画面左上の男は、揺るぎなく立っている。二本の高い柱が身体を挟み、肩からは赤いマントが垂れ、片手がその一角を持ち上げている。ところが、その足元に広がる世界には、同じような安定がない。青い服の女は地面から抱え上げられ、緑の服の女は上に向かって手を伸ばす。剣を持つ男たちが人込みに入り、幼い子どもたちは大人の足のすぐそばにいる。高台から下へと目を移すと、一つの命令と、その結果を引き受けさせられる身体との間に、突然、大きな隔たりが見えてくる。

この絵の力として本稿が注目するのは、同時に起こる多くの動作を、プッサンがきわめて明瞭に描き分けていることだ。その明瞭さによって、強制の力がそれぞれの人にどう働くかまで見えてくる。建築、色、姿勢は、入り乱れた出来事を、目でたどれる一つの画面に組み立てる。一方、女たちがそむける顔、捕らえる男から離れるように伸ばす手、足場を失った両足は、その秩序の内側に抵抗を残す。構成の巧みさを味わうには、何がその構成の中に置かれているのかを見届ける必要がある。
題材はローマ建国の伝説に属する。信頼できる目撃記録のある歴史上の事件として扱うことはできない。古代の物語によると、ロムルスに率いられたローマ人は、近隣のサビニ人を祭りに招き、その女たちを妻にするために力ずくで連れ去った。左上でマントを持ち上げる仕草は、あらかじめ決められた合図である。プッサンが描くのは略奪の最中であり、のちにサビニの女たちが両者の戦いを止めに入る場面とは別の出来事だ。メトロポリタン美術館の解説
プッサンはローマでこの作品を制作した。最初の所有者はフランスの駐ローマ大使シャルル・ド・クレキで、その後リシュリュー枢機卿のコレクションに入った。古代の物語と彫刻から受け継いだ身体表現は、こうした歴史画を通して、教養ある上層の鑑賞者に届いたのである。ルーヴル美術館には、構図の異なる同主題の作品がある。本稿で見るのは一貫してニューヨークの作品であり、左上の高台と、右側の三つの暗い窓および大きなアーチが目印になる。二作品の前後関係には議論があるが、ここではメトロポリタン美術館の現在の記載に従い、「おそらく1633–1634年」とする。同館の学術カタログ;ルーヴル所蔵の別作品
命令には小さな動きだけで足りる
ロムルスには高さだけでなく、周囲の余裕も与えられている。背後の人々は彼の輪郭を隠さない。傍らには柱の垂直線が下り、右側には空が開ける。赤いマントの広い面は、ほとんど一目でつかめる。肩から腕、持ち上げた端まで、比較的まとまった一つの形が続いているからだ。ここではまず、空間的な余裕として権力が見える。命令する人物は、下の身体のもつれに加わる必要がない。
マントの端を持つ手と、その下で青い服の女が高く上げる手を比べてみよう。画面上ではさほど離れていないのに、二つの手がしていることはまったく違う。一方は布をわずかに広げる。もう一方は、抱き留められた胴から離れるように伸びている。女は顔を上げ、上半身をひねり、もう片方の手を男の顔のそばへ差し出す。身体が運ばれていく方向に対して、頭と手は別の方向を示している。

青い服の女を抱える男は、両足を開いて地面を踏んでいる。片腕は女の腰を囲み、もう片方は脚の下に入り、重さを受け止める支えをつくる。女の片足は左へ突き出し、もう一方は垂れ下がる。青い布のひだが、その二方向をつないでいる。これを単に「対角線をつくる人物群」と呼ぶだけでは、最も重要な違いが抜け落ちる。安定した支持を持つのは抱える男であり、地面を離れた不安定さを負うのは抱えられる女なのだ。
緑の服の女の動きには、また別の変化がある。銅色の兜をかぶる男は、こちらに背を向けている。胸当てと桃色がかった褐色の衣服が、厚みのある塊をつくる。その肩越しに女の顔が現れ、手は右上へと伸びる。二つの人物群はほとんど接しているが、それぞれの輪郭を追うことができる。最初の群では鮮やかな青が下方へ広がり、次の群では暗めの緑が上方へ立ち上がる。男たちの腕は、それぞれの女の身体を囲い込んでいる。似た動作が、高さと方向と色を変えて反復される。そのため略奪は、漠然とした「騒ぎ」にまとめられず、いくつもの具体的な行為として見えてくる。
二人の女が上げた手は、手首のところで曲がっている。どちらも手を固く握りしめているわけではない。この曲線には確かに軽やかさがあり、視線を一つの群から次の群へと導く。しかし、それがどのような状況で生じた線なのかは明らかだ。女たちは、自分の身体がどこへ動くかを自分で決められなくなりつつある。線が滑らかにつながるからといって、描かれた行為を別のものに言い換えることはできない。
右側では力がぶつかり合う
右前景は、左側よりも読み解くのに時間がかかる。異なる行為が一か所に集中しているからだ。黄色い甲冑の男が剣を振り上げ、胴をこちらへひねる。桃色の布をまとう灰色のひげの男は、片膝をついて脇腹と背を見せ、一方の腕を黄色い甲冑の男の脇へ伸ばして対抗し、もう一方を高く上げている。すぐそばでは、青い服の女が低く身を伏せ、その桃色の布をつかんでいる。女の頭と肩は左へ傾く。ここをもう一組の「女を抱き去る男」として見てしまうと、中央で起こっている制止と衝突を取り逃がす。

まず桃色の布をたどろう。女の手元から折れ曲がった布は、男の腰と背を横切り、幅広いひだを膨らませて、右下の膝へ落ちる。この布が二人の接触を見分けやすくし、人物群を画面の下縁近くに結びつけている。今度は黄色い甲冑の男をたどると、肘、上げた前腕、剣が、視線を左上へ押し出す。二つの流れは狭い場所でぶつかる。私たちの目は線に沿って動けるが、人物たちの行為そのものは、滞りのない一つの動きにはまとまらない。
青い服の女の露出した脚は、画面の下縁に近い。顔は中央へ向き、眉と開いた口が恐れを伝える。髪は傾いた首から肩に沿って垂れている。周囲の伸びた腕、反った背中、開いた脚は、女が退くことのできる空間を狭く感じさせる。抵抗のあり方も一様ではない。腕を上げて正面から対抗する者がいて、布をつかむ者がいて、身体を低くする者がいる。筋肉の強さだけで、画面の中の誰が重要かを決めることはできない。
その背後では、白馬の灰白色の丸い後躯が、兜や腕や青い布の小さな折れ曲がりの間に、大きな明るい面をつくっている。馬は空間を塞ぎ切るのではなく、少し高い帯状の位置を占め、前景の争いと、その奥を行き交う人々とを分ける。さらに右へ目を向けると、伸ばされた手や広がる衣服が画面外へと続いていく。絵の縁で姿は切れるが、出来事はその先にも及んでいるように見える。
地面が人々の動きの調子を変える
両側の大きな人物群の間から下を見ると、中央に低い間隔が開いている。頭に淡い布をかぶった年老いた人物が、地面近くに座る。一方の手は頭に添えられ、もう一方は足元へ下りている。曲げた膝の周りには、橙がかった赤い布がたまる。二人の幼児がその両側にいて、一人は両手をつき、もう一人は横向き気味に寝て片手を上げる。そのすぐ近くを、大人の開いた脚や踏み出す足が取り巻いている。

この群を見ると、動作の読み方が変わる。立つ人々は腕を外へ伸ばし、脚を開き、逃走、捕縛、抵抗の方向を示す。ところが年老いた人物の手は、自分の頭へ折り返す。幼児の手足は地面に近く、その動作の届く範囲は小さい。右側の青い服の女も、この低い場所へ顔を傾けている。画面はすべての身体に、同じ伸びやかなリズムを与えてはいない。中央には、走ることや闘うことでは応じられない恐れが置かれている。
ここでは色の動きもゆるやかになる。橙がかった赤い衣服は上方の赤いマントを思い起こさせるが、高台から垂れる代わりに足元に集まっている。幼児の白い服は、地面の上の淡い色面となる。似た色が高さの違う場所を結び、その間で人々の状況は変わる。赤が一定の徳や身分を示す記号になっているわけではない。色が目に関係を発見させ、動作がその関係の中の違いを示すのである。
中央には暗い地面が見え、その向こうを走る人々は明らかに小さい。こうした間隔によって、前景の身体が広場全体を塞いでいるのではないことが分かる。さらに奥でも剣は細い光を放ち、手や顔の一部は小さな色の点にまで縮まる。近くの接触は一つずつ見定められるが、遠くの人物は、一度には数え切れない人々の動きとして出来事を延長する。画面は、細かく観察できる個々の接触と、ひと目では把握し尽くせない広がりとを、ともに受け入れている。
建築が混乱を読みやすく支える
右側の大きな建物は落ち着いて見える。三つの暗い窓はほぼ等間隔に並び、その間の垂直線と、軒を横切る水平線が交わる。大きなアーチの闇は奥へ退いていく。空は灰色を帯びた青で、雲は厚い。建物の広い褐色の面は、前景の青、赤、黄に比べて抑えられている。これを初期ローマの広場の正確な復元と考えなくても、建築の働きは見て取れる。密集した身体に対し、身体と一緒には折れ曲がらない基準を与えているのだ。
一本の腕が水平線を斜めに横切ると、その傾きは明瞭になる。整然と並ぶ暗い窓の帯は、その下で高さを変える人々の頭と対照をなす。アーチの前を通る人物には、奥行きの中での位置が生まれる。建築は人物を描き終えた後の余白を埋めるだけではない。身体のまとまりがどのように読めるか、その仕組みに初めから関わっている。
この読みやすさは、色面内部の立体感にも支えられる。左の青いスカートは膝の上で明るくなり、腕に押さえられたところでは暗くなる。右の桃色の布は、ひだの稜線で白みを帯び、谷の部分では暗い赤になる。黄色い甲冑には、明暗によって胸や腹の起伏が与えられる。色を単なる平面的な識別記号として扱うと、つかむ力や圧力が布の見える形をどう変えているかを見失う。明るい面は身体を暗がりから前に出し、細い影は接し合う部分を分ける。カンヴァスの上に実際の立体があるわけではない。それでも、動作の接点は目でたどれるようになる。
この絵の幅は二メートルを少し超える。いくつもの身体を大きく展開しながら、姿勢全体から一本一本の指へと視線を切り替えられる大きさだ。メトロポリタン美術館の解説は、プッサンが小さな蝋人形と舞台のような装置を使い、構図を研究していたことに触れている。学術カタログでは、本作の人物を古代彫刻、ジャンボローニャの彫刻、ピエトロ・ダ・コルトーナの絵画に関連づけている。ここにある身体の表現は、古代からより新しい美術までを参照し、研究してつくられたものだ。同館の解説と学術カタログ これは姿勢の明瞭さを理解する助けになるが、描かれた一つ一つの行為を、そのまま称賛する理由にはならない。
プッサンの構成は、目を止め、比べ、戻って見直すことを可能にする。そうして長く見られるからこそ、同じ広場にある非対称な関係が見える。命令する者は高みに立ち、捕らえる者は支えを持ち、連れ去られる者は足場を失い、対抗する者は低い位置へ押し込まれている。形式上の秩序は、その違いを消さずに保つ。本稿がこの絵の力と考えるのは、違いを長いあいだ見つめられる状態にしておく、この働きである。同時に、それは見る側にも注意を求める。配置の巧みさに感心するあまり、配置された強制の行為を見落としてはならない。
補足の読み方:二つの判断を分けて考える
秦漢(Han Qin)は、SAE(Self-as-an-End)の『哲学の美』で、絡み合った問題を、区別を設けることで問い直せるようにすることを論じている。その区別自体も、修正の余地を残す。この考えを借りるなら、ここでは「画面の組み立てを理解する」と「描かれた行為を是認する」を、ひとまず別々に問うことができる。以下は現代の鑑賞者のための観察の練習であり、プッサンの意図を推定する根拠ではない。SAEの総論;『哲学の美』
左側の一群だけを選び、まず形について一文書いてみよう。たとえば、青い服が男の暗い胴の前に広がっている、と書く。次に同じ箇所を、動作が分かる正確な動詞で記述する。男の腕が女の腰を囲む。女のもう一方の手は、男から離れる方向へ伸びる。二つの記述を読み返して、最初の文にある感心が、後の文にある行為を無意識に省いていないか確かめる。さらに右前景を見る。男性の腕の動きをすべて「奪う」と呼んだとき、黄色い甲冑の男に対抗する腕は、その言い方の修正を求めないだろうか。区別の価値は、見ることをより正確にする点にある。
ただし、この二つを分ければ問題が終わるわけではない。つかむ動き、足場の喪失、逆方向へ伸びる身振りが明瞭に組み立てられているからこそ、私たちは暴力を見分けやすい。形式と描かれた行為を、画面の中で完全に切り離すことはできない。そこで次の問いは、より具体的になる。秩序はどこで強制を直視する助けとなり、どこで、行為より姿勢の美しさだけに目を向けさせるかもしれないのか。答えるには、絵の個々の箇所へ戻る必要がある。「名画」という呼び名も、道徳的な評価の一語も、その観察の代わりにはならない。
画像と資料について
観察には、メトロポリタン美術館が提供する4000 × 2973ピクセルの公式画像を使用した。全図はダウンロードしたファイルを変更せずに掲載しており、カンヴァスの細い縁と外側の黒い余白も含む。三点の部分図には切り抜きのみを施し、元の画素値とICCカラープロファイルを保持している。色調補正、鮮鋭化、修復、描き足しは行っていない。ただし、デジタル画像を表示する条件と、原画を見る条件とは異なる。
画像は同館のオープンアクセス方針によりCC0で提供されている。この扱いが美術館の研究解説文に自動的に及ぶわけではない。作品情報、二作品の識別、理論の出典は本文中のリンクと参考資料を参照。画像の技術情報は画像記録にまとめた。本稿の鑑賞上の判断は筆者のものであり、美術館の賛同や保証を示すものではない。