この版について
この版について:中国語原文をもとに、日本語の読者に向けて独立に書き起こした。原文のページでは簡体字と繁体字を切り替えられる。本文中の発言や心中の言葉も原文に基づく意訳であり、公式の台詞・字幕の引用ではない。主にアニメ第1期・第2期を扱う。
十歳の子どもが、すべてを失ったあと、ある家の決まりを読み取った。そして、自分の手にあった、たった一つのものを差し出した。
そのことで、住む場所を得た。
九年後、十九歳になった彼は、プロ棋士として、ひとりで暮らし、同じ将棋を指している。
この篇で考えるのは、この物語の本当の問いだ。将棋は、彼自身のものなのか。
なぜ、この問いが残るのか
まず、これは言いがかりでも、理屈遊びでもないと確かめておきたい。
零がこの道に入った経緯は、前の四篇でたどってきた。強制されず、求められず、条件を突きつけられたこともない。ここに置いてもらえる理由はこれだと自分で割り出し、自分から差し出した。
けれど、自分で割り出したものと、自分で欲しかったものとは、別だ。
逃げ道のないところで下した選択は、冷静で、正しく、本人が下した選択でもありうる。それでも、ほかに行ける道があったなら下したはずの選択とは、違うのだ。
さらに厄介なのは、本人にも確かめようがないことだ。
十歳に戻り、別の家に引き取られて、その自分が何をするかを見ることはできない。比較のためのもう一人は、どこにもいない。本当に将棋が好きなのかと自問しても、答えが出せない。将棋を通さずに自分を知った、別の自分を参照できないからだ。
だから、問いは宙に浮いたままになる。自分をそこに置いてもらうためにしてきたことを、自分は本当に欲しているのか。
作品は、四十四話のあいだ、それを宙に置き続けた。
三人を並べる
零の周囲には、この問いに、それぞれ別の答えを示す三人がいる。
二海堂晴信。
零の対戦相手で、自称、永遠のライバル。幼いころから腎臓を病み、健康上の不安がつきまとっている。いつ何が起きるかわからず、長年仕えてきた執事が、そばを離れず世話をする。裕福な家の出身だ。
将棋を指さなくてよい理由なら、いくらでもある。体が許さない。家の暮らしにも必要がない。もっと楽な生き方をしても、何も困らない。
誰かに、この役目を割り当てられたわけでもない。
それでも指す。誰よりも激しく指す。
作品は、彼の体を容赦なく映す。体調の悪さ、入院、そばで気をもむ執事を、繰り返し見せる。病気を、悲しみを盛り上げるための仕掛けにはしない。毎日そこにある、具体的な制約として描く。
その制約の中で、この人は、生きていくためには何の役にも立たないことへ、すべての力を注いでいる。
幸田香子。
彼女からは、それが取り上げられた。欲しかった。届かなかった。そして父が代わりに決め、その道から彼女を下ろした。
そのあと香子がしていること。派遣で働くこと、妻のいる男と離れられない関係を続けること、深夜に零の部屋へ押しかけ、物を壊し、散らかして去ること。作品は、それを、将棋を失ったから悪くなったのだと説明しない。ただ、映す。
あることから下ろされたあと、その場所には空白が残る。香子はそこへ、ほかのものを入れられずにいる。
あとからつかんだもの、あの関係、あの夜の数々は、形だけ見れば、穴に何かを詰め込む動きによく似ている。作品は、それが埋め合わせなのかを言わない。いつか埋められるのかどうかも、言わない。
ただ、彼女をそのままにしておく。
島田開。
名人の宗谷と同い年だ。追いつけないほどの差がついている。それでも諦めず、少しずつ上へ進む。
おそらく追いつけないと、本人もよくわかっている。なお、進んでいる。
三人に零を加えると、同じ問いの四つのあり方になる。誰にも命じられずに続ける人。取り上げられた人。届かなくても追い続ける人。そして、住む場所と引き換えに差し出した人。
作品は、一つの物語に彼らを置く。順位はつけない。
宗谷
もう一人いる。作品は、その人をいちばん遠くに置いている。
名人、宗谷冬司。その世界の頂点にいて、ほとんどのタイトルを手にしている。
だが、その人のあり方には、少し怖いところがある。人間まるごと将棋の中に入っていて、外に残っている部分は、ほとんど存在しないほど薄い。
よいことなのか、よくないことなのか。作品は言わない。宗谷に孤独についての独白をさせることも、救いに来る誰かを用意することもない。ただ、そこにいさせる。
一つのことを頂点までやりきった人は、どんな姿をしているのか。この作品が返す答えは、何とも言えない、だ。
将棋の外に、いくつかのものができた
零に戻ろう。
この数年で、彼の暮らしに何が増えたかを見たい。
ご飯を食べに行ける家ができた。その家の人たちは、彼の将棋を知らず、気にもしていない。
対戦相手であり、友人でもある人ができた。一緒に研究し、一緒に食べ、順位とは関係のないことも一緒にしようと、彼を引っ張り出す人だ。
困ったときに相談に行ける、以前の担任がいる。その人がくれる助言は、将棋とは関係がない。
高校に入った。それは自分で決めたことだった。
将棋とはまったく関係のないことのために、初めてあれほどの勢いで一局を指した。
ひなたは高校受験で、零の通う学校を目指した。試験当日の朝、迎えに行ったのは零だった。二人で試験会場へ向かった。
第2期の最後の画面には、春の光の中、学校へ歩いていく二つの影がある。
作品が答えなかった問い
これで、この連作を閉じるところまで来た。
将棋は彼自身のものなのか。作品は、最初から最後まで、その問いに答えていない。
なぜ指すのか、やっとわかった、と零が宣言する回はない。ほかの誰かが、もう解決したと代わりに告げることもない。将棋を離れて別のことを試し、もう一度戻ってくることさえない。そういう戻り方なら、一つの答えになったはずだ。
作品がするのは、別のことだ。零に指し続けさせる。
しかも、指し方に、少しずつ零らしさが現れてくる。自分の棋風が見え始める。具体的なことのために指し始める。負けたあとの痛みも、自分を丸ごと否定する漠然としたものから、何が悔しいのかわかる痛みに変わる。
どれも小さな変化で、宣言されることは一つもない。
誰かに置いてもらう必要がなくなっても、零は指している。何も求めない家ができてからも、指している。将棋と関係のない、もっと差し迫った用事ができたときには、将棋を指すことで、それに取り組む。
どれも事実だ。その事実が何を意味するのかは、作品は言わない。
かつて差し出したものが、そのあとも、その人の手にある。いつからそれが彼自身のものになったのか、そもそも彼自身のものになったことがあるのか――
この文には、続きがない。
二つの画面
最後に、二つを並べる。そのあいだには、何も書き足さない。
一つ目。家族を全員亡くした十歳の子が、知らない家の中に立っている。その家の決まりを見抜き、手元にある、たった一つのものを差し出す。そうしているとき、そばには誰もいない。何をしているのか、誰も知らない。
二つ目。十九歳の人が、試験を受ける女の子を朝、迎えに行く。そして二人は、春の光の中を、学校へ向かって歩いていく。
二つのあいだには、九年と、四十四話と、解決されないままのいくつものことがある。妻のいる男との関係から離れられない娘。部屋に閉じこもったままの息子。転校しても、同年代の女の子をまだ恐れている女の子。夜になると、もう一つの仕事へ出かける二十三歳の姉。
作品は、そのどれも解決していない。ただ、それらを、学校へ向かう二つの影と並べて置いている。