四月三十日の喪
ラ・モール家には、処刑された祖先ボニファスと、その首を受け取って葬った恋人マルグリットの伝説がある。マチルドは毎年四月三十日に喪服を着る。物語が与えるのは恋愛の模範だけではない。「首を運ぶ女」という役である。その役へ入るには、首を失いうる男が必要になる。ジュリアンは恋の対象である前に、伝説を再演できる素材として現れる。
完成しすぎた人生
十九歳のマチルドは富、家名、知性、美貌を持ち、結婚候補にも囲まれている。彼らの礼儀正しさは互いを交換可能にする。誰と結婚しても、訪問、会話、家の配置まで先に見える。彼女が欲しいのは、その完成を破る出来事だ。父の秘書で身分の低いジュリアンは、軽蔑も危険も含むため、人生を物語へ変える可能性を持つ。
人より先に役を愛する
彼女は単に虚栄心が強いのではない。「この人が欲しい」より先に「首を運んだ女になりたい」という像がある。人と物語の中の位置は同じ対象ではない。彼女はジュリアンが偉人か処刑者になる可能性を測る。彼が関係を階級上昇の資源として見るように、彼女も彼を自分の生に重大さを与える資源として見る。二人は互いを私的な構築の材料へしやすい。
操作できる恋愛
二人の関係は接近と侮辱を反復する。統制を失ったジュリアンはコラゾフ公爵の助言を受け、別の女性へ求愛するふりをする。手本の恋文まで与えられ、彼は望んでいない相手へ、自分の言葉でない文章を写し、第三者マチルドの欲望を動かす。名前を写し間違えそうなほど空虚な技術が成功する。物語の方向が人そのものより重要だからこそ、嫉妬という装置が効く。
頂上の空白
妊娠が判明すると、侯爵は激怒した後で事態を制度化する。ジュリアンには偽の貴族系譜、ラ・ヴェルネーという名、収入、軍人の地位が与えられる。幼い日に望んだ軍服と身分を手にし、階級表の頂上へ届く。しかし勝利には空白がある。彼は軽蔑していた世界の一員になり、その尺度を越えていない。そこへレナール夫人の手紙が届き、完成した構築を一度に壊す。
伝説を完成する代価
投獄後、マチルドは金を使い、役人へ請願し、評決を変えようと奔走する。処刑後にはジュリアンの首を受け取り、自ら葬って祖先の伝説を完成する。この行為は演劇的であると同時に、身体、評判、未来を使った現実の行為でもある。虚構的な動機が代価を偽物にはせず、代価の大きさが動機を純化もしない。彼女の難しさは、二つの事実が相殺されない点にある。
物語を持ちながら、配役を固定しない
人は物語なしに自分の恋愛を理解できない。映画、家族史、過去の経験は、何が勇気で何が裏切りかを教える。だからマチルドの問題は物語を愛したことではない。物語が先に結末と配役を決め、目の前の人の変化を受け取れなくなった点にある。自分はいま何の物語を生きようとしているのか、その物語の中で相手にどの役を要求しているのかを問えば、虚構は拘束だけでなく自己点検の道具にもなる。良い物語は現実を美しく閉じるものではない。現実の人が予想外のことを言った時、筋書きを書き換えられる余白を持つ。