Non DubitoEssays in the Self-as-an-End Tradition
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大知道徳経解
第四十八章 · 全八十一章

身につけたものを、持ち直す

秦汉(大知)· Han Qin

本章の中国語原文

帛書の校訂本文 · 本注で採用した読み

为学者日益,闻道者日损,损之又损,以至于无为。无为而无不为,将欲取天下也恒无事,及其有事也又不足以取天下矣。

底本と句読点について

著者の『道德经注·君子不器』で採用した帛書の校訂本文に基づきます。甲本・乙本を参照し、校訂や補字を加えたもので、どちらか一方を一字ずつ写した翻刻ではありません。章番号は通行本に、句読点は本注に従います。閲覧言語を切り替えても、経文の中国語表記は変わりません。

本章のもとになった論文を読む(英語・中国語)

一 増えていく履歴書

履歴書を更新すると、前より長くなっている。できる仕事が増え、資格が増え、担当した事業も増えた。努力が形になったのだから、うれしくてよい。ところが、その一行一行が「これからも、この人に見えなければならない」という注文に変わると、紙の上では豊かになったのに、身動きが取りにくくなる。

専門家だから知らないと言えない。責任者だから迷っているように見えてはいけない。成功した人だから、以前より小さな仕事はできない。得たものが役に立つだけでなく、得たものにふさわしい自分を演じる仕事まで連れてくるのである。

第四十八章は、その増える方向に別の方向を並べる。「为学者日益,闻道者日损」。学ぶ者は日々増し、道を聞く者は日々減らす。学ぶことをやめる合図としてではなく、能力を増やしながら、何を減らせばその能力をよく使えるかという問いとして読んでみたい。

私たちは成長を、新しいものを身につけることとして捉えるのが得意だ。新しい役割を増やさずに、昨日まで必要だと思っていた身構えを一つ下ろす。それも深い変化になりうる。この章は、その目立ちにくい仕事に光を当てる。

二 学ぶことと、聞けること

「為学」は、普通に学ぶことを含む言葉である。古い注にも能力や実践を積む方向で読むものがある。知識を増やすことを、初めから見栄のための札集めに読み替えるのは狭すぎる。言葉を学び、計算を覚え、技術を練習するからできる仕事があり、その学びは簡単でもない。王弼注

それでも、覚えたことが目の前の事実を隠す場合はある。「この種類の問題は分かっている」と思った途端、相手の説明の続きを聞かなくなる。資格があるから確かめなくてよいと感じる。知識の中身より、知っている自分を守ることが前へ出てきたとき、足すだけでは解けない問題が生まれる。

この連載は「聞道」を採り、聞く、受け取るという姿勢を前面に置く。通行本の「為道」を読めば必ず道を所有しようとする野心になる、ということではない。ここでは「聞」の一字を手がかりに、自分の説明を先に押しつけず、現実のほうから教えられる余地を残す。

減らすものは知識そのものより、それを盾にしている余分な身構えだ。第四十七章で、集めた情報を理解する時間へ戻ったように、今度は、身につけたものが本当に働くために何が邪魔になっているかを見る。学んで増すことと、聞いて減らすことは、同じ人の一日の中にも置ける。新しい方法を覚えながら、古い方法で優れていた自分を永久に守る必要はなくなる。

三 減らすには、見分ける力が要る

受け取る姿勢は静かに見えるが、減らす仕事は受け身ではない。「自分はこの仕事なら誰にも負けない」という自信が支えだった人にとって、助けを求める一言は簡単ではない。言えばよいと分かっていても、言う直前に、自分の価値まで落ちるような感じがする。その感じを見ながら、なお必要な問いを出すところに力が要る。

手術の比喩を借りるなら、大切なのは思いきり切る勇ましさでなく、残すものと処置するものを見分ける精密さだ。役に立つ組織まで取ってしまえば、よくはならない。人についても、経験、価値観、人格、責任、身を守る境界を一緒に削る必要はない。少なくしたいのは、それらを守る名目で現実への応答を妨げている癖である。

たとえば、約束を大切にすることは残す。約束を守れない状況になったとき、それを隠して有能なふりをする癖は減らす。専門知識は残す。その分野の人でない相手の疑問を軽く扱う癖は減らす。自分の判断を持つことは残す。意見を変えることを敗北とみなす規則は見直す。

増やす学びにも努力が要るし、減らす学びにも努力が要る。ただ後者では、取り除きたいものが、かつて自分を助けてくれたものでもあるため難しい。あの自信があったから歩けた。しかし、これからも同じ形で必要とは限らない。第三十三章の自分に向き合う強さを、過去の自分を憎むのでなく、その続きを選ぶ強さとして受け取りたい。

四 減らしたあとにも、見つかるもの

「损之又损,以至于无为」。減らし、また減らして、無為へ至る。一度よい気づきを得たら、それで余計なこだわりが全部なくなるわけではない。

「専門家らしく見られたい」を少し下ろせた人が、今度は「自分は専門家ぶらない、開かれた人だ」と思いはじめる。その評判を守るために、本当は反対なのに分かったふりをするかもしれない。控えめさも、自由な人という自己像も、守るべき新しい形になりうる。だから減らすとは、身につけたものを一度全部捨てる儀式ではなく、いま何のために動いているかを繰り返し見ることなのだ。

ここでの無為を、私は、自己像の維持に余分な仕事を足さず、その場に必要なことへ応じるあり方として読む。知らなければ尋ね、できることなら引き受け、できないことは相談する。何も決めないのではない。自分を立派に見せるために、判断を曲げる仕事が少し減るのである。

最後の一枚を剥がせば、経験や関係からまったく自由な「本当の自分」が現れる、と約束したいわけではない。私たちは学び、傷つき、助けられながら形を変える。その途中で、今の形を守ることと、よく生きることが同じではないと気づける。無為は、その自由を実際の行為の中で探す言葉になる。

五 仕事へ戻ってくる注意

「无为而无不为」。無為でありながら、為さないことがない。この大きな言い方を、余計な自己演出を下ろせば何でも成功するという万能の術にすると、無為はまた手に入れたい能力になる。ここで読み取りたいのは、状況へ応じられる幅が広がることだ。

人に説明している途中、質問されて答えが分からなくなったとする。「詳しい人」という像を守らなければならないと、話をそらし、難しい言葉を増やし、質問のほうに問題があるように扱ってしまう。その間、注意は問題から離れている。分からないので確認すると言えれば、次に何を調べるかへ戻れる。

専門的な仕事は、専門家らしい顔だけではできない。逆に、専門家らしく見えるかどうかを気にしすぎなければ、必要な確認、地味な修正、他人への相談をしやすくなる。力を抜くと能力が空から来るのではなく、すでにある能力や助けを、仕事のために使いやすくなるのである。

勝敗でも同じことがある。勝った自分を想像することに忙しいと、いま何が起きているかを見失う。結果を大切にしながら、結果で自分の全価値を決めないほうが、目の前の課題に集中できる場合がある。第三十七章へ戻れば、自分が動かした証拠を作ることを減らし、実際に働いているものを助ける方向だ。

それでも失敗はある。技量、時間、資源、相手の意思が結果を左右する。無不為は、その限界を消す魔法ではなく、面目のために自分で狭めていた行為の幅を、もう一度開く像として受け取りたい。

六 天下を、自分の所有物にしない

「将欲取天下也恒无事,及其有事也又不足以取天下矣」。天下を取ろうとすることに話が及ぶ。「取天下」という権力をめぐる言葉の中で、章は、絶え間なく事を起こし、自分の形を世の中へ押しつけるあり方を戒める。第二十九章の、天下を強いて扱おうとする危うさともつながる。

「無事」を、必要な仕事がないこととは読みたくない。治めるには制度も資源も保護も要る。問題は、生活を支えるための行為より、治めている自分を示すための騒ぎが多くなることだ。自分の手柄に見えなくても、人が暮らせる条件を整える。その仕事は、派手な事業より深い責任を伴う場合がある。

関係に移してみよう。失いたくないから、連絡の頻度を決め、行動を確認し、相手の気持ちを何度も確かめる。そうして相手をつなぎとめようとするほど、共にいる時間は検査の時間になる。握る手を緩めるとは、もっと巧妙に所有するための技法ではない。相手が違う気持ちを持ち、去る可能性もある、一人の人だと認めることだ。

製品なら、解約を難しくし、通知を重ね、使い続けるよう追い立てることと、役立つから使い続けてもらえることは違う。後者のためには、地味な改善や支援の仕事が要る。利用者が残る保証はないが、選べる状態で使ってもらう関係のほうを目指せる。評判もまた、評判を作る演出だけを増やすより、期待された仕事を実際に果たすところへ注意を戻したい。

つかまないから必ず手に入る、ではない。つかむことを目的にしなくなると、支えること、作ること、関わることを、それぞれの相手と現実に即して行えるようになる。そこに、この章の前向きな提案がある。

七 一つ、余分な仕事を下ろす

学びについてなら、いま増やしているものを否定せず、何のために使いたいかを確かめよう。必要な資格なら学び続ければよい。その傍らで、「この資格がなければ自分には価値がない」という余分な条件は緩められないか。増やすものと減らすものを、別々に選べる。

仕事についてなら、今日、自分の見え方のためだけに使った力を一つ見つける。分からないことを隠すための長い説明。忙しさを示すためだけの会議。断れない人でいるために引き受けた余分な役割。その一つを直すと、何をする時間が戻ってくるだろう。必要な責任まで放り出すのでなく、責任を果たしにくくしている動きを減らすのである。

得たいものについてなら、握る力を少し弱めることが、相手の自由を本当に増やすかを考える。表面だけ控えめになり、心の中では見返りを待ち続けているなら、その待ち方も見直せる。道を聞くことは、世界から望みの答えだけを聞き出すことではない。

「为学者日益,闻道者日损」。増えた力を大切にしながら、それを証明するための荷物は下ろしてよい。すべてを脱ぎ捨てた完璧な自分になる必要はない。今日ひとつ、実際の仕事へ注意が戻れば、それはすでに変化である。

履歴書は長くなってもよい。それを一行ずつ、毎日演じ続けなくてもよい。身につけたものは、自分を縛るためでなく、今ここでよく働くために持ち直せるのである。


詳しい注釈と、この連載で採る本文の比較は論考第六篇およびZenodo版へ。先行論考:第一篇、第二篇、第三篇、第四篇、第五篇。