協力の歴史を読む · 歴史を読む 02
謝罪のあとで、誰がその訴えを聞くのか
訴えは、謝罪より五年早く届いていた。ハイチのコレラ被害者が求めたのは、審理、賠償、そして予防だった。科学的証拠も組織の言葉も支援策も変わっていったが、それだけで一つの救済の道がつながったわけではない。
2011年11月3日、コレラの被害者約五千人を代表する請求が、国連ハイチ安定化ミッションに提出された。求められていたのは賠償、予防のための行動、責任の公的な承認と謝罪だった。そして、それらに先立つもう一つの要求もあった。公正な審理を受けたい、というものだ。[1]
請求には、欲しい結果だけでなく、争いをどう扱うかという手続への要求も含まれていた。自分の損失と理由を提出し、それを審理してもらえる場所を求めていたのである。けれどもこの件では、請求を送り出せることと、それを聞いてくれる手続に入れることのあいだに、大きな隔たりがあった。
この篇がたどるのは2010年から2016年の記録で、当時新しく示された方策までである。その後のすべての進展を総括するものではない。病原体の由来を科学的に説明すること、組織が何を引き受けるべきか、裁判所が審理できるか、個々の人にどんな救済が必要かも、分けて書く。関連はあるが、一つの結論を四通りに言い換えただけの話ではない。
同じ川をめぐる、異なる問い
2010年10月、ハイチでコレラが流行した。フランスとハイチの研究者が行った現地調査は、初期の患者分布と急速な拡大を、平和維持部隊の宿営地近くの水系、そこから下流へ流れる川と結びつけた。2011年に発表されたこの研究は、人間の活動によって病原体が持ち込まれたという説明に重要な証拠を与えた。単に宿営地がそこにあったから責任を認めた、というものではない。[2]
ただし、当時の文書がみな同じ説明をしていたわけではない。2011年の国連事務総長報告は、独立専門家団の結論を紹介する際、汚染、ハイチの水供給と衛生状態、河川水の広範な利用といった条件が重なったことを強調し、特定の集団や個人に責めを帰していないという表現も引き継いでいた。[3]
その後も疫学と病原体の遺伝子に関する研究は積み重なり、2014年の科学的レビューでは、外部から持ち込まれ、宿営地近くの水系を通って広がったという説明が、さらに明確に支持されていた。後で得た証拠を流行初日の人々がすべて知っていたことにはできない。しかし、最初に判断を留保した人がいたからといって、証拠をいつまでも最初の状態に止めておくこともできない。[4]
一見ぶつかり合う二つの説明は、ここで分けて考えたい。なぜ病原体がここへ来たのかと、なぜこれほど広く感染が拡大したのかは、つながっているが異なる問いだ。水供給や衛生の条件が拡大に影響するからといって、病原体が持ち込まれた過程は消えない。持ち込まれた経路がわかっても、一人一人の感染やすべての損失について、個別の因果関係が確定したことにはならない。
説明を複雑にして、結局誰も答えなくてよくするための区別ではない。むしろ、二つの省略を避けるためだ。「要因は多い」と言って追跡できる行為まで見えなくすることと、「発生源はわかった」と言って誰が具体的にどんな影響を受けたかを見なくすること。どちらも、被害者にとっては自分の一件を飛ばされることになりうる。
この流行を、法廷での争いだけとして描くこともできない。治療、水の供給、衛生設備の整備は急を要し、現場の救援には実際の重みがあった。だが、いま清潔な水を届けてくれる人が必要だからといって、なぜ水が汚されたのか、自分の損失はどう扱われるのかと尋ねる資格が失われるわけではない。救援と応答は、互いが済むまで待つ必要もなければ、互いに取って代わることもできない。
請求は届いても、審理には入れない
2013年2月、国連の法務責任者は、その請求を受理しないと回答した。検討には政治や政策の問題が関わるため、該当する条約のいう私法上の紛争には当たらない、という理由だった。ここで確認できるのは、その判断を国連側が行ったことだ。独立の法廷が損害の事実を審理したうえで請求を退けたのではない。[1]
この違いは重要である。被害者にはすでに説明する機会があり、ただ結果が望みどおりでなかった、と書けば、実際に直面した困難を取り違えてしまう。彼らがまず求めていたのは、自分の請求が責任を実質的に扱う場所へ入れるかどうかだった。
では、国内の裁判所に行けばよいのだろうか。そこには、国際組織が任務を果たすために設けられた保護がある。国連の特権及び免除に関する条約の第2節は、具体的な場合に明示的に放棄しない限り、訴訟からの免除を定める。一方、第29節は、一定の私法上の紛争について適切な解決方法を設けるよう求める。免除と代わりの解決方法は、無関係な二つの言葉ではない。[5]
免除を設ける理由には、真剣に考えるべきものがある。多くの国で仕事をする組織が、それぞれの国内裁判所を通して政治的な争いに引き込まれるなら、共通の任務は妨げられかねない。この理由を認めるのに、免除を主張する人は皆逃げている、と考える必要はない。同時に、任務の重要性だけで、被害者はどこへ行けばよいのかという問いに答えたことにもならない。
被害者の一部は、実際に米国の裁判所へ訴えた。Georges対国連事件では、組織が代わりの紛争解決方法を提供していないなら、なお免除を享受すべきではない、と主張した。2016年8月18日、第2巡回区控訴裁判所はその結びつけ方を認めなかった。第29節の義務を履行することは、第2節の免除が成立するための前提条件ではないとして、管轄権がないことによる訴えの却下を維持した。[6]
判決が答えたのは、裁判所にこの件を審理する権限があるかという問いだ。国連が事実や実体上の責任をめぐって勝訴したということではない。宿営地が水源を汚染しなかったと認定したわけでも、一件一件の損害について賠償額を定めたり、賠償は不要だと判断したりしたわけでもない。本案の審理に入らなかったことを、審理の末に責任がないとされたことへ変えてはいけない。
逆に、請求を審理に進めなかったのだから、裁判所の法解釈は必ず間違っている、と言うこともできない。その条約解釈は、それが用いた法的な枠組みの中で読む必要がある。随筆は、その解釈のあとにどんな状況が残るのかを問い続けられる。別の判決を装い、法的結論と制度への問いを一文に混ぜる必要はない。
問いたいのは、組織が各国の訴訟に妨げられないための保護を設けながら、被害者を相応の実体的な救済のない場所に取り残さずにいるにはどうすればよいか、ということだ。共同の任務を守ることと、その任務から生じる損害を引き受けることは、初めから同じ場で考える必要がある。
代わりの解決の入口とされる場所で、責任を求められている側が、この種の問題は受理の対象外だと決められる。その場合、請求と返信が存在していても、その拒否を独立に審査する場所まで用意されているとは限らない。ここで見ているのは、その道にある欠落だ。世界からあらゆる問いかけが消えた、という意味ではない。
謝罪は大切でも、それだけでは足りないことがある
2016年12月1日、潘基文事務総長は国連を代表してハイチの人々に謝罪した。後の事務総長の正式報告は、この演説と、国連総会による国連の道義的責任の承認を記録している。重要な変化ではある。しかし、損害賠償責任を裁判所が確定した判決ではない。[8]
判決ではないからといって、謝罪には何の重みもない、とする必要はない。組織がようやく、よそ事のような遠い言葉だけで人々の苦しみを語るのをやめたことは、自分たちの存在を見てほしいと求めてきた人にとって、大きいかもしれない。ただし、その重みを認めることは、伴わなかった出来事まで書き加えることではない。
当時提案された新しい取り組みには、二つの道筋があった。一つは流行の抑制、治療、水供給と衛生の強化。もう一つは、直接影響を受けた人、家族、地域社会に向けた物的支援を進めることだった。地域単位と個人単位の方法を検討し、資源と参加の問題にも注意を向けていた。すべての被害者への金額を確定し、支払いを保証した賠償裁定ではなかった。[7]
地域社会への事業にも独自の価値がある。水源や衛生設備の改善、暮らしへの支援は多くの人を助ける。個人への賠償ではないからと、まとめて否定してはいけない。けれども、村に公共設備が一つ増えたことは、ある遺族が家族の死について説明を受け、その請求を扱ってもらえたことと同じではない。両方が大切だからこそ、分けて見る必要がある。
反対に、賠償を個人として求めたからといって、公衆衛生の整備に反対していることにはならない。もともとの請求にも予防のための行動は含まれていた。他の人がもう感染しないことを願いながら、自分が経験した損失を、未来のための事業にまとめて扱うだけで終えてほしくない、と求めることはできる。
機関が改善できるかを考えるとき、専門家の意見を真剣に聞いたかどうかを重視しがちだ。ハイチの歴史は、そこからもう一歩先を問う。専門家は発生源を研究でき、職員は支援を計画でき、事務総長は公に謝罪できる。それでも、被害者自身が自分の一件を実質的な審理へ進められるかどうかは、なお別に確かめなければならない。
調査は事実を明らかにしうる。審理は請求を検討しうる。支援は暮らしを立て直しうる。それぞれに仕事がある。確かめるべきなのは、そのあいだが実際につながっているかどうかだ。一つの部分があるだけで、道が初めから終わりまで通じていることにはならない。
新しい方策が示されただけで、修復は完了したとも言えない。この篇が区切りとする2016年末にあったのは、まず、これから進めようとする、資源を必要とする取り組みだった。後の実施は後の記録で判断する。ここで成功を先取りして報告することはせず、その後を追っていないからといって、後には何の変化もなかったとも断じない。[7]
ライン川の篇と並べて読むとき、最初に残したいのは似たところよりも違いだ。ライン川の共同機構は、主に企業事故の影響が国境を越えたことに対応していた。ハイチでは、国際的な活動それ自体が被害の発生源の一つだったと指摘されている。後者は、これから人々を災害から守る方法を答えるだけでなく、自分自身の行為についての請求にも向き合う必要がある。
だから、片方は協力の成功、もう片方は失敗、と並べるのは適切ではない。共同管理が成果を上げた場所でも、個人の問題には別の入口が必要かもしれない。救済の道が欠けている組織でも、重要な救援をした人はいるかもしれない。機関全体の性格を先に決めなくても、具体的に足りない部分を指摘する資格はある。
2011年の請求では、審理、賠償、予防、謝罪が並べて求められていた。その後、その一部には異なる形で応答があった。一つの言葉に、残りすべての代わりをさせてはならない。
謝罪は、新しい始まりになりうる。けれども、請求したその人のためにも扉が開いたのかどうかは、扉の前まで行って、もう一度確かめる必要がある。
史料と読み方について
これは実際の歴史を読む随筆であり、場面の創作でも現行法の案内でもありません。史料が記録する事実、当時の法的判断、機関自身の評価、筆者の解釈を区別しています。記録にない内心や対話は補わず、複数の被害者を一人の人物に組み合わせることもしません。英語版は英語の読者に向けて独立に書かれ、簡体字・繁体字の中国語版はいずれも全文です。本篇の日本語は、現在の中国語の随筆を底本に独立に書き直しました。題材選びを助けた最初の調査報告は、以下の原資料に代わるものではありません。また、異なる組織をすべて、理論が扱う「共通の強制的な上位者を持たない協力」とみなすわけではありません。希望する方は哲学的背景の前置論文(英語・中国語)も読めます。歴史は理論を立証するための例ではなく、問いを試す相手です。
- フィリップ・アルストン:報告書A/71/367(2016年)
第28段落に2011年11月3日の請求と法務部門の回答が、第29〜40段落に受理拒否への批判が記されています。独立の特別報告者が提出した報告であり、事務局がその結論をすべて認めたことを意味しません。
- ピアルーほか:ハイチのコレラ流行を理解する(2011年)
『Emerging Infectious Diseases』第17巻第7号、1161〜1168ページ。現地調査と空間分析を行った原研究です。病原体の持込みと拡大についての証拠であり、個別の責任についての司法判断としては扱いません。
- 事務総長報告書S/2011/540、第45段落
2011年に独立専門家団の多要因による説明と、責任を特定の集団等に帰さない表現を紹介したものです。当時の言い方として記録し、後の証拠を遡って入れません。また、その表現を確定した法的結論ともしません。
- オラータ、カイム、ブシェ:科学はハイチのコレラ論争をどう解きほぐしたか(2014年)
2014年4月3日公表の『PLOS Pathogens』の科学的レビュー。疫学と遺伝子の証拠を総合しています。発生源についての証拠の発展を説明するために用い、賠償計算や法的裁判に代えるものではありません。
- 国連の特権及び免除に関する条約(1946年)
第2節と第29節。具体的な場合に明示的に放棄したときを除く免除と、特定の紛争について適切な解決方法を設ける義務を確認します。条文だけで、コレラの請求が第29節の対象かどうかまで決まるわけではありません。
- Georges対国連:第2巡回区控訴裁判所、2016年8月18日
判決全文のミラー。事件番号15-455-cv。導入、第I部、結論、印刷ページの3〜4、9〜17、22ページを参照。第29節の履行は第2節の免除の前提条件ではないとされています。管轄権がないことによる却下は実体上の免責とは異なります。本篇は、同裁判所が第29節違反を認定したとも述べていません。
- 事務総長:ハイチのコレラに対応する新たな取り組み、A/71/620(2016年)
要旨、第5〜7段落、第36〜53段落。二つの道筋、被害者と地域社会の参加、個人単位と地域単位の方法、資源について参照しています。計画中の方策であり、賠償完了の証拠ではありません。原日付は11月25日で、技術上の理由により12月1日に再発行されています。
- 事務総長報告書A/71/895(2017年)、第4〜5段落
2016年12月1日の謝罪と、12月16日の総会による道義的責任の承認を回顧して記録しています。ここでは、この二つの2016年の出来事を確認するためだけに用い、その後の実施をすべて追跡したとは主張しません。