消えた小刀と樵夫
第一の証人である樵夫は、死体、縄、櫛を詳しく述べ、凶器はなかったと言う。真砂と武弘の供述には胸を刺した小刀があり、死者は後から誰かが抜いたとも語る。樵夫が持ち去った疑いは生じるが、原作は確定しない。盗みを明示するのは黒澤映画の補った答えである。
透明な供述はない
多襄丸は豪傑、真砂は行為者、武弘は武士として自分を作る。利害の薄い旅法師も人生の無常を語り、放免は多襄丸の悪名を積み、媼は気丈で貞節な娘を語る。樵夫にも小刀の疑いが残る。七つの言葉は情報だけでなく、話者が事件をどういう世界に置きたいかを同時に運ぶ。
相対化されない公約数
順序、動機、殺した者は確定できない。しかし武弘が死に、真砂が多襄丸から暴行を受け、それを多襄丸が行ったことは三人の供述が認める。語りが対立するからすべてが相対的になるのではない。人物像は修復できても、藪の中に残った身体と他者へ加えた行為は、望む自己像に合わせて消せない。
行為の前後にある物語
『羅生門』の下人は悪事の前に言い分を受け取り、『藪の中』の三人は出来事の後に身分証明を作る。前者はこれからすることを、後者は無力だった自分を耐えられる形へ変える。芥川は証明書を並べて互いに衝突させるが、底にある死、暴行、消えた小刀は動かさない。語りの限界は事実の不存在ではない。
対象作品: Ryūnosuke Akutagawa, Rashōmon and In a Grove. 芥川龍之介の二短篇を主要テキストに、原作の人物名・制度語・題名を用いて、正当化と供述を読む独立した日本語批評です。