第二次世界大戦と人間の目的
第二次世界大戦と、人を目的として扱うこと
ヴァイマルの崩壊からベルリンの壁、その後の開放性まで
1918年、コンピエーニュの森に置かれた一両の客車で休戦協定が結ばれた。1961年、ベルリンには人の退出を止める壁が築かれ、1989年、その壁の検問所を市民が歩いて越えた。五篇は、この七十年余りを制度と人間の関係から読む。
焦点は、どの国民が善く、どの国民が悪かったかではない。国家、軍、党、市場、国際機関が何を最終目的に据え、個々の生をどこまで交換可能な資源として扱ったか、また異議と訂正の回路を残したかである。
制度の裂け目は、それだけで正義を保証しない。しかし情報、反対、退出、責任追及が通れる裂け目がなければ、誤りは制度自身の言葉で正当化され続ける。人を目的として扱うとは、その裂け目を具体的な場面で使い、守り、広げる営みである。
- 全5篇・第1篇文明社会はいかに崩れたか――ヴァイマルの十五年休戦、賠償、ハイパーインフレ、大恐慌、ナチ党の伸長をたどり、人が目的として扱われない感覚が、排他的な帰属によってどう利用されたかを考える。
- 全5篇・第2篇制度が自分自身を目的にするときラインラント、国際連盟、ミュンヘン、ヴァイマル憲法を通じ、制度の存続と人の保護が衝突する局面を、後知恵の断罪ではなく構造として読む。
- 全5篇・第3篇四つのシステム、四つの手段化ナチ体制、スターリン期ソ連、日本の天皇制国家、英米の戦時体制を、被害を等量化せずに比較し、異議・責任・訂正の回路がもたらす差を考える。
- 全5篇・第4篇廃墟の上に書かれた約束ニュルンベルク裁判、東京裁判、世界人権宣言、国際連合、復興と核抑止を通じ、戦後秩序が「人は目的」と記した突破と選択性を同時に読む。
- 全5篇・第5篇裂け目と光――開放系はいかに誤りを正すかベルリンの壁、ソ連圏の改革、米国の危機、1989年以後をたどり、開放性を勝者の属性ではなく、誤りを修正するために使い続ける回路として捉える。