Non DubitoEssays in the Self-as-an-End Tradition
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鑿構周期律 · 陸上競技シリーズ · 日本語独立再構成版
第 16 篇 / 全23篇

生理学の定数を、定義に書き込む

正確な測定値だけでは、その原因まではわからない。0.100秒の閾値は生理学的な仮説を競技規則に変え、誤った判定の危険を誰が引き受けるかを決めている。

Han Qin (秦汉)
この篇の目次

一 号砲後の測定値と、不正スタートの判定

2022年、ユージンで開かれた世界陸上選手権。男子110メートルハードル決勝で、アレンの公式の反応時間は0.099秒だった。

彼は失格になった。

この数字をよく見ておこう。0.099秒は正の値だ。号砲の後、その時間が経過した時点で、スタート情報システムは検出基準に達したブロックへの力の変化を記録した。ただし、それだけでは、アレンが号砲前に何の動作も始めていなかったことも、その力の変化が号砲を聞いた結果だったことも証明できない。先読みして始めた動作が、号砲後に検出基準へ達することもありうる。記録された時刻と、動作の原因は別の問いである。

それでも、違反と判定された。

世界陸連の規則では、0.100秒未満の記録は、まず「不正スタートの可能性」を知らせる警報を作動させる。選手を呼び戻したうえで、スターターが反応時間とその他の利用可能な情報を検討し、不正スタートの責任を負う選手がいるかを確認する。機械が鳴れば自動的に失格、という手続きではない。アレンは最終的に不正スタートと判定された。0.099秒は、この確認を必要とする側にあった。

世界陸連自身、オレゴン2022の公式総括で、アレンの0.099秒を、ありうる最小の差によって違反となったものとして記述している。

ここで足を止めたい。ありうる最小の差によって、違反となる。動きが記録されなかった、という話ではない。判定が、システムの測り間違いを指摘したわけでもない。システムは、号砲後の動きを捉えた。そして記録されたその値が、定義に照らして違反になったのだ。

本篇で考えたいのは、このことだ。このシリーズが追ってきたものの、きわめて純粋な一例でもある。これまで、合法なのに比較できない記録を論じた。「総合的な優位性」が測定値ではなく、規則上の基準であることを論じた。なぜそこなのか説明できない場所に、精密な線が引かれることも論じた。今回は、さらに手前にある問題を扱う。人間はどれほど速く反応できるか。その生理学的な仮説が、何を正当なスタートと認めるかという定義に書き換えられたのである。仮説と定義は、まったく別のものだ。仮説は証拠によって修正できる。競技上の定義には機関による正式な改訂が必要であり、証拠はその改訂の理由になりうる。

これは言葉遊びではない。生理学的な仮説であるなら、0.100秒は新しい証拠による検証を受けなければならない。一方、競技規則は研究が一つ発表されるたびに自動的に変わるわけではなく、正式な改訂を要する。もっと速く反応できる人がいると示すことは、閾値を再検討する理由になる。しかし、それだけでアレンの個別の判定が覆るわけではない。そのスタートの原因と測定条件は、別に確かめる必要がある。人がどこまで速く反応できるかという記述と、競技でどう裁くかという規定は違う。だからといって、規則が証拠を永遠に拒んでよいわけでもない。

二 仮説と定義は、何が違うのか

まず、この違いをはっきりさせておこう。本篇は、すべてその上に立っている。

仮説とは、世界についての一つの主張である。正しいこともあれば、間違っていることもある。そのいずれかを決めるのは、証拠だ。号砲を聞いた人間が、最短でどれほどの時間で反応できるか。これは生理学の問いであり、事実としての答えがある。その答えに、実験を重ねて近づいていく。もっと速く反応できると新たな実験でわかれば、それまでの仮説を修正する。仮説はいつでも、証拠に向かって開かれている。

定義は言葉の使い方を定め、競技規則はそれに基づく判定の仕方も定める。スターターは新しい研究が出たというだけで、有効な規則を独断で別の線に置き換えることはできない。だが規則の効力と、その妥当性は別である。前者は正規の制定手続きから生まれ、後者は生理学的な証拠、測定条件、誤判定の危険に向き合わなければならない。証拠とともに自動で変わるのではないが、十分な理由があれば正式な改訂ができるし、すべきでもある。

0.100秒という数字は、初めは仮説だった。人間の反応時間の下限についての、経験に基づく推測である。人は号砲から0.1秒もしないうちに、音に対して本当に反応することはできない。だから、それより速い動きはすべて先読みであり、号砲のタイミングに賭けた動きであって、号砲への反応ではない。大筋では、そういう考えだった。

仮説のままでいたなら、証拠に応じて更新されるべきだった。人間はもっと速く反応できると新たな実験が示せば、この数字も下げるべきだった。

規則に入った数字を更新することは、実験だけの問題ではなくなる。実験は0.100秒に疑問を投げかけられるが、競技での適用は正式な改訂を待つ。この数字は、身体についての証拠と結びつく仕事と、その場で使える統一基準を保つ仕事を同時に担っている。後者の必要を前者の真理に置き換えれば、規則と知識を取り違える。

この移行が本篇の中心にある。証拠に開かれていなければならない生理学的仮説が、制度の維持する規則にもなった。スターターがそれを適用することは、科学を規則に従わせることではない。基準を当面固定しても、事実との結びつきを切ってはならない。定めるのは現在の判定手続きであり、身体の可能性のすべてではない。

証拠がそのまま判定にならない理由も、ここにある。生理学的仮説には事実の裏づけが要り、競技の判定には共通の規則も要る。新しい証拠が仮説を揺さぶっても、その場で規則が失効するわけではない。だが、有効であることは科学的な最終証明でもない。閾値をどこへ動かすかには、測定方法、先読みと反応の区別、二種類の誤判定を誰が引き受けるかの検討が必要になる。定義は証拠の外へ逃れたのではない。証拠が別の実用的な線になるには、制度の改訂手続きを通る必要があるのだ。

三 その数字はどこから来たのか。たどれない

0.100秒が、それを確立した実験から生まれたのなら、少なくとも経験的な出自はある。ところが、その出自をたどれない。

この話の起点として最もよく挙げられるのは、メロとコミが1990年に発表した論文だ。だが、この論文は、絶対的な最小値を確立するための大規模な標準化研究ではなかった。

対象は男子短距離選手8人。各選手が最大努力で3回ずつスタートし、フォースプレートの上を通過した。一部の選手については、脚の筋電図も記録している。後年の紹介によると、力がセット姿勢時にかかっていた力のおよそ110%を超えた時点で反応を捉えた場合、力を基準とする反応時間の平均は、前脚で約121ミリ秒、後脚で約119ミリ秒だった。

121と119。この二つの数字を見てほしい。どちらも120ミリ秒の近くにある。100ミリ秒ではない。

したがって、メロとコミが人間の最小反応時間は100ミリ秒だと測定した、という説明は、実験の内容に合わない。主な指標である力を基準とした平均値は120ミリ秒に近い。対象は8人。操作上の基準は力の変化であって、最初の神経反応でも、最初に目に見える動きでも、集団全体についての生理学的な下限でもない。この研究を、人類という種に固有の精密な定数、0.100秒を発見したものとして扱うなら、いくつもの異なる概念を一つに押し込めることになる。

では、0.100秒というその具体的な数字は、どの論文で提案され、どの会議で採用されたのか。

たどれない。

確認できるのは、1990年までは120ミリ秒の基準が使われ、その後100ミリ秒が国際陸連の基準になったことだ。後年の記述の中には、規則に登場した時期を1991年前後とするものもある。しかし、0.100秒の採用を記すと同時に、その根拠となった特定の実験を示す、デジタル化された国際陸連総会の記録や技術委員会の決議は見つからない。

こうした史料の空白は、ほかの篇にもあった。第2篇では最初期の記録申請書の原本、第11篇ではやりの規格変更の原文を確認できていない。ただし第10篇は、もっと正確に述べる必要がある。1974年のAthletics Weeklyの同時代報道から、宙返り禁止はIAAFのローマ総会に位置づけられる。見つかっていないのは元の決議文と審議記録であり、会議そのものが不明なのではない。本篇で確認できないのは、0.100秒を初めて規則へ導入した決定である。現在の結論が読めることと、それが成立した過程をすべてたどれることは違う。

今回、この空白には特別な意味がある。ある数字が、それを確立した実験から生まれたのなら、その数字には、さかのぼって確かめられる経験的な根拠がついている。ところが、この数字は、どの論文から来たのか、どの会議から来たのかさえたどれない。それでも、科学的に確立された定数として使われている。その権威は、出自によって支えられる範囲を超えている。

こうしたことが、このシリーズで起きるのは初めてではない。第3篇のアマチュア原則は、実在しなかった古代の姿を持ち出して、自分を正当化した。その古代が作り話だったことは、原則の効力を弱めなかった。ここでも似たことが起きている。0.100秒は科学的に確立された定数として使われているが、規則に導入した決定を裏づける記録は見つからない。由来としてよく挙げられる論文が測ったのは、120ミリ秒に近い値だった。ルールを正当化する物語と、そのルールが現実に持つ効力は、別々のものだ。物語が曖昧でも、確かめようがなくても、さらには不正確でも、ルールは精密に作動する。アレンを失格にできる。人々が従うのはルールの効力であり、その出自を確かめることはめったにない。

四 構自身の研究が変更を勧めた。それでも変えなかった

ここは本篇で、最も強い根拠となる箇所だ。外部の批判者が疑義を呈したのではない。構自身が委託した研究の結論を、構自身が採用しなかったのである。

2009年、国際陸連は自ら研究を委託した。問いはまっすぐだった。自分たちの100ミリ秒という制限は、なお妥当なのか。

対象はフィンランドの国内トップレベルの短距離選手7人。男子4人、女子3人が、およそ5〜8回ずつスタートした。腕と脚にかかる力の測定に、筋電図と動作解析を組み合わせ、信号は1秒間に2,000回の頻度で記録した。脚の力が変化し始めるまでの時間は平均約98ミリ秒で、個々の試行の最小値はそれよりはるかに短かった。腕の力や筋電図の変化は、さらに早く始まっていた。また、検出に必要な力の基準を高くすると、システムの示す反応時間は遅くなることがわかった。

この研究が公式に示した提言は、驚くべきものだった。

100ミリ秒を生理学の公理として扱ってはならない。スターティングブロックにかかる力を引き続き測定の操作的な基準にするなら、閾値をおよそ80〜85ミリ秒へ下げるべきだ、というのである。

国際陸連自身が費用を出して研究を委託した研究者が、国際陸連自身の公表したプロジェクトの中で、その閾値を下げるよう勧めたのだ。

だが、世界陸連はこの提言を採用しなかった。0.100秒は規則に残り、2026年の技術規則の枠組みにも残っている。

これは記録上、きわめて重要な一点である。その意味を、曖昧にしてはいけない。構は、自分の委託によって得られた、より低い制限値を勧める証拠を持ちながら、従来の規則上の基準を維持した。つまり0.100秒は、科学によって固定された定数ではない。そうなら、科学が変更を勧めたときに変わるはずだ。それは、機関が存続させることを選んだ定義である。構は自分で得た証拠を前にして、線を動かさない方を選んだ。

この一件そのものが、仮説と定義の違いを示している。0.100秒がなお仮説だったなら、引き下げを勧める証拠を受けて修正されるはずだった。修正されなかったことこそ、それがもう仮説ではなく定義であることを示している。定義が変わるのは証拠によってではない。機関の決定によってだけだ。そして、この機関は変えないと決めた。

ここには、次の第17篇と通じる形が見える。構はしばしば、変更の手段を用意し、証拠も手元に置きながら、それを使わない。あちらでは、構が決着をつける手段を用意し、人間がそれを使わない。こちらでは、構が修正の証拠を用意し、構自身がそれを使わない。変えられることと、変えることは同じではない。

公平を期すなら、変えないことにも理由はある。判定の基礎となる基準をたびたび動かせば、そのこと自体に代償が伴う。時代の異なる記録はいっそう比べにくくなり、選手も審判も戸惑い、新たな争いも生まれる。欠点があっても、長年使ってきた基準を保つことには、安定性という配慮がある。だが、それこそが本篇の論点を裏づける。構が0.100秒を残す根拠は、安定性、運用のしやすさ、管理上の都合であって、この数字が生理学的に正しいことではない。正しいから残すのではなく、変えると面倒だから残す。変更が面倒だから維持される数字は、もはや生理学的な定数ではない。それは管理のための定義だ。存続する理由は、人間がどれほど速く反応できるかとは、もう関係がない。

五 身体の側には、そもそも動かない数字がない

こう言う人もいるだろう。構が0.100秒を保っているのは、科学がまだ結論に達しておらず、人間の本当の限界がわかっていないからかもしれない、と。だが、その弁護そのものが、別の事実をあらわにする。生理学的な下限は、そもそも動かない定数などではない。

この問題で科学は、まだその数字を見つけていないだけではない。同時に、正反対の二つの方向へ分かれている。

一方は、0.100秒では厳しすぎると言う。

2007年、ペインとヒッブスは、圧電式の力センサーを取り付けたスターティングブロックをスタート信号と同期させ、9人の選手を調べた。うち5人は、少なくとも一つの測定条件で平均反応時間が100ミリ秒を下回った。最初の二つの条件では、スタートのおよそ20%が100ミリ秒未満だった。反応の生理学的な成分は85ミリ秒を、筋電図の立ち上がりは60ミリ秒を下回りうる。また、号砲を予測しただけではないか、という当然の反論にも備えていた。該当する試行では、号砲を待つ時間帯の中で、信号を出すタイミングを無作為に変えた。高速度撮影によると、外から見える動きは、最も早い生理学的・力学的反応より、かなりあとに現れた。ただし研究者は、国際陸連認証の競技用装置でも同じように100ミリ秒未満の値が出ると証明したわけではない、と慎重に断っている。装置が何を検出するかという基準自体が、測定の一部だからだ。

もう一方は、0.100秒では緩すぎると言う。

ブロスナン、ヘイズ、ハリソンは、1999〜2014年の主要選手権に出場したトップ選手の反応時間の分布を分析し、補正後の下限を男子で約115ミリ秒、女子で約119ミリ秒と推定した。論証は統計に基づく。競技の場で観測される分布から見ると、この下限を下回る値は、刺激によって本当に引き起こされた反応より、先読みである可能性が高いというのだ。

さらに第三の方向がある。性別と、力の検出基準の問題だ。リップス、ガレツキ、アシュトン=ミラーは、2008年北京大会の公式反応時間データを分析した。全員に同じ力の検出閾値を使うと、女性は力が増していく絶対的な速度が低いため、記録上の反応が系統的に遅れる可能性がある、と論じたのである。そのモデルでは、女性に適用する力の閾値をおよそ22%下げれば、観測された男女差の大部分が消えると推定された。

この三つを並べると、見えてくることがある。研究文献は、そもそも0.100秒へ収束していない。同時に二つのことが争われている。一つは、どの生理学的な出来事を反応と数えるか。最初の神経信号か、最初の力の変化か、最初に目に見える動きか。この三つは、別々の時点で起きる。もう一つは、認証されたスターティングブロックが、その出来事をどのように画面上の反応時間へ変換するかだ。力の基準が違えば、変換の結果も変わる。

つまり、定義となった0.100秒が本来対応するはずの生理学的な定数には、広く認められた値がない。構は、科学においてさえ収束していないものを、ミリ秒まで厳密な定義に凍結した。定義の精密さと、その背後にある生理学的事実の不確かさ。この隔たりは、あまりに大きい。ここでも、精密さが根拠の不在を覆っている。ただし、新しい形で。精密な閾値が、その背後で一度も安定して確立されたことのない定数を覆い隠している。

この隔たりには、これまでの篇より一歩先へ進んだ問題もある。第7篇の得点係数、第12篇の40ミリメートル、第14篇のテストステロンの閾値。あの精密な線の背後にあったのは、導出されていない数字だった。足りないのは、その数字に至る導出だった。今回は、もっと深い。0.100秒が対応するはずの、人間の反応の生理学的な下限は、単にまだ導出されていないのではない。導き出すべき確定した値が、そもそもない。科学は、あと一歩で収束するところまで来ているのではなく、逆向きに分かれている。もっと速いという人も、もっと遅いという人もいる。だからこの線は、導出を欠いているだけではない。確定した答えのない場所に引かれた線が、その確定した答えとして扱われているのだ。

新しい証拠は、この隔たりをいっそう鮮明にする。2025年、アレンの事例を扱った統計研究が、複数の大会の反応時間を集め、2022年世界選手権の分布は他の大会と有意に異なることを示した。そして、0.100秒未満の反応はまれではあっても、生理学的には可能だと結論した。本篇が扱う2026年8月の時点で、この研究はプレプリントであり、科学の最終判決として扱うべきではない。それでも2007年と2009年の実験と合わせれば、本当に号砲を聞いて反応したのだというアレンの主張を、「人間の限界は100ミリ秒だ」の一言で片づけることはできなくなる。

六 二つの失格は、同じ事件ではない

スタートをめぐる有名な失格が二つある。よく一緒に語られるが、根本的に異なる二つの事例だ。これを分けることが、本篇を理解する鍵になる。

一つ目はボルト。2011年、大邱世界選手権の男子100メートル決勝である。

公式結果にはボルトの失格とともに、負の反応時間が記録されている。およそマイナス0.104秒。負の値とは、号砲より前に動いたという意味だ。これは合図に先立つ動き、不正スタートであって、号砲後の0.099秒という境界の事例ではない。2010年1月1日から施行された、一度の不正スタートで失格とするゼロ・トレランスの規則により、ボルトは失格になった。決勝を制したのはブレークだった。

だから、ボルトの事例では、本篇が問う問題は試されていない。問いたいのは、号砲のあとに0.100秒より速く起きた本当の反応を、認めるべきなのかということだ。ボルトの動きは号砲より前だった。彼の事例は、この問いとは別のところにある。

二つ目が、冒頭のアレンだ。システムが記録したのは、号砲後の0.099秒。その値そのものが、規則の禁じる側にあった。

本篇の典型となるのは、こちらの事例である。ここにこそ、本当の境界がある。精密に測定された、号砲後の、正の反応時間が、閾値をたった1,000分の1秒下回ったために、定義から拒まれた。

2011年のボルトを持ち出して、100ミリ秒未満の本当の反応が排除されたと論じるなら、異なる二つの問題を混同している。ボルトの記録上の動きは、号砲より前だった。測定された正の反応時間が、ちょうど100ミリ秒の手前に落ち、規則に拒まれた典型例は、2011年のボルトではなく、2022年のアレンなのである。

ボルトについては、もう一つ、疑いと裁定を分けて扱う必要がある。レースのあと、ブレークか別の選手の動きにつられてボルトが飛び出したのだ、という説が流れた。そうした見方が広まったことは事実だが、裁定は一貫してボルトの不正スタートであり、正式に覆されたことはない。誰かが誘発したという主張と、誰に責任を負わせるかという裁定は別の話だ。前者を、公式に認定された事実へ格上げしてはならない。

アレン自身の立場も、「審判が規則を読み違えた」という話より繊細だ。彼は、規則の下では0.099秒が不正スタートになることを認めている。同時に、装置と閾値には測定の不確かさを見込むべきだと主張し、先読みではなく、号砲を聞いて反応したのだと訴えている。これらは規則とシステムが妥当かどうかを問う主張であって、明文化された規則に何が書いてあるかを争う主張ではない。読み方が間違っていると言っているのではない。規則と装置そのものを、見直すべきだと言っている。

この立場の置き方は重要だ。本篇が区別しようとしている線の上に、ちょうど重なるからである。アレンは、0.099秒は規則上、不正スタートに当たらないとは争っていない。それなら、規則の文面を争うことになる。だが文面は明白だ。0.099は、確かに0.100より小さい。彼が争っているのは別のことだ。規則そのものを、それを支える生理学的な仮説や測定装置ごと、再検討すべきだと言っている。審判が定義を誤って適用したというのではない。定義そのものが間違っているかもしれない、というのだ。そして、そこがまさに、定義を揺るがす最も難しい場所でもある。定義は、自分の枠内ではいつも正しい。0.099が0.100を下回ることに、枠内で異を唱える余地はない。疑うには枠の外へ出て、その定義をこの形にしておくべきなのかと問うほかない。

七 定義は逆に、人間を変えた

この定義には、判定そのものを超えた帰結がある。逆に、選手の行動を変えてしまうのだ。

一度の不正スタートで失格とするゼロ・トレランスの規則は、2009年8月12日、ベルリンで開かれた第47回国際陸連総会で採択された。規定の内容は、混成競技を除き、不正スタートをした選手はすべて失格とする、というものだった。施行日は2010年1月1日。当時報じられた総会の票数は、賛成97、反対55である。

それ以前は、もう少し緩かった。2003年より前は、選手一人ひとりに一度の不正スタートが許され、二度目で失格になった。2003年からは、一つのレース全体で一度だけに変わった。二度目以降に不正スタートをした選手は、最初の一度を起こした本人でなくても失格になった。理由の一つは、スタートのやり直しと、それによる競技の遅延を減らすことだった。そして2009年、一度も認めないゼロ・トレランスの方針が採択された。

この厳格化は、選手のスタートの仕方を、測定で捉えられるほどに変えた。

規則が移り変わる各時期のトップレベルの大会を比較した研究では、不正スタートへの制裁が重くなるにつれて、記録される平均反応時間が徐々に遅くなっていた。これは、選手がより慎重なスタート戦略を取るようになったと考えれば、つじつまが合う。失格の危険を冒すくらいなら、少し遅れて出る方を選ぶのだ。

ここでも、立ち止まって考えたい。この定義の最も深い作用が現れている。0.100秒という線は、起きたスタートをあとから判定するだけではない。その前に、選手がどうスタートするかを変える。0.100秒を下回れば失格になる。しかも装置には測定の不確かさがある。ならば合理的な選手は、あえて少し遅く出る。安全のための余裕を取り、線を踏まないようにする。

こうして定義は、スタートを測るだけでなく、スタートを形づくった。選手は、定義の禁じる側に落ちないために、自分から動作を変える。行動を判定するための線が、逆に行動をつくるものになる。人間が定義に譲歩し、自分の本当の反応速度を、定義の許す範囲に抑え込むのである。

これは第9篇で見たことの、ちょうど裏返しだ。あちらでは、構は結果を測り、過程を測らなかった。砲丸がどれほど飛んだかは問うが、どう投げたかは問わない。構の測定は結果のところで止まり、過程の中へは入らなかった。ここでは違う。構の定義は過程に入り込み、選手がスタートするその瞬間に入り込み、動作そのものを変える。判定のために引いた線が、行動を形づくる線になる。構の定義は、人間が何をしたかを記録するだけではなく、人間がどうするかを決め始める。

警戒すべき転換である。測定と、測定される者の関係が変わるからだ。理想的には、測定は受け身の営みである。すでに起きたことを記録し、その出来事には手を加えない。物差しで長さを測っても、その長さは変わらない。だが、0.100秒という線はそうではない。失格という結果が結びついた途端、受け身の記録ではなくなる。測る対象の行動を、積極的に形づくり始める。選手は線がそこにあると知り、それに合うよう自分を調整する。測定が介入になり、物差しが、測っているものを変え始める。そうなれば、測定された数字は、もはや人間の本当の能力だけを表さない。本当の能力と、その線を避けようとする行動が、混ざり合ったものになる。構が測る反応時間がだんだん遅くなっても、人間そのものの反応が鈍くなったとは限らない。安全のために、人間の方から譲歩している可能性が高いのだ。

八 定義によって不可能とされた、現実の出来事

ここまでの議論を束ねよう。

0.100秒は生理学的な仮説を担い、同時に判定基準として働く。委託された研究は80〜85ミリ秒の検討を勧めたが、関連研究の測定条件や結論は完全には一致していない。本篇で扱う規則は従来の線を保っている。そこに見えるのは研究と規則改訂の距離であって、証拠が無効になったことでも定義が永久に変わらないことでもない。制度がこの線を使い続ける理由をどう説明し、配分した誤判定の危険にどう責任を持つかが問われる。

そこから、本篇の余項が現れる。しかも今回は、新しい姿をしている。

これまでの余項は、名簿に入らなかった名前であり、割り出しきれない原因であり、比較できない記録であり、存在しない身体であり、置き場所のない連続性であり、成功の物語の外に置かれた対照群だった。本篇の余項は、実際に記録された、号砲から0.100秒もしないうちに起きた動きである。そして、それらが本当に号砲への反応であるかもしれないのに、すでに規則によって排除されている、その可能性でもある。

記録は、確かにある。アレンの0.099秒は、認証された装置が示した、号砲後の測定結果だ。ボルトのように、号砲より前の動きとして記録されたわけではない。アレンは、先読みではなく、号砲を聞いてから反応したのだと主張している。だが、この数字だけでは、先読みをしなかったと彼に代わって証明することも、装置に測定誤差がなかったと証明することもできない。確かに言えるのは、システムが、あの線よりちょうど1,000分の1秒だけ速い値を記録したということだ。

ところが定義は、それは認めない、と言う。

この「認めない」の性質に注目してほしい。走り幅跳びで踏切線を越えた場合のように、動作が起きたことを認めたうえで、ルールに違反したと判じるだけではない。この定義の背後には、さらに一つの生理学的な仮説が隠れている。人間はこれほど短い時間に、本当に反応することはできない。だからこの線より速いものは、必ず先読みなのだ、と。こうして、合法かどうかの判定が、何が不可能かについての断言を借りてくる。だが、アレンを違反と判じたことは、彼が号砲に反応しなかったと証明できたことと、同じではない。

記録は、確かにある。それが先読みだったかどうかに、あの線そのものが答えることはできない。

ここに、本篇の最も鋭い刃がある。構は一つの定義によって、まだ見極められていない可能性の一部を、不可能の側へ追いやる。0.100秒という線は、スタートを合法と違反に分けるだけではない。その背後にある生理学的な説明の中では、人間の号砲への反応を、可能と不可能に分けてもいる。そして、その線を引くために使われるのは、一度も安定して確立されたことのない生理学的な定数であり、科学においてさえ収束していない数字だ。こうして、認証された装置に確かに記録されながら、記録だけでは原因を見極められない号砲後の動きが、本当の反応である可能性から、定義によってあらかじめ排除される。

ここでの余項は、すでに起き、記録もされながら、刺激によって本当に引き起こされた反応なのかは、なお確定できない動きである。そして、定義によって先回りして閉ざされた可能性である。構は、正確にはわからない生理学的な下限を前にして、わからないことを、わからないままにはしておかなかった。精密な線を引き、その外側の動きを一律に、本当の反応ではありえない側へ置いた。不確かな仮説を、確かな定義に変えた。その確かさは、まだ見極められていない可能性の一部を排除することで手に入れたものだ。

ここには、構が不確かさに向き合うときの典型的な選択が見える。人間の反応の下限はわからない、だから判定に十分な余裕を残し、疑わしきは選手の利益に、という立場を取ることもできた。そうはしなかった。確かな線を引く方を選んだ。線を引くには具体的な数字を一つ選ばねばならず、その数字を選べば、向こう側にある成績は認めないことになる。これは、確かさを手に入れるために、本当の反応まで排除する危険を引き受ける取引だ。明瞭で運用できる線を得る。その代わり、線の外側に本当の反応が存在していても、それは排除される。競技場で即座に判定を下さねばならない構にとっては、避けられない取引なのかもしれない。一回スタートするたびに競技を止め、人間はどれほど速く反応できるのかと論じ合うわけにはいかない。その場で使える数字が必要なのだ。だが、その場で使える数字が必要なことと、その数字が真実であることは別である。構は、手にしていない真実の代わりに、その場で使える定義を置いた。

構は、アレンの反応時間を0.099秒と記録し、1,000分の1秒まで表示することができる。しかし、その数字だけで、本当に号砲によって引き起こされた反応だったのかには答えられない。答えるには、人間がどれほど速く反応できるのか、装置がその反応をどう測定値に変えるのかを知る必要がある。これらの研究が示した答えは異なり、科学は逆向きに分かれている。構は、確定した下限を知らない。だが線は必要だ。そこで一本引いた。0.100秒。引き終えると、その線は、間違っているかもしれない仮説のままではなくなった。定義として扱われるようになった。線の向こう側のものは、確かに存在するアレンの0.099秒という記録もろとも、定義上の不可能へと組み入れられた。

物差しは、まだ正しく測れていない。それでも、測り続けている。