第二十一篇 スコア社会:評判もまた、帳尻を合わせたがる
商人の人物評から信用点、債券格付け、星評価まで。評判を共通尺度へ変える構が、関係を開くと同時に説明と訂正を遠ざける。
この篇の目次
一 あなたより先に、人柄が届く
一八五三年、ある商人向けの雑誌に、ほとんど脅しのような一文が載った。どこへ掛けで品物を買いに行こうと、あなたの人柄は、もうそこへ先回りしている。それがあなたを助けることもあれば、破滅させることもある。
当時、ようやく形を取りはじめた仕組みについての言葉だった。
十二年前の一八四一年、ニューヨークのある商人が、同じニューヨークで商業信用調査機関を設立した。一般に、近代の大規模な信用調査業の始まりとされる機関である。各地に通信員を置き、商人の支払い能力と人となりを定期的に報告書へまとめ、ニューヨークの本部へ送らせた。
通信員が答えるべき問いには、資本はいくらか、未払いの債務はいくらか、といった項目があった。それに加えて、こういう項目もあった。品行は正しいか。商売のやり方は健全か。
つまり信用は、始まったその日から、返せるかどうかの確率だけを指すものではなかった。同時に、人についての判断でもあった。
なぜ二つが一緒に育ったのか、理解するのは難しくない。ほかに確かめられる証拠がない時代には、その人の品行こそが、金を返すかどうかを知る最もよい手がかりだった。尋ねる側も、誰かを道徳的に審査したいのではない。予測に使える変数を探していたのである。だが、その変数はいったん表のなかに書き込まれると、手がかりでは済まなくなる。一件の記録になった。
歴史のうえで大切なのは、これが不確実さを消したことではない。もっと根本にある、別の仕事をしたことだ。流動していた評判を、保管できる一人分の「あなた」へと固定したのである。
この過程を、うわさから文書記録への移行と捉える研究者がいる。その研究者によれば、十九世紀の信用調査業は、事実上、金融上の身元というものを発明した。その身元は自然に生まれたのではない。融資への需要、遠距離の交易、情報を仲介する者たちが、一緒に作り出したものだった。
その身元と、本人が知っている自分とのあいだには、初めから距離がある。本人は、あの年なぜ資金が回らなかったかを知っている。記録が知っているのは、資金が回らなかったことだけだ。本人は、その後すべて返したと知っている。記録は、まだ返し終えていないページにとどまっているかもしれない。距離そのものは問題ではない。どんな記録も、記される出来事より簡略になる。大切なのは、その簡略なものが本人に代わって遠くまで行く一方、本人はそこへ行けないということだ。
前の篇の終わりで、市場の対象に作り替えられるのは、その人自身ではなく、その人の予測可能な外観だと述べた。
その外観は、二十一世紀に初めて現れたわけではない。百八十年前に、すでに前身があった。しかも、その前身は最初から道徳の色を帯びていた。
一八五三年のあの言葉で最も大切なのは、二つのことが一つに練り合わされている点だ。
一方では、信用が顔見知りの輪を離れ、遠くからでも呼び出せる判断になりはじめている。見知らぬ町へ掛け買いに出かける。店主はあなたを知らない。それでも、あなたについての記録は調べられる。
他方で、その判断は純粋に匿名のものでもない。あなたの習慣、世間体、交友関係、私生活、さらには品行についての記述が、ぎっしり詰まっている。
人とのつながりを離れた精算は、人に根ざす材料を取り除かなかった。その材料を、記録の保管庫へ移したのである。
保管庫へ移す。この動きを覚えておきたい。後のどの節でも、同じ動きが繰り返されるからだ。ただし、そのたびに姿は整っていく。報告書が表になり、表が点数になり、点数が星の評価になり、星の評価が等級別・分類別の監督の根拠になる。進むたびに、いっそう整然とし、比べやすくなり、別の場所でも読み取られやすくなる。そして、そのたびに、記される本人から少しずつ遠ざかる。
これまでの二十篇で、繰り返し現れた筋道がある。冷たい側と温かい側は、一方が他方に取って代わる関係ではなかった。これからたどる歴史は、その話をもう一歩、先へ進める。
評判そのものもまた、帳簿を閉じたがる。
この一文の意味は、最後の節で明らかになる。その前に、評判という物差しの目盛りが、代を重ねるごとにどう細かくなったかを見ておきたい。報告書に記された品行から、手引書に印刷された等級へ。計算された三桁の数へ。平均された星の数へ。そして、監督の規則に書き込まれた分類へ。毎回、いっそう整う。そのたびに、誰かが外へ残される。
二 永久に残る記録
一九三〇年代になると、この機械は商人のあいだを出て、一般の人々にまで広がっていた。
一九三六年、ある週刊誌は、アメリカの千を超える都市にある小売信用調査局が、少なくとも六千万人の掛け買い客の記録を持っていると報じた。支払期日から百二十日たっても払われない勘定は、すべて永久記録に入れられるという。
同じ記事には、こんな例もあった。ある女性がシカゴからロサンゼルスへ引っ越すと、新しい町の店員は、ほどなく彼女についての一そろいの記述を手に入れられるかもしれない。夫を亡くしたこと、借家住まいであること、誰と付き合っているか、いくら借りがあるかまでが、そこに含まれていた。
永久。この二文字のところで、少し立ち止まりたい。
支払いが百二十日遅れる理由は、いくらでもある。商売で損をしたのかもしれない。病気になったのかもしれない。夫が亡くなったのかもしれない。そのときだけ金がなく、その後には返し終えたのかもしれない。それぞれの事情は、互いに大きく違う。
だが、記録へ入るのは同じ一件だ。百二十日の延滞。
記録する側の不注意ではない。むしろ逆で、記録を使えるようにするための条件だった。一件ごとに前後のいきさつが添えられていたら、ロサンゼルスの店員は、まず一つの物語を読み終え、その事情がどれほど重大なのか、自分で判断しなければならない。店員には、その時間も、その判断をする立場もない。遠くで情報を呼び出せるようにするには、地元の人にしか重みを測れないものを、先に剥ぎ取っておく必要があった。
第五篇で、これに近い動きに一度触れた。複式簿記は、一件一件の記入をつなぎ留め、帳簿を閉じられるようにする。ここでの動きは、また別だ。前後のいきさつを持つ経験を、町を越えて呼び出せる一つの項目へ押し縮める。圧縮こそが、その働きなのである。圧縮しなければ、ロサンゼルスでは読んでもらえない。
この歴史全体の基本の形も、そこにある。同業者どうしの判断だった信用が、一般の人々についての社会的な記録へと変わっていく。
だが、記録によって作られたこの人格には、初めから収まりきらないものがあった。しかも、はっきり見えるほどあった。
この歴史の研究者たちは、報告書にうわさ、偏見、階層にもとづく判断、地元の政治が混じり合っていたことを繰り返し指摘している。主観は取り除かれなかった。保存され、複製され、外へ売られたのである。
ある人を信頼してよいかどうか。その判断は、記録に収められたからといって、より客観的になったわけではない。広めやすくなっただけだ。
この点は、シリーズ全体にかかわる。前の篇々で、構がたいてい行っていたのは、曖昧なものを明瞭にすることだった。ここで行っているのは、別の仕事である。もともと明瞭でないものに、明瞭に見える形を与える。判断の確かさが増したのではない。流通できる姿を得ただけだ。ところが、遠くまで流通した後には、それが一つの事実に見えてくる。
第三篇と並べてみると、違いがわかる。かつて硬貨を作ったとき、人々はすでにある重さに、持ち運べる身体を与えた。重さはもとからそこにあり、秤に載せれば確かめられた。ここで運ばれるのは判断だ。そして判断には、もう一度秤に載せられるものがない。遠くへ届いた後では、誰もそれを解きほぐし、初めにどう導き出されたかを調べられない。だから、与えられたものとして受け取るほかなくなる。
それゆえ、一九七〇年にアメリカで信用調査業を規律する連邦法が成立したとき、条文に記されたのは折り合いをつけようとする一文だった。信用調査機関は合理的な手続きを用い、商業上の必要を満たすと同時に、消費者に公正かつ公平な仕方で情報を取り扱うべきだ、と。
勝利の宣言ではない。対立がなおそこにあると、認めた言葉である。
一文で問題を解ける法律なら、こうは書かない。こう書いたのは、立法者が商業上の必要と個人への公正さとのあいだに緊張があると知っていたからだ。その緊張は消せない。両方に配慮せよと求めるほかなかった。
ここで、余項が初めて法律に書き込まれた。条文は、公正かつ公平とは具体的に何かを言い切らず、それに沿って計算すればよい基準も示さなかった。一つの場所を残し、ここには商業上の必要に呑み込ませてはならないものがある、と印をつけたのである。第十七篇の、ほとんど使われないあの条項も、同じ種類のものだった。構が自分自身の文書のなかで、うまく扱えなかったものがあると認めている。
三 五十社のうち、一社だけ
現代の信用スコアを分ける線は、信用記録があるかどうかではない。記録にある、性質の異なる情報を、一つの比較できる数に換算できるかどうかである。
一九五六年、一人の技術者と一人の数学者が、アメリカで会社を共同設立した。オペレーションズ・リサーチと統計的推論を、消費者向けの融資に使おうとしたのだ。
一九五八年、二人は五十社の大手融資機関へ、この採点技術を売り込んだ。
返事をしたのは、一社だけだった。
一社と四十九社。この対比から見えるのは、当時の融資業界が、物差しに不足を感じていなかったということだ。すでにやり方はあった。融資担当者が本人に会い、話を聞き、店を見て、同業者から本人の評判を聞き、自分で決める。時間がかかり、一貫してはいない。それでも、彼らにとっては使える方法だった。何かあれば、責任を負う人がいたからだ。数字一つでは、それは得られない。
ところが三十年後には、同じ機関たちが競って買うようになる。そのあいだに変わったのは、数字そのものではない。処理すべき量だった。融資が数百件から数百万件になれば、担当者が申込者全員に会うという仕事は、算術のうえで成り立たない。構の拡大は、ほとんどいつもこうして起きる。誰かが説得されたのではない。以前のやり方が、先に持ちこたえられなくなったのだ。
この小さな事実は、覚えておきたい。いまは当然に見えるものが、当時は自然に受け止められていなかったとわかるからだ。点数は、かつて、あまり理解されない新しい算術だった。
後に育ったその姿も、誰か一人の天才が一度に発明したものではない。
スコアカードがどう作られたかを、詳しく追った研究者がいる。その結論はこうだ。銀行、百貨店、貸金業者、計算機器、過去の債務不履行のデータ、規制の変化。それらが一緒になって、申込者をいくつかの特徴へ分解し、特徴ごとに異なる重みを与え、最後には一枚の表へ圧縮した。実行でき、導入でき、判定のしきい値を調整できる表である。
その研究者は、スコアカードは中立な鏡ではなく、市場を動かす装置だと強調する。融資担当者の仕事を書き換え、窓口と後方部門の分担を書き換え、審査の速さと、同じ審査を繰り返せる度合いを書き換えたのだ。
ここには、見過ごしやすい帰結がある。以前の融資担当者は判断をしなければならず、判断には責任が伴った。責任を負う人は、尋ねに行き、見に行く。決めかねれば、もう一つ質問する。スコアが前面に出ると、担当者の仕事は情報の入力と、しきい値どおりの処理になった。責任も、判断と一緒に移ったのである。誰も責任の所在を問いただせない場所へ。
一九八九年、初めての汎用スコアが、ある信用情報機関で使われはじめた。一九九五年には、政府の支援するある住宅金融機関が、住宅ローンへの信用スコアの利用を奨励した。その後、住宅金融の二次市場が、この判断の仕方を全米へ押し広げた。
これを支持する議論は、十分な厚みのまま置いておかなければならない。その大部分は、正しいからだ。
一九九七年、連邦準備制度のある研究者が、賛成する人々の典型的な主張をまとめた。採点は、より速く、より安く、より一貫し、より客観的だという。彼女は具体的な比較も示している。従来の小企業向け融資の審査には、平均でおよそ十二時間半かかる。スコアを使えば、一時間をはるかに下回る時間へ短縮できる。
連邦準備制度が二〇一〇年に行った証言でも、同じ立場が要約されている。信用スコアによって、貸し手はより速く、より低い費用でリスクを評価できるようになり、信用の供給量も増え、借り手の負担も軽くなった、と。
空論ではない。
顔見知りのつながりを持たない人は、人間関係にもとづく融資の世界では、ほとんど金を借りられない。銀行の支店長を知らず、口添えしてくれる人もいない。頼れる地元の評判もない。記録だけを見る採点の仕組みが、そういう人にこそ、読み取ってもらえる何かを与えたのである。
ここでは、標準化は解放だった。ごく少数の人間の裁量から、判断を取り出したのだ。
この点は十分に書いておく必要がある。この先の節では、この仕組みの代償を扱う。代償だけを切り離して語れば、誰が見ても悪い思いつきだったかのようになってしまう。悪い思いつきではなかった。以前は借りられなかった大勢の人が、金を借りられるようになった。データにも表れていることだ。そして、それこそが当時この仕組みを押し進めた人々の、本当に実現したかったことだった。
第十篇でも、同じ形の出来事を扱った。市場全体で同じ比率を使う、という言葉が打ち壊したのは、家柄で値を変えるやり方だった。同じ動きが、ここでもう一度、姿を現している。
四 その記録にある情報だけを見る
あの会社のスコアは、通常、三百から八百五十のあいだにある。一般的な説明では、五つの要素に分かれる。支払いの履歴が三十五パーセント、負債の水準が三十パーセント、信用履歴の長さが十五パーセント、新しい信用取引が十パーセント、信用取引の種類の組み合わせが十パーセントである。
会社自身が繰り返し強調することが一つある。スコアが見るのは、信用記録にある情報だけだ。収入を直接見ることはない。職業も、いまの勤め先で何年働いたかも見ない。
これは、自らに課した制限である。その制限には理由もある。見るものを減らせば、差別が入り込む入口も減らせる。
ただし、制限の裏側もある。見ないことにしたものは、それで消えるわけではない。安定した収入があるか。どんな仕事をしているか。家族に病人がいるか。こうしたことは、先月カードの利用枠をどれだけ使ったかよりも、金を返せるかどうかに直接かかわる場合が多い。スコアが見ないからといって、働かなくなるわけではない。見る仕事をほかの人へ、スコアの外でもなお判断しなければならない人へ、押し出しただけだ。
そして、まさにこの「記録だけを見る」という一言が、こぼれ出すものを露わにする。
第一に、スコアはすべての人を覆うことができない。
アメリカの消費者金融保護機関は、二〇一五年に、二〇一〇年を基準として推計を出した。およそ二千六百万人の成人は、信用のうえで見えない人々だった。信用記録がまったくないという意味である。このほかに千九百万人が、記録はあっても、その量が少なすぎるか、古すぎるために採点できなかった。
この二つの集団が置かれた状況は、点数が低いこととは違う。
低い点数は悪い知らせだ。それでも、少なくとも話し合える一つの言葉ではある。なぜ低いのか尋ねられる。どの記入が間違っているか指摘できる。どう上げるか、計画を立てられる。
点数がないことは、悪い知らせではない。知らせそのものがないのである。
記録を持たない人が融資機関へ入っても、機械は何も読み取れない。高リスクと判定されたのではない。そもそも判定されていないのだ。だが、点数に従って振り分ける仕組みでは、読み取れないことは、通れないことと同じになる。
さらに厄介なのは、この人々が自力で抜け出せないことだ。記録を持つには、先に金を借りなければならない。金を借りるには、先に記録を持たなければならない。設計したとき、誰もこの循環を作ろうとしたわけではない。スコアという方法が、必然的に生む副産物なのである。記録しか読まない物差しは、記録のない人に対して、空白を返すほかない。そして、処理の流れのなかで、空白はリスクとして扱われる。
第十六篇で、名簿の外に立つ人々について述べた。ここでも、名簿の外に人が立っている。ただし、締め出され方が違う。載せてはならないと決められたのではない。その名簿が、彼らを読み取れないのである。
第二に、スコアの正確さは、ひとりでに得られるものではない。
二〇一三年、アメリカの連邦取引委員会は議会に対し、消費者の二十六パーセントが、三大信用情報機関のいずれかの記録に重大な誤りの可能性を見つけ、異議を申し立てたと報告した。また、消費者の五パーセントにかかわる誤りは、自動車ローンや保険に、より高い代金を払わせるおそれがあった。
二つの数字を並べると、よく見えてくるものがある。
スコアは、一の位まで決まった三桁の数である。計算されたものに見える。実際、計算されている。だが、その計算に使う元の記録は、相当な割合で間違っている。
データが間違っていれば、数学が正しくしてくれるわけではない。
もう一歩、先へ進めて言うこともできる。点数が精密になるほど、人は信じやすくなる。信じるほど、入力されたものへ戻って確かめる人は少なくなる。精密さそのものが、疑いを減らすのである。第十四篇の小数点以下七桁、第十八篇の毎日更新される指数、そして、この三桁の数は、同じ働きをしている。出力の側の細かさが、入力の側で人々の省いてしまった問いかけの代わりをする。
第十四篇では、ある種類の余項を扱った。物差しはきわめて精密なのに、測られる対象は知りえない。ここには、その別の形がある。物差しはきわめて精密なのに、物差しへ送り込まれるものは確かめられていない。
こうしてこぼれ出す二つの集団には、境遇のうえで共通するところがある。
どちらも、自分の手で変えることが難しい。見えない人々は、自分が信頼できると証明できない。証明する方法が、ほかならぬ記録を持つことだからだ。記録を間違えられた人々が訂正を求めるには、まず自分がどう記されたかを知り、次に誤りを生んだ機関を突き止め、さらに異議申立ての手続きを一通り進めなければならない。
あなたについての判断が、あなたの到着より先に届いている。一八五三年には比喩だったこの言葉が、ここでは一連の手続きになった。
そして、手続きにも敷居がある。最後まで進むには、その権利があると知っていなければならない。書式を読み解けなければならない。電話をかける時間が要る。一度断られても、もう一度やる気が残っていなければならない。こうした条件そのものが、その人の境遇に結びついている。だから、誤りの訂正を最も必要とする人ほど、それを実現するのが難しくなる。
五 較正と公平さがぶつかる
公平さをめぐる論争は、ずっとスコアについて回ってきた。しかも、普通に考えられるより、はるかに手ごわい。
一九七四年、アメリカで信用機会均等法が成立した。人種、肌の色、宗教、国籍、性別、婚姻状況、年齢、公的扶助を受けているかどうかにもとづく差別を、明文で禁じた。
モデルから、これらの変数を取り除くことはできる。そして、取り除かれた。
だが、それで論争は終わらなかった。争う場所が移ったからである。
研究や規制をめぐる議論の一方は、こう強調する。スコアが債務不履行をよりよく予測できるなら、融資にかかる費用を下げ、信用を得られる機会を広げられる。とりわけ、従来の人間関係の網を持たない人々が、標準化された金融へ入れるようになる。この側が示す証拠は、確かにある。
もう一方は、こう指摘する。保護の対象となる属性を使わなくても、地理的な位置、職業、消費の足跡、教育を受けた経歴、請求への支払い履歴が、代理変数になりうる。それらが、歴史的な不平等をスコアのなかへ符号化し直す。多くの場所では、どこに住むかと、どの集団に属するかとのあいだに、かなり強い対応関係がある。モデルは、後者を知る必要がない。前者を使うだけで、結果は同じになるかもしれない。
二〇一〇年に連邦準備制度の研究者が論じたのも、まさにこの状況だった。モデルに人種は書かれていない。それでも、結果のうえでは扱いに差が生じる。
ここまでなら、論争の終点はまだ想像できる。代理変数をすべて見つけ、それらにも対処すればよい。
ところが、その後のアルゴリズムの公平性の研究は、もっと対処しにくい結果をもたらした。
ある研究者たちは、一般的な条件のもとでは、よく使われる公平性の基準のいくつかを、同時に満たすことはできないと証明した。別の研究者たちは、さらに、較正と誤りの均衡とのあいだにある緊張を論じた。
普段の言葉で言えば、こうなる。どの集団でも、点数が同じように正確であることを求められる。どの集団でも、間違い方が同じであることも求められる。異なる集団で、高い点数を取る人の割合が同じくらいであることも求められる。どれも、もっともな要求に聞こえる。だが、一般的な条件のもとでは、数学のうえで同時には成り立たない。
シリーズにとって大切な点なので、どんな性質の結果なのかを、はっきりさせておきたい。
これまでの二十篇では、競合する説明を何度も並べ、裁定せずにおいた。たいていは証拠がまだ足りないか、それぞれが違う問いに答えているからだった。
ここは、違う。
ここにあるのは、証明された結果だ。最もよい定義をまだ見つけていない、と言っているのではない。いくつかの合理的な要求を同時に満たす定義は、存在しないと言っている。
つまり、今回の裁定のつかなさは、知識が一時的に置かれている状態ではない。この事柄そのものの形なのである。
こうして問題は、「もっと公平なスコアにしたい」という願いから、誰にとってもっと正確にし、誰への害をもっと少なくしたいのかという問いへ移る。それは、誰かが選び、その選択を引き受けなければならない問題だ。もっとよいアルゴリズムを使えば迂回できる、という問題ではない。
ここで構は初めて、自分で計算して導いた壁に突き当たる。
その壁の場所は、特別である。構と外の世界とのあいだではない。構自身が掲げる、いくつかの要求のあいだにある。前の二十篇では、余項はいつも構の向こう側にあった。測れないもの。構が測ろうとしないもの。証拠を示せないもの。名簿にないもの。今回は、こぼれ出すものが構の内側に現れる。手に入れたいものどうしがぶつかり、そのうち一つは手放さなければならない。
外から批判する人に、止められたのではない。自分で先へ進み、あるところまで来て、行く手の道が互いに相容れないとわかったのである。
もう一つ、付け加えておこう。スコアは、実際には、人柄についての判断を追い出してはいない。
あの連邦準備制度の研究者は、早くから注意を促していた。採点が広がれば、地域の銀行が人間関係を通して行う従来の融資の価値は下がる、と。だが、現実の貸し手は、いまもスコアの外で収入を見て、資産を見て、雇用が安定しているかを見て、担保や保証があるかを確かめている。判定の境目にある申込みは、人の手で再審査もする。
あの会社自身も、スコアは判断に入れる材料の一つにすぎないと認めている。
だから、匿名の金融と人に即した判断は、単純に入れ替わるのではない。居場所を絶えず配り直している。スコアが大半の人々を流れ作業へ送り込み、人間関係と人の裁量は、例外、再審査、不服申立て、そして価値の高い顧客のところへ退く。
人による判断を受けられるかどうかまで、スコアによって振り分けられることになった。
この一文は、ゆっくり読んでほしい。スコアの最初の役目は、頼れる人間関係のない人も見てもらえるようにすることだった。仕組みが成熟すると、人の判断は希少な資源になり、判定の境目にある申込みや、価値の高い顧客へ配られる。点数だけで明快に処理できる普通の人こそ、事情を聞こうとしてくれる誰かに、最も出会いにくくなる。その案件には、そもそも人の手を通す必要がないからだ。
六 規則に書き込まれた評判
個人のスコアが、ある人に金を貸してよいかを三桁の数へ押し縮めるものだとすれば、債券格付けは、ある発行体に金を貸してよいかをアルファベットへ押し縮めるものだ。
一九〇九年、ある分析家が鉄道投資についての分析を出版した。一般に、現代の債券格付けの出発点とされている。一九二四年には、彼の格付けは、すでにアメリカの債券市場の大部分を覆っていた。
この文字の体系が目指したのは、きわめて複雑な将来の返済リスクを、段階の区切られたいくつかの等級へ圧縮することだった。そして、互いを知らない無数の投資家、保険会社、年金基金、監督当局を、同じ一枚の表にもとづいて動かすことだった。
評判が、規格のそろった部品になったのである。
あの銀行家を知っているか、ではない。この債券は投資適格かどうか。
評判は、人となりを語れる誰かの品性には、もう結びついていない。遠く離れた場所でも複製できる、一組の分類に結びついている。
第一節の信用調査機関と、同じことをしている。ただし、対象は組織に変わり、やり方もより徹底した。一つの会社には、一人の人間のように語れる品性はない。あるのは財務報告であり、歴史であり、業界のなかでの位置だ。これらを一文字へ圧縮することは、人となりを一文字へ圧縮するより、直感的にはずっと受け入れやすい。受け入れやすかったからこそ、広がるのも速かった。
この歴史もまた、純粋な客観性へ少しずつ近づく物語ではない。
一九七〇年代、主要な格付け機関は、投資家から料金を受け取る方式から、発行体が払う方式へ切り替えた。一九七五年には、アメリカの証券監督機関が、資格を認める制度を通じて、格付けを純資本規制のなかへ組み込んだ。民間の格付け意見が、事実上、規制に適合するための関門になったのである。
支持する人々は、市場で使える情報の密度が高まり、監督当局も投資家も速く判断できるようになったと言う。批判する人々は、都合のよい格付けを求めて機関を選ぶ格付けショッピングや利益相反が生まれたうえ、業界への参入の敷居も高くなり、ごく少数の機関の意見が、公権力に似た効力を得たと指摘する。
二〇〇八年前後、この文字で表す評判の脆さが、徹底して露わになった。後の調査は、危機のなかで格付け機関が果たした役割を、かなり厳しい言葉で振り返っている。格付け機関の失敗は、金融崩壊の重要な歯車の一つだった、と。二〇〇六年に最高位の格付けを受けた住宅ローン証券のうち、非常に大きな割合が、危機のさなかに大幅な格下げを受けた。
技術的な側面は、第十九篇ですでに書いた。ここでは、もう一つの側を補いたい。
大切なのは、格付けを間違えたことだけではない。いったん規制や投資の制約へ組み込まれると、誤りが制度を通じて広がることだ。ファンドは売らなければならない。必要な資本の額を計算し直さなければならない。流動性は、急速に干上がる。
格付けが危険なのは、評判だからというだけではない。
規則に書き込まれた評判だからである。
ある人の評判が悪ければ、ほかの人が、その人と商売をしたがらなくなる。その影響はばらばらに現れ、異論も差し挟める。時間と行動によって変えることもできる。一つの格付けが引き下げられると、何百もの機関が、同じ日に同じ動きを強いられる。一定の等級より下のものは保有してはならないと、それぞれの規約に書かれているからだ。
評判は、規則の一部になったとたん、判断だけではなくなる。引き金になる。
これらの機関が一斉に動くのは、誰も特に気に留めてこなかった、あの一文があるからだ。一定の等級より下のものは保有してはならない。何百という規約に書かれ、ふだんは一度も作動しない一文である。第十八篇で、余項は項目と項目を結ぶ線に生まれると述べた。ここでの線は、何百という文書にある、同じ一行なのだ。
だから、格付けをめぐる論争は、いまも二つの道に分かれる。一方は、こうした標準化された判断なしに、大規模な資本市場は動きにくいと強調する。他方は、市場全体が同じ格付けの体系を見つめるようになれば、格付けは判断を助けるものから、判断を代行するものへ変わると強調する。さらに発行体には、モデルに合わせて商品の構造を設計し、しきい値に合わせて規制に適合してみせる誘因が生まれる。
評判が共通の言葉になれば、それを使ってエキシビションマッチを演じる者が現れる。
七 五つの星
ネットのプラットフォームは、この歴史をもう一歩、先へ進めた。人に点数をつけるだけではない。採点すること自体を、一回一回の取引、一回一回の労働へ組み込んだ。
一九九六年、あるネット競売のプラットフォームが、評価を投稿するフォーラムを開いた。創業者はこう書いた。誠実な取引を促す開かれた市場を作ることで、人々がネット上の見知らぬ相手と、もっと容易に商売できるようにしたい。
ほとんど、プラットフォーム上の評判の経済全体を導く綱領のような一文である。しかも、解こうとした問題は、一八四一年のあの信用調査機関と同じだった。知らない相手へ、どうやって信頼を手渡すか。
百五十五年を隔てて、二つの答えは構造のうえでほとんど同じだった。一人の人間の過去の行動に痕跡を残させ、痕跡を集め、本人を知らない人でも調べられるようにする。違うのは、誰が書くかだけだ。前には雇われた通信員が書いた。後には、その人とやり取りをした一人一人が書く。後のほうが民主的に見える。だが同時に、判断する権力が全員に分けられ、責任は誰一人の肩にも載らなくなったということでもある。
仕組みは、謎めいてはいない。取引を終えるたびに互いを評価する。評価は公開された一つの記録へ積み重なり、その記録が今度は、次の取引に影響する。
確かに役に立つ。どれほど役に立つかも測れる。
ある研究者たちは、対にした品物で実験を行った。同じ売り手が、評判の高いアカウントと、まったく新しいアカウントを使い、対にした古い絵葉書を売る。以前からあるアカウントなら、価格はおよそ八・一パーセント高くなった。
数にされた評判は、金になる。そのことが示された。
それはまた、偽造するだけの値打ちがあるということでもある。金になる点数があれば、不正に点を稼ぐこと、アカウントを育てること、互いに評価し合うこと、評価を買うこと、悪い評価がつく前に別の身元へ乗り換えることが生まれる。その後、プラットフォームが行った規則の手直しは、大半がこの問題を追いかけるものだった。値打ちのあるものを作れば、それを狙う産業も、同時に作ることになる。
ひび割れも、すぐに現れた。
このプラットフォームの評価の仕組みを分析した研究者たちは、互いに返し合う関係が、評判の情報を作る過程を歪めると指摘した。よい評価をつけるのは、相手がくれたよい評価へのお返しかもしれない。悪い評価をつけるのも、相手がつけた悪い評価への仕返しかもしれない。
二〇〇八年、このプラットフォームは、売り手が買い手に否定的な評価を残す権利をなくした。報復的な評価に、制度で応じたのである。
ここには、見落としやすいことが一つ表れている。
プラットフォームは、評判を自発的な秩序にしようとした。ひとりでに育つようにしたかった。ところが最後には、プラットフォーム自身が規則を変え、しきい値を定め、情報の流れを調整しなければならなかった。
ここでの評判は、貨幣より自然なわけではない。やはり、設計し、手直しし、統治して初めて動く。
口コミへ戻ればよいという考えに、これは直接の反論になる。小さな土地で口コミが役に立つのは、みなが互いを知り、長く一緒に暮らさなければならないからだ。うそを言った人も、来年また同じ人々に会う。これを、何億もの見知らぬ人々のあいだへ移せば、その縛りはなくなる。だから、プラットフォームが縛りを作らなければならない。だが、作られたものは、もう元のものではない。
シェアリングやギグワークのプラットフォームに来ると、採点はさらに一歩進む。取引後の参考情報から、その仕事を続けられるかどうかを分ける関門へ変わった。
ある短期宿泊のプラットフォームは、即座の報復を減らそうと、相手の評価を互いに見せない十四日間の評価期間を設けている。ある配車プラットフォームは、運転手の点数を、継続的にアカウントを管理する道具にした。公式の説明では、運転手の点数は、直近五百回の評価の平均である。活動する都市で定められた最低平均点を下回ると、プラットフォームを利用する権利を失うことがある。
ここまで来ると、星の数は、もはや名誉だけの問題ではない。
仕事を受ける権利であり、収入を得る権利であり、働き続ける資格なのである。
プラットフォーム企業は、この仕組みを効率のための道具と説明することが多い。人による監督より速い。管理者一人の主観的な印象より広く捉えられる。従来の認証より安い。どれも、うそではない。
しかし実証研究は、偏見が採点の仕組みを通して増幅されることを示している。数字が、ひとりでに偏見を洗い落としてくれるわけではない。
短期宿泊のプラットフォームについての、あるフィールド実験では、アフリカ系アメリカ人に特徴的な名前を持つ宿泊希望者は、申込みを受け入れられる確率がおよそ十六パーセント低かった。二〇二三年のある研究は、一部のギグワークのプラットフォームで、評価を公開すると、少数派の民族集団どうしの評価点の差が八十パーセント、収入の差が二十八パーセント広がると指摘した。
採点がたまたまうまく働かなかった、という事故ではない。
仕組みは説明できる。一つ一つの個別の偏見が、採点によって集められ、公共の評判になる。次に来る人は、前の人の偏見を情報として、引き続き使うことになる。
一人の心のなかにある偏見が左右するのは、その人自身の一度の決定だ。平均して出された星の数が左右するのは、その後、それを見るすべての人である。
前の篇では、構は予測できることに報いるだけでなく、予測できる状態を作りもすると述べた。ここにも、同じ形の一文を足せる。構は偏見を記録するだけでなく、後から来る人が拠りどころにするものへ変える。
五つの星は、三桁の数字より、人情味があるように見える。
だが実際には、もっと密で、頻繁で、逃れにくい。絶えず見られ、採点され、平均され、順位をつけられる。その点数は、具体的な関係から生まれながら、今度は関係を離れ、関係を凍らせる。
人に頼りながら、人を平らに押しつぶす。
二つは矛盾しない。人に頼るのは、星の一つ一つを、ある具体的な人が、ある具体的な経験の後につけるからだ。人を平らにするのは、何百もの星が平均されると、その具体的な経験が、一つも残らないからだ。第十二篇で述べたように、構が測るのは出来事そのものではなく、出来事がどう組み立てられたかである。ここで組み立てられているのは、互いにかかわりのない、何百回もの印象なのだ。
八 評判も、帳簿を閉じたがる
最後に扱うのは、この主題のなかで最も語り方を誤りやすい部分である。
中国の社会信用体系について、西洋で広まっている想像は、しばしば一つの全国統一システムを描く。全員が一つの総合点を持ち、交通ルールを無視して道路を横断すれば減点され、点数が低ければ高速鉄道に乗れなくなる、というものだ。
公的な文書、その後の法にもとづく制度の見直し、近年の研究は、いずれも、その描き方があまりに戯画的だと示している。
二〇一四年の計画綱要は、確かに、二〇二〇年までに社会信用体系を基本的に構築すると掲げた。だが、実際の構造は、公共信用情報の目録、統一コード、部門間のデータ共有、レッドリストとブラックリスト、連動した優遇と制裁、業種別の信用監督、司法執行の名簿、地方の試行をつなぎ合わせた制度の集まりに近い。全国の市民の総合点を、一枚の表にしたものではない。
この点を正確に言う必要がある。理由は、事実に忠実であるためだけではない。全国民の総合点だと描けば、批判するのは簡単だ。その簡単さのために、本当に働いている部分が見えなくなる。前の篇々でも、同じ教訓があった。第十六篇の三つの飢饉では、人を排除する技術はそれぞれ違っていた。一つ一つの具体的な形を言い表して初めて、何をしたのかがわかる。
二〇二〇年に国務院弁公庁が出した文書は、とりわけよく事情を示している。中央自身が、初期に広げすぎた運用へ歯止めをかけていたとわかるからだ。文書は、公共信用情報へ組み入れるには、法律、法規、または中央の政策文書に根拠がなければならず、目録によって管理するよう求めた。重大な信用失墜行為をした主体の名簿と制裁措置にも、明確な定義を設け、法律と規則に従わなければならない。個人情報の公開には、明確な法的根拠か本人の同意が必要であり、さらに機微な情報を伏せるなど、必要な処理を施さなければならないとした。
二〇二五年の意見書も、統一社会信用コード、基本目録、制裁措置の基本リスト、信用の回復、そして業種ごとの信用制度の整備を引き続き強調している。
これらの文書を読むと、国家の水準で繰り返し作られてきたものが見えてくる。全国民の総合点より、はるかに多く力を注がれているのは、信用の基盤と、規則に従わせるための制約の仕組みなのである。
だから穏やかな制度だ、という意味ではない。
研究者が広く指摘するのは、この体系の成熟し、深く作用する部分は、しばしば個人の総合点ではなく、企業の監督、裁判所の執行、業種ごとの等級別・分類別の監督、行政部門どうしの連動にあるということだ。企業は文書がより主要な対象とする集団の一つだと、明確に述べる研究もある。また、この体系は、いまも人による調査、照合、行政上の決定に強く依存している。
社会信用の総合点と、特に混同されやすいものは、実は二種類ある。
第一は、裁判所の制度にある、義務を履行せず信用を失った執行対象者の名簿と、高額消費を制限する措置である。公的な執行情報プラットフォームによると、二〇一九年三月六日までに、全国で公表された名簿への掲載件数は累計千三百二十六万八千八百九件に達した。航空機への搭乗制限は延べ千九百五十八万二千百七十九人、列車への乗車制限は延べ五百六十三万五千八十六人だった。
ここにあるのは、日常の何かの行動について点数が低すぎる、という論理ではない。特定の司法文書と、執行によって果たすべき義務に結びついた、具体的な名簿である。
全国民の総合点と呼ぶのは正確ではない。だが、痛みを伴わないと言うのも正確ではない。代償は即時に、具体的に生じる。移動を、資金調達を、事業の営みを塞ぐ。
第二は、地方で試みられた点数制である。ある県級市の管理規則は、社会の構成員の信用点を千点制とし、初期値を千点にして、いくつかの等級に分けると明記した。同時に、義務の履行、事情の説明、ボランティア活動、慈善寄付などによって信用を回復できるとも定めた。報道によれば、その地域は六百を超える経済・社会活動を対象とする情報収集目録を作り、千九百万件の基礎情報と、百三十万件の信用を守る行為と損なう行為に関する情報を集めていた。自然人、行政機関、村や居住区の組織、法人のすべてが、データベースに入れられていた。
もう一つ、分けておかなければならないものがある。ある電子商取引グループの信用サービスと、公的な社会信用体系は、同じものではない。二〇一五年に八社が、個人信用調査の試行に向けた準備を認められ、そのサービスも対象の一つだった。だが後に、個人信用調査業の正式な免許は得られなかった。これを全国の社会信用の総合点だと捉えることは、最も広く、最もしぶとく残る誤読の一つだと、複数の研究者が強調している。
戯画のような誤解を正すことは、問題を軽く扱ってよいという意味ではない。
より適切なのは、こう言うことだ。いまのところ、広く流布している物語のような、全国統一の個人総合点はできていない。一方、すでにでき、なお広がっているのは、部門をまたぐ情報の集約、名簿を使った制約、対象に応じて異なる監督、信用の回復、統一識別コードが並行して働く、信用統治の基盤である。企業、裁判所の執行対象、特定業種の主体に対する統治の効き目は、一般住民を総合点で管理する場合より、強く、安定していることが多い。
この効き方の分布そのものに、目を留めたい。最も深く作用するのは、まさに、明確な法的根拠があり、具体的な文書があり、義務が定まっている場所だ。つまり、この仕組みの本当に硬い部分は、謎めいてはいない。これだと指し示せる規則によって支えられている。SFに最も近く見える部分ほど、むしろ最もばらばらで、地方の色が最も濃く、最も不安定なのである。
ここで、この歴史全体が抱える本当の問いへ戻ることができる。
スコア社会への批判は、ある種のロマンへ滑りやすい。貨幣や点数は冷たく、評判や口コミ、人間関係こそが温かいものだという考えである。後者へ戻れば、問題は少なくなるかのように。
資料が示す答えは、ちょうど逆だ。
評判そのものもまた、いつも帳簿を閉じたがる。
十九世紀の信用調査員は、人柄を手引書へ収めようとした。ネット競売のプラットフォームは、見知らぬ人の信頼性を公開された記録にしようとした。短期宿泊や配車のプラットフォームは、サービスの体験と労働の規律を、途切れず続く星の評価にしようとした。地方政府は、道徳と法を守ることを、同じ千点制のなかへ混ぜ合わせる。
動きは、そのたびに同じである。本来は具体的な関係、具体的な境遇、具体的な裁量に頼っていた判断を、遠くまで流通でき、機械的に呼び出せ、大規模に複製できるものへ作り替える。
評判は、生まれつき貨幣より寛大なわけではない。やはり人を一つの判断へ押し縮め、間違いもすれば、操作もされる。地域の偏見や、集団への差別によって、人を傷つけもする。
これまでの二十篇で、繰り返し述べてきた。匿名の物差しと、人に根ざす信頼は、一方が他方に取って代わる関係ではない。ずっと絡み合っている。
ここでは、それをもう少し正確に言いたい。
絡み合うのは、互いを必要とするからだけではない。もとから、同じ衝動の二つの形だからである。
世界を、精算できる一本の物差しへ押し縮めたいという衝動。それが、貨幣の側では価格に、評判の側では点数に姿を変える。一方は冷たく、一方は温かく見える。だが、していることは同じだ。比べられないものを比べられるようにし、その場を離れられない判断を運べるようにし、前後のいきさつを持つ経験を、別の場所でも読み取れる一つの項目へ押し縮める。
両側の役割の分担も、一貫している。価格が決めるのは交換が成り立つかどうかであり、点数が決めるのは、この人が入ってこられるかどうかだ。前者は、一つの物事にどれほどの値打ちがあるかを決める。後者は、あなたにその卓を囲む資格があるかどうかを決める。前の篇の終わりでは、予測可能な外観が広告のなかで価格へ換算されると述べた。ここでは、同じ外観が資格へ換算されている。
だからこそ、両側からこぼれ出すものも、同じなのである。
支払いが百二十日遅れた人。その人が、なぜ遅れたのかは記録にない。評価が三・九の運転手。その日、なぜ遅刻したのかは星の数にない。信用のうえでは見えない人。その人が、これまでの年月をどう生きてきたかは、どの数にもない。
この三つには、共通する点がある。どれも、情報が欠けているのではない。そこに存在し、語ることができ、知っている人がいる。ただ、遠くから読み取れる形を持っていないのである。構は見落としたのではない。定義のうえで、この種類のものを受け付けない。求めているのは、別の場所で機械的に呼び出せる項目だ。そして、理由というものは、そうした項目では決してない。
どの採点システムにも、やがて回復と呼ばれる仕組みが育ってくる。
回復という言葉は、一つの告白である。人は変わりうる。だが、点数は過去を圧縮したものだ。二つのあいだにずれがある。そのことを認めている。
ずれがあるなら、人が戻ってこられる道がなければならない。
その道を開くのも、構自身である。自分で築いた壁に、道を開く。開いた後には、どれだけの時間をかけ、何を提出し、何をすれば通り終えたことになるかまで定める。
人が変わったという事実は、自動で帳簿に入るわけではない。申請、審査、公示、所定の期間を経て、ようやく認められる。
そのあいだ、本人は本人でありながら、帳簿には別の人がいる。
勘定はいまだ合わず、記帳はいまも続いている。
中国語原文の論証と史料を基に、日本語読者のために構成と文章を新たに組み直した独立編集・再構成版です。 中文・English