009 / 108 · 自分になる
イエス、橋に釘づけにされた人
石を持つ手、眠る友人、十字架からの祈り。傷つけられている最中にも、相手をその行為だけに閉じ込めないということ。
一 大工
イエス自身が書いた本は、私たちのもとに伝わっていない。
このシリーズは、すでに何度もそうした空席に出会った。ソクラテスにはプラトンらを通して近づき、孔子には死後に編まれた『論語』を通して近づく。司馬遷の物語では、老子は関所で文章を残し、去ってゆく。仏陀の教えは、長い口承と編集の道を通って届いた。一人がいなくなり、残る人たちがその声を引き受ける。
イエスもまた、受け継がれた言葉の中から現れる。四つの福音書が書かれたのは死後数十年を経てからであり、それぞれに材料の選び方、配し方がある。さらに早いパウロの手紙は、すでにその死と復活を語っている。これらの文章を迂回して、ガリラヤの道端へ直接聞きに行く道はない。
歴史研究はこの証言群から一世紀のユダヤ人を知ろうとし、キリスト者はそこにキリストを認める。歴史的な問いと信仰告白は別の仕事だが、研究者と信徒が必ず敵味方に分かれるわけではない。本篇が主に読むのは、伝わった場面である。人がどう他者に接し、どう恐れ、自分を殺す者とどう向き合うか。
彼はガリラヤから来て、ポンティオ・ピラトゥスのもとでローマの権力により十字架刑に処された。これは歴史研究で比較的堅い輪郭である。しかし、その内側の一つひとつの発言や動作までが、同じ確かさを持つわけではない。
十字架は名誉ある死に方ではなかった。罰し、辱め、見せしめにするための刑罰である。その死をめぐって救いが告げられたことには、説明を要する緊張がある。だからこそ読まれるべきだが、その緊張がすべての細部へ史実の印を押してくれるわけではない。
マルコは彼を大工と呼び、マタイは大工の息子と呼ぶ。元のギリシア語は職人一般を指すこともできる。特定の作業場まで描き込む必要はない。名の上に築かれた大きなドームをひとまず外し、家族と故郷を持ち、日々の仕事に接していた人を見ればよい。
ナザレ。ヨハネの福音書でその名を聞いたナタナエルは、あそこから何かよいものが出るのかと尋ねる。本人が来るより先に、出身地が値札をつけてしまう。
ルカによれば、公の活動を始めたのはおよそ三十歳。よく言われる三年間という期間は、主としてヨハネに出てくる祭りを手がかりにした推定であり、正確に測定された長さではない。それでも一生をかけた講学と比べれば、時間は短い。
ソクラテスの街角、孔子の旅、仏陀の伝承にある数十年の教化。そのあとで、ここだけ時間が急に縮まる。
わずかな年月。まだ声が語り終えないうちに、刑具が待っている。
二 鑿
このシリーズの比喩を借りれば、イエスもまた鑿を入れる。
ソクラテスは、正義を知っていると思うのなら調べてみよう、と問う。イエスの多くの対決では、問いが少し違う。義務を果たしたつもりなのか。それでは、目の前のこの人はどうなるのか。
ユダヤの伝統の外から一つの民族に失敗を宣告する人ではない。イエス自身がユダヤ人であり、聖書を用い、神への忠実さをめぐって伝統の内側で論じる。正義のない礼拝を預言者たちはすでに批判していた。慈悲を知らない世界へ、初めて外から刃が届いたのではない。
安息日は人のためにあるのであって、人が安息日のためにあるのではない。マルコは、弟子たちの空腹のそばにこの論争を置く。生のために場所をつくる規則が、反対に、生を規則へ明け渡せと迫ることがある。
人と道具の位置が逆転したところで、この言葉は人を手前に戻す。本篇はそこに、人を目的として扱うこととの響き合いを聞く。響き合うからといって、二つの思想が同一になるのではない。
マタイの杯と皿も具体的だ。外側は磨かれているのに、内側には貪欲が残る。人に見える面を輝かせながら、見たくないものを隠すことはできる。敬虔が、展示できる外観になる。
そして、まだ投げられていない石がある。
のちにヨハネの福音書へ伝わった姦通を責められる女性の物語では、罪のない者がまず投げよ、と言われる。この箇所の写本史は複雑で、復元可能な最初期のヨハネ本文と同じ確かさでは扱えない。それでもキリスト教の中で大きな影響を持った物語として、その動きは明瞭だ。石を握る人々が自分を振り返らされ、中央の女性が一瞬、処理を待つ案件だけではなくなる。
すべての判断をやめよという話ではない。裁判官は完全無欠になるまで裁いてはならない、という制度の提案でもない。自分たちだけは問い返されない位置に立ち、他の一人を保護の外へ追い出す集団の身振りが、突かれている。
廃するためでなく、成就するため。この文章群では、虚偽を暴くことと忠実であることが同時に起こる。見せかけを割ることは、伝統を丸ごと捨てることとは限らない。大切にすると言っていたものへ、もう一度責任を負わせることでもある。
ここで選んだ場面では、ソクラテスは一つの答えを立てなくし、空地に問いを残す。イエスもまた答えを崩す。だがそのあとで、聞く者が引き受けなければならないものを、さらに差し出す。
三 差し出すもの
敵を愛しなさい。
マタイには、迫害する者のために祈ること、打たれても同じ暴力で返さないこと、自分にしてほしいことを他人にすることも語られる。それぞれが、慣れた勘定帳を止める。相手がまずよくしてくれたら、こちらもよくする、という帳簿を。
隣人への愛は、すでに『レビ記』にある。敵を助けることも、イエス以前には誰も考えなかったことではない。『出エジプト記』は敵の迷った家畜を返すよう求め、『箴言』は飢えた敵に食べさせるよう求める。イエスはこの土から語り、その要求を目の前の一人へ鋭く近づける。
最も愛しにくいのは、知らない人とは限らない。すでにこちらを傷つけ、また傷つけようとする人かもしれない。それでもその人を、敵という一語だけで言い尽くしてよいのか。
この読みでは、隣人と敵のあいだに引きやすい線が、道徳的な思考を代行してくれなくなる。愛は所属、親しさ、お返しの水路だけを流れるのではない。
本篇がそこに聞くのは、こういうことだ。敵もなお一人の人である。消去すべき物へ何も損なわずに圧縮することはできない。
人間性を常に同時に目的として扱い、単なる手段としては扱わないというカントの要求は、この言葉と照らし合える。だがイエスが十八世紀の倫理学を先取りして講義しているのではない。福音書の理由は別の言語で語られる。父は善人にも悪人にも日を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせる。
理由を示していないのではない。同じ雨を見上げてから、自分が人を分けた名簿をもう一度見よ、と促している。
この愛は、侵害を続けさせることと同じではない。すべての被害者に和解や保護の撤回を求めるものでもない。人の地位を認めること、行為を止めること、関係を続けるか決めることは別の問いである。怒りは、その人の人間としての資格を取り消さなくてもよい。
そう口にすることと、傷が自分の身体へ届いた時にも手放さないこととは違う。
次に、その言葉が語った人自身へ戻ってくる。
四 ゲツセマネ
捕らえられる前に、一つの夜がある。
ゲツセマネ。イエスはペトロ、ヤコブ、ヨハネを連れて入る。マルコは、驚き恐れ、耐えがたいほど悲しむ姿を記す。彼らに目を覚ましているよう頼み、自分は少し先へ行く。
距離はわずかだ。孤独はわずかではない。友人は届く所にいるのに、苦しみを分け持つことはできない。
地に伏して祈る。この杯が自分から過ぎ去るように。そしてもう一つの動きが続く。自分の望みではなく、父の望みがなされるように。
マルコでは祈りと帰還が交互に来る。戻ると弟子たちは眠っている。また離れて祈り、戻っても眠っている。三度目に戻るころ、捕縛が迫る。マタイは三度の祈りをより明示的に描く。反復は飾りではない。恐怖が戻れば、決意の言葉も言い直さねばならないことがある。
喝采を待つ、恐れ知らずの英雄ではない。この場面の彼は生きたいのだ。
四つの福音書は、この夜を交換可能な同じ絵にはしない。ふつう最も早いと考えられるマルコは恐れを残す。マタイは葛藤を残しつつ、従うことの律動を展開する。
ルカの写本伝承には、天使が力を添え、汗が血の滴のようになったという著名な二節がある。古い写本の証言は一致しない。その来歴をどう判断しても、四書の細部をつないで一秒ごとの映像にしてよいことにはならない。
ヨハネの捕縛場面では、イエスが前へ出て、誰を探すのかと問う。答えを聞いた一団は後ずさりして倒れる。彼は弟子たちを去らせるよう求め、父から与えられた杯を受けると語る。自ら引き受ける姿へ重心が置かれる。
しかしヨハネも不安をすべて消したわけではない。それ以前の第十二章で、心が騒ぐこと、この時から救ってほしいと父に願うかどうかを語らせている。記述の違いを、後代ほど恐怖をすっかり削った、という一直線の話にしてはならない。
本篇はしばらくマルコの園にとどまる。最も体面の悪い話が必ず史実だからではない。そこでは引き受けることが、恐怖の消滅を条件としないからだ。
身体は生きたい。死が近づく。祈りは、その二つを存在しないことにしない。
私の望むままではなく。福音書自身の言葉では父への服従であり、そのまま近代的な自律立法へ置き換えられない。本篇が見ようとするのは、恐れが現実にある中で、人が深く信じる方向へなお責任を負うという葛藤である。
ソクラテスが逃亡を拒んだ物語と並べて読めるが、同じ選択ではない。どちらも、迫害されるすべての人にとどまれと要求するものではない。危険から逃れることは、尊厳を手放すことではない。
友人は眠り、祈りは続く。そして武器を持った人々が来る。
彼は連れ去られる。夜はまだ終わっていない。
五 十字架
ローマの兵士たちが彼を十字架にかける。
マルコは第三時から第九時までを記す。通常なら午前九時から午後三時に当たるが、他の福音書の時刻の組み方は同じではない。私たちは刑罰の長さを読める。釘が身体のどこへ入ったかまで、精密な診療記録を補う必要はない。
身体が木に固定され、群衆の視線へさらされる。嘲りも説明を加える。他人を救えるというのに、なぜ自分は救えない。痛みに加えて、その人のすべてを失敗という意味へ閉じ込める目がある。
マルコとマタイは見捨てられた叫びを伝える。わが神、なぜ私をお見捨てになったのか。
『詩編』第二十二編の冒頭である。その詩はのちに賛美と救いの確認へ向かうが、だから冒頭の苦痛が偽物になるのではない。引用に最終的な信頼を聞く人も、まず棄却の深さを聞く人もいる。結末を使って、いま叫んでいる口を急いで塞がないようにしよう。
死にゆく人が、なお神へ呼びかける。痛みを否認せず、いないように見える相手へ語ることもやめない。
ルカの伝承には、もう一つの声が残る。父よ、彼らを赦してください。彼らは自分が何をしているのか知らない。
この言葉を欠く古い写本もある。本篇が残すのは、キリスト教の中で長く聞かれてきた声としてであり、十字架上の確定した録音としてではない。
いま自分を殺している人々のための祈り。
『パイドン』のソクラテスは静かにするよう求め、医神への雄鶏一羽の借りを思い出させる。仏陀の入滅の物語は、つくられたものの壊れやすさと怠らぬ実践を残る人へ告げる。孔子は顔回の死に、天が自分を滅ぼすと泣く。それぞれが違う所に重みを置く。許される感情の順位表ではない。
ルカの言葉は、苦しむ人から苦しめる人へ視線を戻す。殺すことが正しいとは言わない。罪と傷があるからこそ、赦しを求める言葉に重さがある。
知らないことは、自動的に無罪を意味しない。制度が人の仕事を命令の執行にすぎないと呼んでも、釘づけの身体はその分楽にはならない。責任を追及しながら、加害者を永遠にその一行為だけと決めつけないことはできる。
敵への愛が、最も重い問いに出会う。相手はまだ悔いていない。暴力も続いている。それでも、その人が現在の行為だけではないと見られるか。
この応答を被害者に代わって決められる者はいない。黙って耐えれば合格という道徳試験に変えた瞬間、苦しむ人はまた他人の道具になる。
物語が差し出すのは、苦痛の中で与えられたものである。傍観者がその贈り物を取り立てる権利ではない。
六 パウロ
イエスは死ぬ。
受難の物語では弟子たちが逃げ、ペトロが彼を否む。そのあと復活の告知が人々を再び集める。『コリントの信徒への手紙一』第十五章で、パウロは受け取ったという信仰を伝える。キリストは死に、葬られ、三日目に復活し、人々に現れた。五百人以上に現れたことも、その列挙に含まれる。
福音書はそれぞれの仕方で空の墓と出会いを語る。証言には違いがある。本篇は復活の信仰宣告に判決を出さない。問うのは、師を失った人々がどう続けるかである。
言葉を伝え、集まって食べ、その意味を争う。面と向かって聞き直すことのできない人が、多くの解釈の中で生き始める。
この遺産に形を与えた最も重要な人の一人が、パウロである。
彼はガリラヤをイエスと歩いた弟子ではない。現存資料からは、生前の面識を確立できない。自らは教会を迫害していたが、キリストの啓示を受けたと語る。後の『使徒言行録』は、その転換をダマスコへの道の出会いとして描く。本人の手紙と後代の叙述は、別々に聞く必要がある。
一般に本人の作と認められる手紙は一世紀半ばごろに書かれ、現存福音書に先立つ。キリスト者の共同体が自分たちを長く説明する最初の声に、すでに彼がいる。
十字架と復活は、彼が繰り返し戻る中心である。しかし宛先にいるのは生活から離れて浮遊する魂ではない。結婚し、食べ、争い、党派をつくる人々だ。同じ食卓で金持ちは先に食べ、貧しい人は空腹のまま残される。手紙はその現実へ答えなければならない。
結婚について主の教えを引き、共に食べることについて最後の食事の伝承を渡す。迫害する者を祝福し、悪に悪を返さず、敵が飢えていれば食べさせよとも求める。『ガラテヤ』では信仰と愛は別々の線路ではない。信仰は愛を通して働く。
イエスは生き方を教えたのに、パウロが生をすべて死についての公式へ取り替えた、という対比では、この歴史を誠実に語れない。
変化はもっと複雑だ。イエスの物語、ユダヤの聖書、十字架と復活への信仰が、新しい状況へ広がる解釈の中に入る。人が義とされるとは何か。異邦人はどう加わるか。違う習慣に育った人々が同じ食卓に着けるか。
パウロは、異邦人が加わる条件として割礼を課すことに反対する。それは運動の広がりを変える。だが一人が一日のうちにユダヤ教をキリスト教へ作り替えたということではない。異なる集団の境界は、他の宣教者や共同体も関わる長い過程で形づくられる。
ウィリアム・ヴレーデは彼をキリスト教の第二の創始者と呼んだ。この論争的な名称は構築の力を捉える一方、本人が受け取り、渡したと強調する継承を隠しかねない。
このシリーズの比喩では、パウロをプラトンの隣に置ける。後から来た人が師の遺産に新しい形を与える。ただしプラトンは対話を、パウロは主に特定の共同体への手紙を書く。どちらも師を裏切る建築家という一語には縮まらない。
イエスのたとえ、命令、行動にはすでにそれぞれの秩序がある。パウロも人の事情から浮いた体系ではない。建てるか否かが問題なのではない。建てたものの中で、目の前の人がなお見えるかが問題なのだ。
もしイエスがパウロを聞いたなら、どの言葉を肯定し、どこを問い返すだろう。代わりに答えることはできない。答えの用意されていないこの場所に、継承の責任がある。
七 またしても
『韓非子』は儒家が八つに分かれたと書く。プラトン以後の学園も新たな分岐へ進む。仏教諸部の成立にも長く複雑な歴史がある。
同じ遺産を受け取っても、相続人が皆同じ家を建てるわけではない。
パウロ自身の手紙が、亀裂を食卓に載せている。『ガラテヤ』にはアンティオキアでのペトロとの衝突がある。ペトロは異邦人と食事していたのに、後で身を引いた。割礼、帰属、律法が大きな背景にある。それでも目の前の問いは日常そのものだ。これからも一緒に食べるのか。
『ヤコブの手紙』は行いを欠く信仰は死んだものだと強調し、パウロは律法の行いによって義とされるのではないと強調する。両者の関係は今も論じられる。二つの書簡を、パウロと歴史上のヤコブが対面で怒鳴り合った録音に変えてはならない。
325年のニカイア公会議は、キリストが何者であるかなどの争点を共通の信条によって扱おうとした。イエスの死からほぼ三世紀が過ぎている。その会議で対立がすべて終わったわけでもない。
東西教会の隔たりは長期にわたって進み、1054年が分裂の慣用的な目印となる。十六世紀の宗教改革はさらに道を開く。政治、言語、信仰の事情はそれぞれ違う。師の死の直後に同じ出来事が何度も起きたのではない。
それでも異なる歴史の中で、ある問いは戻ってくる。師が不在になった時、何が師への忠実さなのかを誰が決めるのか。
原文の保存だけでは足りない。言葉は新しい町、新しい言語、新しい苦境へ運ばれる。解釈も、共同生活の規則も、制度も、遺産を大切にするために必要な仕事になりうる。
同時に、それらは戸口を狭めもする。かつて隣人へ目を向けさせた教えが、まず隣人の所属証明を調べる要求になることはないか。
イエスは愛だけを求め、パウロは信だけを求めたという二者択一ではない。パウロの信仰も愛へ要求を突きつける。どんな忠実な解釈も、現実の人々のあいだでその要求を生かせるかが試される。
解釈なしには言葉は遠くへ届きにくい。解釈を満たしすぎれば、聞く者を一度立ち止まらせた瞬間が、厳重に包まれて取り出せなくなる。
パウロはガリラヤの声を、都市をまたぐ手紙と共同体へ運ぶ。その変形には創造も選択もある。彼がいなければ何も残らなかったとは断言できず、彼の仕事が遺産を変えなかったふりもできない。
伝えることは、損失のない輸送ではない。後の読者に問い返され続ける仕事である。
八 橋に釘づけにされた人
ここでシリーズの幾人かを、同じ想像の風景に置いてみよう。
ソクラテスは牢で毒を飲む。孔子は自分を知る天へ目を向ける。老子は伝説の関を抜けて去る。荘子の物語では、涙が盆を打つ音へ変わる。
カントの最後の飲み物のそばには、Es ist gutという言葉がある。病がニーチェの執筆を中断するが、生はなお続く。陽明の年譜は心の明るさで終わる。仏陀の入滅の物語は、怠らぬようにとの託しを残る人々へ渡す。
誰がより勇敢で、より超然としていたかの順位ではない。恐怖も悲嘆も病も、人の目的としての地位を軽くしない。
この風景で、イエスは釘づけにされている。
刑罰を科したのはローマの権力である。ソクラテスも国家の判決で死ぬ。杯が静かに見えるからといって処刑を非暴力にはできない。イエスの像には別のさらされ方がある。身体は公衆の前に吊られ、辱めは続く。
ここで本篇が耳を澄ますのは、ルカを通して伝わった赦しの祈りだ。
罪の取消しではない。苦痛に価値があるという宣言でもない。すべての被害者に要求する演技でもない。殺す者たちが自分を処分可能な物として扱う最中に、その者たちの全人間性を憎悪へ引き渡さないということだ。
こうして、十字架は本篇の想像の中で橋になる。たもとに立つ人ではない。安全な対岸に着いた人でもない。橋に釘づけにされた人。
憎しみから赦しへ、暴力から愛へ。橋は容易な横断を約束しない。まず示すのは、いま起きている暴力とは異なる方向を、なお思い描けるということだ。
二千年にわたり、違う信仰や不信を携えた人々が近づいてきた。生を変える力を得る人、問いを許さない解釈の家を建てる人、なお疑う人がいる。宗教の象徴は配慮を運び、強制のためにも使われた。この橋は、自分の名で行われたすべてを正当化できない。
それでも祈りは残る。
ソクラテスの空地、老子の離去、渡った後に置かれる仏陀の筏。この比喩の景色には、ある軽さがある。彼らが痛みを知らないからではない。去る余地が景色に残るからだ。
ここでは木が身体を留める。重さとは、彼が立ち去れないことである。
立ち去れないからといって、加害者に留めておく権利が生じるのではない。苦難の中に愛を読むことは、押しつけられた刑罰を、求めるに値する運命へ改名することであってはならない。
彼らを赦してください。自分が何をしているのか知らないのです。
この言葉は殺戮を無害にしない。殺されつつある一人が、殺す人々に対して、一つだけではない可能性を残す。
本篇が読みたい愛はそこにある。傍観者の理論ではない。苦痛がまだ続くうちにも、なお差し出されている贈り物である。
読書のための注記と出典
本篇は伝世の物語を読む哲学的散文であり、史的イエスの伝記を再構成したり、復活信仰を裁定したりするものではない。福音書は異なる文章として読み、一続きの記録へ合成しない。いわゆる当惑の基準は歴史的な問いの理由にはなっても、叙述を自動的に認証するものではない。
職人と年齢はマルコ6:3、マタイ13:55、ルカ3:23。安息日、杯と皿、敵への愛、黄金律はマルコ2:23–28、マタイ23:25–26、5:38–48、7:12。敵を助けるユダヤの聖書的背景として出エジプト記23:4–5と箴言25:21–22を参照する。言葉は散文の文脈に合わせて訳し、また言い換えた。特定の現代聖書訳からの引用ではない。
姦通を責められた女性の物語(ヨハネ7:53–8:11)、天使と血の滴のような汗(ルカ22:43–44)、十字架の赦し(ルカ23:34)には重要な写本上の異同がある。出典に挙げるUSCCBの注記が説明する。受容史で重要だったことと、最初期の本文に異論なく属すことは別である。
園と受難は主にマルコ14–15、マタイ26–27、ルカ22–23、ヨハネ12:27、18–19による。見捨てられた叫びは詩編22の冒頭。父への服従を近代的な自律立法と直結させない。赦しは責任追及、身の保護、関係を離れる自由を消さない。
パウロの自己証言はガラテヤ1、アンティオキアの衝突は2、愛を通して働く信仰は5:6。コリント一7、11、15はイエスの教え、食卓の伝承、復活の宣教を伝え、ローマ12は非報復と敵への配慮を求める。ヴレーデ『パウロ』の第二の創始者という名称は、論争のある解釈である。
空地、離去、筏、橋はシリーズを結ぶ文学的想像であり、史実の会面でも勇気・平静・苦痛の順位でもない。人を目的と見ることは比較の視点だが、各伝統を同じ学説にはしない。被害者に赦しを通じて自分の価値を証明するよう要求してはならない。
マルコによる福音書 6 · マルコによる福音書 14 · マルコによる福音書 15 · マタイによる福音書 5 · ヨハネによる福音書 8 · ヨハネによる福音書 12 · ヨハネによる福音書 18 · ルカによる福音書 22 · ルカによる福音書 23 · ローマの信徒への手紙 12 · ガラテヤの信徒への手紙 1 · ガラテヤの信徒への手紙 2 · ガラテヤの信徒への手紙 5 · コリントの信徒への手紙一 11 · コリントの信徒への手紙一 15 · 出エジプト記 23 · 箴言 25 · ウィリアム・ヴレーデ『パウロ』(1907)
中国語・英語版を基に、日本語の読者に向けて独立に再構成したエッセイ。史料と詳注は 原版。