『3月のライオン』を読む
引き取られた子に、口にされない条件があったこと。わざと負けた一局があったこと。そこから始まる五篇で、何も求めない家、いじめられた子の隣に立つ代価、そして将棋は零自身のものになったのかという問いを読む。
『3月のライオン』は、食卓、対局、学校の廊下、家賃、そして自分がここにいてよい理由をひそかに数える子どもの動作から、決定的な倫理の構造を描き出す。悪人が零の子ども時代を設計したわけではない。善意が、あまりに狭い一本の価値の軸に沿って動くことで、傷が生まれる。
この五篇は主にアニメ第1期・第2期を読み、必要に応じて原作漫画を参照する。川本家を、すべてを癒やす万能の薬としては描かない。誰かを支える営みは本物であり、それぞれの重荷も残る。一つの関係に、すべての傷を解決させようとはしない。第2期までの内容に触れる。
- 1 / 5引き取られることには、口にされない条件があった十歳の男の子が、ある家の戸口に立っている。 事故で家族を亡くした。父も、母も、妹も。残ったのは彼ひとりだった。 親戚が集まり、この子を誰が引き取るのかを話し合う。作品はその場面を映している。大人たちが座り、本人の目の前で、どこへ送るかを相談している。怒鳴る者はいない。ひどい言葉を浴びせる者もいない。ただ、処理しなければならない案件を処理している。その案件が、彼だった。
- 2 / 5零はわざと負けた。二人は気づかなかった幸田家には、実の子どもが二人いる。 長女の香子と、長男の歩。 零を内弟子に迎えた幸田は、この二人も弟子として育てていた。同じ屋根の下で、三人の子が同じことを学ぶ。同じ人に教わり、同じ物差しで測られる。 見たところ、公平な仕組みだ。三人に同じ機会があり、師匠は分け隔てをしない。強い子は、強い。 ただ、零の才能は二人をはるかに上回っていた。
- 3 / 5何も求めない道端に倒れている若者を、一人の女性が見つける。 抱き起こして家に連れ帰り、温かいものを飲ませ、ひと晩寝かせた。翌朝には、ご飯を作った。 川本あかりという人だ。そのときは、目の前の若者が何者なのかを知らなかった。プロ棋士であることも、金を持っていることも、才能があることも。 この篇では、その家について書く。
- 4 / 5彼女はその場所に立ったある女の子が、学校に来なくなった。 佐倉ちほ。川本ひなたのクラスメイトだ。同じクラスの数人に目をつけられ、しばらく耐えていたが、やがて来られなくなった。 ひなたは、その子の隣に立った。 すると、今度はひなたが同じことをされるようになった。
- 5 / 5それは、彼自身のものなのか十歳の子どもが、すべてを失ったあと、ある家の決まりを読み取った。そして、自分の手にあった、たった一つのものを差し出した。 そのことで、住む場所を得た。 九年後、十九歳になった彼は、プロ棋士として、ひとりで暮らし、同じ将棋を指している。 この篇で考えるのは、この物語の本当の問いだ。将棋は、彼自身のものなのか。