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Non Dubito
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NON DUBITO · 映画を読む · 3 / 3

去る時、彼は何も残せなかったと思っていた

Han Qin (秦汉) · 日本語版公開:2026年10月7日

この篇の目次

中国語原作をもとに、日本語で独立して書き直した版

火事のあと、ラシャンには責任を負わせる相手が必要になる。マチューは許可を得ずに、子どもたちを森へ連れ出していた。その遠足のおかげで、子どもたちは燃える寄宿舎に居合わせずに済んだ。それでも校則違反であることは変わらない。彼は即刻解雇され、六時のバスで去るように言い渡される。かつての教え子との接触も一切禁じられる。

鞄を提げて中庭を横切るが、誰の姿も見えない。何人かぐらいは、規則を破って別れを告げに来ると思っていた。誰もいないことが、冷淡さに思える。その時、格子のついた窓から、折り畳まれた最初の一枚が飛んでくる。

一 身体は閉じ込められたままの別れ

教室の扉には鍵がかかっている。子どもたちは下りてこられず、マチューに触れることも、目を合わせることもできない。壁の向こうで合唱し、言葉を書いた紙を一枚ずつ折って窓から投げる。ラシャンは建物の中で、扉を開けろ、やめろと命令している。

この場面でも、閉じ込められた状態が解かれるわけではない。手が格子の間から伸び、身体には越えられない距離を、紙が越えていく。その喜びの中には、なお施設の形が残っている。

マチューは紙飛行機を開く。ボニファスの几帳面な字、ペピノの綴り間違い、モランジュの音符で埋まった紙。それぞれ誰のものかがわかる。紙が伝えるのは、ひとくくりの「ありがとう」だけではない。書かれ方そのものが、その場にいない書き手を目の前へ連れてくる。

二 筆跡から相手がわかるということ

「池の底」は長い間、過ちによって子どもを見分けてきた。マチューの合唱団は、声部、音の高さ、能力、そして共同の作品との関係によって、一人ひとりを区別した。今、この別れが三つ目の見分け方を形にする。顔を見なくても誰のものかわかる跡を、それぞれの子どもが残すのだ。

名前を並べて書くより、もっと細やかな区別である。ボニファスとペピノは取り替えがきかない。字が違うからだ。モランジュは、紙を楽譜にしている。マチューには、この一枚はあの子から来たのだ、と言える。

一人ずつ声を聴いてもらった子どもたちが、今度はそれぞれのやり方で、自分とわかるしるしを返している。紙飛行機が届けるのは、舎監としての勤務成績ではない。この関係の中で、一人ひとりが互いを見分けられるようになっていたという証拠だ。

三 土曜日を待つ子ども

脇門を出たところで、ペピノがマチューに追いつく。両親はドイツ占領下で亡くなったのに、父親が土曜日に迎えに来ると、ずっと信じている。大人たちは何度も本当のことを話した。だが彼は信じようとせず、毎週、門に立って待ち続ける。

一緒に連れていってほしい、とペピノは頼む。マチューは初め断る。規則に反するし、戻らなければ子どもが罰を受けるからだ。だが、やがて考えを変え、ペピノを伴って出発する。語りが最後に、その日の持つ重みを明かす。マチューが解雇されたのは、土曜日だった。

美しい一言だ。だが、責任を魔法に変えてはならない。マチューは亡くなった父親ではなく、ペピノの信じることを文字どおりの現実にはできない。子どもを連れていくとは、具体的な義務を引き受けることでもある。映画はその義務を、一度の出発に凝縮している。この行為が大切なのは、長い間、管理する側の厄介事としてしか扱われなかった「待つ」という営みに、自分の進路を変えてでも応じようとする人が、ついに現れたからだ。

四 映画は、その後をどこまで語っているか

モランジュの母は息子を学校から連れ出し、例のエンジニアが再び寄宿施設に入れようとするのを拒み、リヨンへ連れていく。モランジュは奨学金を得て音楽院へ入り、のちに著名な指揮者になる。

マクサンス、シャベール、ラングロワは、ラシャンによる生徒への虐待を告発する。子どもたちへの聞き取りが行われ、校長は解任される。マチューはその後も生涯、音楽を教え続けるが、名声は追わない。映画は、彼が以後「池の底」について一言も語らず、名もない町に住み続けたとは言っていない。日記を誰も読まないと思ったまま死んだとも言っていない。ペピノは日記をモランジュに渡す時、マチューが君に渡してほしいと言っていたのだと、はっきり伝える。

こうした細部は大切だ。慎ましくあるために、自分を消す必要はないからである。マチューは記録を残し、それが後に人の手へ渡るのもよしとした。ただ、あの仕事を世間の名声に換えようとはしなかった。

五 著名な指揮者を領収書にはできない

モランジュのその後の人生は、声を聴いてもらえたことが生んだ、実際の結果の一つだ。マチューはその声を見いだし、リヨンの音楽院へ連絡し、母親と話をし、才能が育ち続けられる道を開く手助けをした。この因果関係を否定してはならない。

だが、その指揮者を、マチューの仕事にはかけた労力に見合う価値があったと証明する領収書にはできない。コルバンは音楽家として名を上げてはいない。ル・ケレックがどんな大人になったか、映画は語らない。大半の子どもは、物語から姿を消す。のちのペピノも、日記を持って現れる、ごく普通の老人だ。

もし声を聴くことの価値が、一人の子が後に有名になることだけにあるなら、その場でつくられた譜面台の役も、指揮者の助手も、高い声や低い声のすべてのパートも、自信なく歌う者たちも、ほかの子が投げた紙飛行機も、失敗した投資になってしまう。だが、マチューのやり方の全体が、まさにその計算を拒んでいた。居場所は、将来の利益に応じて与えられるものではない。

六 行動する彼には、結末が見えていない

ル・ケレックへの罰を変えた時、マチューにはマクサンスが回復するかどうかわからなかった。合唱団をつくった時には、ラシャンが許すのか、同僚が助けるのか、ましてどれほど続けられるのかもわからなかった。モランジュに独唱の合図を送った時も、その後、音楽院への入学がかない、実際に奨学金を得られるかどうかはわかっていなかった。

実を結ばなかったこともある。モンダンにはなお手が届かず、合唱団はマチューの解雇とともに終わり、モランジュの母へ寄せた思いにも応えてはもらえなかった。一方、予想を越えて広がった結果もある。ラシャンは告発され、モランジュは指揮者になり、ペピノはその後もマチューの物語と結びつき続けた。

先がわからないからといって、どんな働きかけも自動的に正しくなるわけではない。ただ、行動する理由は、成功より前にすでに存在していなければならない。ル・ケレックは傷つけた相手に向き合うべきだ。傷つけたという出来事は、人と人との関係の中にあるからだ。コルバンを合唱団に残すべきだ。歌えないからといって、子どもが捨ててよいものになるわけではないからだ。こうした理由は、エンドクレジットを待つ必要がない。

七 答えは、すでに中庭に届いていた

マチューは、何も持たずに去ったわけではない。あのバスを待つより前に、音楽院やラシャンの解任より前に、まして数十年後に日記がモランジュへ届くよりはるか前に、一つの答えがすでに足もとへ舞い降りていた。

それは、すべての子が幸福に暮らすという保証ではない。もっと具体的なものだ。几帳面な字、綴りを間違えた言葉、楽譜の音符、そして鍵のかかった扉の向こうから聞こえる合唱。マチューが始めた営みによって、そのしるしが誰のものか、わかるようになった。顔が見えなくても、誰が語りかけているのかを彼は知っている。

のちの成功は、物語を先へ延ばし、もっと深い因果関係を明かすことはできる。だが、過去にさかのぼって、その価値を与えることはできない。生身の一人の人間が、ただ処理すべき案件と見なされるのを脱し、自分ならではの答えを返せる場所を得た時、その小さな行為はすでに全うされている。紙飛行機は、未来がまだ見えないうちに、その答えを先に届けるのである。

本稿は、クリストフ・バラティエ監督、バラティエとフィリップ・ロペス=キュルヴァルの共同脚本による2004年の映画『コーラス』(Les Choristes)を論じたものである。同作は1945年の映画『春の凱歌』(La Cage aux rossignols)をもとにしている。

中国語原文

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