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NON DUBITO · 建築 · 西洋建築

ヴィラ・ロトンダ:一つの家が、四度外へ向き合う

二つの幅広い階段が別々の方向へ下り、その間から家の一角が見える。

この記事の内容
現在のヴィラ・ロトンダを斜め上空から見る。隣り合う二つのポルティコ、中央の低いドーム、周囲の敷地。
現在のヴィラ・ロトンダを斜め上空から見る。隣り合う二つのポルティコ、中央の低いドーム、周囲の敷地。 クレジット:引用元に撮影者の記載なし。 © Villa La Rotonda di Andrea Palladio。 出典・元画像。 転載許可は取得していません。公式の建築紹介・図版ページを見る ↗

二つの幅広い階段が別々の方向へ下り、その間から家の一角が見える。階段の上にはそれぞれ六本の柱が並び、三角形のペディメントを支えている。二つのポルティコの間で、淡い色の壁面が折れ、くっきりした垂直の稜線をつくる。さらに奥では屋根が丸く盛り上がり、同じように堂々とした二つの顔を一つにまとめている。

これはヴィラ・ロトンダの公式サイトに掲載された、斜め上空からの写真である。手前の二つのポルティコはほぼ同じくらい目を引き、一方を正面、他方を単なる側面とは呼びにくい。しかし、周囲の風景まで家に合わせて繰り返されているわけではない。左には開けた農地、右には密生した木々があり、遠くには家々が点在し、起伏する山の稜線が背景を横切る。公式写真を見る

ヴィラ・ロトンダでじっくり見たい食い違いはここにある。建築は外へ向き合う同じ姿勢を四度繰り返すが、外の世界は四つの同じ景色を用意してはいない。反復は場所ごとの差を消さず、むしろその差を比べられる位置を与えている。家は完結し、安定して見えると同時に、四方へと伸びている。

ヴィチェンツァ郊外のこの住宅は、パオロ・アルメリコの依頼でアンドレア・パッラーディオが設計した。工事は1560年代後半に始まり、1569年には居住可能になっていたが、完成にはまだ遠かった。1580年にパッラーディオが亡くなると、ヴィンチェンツォ・スカモッツィが関連工事を引き継ぎ、後にはカプラ家が建設と装飾を進めた。現在の建物には、そうした継続的な仕事の成果が含まれている。パッラーディオ博物館:建築資料

これはまず、居住、隠棲、社会的地位の表明を兼ねる郊外の邸宅だった。パッラーディオは『建築四書』でこれを宮邸の部に収めている。土地経営との関わりはあったものの、一般的な農園のヴィラのように、生産用の付属棟を主屋の両側に密接につないではいない。そのため主屋は独立した量塊として、周囲の土地に向き合うことができる。性急に「田園の農場邸宅」に分類するより、この点を理解するほうが目の前の建築に近づける。

一 階段が正面を地面へと広げる

まずドームから目を離し、手前の階段を見てみよう。

階段は柱の間に隠れた小さな通行設備ではない。ポルティコのほぼ全幅に広がり、両側の低い壁が外へ伸び、その端には彫像が立つ。地面と列柱の間で、重なる踏面が一枚の傾いた面をつくっている。垂直に立ち上がる家が、ここでは少し外へ、そして少し下へと進み出る。

正面からの構図では、柱とペディメントは古典建築の一つの図像として捉えられやすい。斜めからの写真では、その図像に厚みが現れる。列柱の背後には外壁があり、扉はさらに奥にあって、両者の間にポルティコの空間が残されている。階段が地面を柱の足元まで導き、列柱がその上昇を屋根の下へつなぐ。入口の荘重さは、古代神殿の形を借りることだけから生まれるのではない。扉に着くまでの空間が引き延ばされ、高く持ち上げられることからも生まれている。

公式サイトの別の近景写真は、この重なりを横から見せる。手前の柱身が奥の柱を隠す一方、側壁のアーチ状の開口がポルティコの奥行きを示している。画面の下部には低い位置の出入口や窓も見える。主階の足元は、中身を埋めただけの高い壇ではなく、地面とつながる下層階があるのだ。ポルティコ側面の公式写真を見る

ヴィラ・ロトンダのポルティコ側面。奥まった入口、側面のアーチ、下層の出入口が見える。
ヴィラ・ロトンダのポルティコ側面。奥まった入口、側面のアーチ、下層の出入口が見える。 クレジット:引用元に撮影者の記載なし。 © Villa La Rotonda di Andrea Palladio。 出典・元画像。 転載許可は取得していません。公式の建築紹介・図版ページを見る ↗

こうして同じ家に、地面との二通りの接し方が生まれる。幅広い階段は上へ向かい、主階への到着を際立たせる。低い開口は階段と主階の下へ通じ、別の用途を担う空間に属する。歴史資料では下層階はサービスのための階とされ、主階は居住と接客を担っていた。整然とした外観は、日常生活に必要な層の違いを消してはいない。

遠くから見ると、階段は家を基壇上の記念建造物のように見せる。一方、写真の細部に目を寄せると、それは地面と住宅を最も明確につなぐものでもある。持ち上げることと結びつけることが、同じ部材の上で起きている。

二 角を曲がると、堂々とした正面がまた現れる

多くの建築では、柱や装飾、階段を最も多く一つの面に集める。角を曲がると、窓列や壁面は続いていても、入口の重要性は次第に薄れていく。

ヴィラ・ロトンダが示す順序は違う。一つ角を曲がれば、また外へ張り出すポルティコがある。独自のペディメント、列柱、幅広い階段を備え、前のポルティコに自らの存在意義を説明してもらう必要がない。四方がほぼ等しい建築的な重みを与えられている。

ただし、外壁全体が切れ目のない列柱廊になっているわけではない。二つのポルティコの間には、窓を開け、主屋の屋根を支える、確かな壁の角が残っている。その角が両者を分け、一群の柱をそれぞれ独立した展開にしている。四つのポルティコを、家の周りをつなぐ回廊だと考えると、ここで重要な、繰り返し訪れる間合いを見失う。

斜めの空撮写真では、まさにこの壁の角が、二つの方向を同時に成立させている。左の階段は左下へ、右の階段は右下へ広がり、その間の壁面は立ったままである。目は二つの面を一つのまとまった量塊として捉えると同時に、それぞれが外へ向かう方向を別々に追うこともできる。

ペディメント上の彫像も、輪郭に切れ目をつくる。勾配屋根と水平なコーニスはもともと明瞭だが、その縁の上から人体の形が現れ、空を背景にした線を幾何学だけではないものにする。ポルティコの基本的な秩序を変えずに、反復する部材に異なる身振りの細部を添えている。

したがって、四面が呼応することは、箱に同じ模様を四枚貼りつけることではない。外へ張り出すポルティコと、その奥にとどまる主壁が交互に現れ、実体と空間がともに家の輪郭をつくっている。

三 中央が四つの経路をまとめ、その間に部屋が収まる

写真の横に、パッラーディオの1570年刊『建築四書』の図版を置くと、四面の関係がさらに明らかになる。ページ上半分は平面図、下半分は立面と断面を並べた図である。ニューヨークのメトロポリタン美術館が所蔵するこの図版は、建築家が公刊した案を示すものであり、現在の建物を一つ一つ実測した記録としては扱えない。1570年の図版を見る

パッラーディオ『建築四書』第2書19頁、1570年。上は平面、下は立面と断面を並置した、公刊された設計案。
パッラーディオ『建築四書』第2書19頁、1570年。上は平面、下は立面と断面を並置した、公刊された設計案。 クレジット:Andrea Palladio (author); Christoph Krieger and Johann Chrieger (illustrators); Dominico de’ Franceschi (publisher). The Metropolitan Museum of Art, Bequest of W. Gedney Beatty, 1941, 41.100.126-(2.19)。 出典・元画像。 画像のライセンス:CC0 1.0 Universal (public-domain image under The Met Open Access policy)。公式の建築紹介・図版ページを見る ↗

平面の中央には円形広間がある。四本の通路がそれぞれ外へ伸び、四つのポルティコに達し、その一番外側に階段が並ぶ。どの通路を内へたどっても、同じ円形広間に行き着く。別の通路を外へたどれば、家を出て別の方向へ向かう。

ここで中央の役割は、単にすべての部屋を周囲に配置することだけではない。四つの入口を互いに結びつける役割もある。一つの進入路は室内に入った後も、異なる方向へ向かう通路群の一部であり続ける。それぞれのポルティコの背後に、互いに無関係な広間を別々につくってはいない。

さらに詳しく見ると、四本の通路の間は空白ではない。長方形の部屋が主屋の角部を占め、その脇に小さな部屋が付いている。円形広間に近い厚みのある部分には階段も見える。部屋には外壁と窓、通路には外へ向かう軸線、中央には比較的大きな共用空間を確保する。それらの要求を一枚の平面図の中で解いている。

そのため「ロトンダ」、つまり円形広間に由来する名前は、誤解も招きやすい。これは丸い家に四つの入口を付けたものではない。円形広間は四角く整った住宅の主屋に埋め込まれ、正方形が残す角部に別種の空間が収まる。円と正方形の関係には、具体的な内容がある。一方は四方のつながりを組織し、他方は部屋、壁、窓を展開できるようにする。

また、四方向があることは、内部の寸法がすべて同じであることを意味しない。公式サイトの各階の説明は、広間へ至る四本の通路の幅が異なると明記している。四方向に同じくらい重要な出口を持たせるために、その途中の部屋をすべて回転させた複製にする必要はない。大きな秩序は繰り返しながら、内部には調整の余地が残されている。ヴィラ公式サイト:階と空間

四 屋根は共通の重心を与え、風景は方向ごとの差を残す

1570年の図版から空撮写真に戻ると、ドームの輪郭が違うことにすぐ気づく。図版のドームはより高く、現存する形は低くなだらかで、頂部には小さな採光塔(ランタン)もある。後の完成にはスカモッツィが関わっている。図の線を一本ずつ現在の建築にそのまま当てはめることも、屋根の頂部を空に完全に開いた円孔と考えることもできない。

今回の見方で、ドームの最も重要な働きは外部に現れる。四つのペディメントはそれぞれ外を向き、独自の頂点を持つ。その背後からドームが立ち上がり、四方向を再び一つの家にまとめる。それは五つ目のポルティコのように、もう一つの入口を指定するのではなく、外へ展開するいくつかの部分に共通の重心を与えている。

公式サイトの真上からの写真は、この関係を特にはっきりと写している。主屋の赤瓦の屋根はほぼ正方形で、その四辺からポルティコが伸び、中央の覆いは円形である。建築の輪郭だけを追うと、周囲の環境も同じように中心の周りに整然と並ぶはずだと、つい予想したくなる。真上からの写真を見る

現在のヴィラ・ロトンダの真上からの航空写真。四方向のポルティコと不規則な庭の配置。
現在のヴィラ・ロトンダの真上からの航空写真。四方向のポルティコと不規則な庭の配置。 クレジット:引用元に撮影者の記載なし。 © Villa La Rotonda di Andrea Palladio。 出典・元画像。 転載許可は取得していません。公式の建築紹介・図版ページを見る ↗

しかし、軒の外へ視線を移すと、その予想はたちまち変化に出会う。写真の左側には長めの低い壁と、乾いて黄ばんだような地面がある。右側と下方には形の異なる芝生、花壇、道があり、上方では木々が間近まで迫る。屋根の四方向の秩序は明瞭だが、庭は同じ十字形を拡大したものにはなっていない。

この写真が記録しているのは現在の敷地である。樹木、道、植栽の配置は変化を経ており、一つ一つをパッラーディオの計画だとは言えない。それでも、この家が向き合い続ける関係は十分に見て取れる。対応し合う建築の形が、対応し合わない環境の中に置かれているのである。

ポルティコが似ているからこそ、外に向かったときの違いを比較しやすい。柱と階段は繰り返し現れる近景をつくり、遠景には木、農地、あるいは別の地形が広がる。建築は四方の世界を一枚の同じ絵にはしなかった。世界に向き合う位置を、四度、丁寧につくったのだ。

こうしてヴィラ・ロトンダのまとまりは、「左右対称」よりも豊かな意味を持つ。中央と外部、持ち上げることと地面に接すること、反復と差異が互いに関わる。自らの輪郭を明瞭に組織するほど、周囲の土地の不規則さをならす必要がなくなる。

最初の写真の二つの階段にも、もう一つの意味が現れる。中心にまとまった独立した家が、同時に両側へ伸びることを可能にする。整然としているために敷地から退くのではない。整然としているからこそ、明確な姿勢で、繰り返し敷地に接することができる。

任意の補助読書|反復はどこまで続くのか

Han Qinの「どちらの答えも正しい。なぜこちらは美しいのか?」(英語エッセイ)は、数学の美を論じながら、結果を得ることと、その結果を成り立たせる関係を見通すことを区別している。文中の、数を対にして足す手順をもう一度たどる価値は、数字を整然と並べるだけでなく、変化の中で変わらないものを明らかにする点にある。

この違いを手がかりに、ヴィラ・ロトンダの平面をもう一度見てみよう。まず、ごく単純な関係だけを取り出す。中央に一つの円、そこから四辺のポルティコへ通じる四本の軸線。中心の周りに四分の一回転させると、四方向は位置を交換するが、この関係は変わらない。半回転でも同じである。散在する四つの入口を覚えるのではなく、ある位置と別の位置がどのように対応するのかを見る。

次に、細部を一層ずつ戻していく。通路ごとの幅、長方形の部屋の向き、階段の位置、最後に家の外の道と木々。先ほどの回転の関係は、これらすべてが一対一で重なることまで自動的に保証しない。一層加えるたびに、自分が何を比較しているのかを改めて明らかにする必要がある。

SAE(Self-as-an-End)がいう数学の美は、ここに範囲を定めた確かめ方を加える。「とても対称的に見える」を、自分でやり直せる関係へと展開し、それがどの層で成り立つのかを見るのである。そうすれば、建築の明快さを大切にしながら、同じ規則に回収されない違いも残せる。空撮写真に戻ると、四つのポルティコは変わらず呼応し合い、家の周囲の世界は、より具体的に見えてくる。


図版と資料

本稿はヴィラ公式サイトの現状写真三点と、メトロポリタン美術館所蔵の1570年の図版を詳しく読むものであり、現地訪問の記録ではない。空撮は量塊と敷地の比較に用いており、地上の人が見る視点を表すものではない。歴史的図版は、公刊された案を理解するために用いた。

参考資料(英語)

English

The Palladio Museum records design in 1566–1567 and construction in 1567–1605. The villa was habitable but unfinished in 1569. Published plans, the built dome and later decoration must be distinguished.

The linked institutional records provide historical and material context. Interpretive comparisons belong to the essay and are not claims about an architect’s unrecorded intentions.

1. www.villalarotonda.it

2. mediateca.palladiomuseum.org

3. www.villalarotonda.it

4. www.metmuseum.org

5. www.villalarotonda.it

6. www.villalarotonda.it

7. nondubito.net

8. www.vicenzavillepalladio.it

画像の出典と利用条件(英語)

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