁させず、国際手続の当事者になれないことを、すべての救済が失敗したことともしない。
反対に、個人に入口を残すよう求めるのは、その要求の一つ一つに国家の貿易政策を直接決めさせることでもない。政府が一つの産業のために発言した後も、その産業の中の異なる人、環境を守る人、転換の負担を引き受ける人が、複数の方法で自分の事情を決定に届けられるか、という問題なのである。
2001年に修正措置が認められたことも、永久に有効な善良さの証明書ではない。履行の報告は、当時の適用方法と継続的な条件に結論を結びつけていた。条件を満たさなくなれば、元の申立国は規則に従って再び履行を争える。一度直したことを、これからもう問わなくてよい根拠にはできない。[2]
この結果、各漁家がいくらの収入を取り戻したかは、なおわからない。法的結論から、ウミガメを何匹多く救ったかも計算できない。裁定は、一人一人、結果の種類ごとの決着を与えてはいない。一つの制度上の前進でこれらを覆えば、影響を受けた人はまた大きな物語の中に消える。
この篇は1996〜2001年の紛争と履行審査までを扱い、当時の上訴手続を現在のWTOの運営状況の説明とはしない。ここで学べるのは、いつでも当てはめられる貿易の処方箋ではなく、目的、方法、条件、問いを届ける入口を分けて見る忍耐である。
網の小さな出口に戻ろう。ウミガメを比喩だけで守ることはできず、貿易手続も漁網と同じではない。ただ、ある制度が守る価値のある暮らしのためだと言うなら、なお問える。人に変更を求めるとき、異なる方法を聞き、拒否の理由を示し、自分の方法も引き続き検討にさらせるだろうか。
史料と読み方について
これは実際の歴史を読む随筆であり、場面の創作でも現行法の案内でもありません。史料が記録する事実、当時の法的判断、機関自身の評価、筆者の解釈を区別しています。記録にない内心や対話は補わず、複数の被害者を一人の人物に組み合わせることもしません。英語版は英語の読者に向けて独立に書かれ、簡体字・繁体字の中国語版はいずれも全文です。本篇の日本語は、現在の中国語の随筆を底本に独立に書き直しました。題材選びを助けた最初の調査報告は、以下の原資料に代わるものではありません。また、異なる組織をすべて、理論が扱う「共通の強制的な上位者を持たない協力」とみなすわけではありません。希望する方は哲学的背景の前置論文(英語・中国語)も読めます。歴史は理論を立証するための例ではなく、問いを試す相手です。
- 米国海洋大気庁漁業局:ウミガメ除去装置
格子と逃げ口の仕組みだけを説明するために使います。ページにある現在の性能の割合、規則、新設計を、1990年代の事件の事情として書き戻しません。
- WTO DS58:公式の事件時系列
事務局の事件要約で、報告原文に代わるものではありません。1996年10月8日の請求、1998年11月6日の採択、履行手続、2001年11月21日の採択を確認します。条件付きの履行の結論は、旧措置を追認せず、永久の免除でもありません。
- 上級委員会報告WT/DS58/AB/R(1998年10月12日)
第101〜110、127〜145、161〜186段落を中心に、非政府からの意見、保護目的、硬直的な要求、移行期間、支援、手続の公平さを確かめます。第20条(g)の暫定的な支持と柱書の要件を満たさないことは分けます。あらゆる環境目的の輸入条件を禁じたとはせず、担当者の内心も推測しません。
- 履行をめぐる上級委員会報告WT/DS58/AB/RW(2001年10月22日)
第115〜134、137〜153段落。継続的な誠実な努力は合意成立の保証とは異なり、比較可能な効果はほぼ同じ制度とは異なります。結論は審査した措置と条件の範囲に限られます。交渉は一度挨拶すれば済む手続ではありません。
- 関税及び貿易に関する一般協定第20条:一般的例外
柱書と資源保護の項目の文言を確認するために使い、別個の独立した裁定とは扱いません。公共目的の例外と、差別をしてはならないなどの条件を分けて説明します。
- 紛争解決了解:第2、19、21〜23条
機関の職務、勧告、実施、承認を得た譲許の停止を説明するための資料です。自由な一方的報復権を導かず、裁定する機関を漁船の直接管理者にもしていません。
- WTO紛争解決研修資料:手続に参加できるのは誰か
2004年の手引に基づく公式説明です。政府の当事者資格、私人からの働きかけ、受理に裁量のある意見提出を分けます。入口の違いを確かめる資料であり、影響を受けた一人一人の国内救済がすべて失敗したという証拠ではありません。