誤りは具体的な場所で見える。最後に送信した人、欠陥を見逃した人、顧客へ渡した人がいる。結果に最も近いので、調査もその人から始まり、その人で終わりやすい。
しかし最後に触れた人が、条件をすべて決めたとは限らない。工程を設計したのは誰か、期限を決めたのは誰か、警告はあったか、停止する権限はあったか。速度を褒めながら品質を求めていなかったか。
仕組みを問うことは個人を自動的に免責しない。明確な基準を無視し、事実を隠し、使える権限を使わなかったなら責任がある。しかし制度という霧で個人を消すことと、個人だけで制度を隠すことは、どちらも学びを止める。
責任は複数の層に同時に存在できる。担当者の行為、上司の決定、組織の資源と誘因を分けて見る。目に見える人を罰するだけでは、次の同じ失敗をつくる条件が残る。
よい責任追及は基準と、事実を早く語る人の両方を守る。誰が何を知り、何を変えられ、何を選んだかをたどる。そうして初めて、責任は下へ落とす費用ではなく、再発を防げる場所へ戻る力になる。