人はどれほど速く走り、高く跳び、遠くへ投げられるのか
1マイル4分の壁から「女子はいつ男子を上回るのか」という予測まで、限界を予測する試みは、繰り返し記録の曲線を人間そのものと取り違えてきた。物差しは、構が生み出す数字を追うことはできる。それでも、主体の最後の目盛りには届かない。
この篇の目次
一 繰り返された、限界の計算違い
このシリーズも、ここまで来た。最後の問いを立てよう。一人の人間は、いったいどれほど速く走り、高く跳び、遠くへ投げられるのか。
この問いには、確かな部分がある。有限の生物には、必ず限界がある。人は光より速く走れないし、月まで跳び上がることもできない。究極の数字は、必ず存在する。そして必ず、有限である。
だが、確かでない部分もある。この篇で扱うのは、そちらだ。存在することは確かな、その有限の限界を、計算で割り出せるのか。
過去70年、多くの頭脳が、その計算に挑んできた。過去の競技成績の曲線を外挿し、生理学的なパラメータでモデルを組み、統計学の極値分布を当てはめた。そこから、具体的な数字が次々に出てきた。1マイルは3分半を切る。女子はある年に男子を上回る。マラソンの限界は、このタイムだ、と。
そうして出てきた数字は、一つ、また一つと、計算違いだったことが明らかになった。
しかも、その間違い方は、たまたま起きた失策ではない。同じ根本的な誤りが繰り返されている。歴史のある時点で、ある条件の下に成り立った関係を、未来にも変わらず成り立つ法則として扱ってしまうのだ。
この篇では、そうした失敗を一つずつ並べ、それぞれがどこで間違えたのかを確かめたうえで、どこで同じ間違いをしているのかを見ていく。その共通の誤りにこそ、第1篇から追ってきたあの物差しが、最大の野心を抱いたときにさらす、最も深い綻びがある。これまでの22篇が扱ったのは、すでに起きたことを測ろうとして、物差しが犯してきたさまざまな失敗だった。この篇で扱うのは、まだ起きていないこと、あの究極の限界を測ろうとしたときの失敗である。
二 1マイル4分に、科学が死刑を宣告したことはない
まずは、限界をめぐる最も有名な物語から始めよう。その物語は、ほとんどどのくだりも、誤って語られているからだ。
物語はこうだ。バニスター以前、科学者たちは、1マイルを4分で走るのは不可能だと知っていた。挑めば死ぬかもしれない、と警告する医師さえいた。ところが1954年5月6日、バニスターは3分59秒4で走り、科学が下したその禁令を破った。
これを、記録に裏づけられた科学界の合意として語ることはできない。
1954年より前に、3分59秒は生理学的に不可能だとした生理学論文は見つからない。そう述べた科学者の名前も、専門学会の声明も、医学上の判定も見つからない。
そして、もっと大切なのは、バニスター自身の言葉だ。彼はのちに、生理学者として考えても、4分1秒や4分2秒で走れる人が、いずれ4分を切れないという物理的な理由は何も見当たらなかった、と説明している。4分は、心理的に大きな意味を持つ切りのいい数字であって、生理学的な不連続点ではなかった。この壁は物理的なものではない、と彼ははっきり述べていた。また、早くも1947年には、4分の壁はいずれ破られると予測する記者たちがいたことも覚えていた。
では、「医師や科学者が、走れば死ぬかもしれないと警告した」という、何度も引用される言葉はどうか。ギネスや記念サイトには掲載されている。だが、どちらも1950年代の同時代資料を示していない。どの科学者が言ったのかも、バニスターがどのような場でそう語ったとされるのかも、明らかにしていない。したがって、この言葉の最終的な出所は未確定である。それだけでは、1954年以前に科学界の合意があったとは言えない。個々の医師が劇的な物言いをしたことは、実際にあったかもしれない。しかし今ある手がかりからは、誰が、いつ、どのような科学者としての立場で言ったのかを確定できない。それと科学界の合意とは、まったく別の話だ。
だから、この物語の実像はこうなる。1954年より前、1マイル4分には、世間でもスポーツ界でも、確かに強い神秘性がまとわりついていた。人々はそれを途方もなく難しいと考え、ランディは繰り返す4分2秒を、一つの壁として体験していた。それらは、いずれも本当のことだ。
だが、歴史を誤るのは、人々が4分を非常に難しいと考えていたと語るときではない。その難しさを、記録に残る科学的な定理へとすり替えるときだ。難しかったのは本当だ。だが、その難しさを定理にしたという科学は、作り話である。
この始まりは重要だ。この篇全体の基調を定めるからである。限界予測の最初の落とし穴は、ある数字を計算し損なうことではない。心理や文化の上にある壁を、科学や生理学が定めた境界に見せかけることだ。このあと登場する、本物の科学モデルも、もっと精巧な形で同じことを繰り返す。
この点は、冒頭ではっきりさせておきたい。後に続くすべての失敗を貫いているからだ。1マイル4分の物語では、人々は壁が破られる前に、なぜそれを越えられないのかという科学的な理由をこしらえる。ところが、いったん越えられると、その理由は煙のように消えてしまう。そこで初めて、そもそも確かな科学的根拠などなかったと気づく。後に見るモデルは、実のところ、それをもっと体裁よく行っている。ある成績は不可能だ、とは言わない。その成績が限界であり、漸近線であり、終点だと言う。だが、その限界を越えたとき、やはり気づくことになる。あの漸近線も、あの終点も、不変の科学的根拠を持っていたわけではなかった。ある期間の歴史に曲線を当てはめて得た、限界らしく見えるものにすぎなかったのだ。
三 1マイル3分半、50年越しの賭け
1976年、3人の研究者が、一つの論考で具体的な予測を示した。
まず、広まっている誤解を一つ正しておこう。この論考の掲載誌は『ネイチャー』ではなく、『サイエンティフィック・アメリカン』である。そのデジタル識別子が、たまたま『ネイチャー』と同じ接頭辞で始まっている。現在、『サイエンティフィック・アメリカン』が同じ出版グループの基盤を使っているためで、おそらくこれが、何度も繰り返される誤伝のもとだろう。
論考は、平均走速度が歴史上どのように向上してきたかを調べ、その傾向を先へ延ばした。中心となる予測は、1マイルの世界記録は、およそ50年以内に3分半に達する可能性が高そうだ、というものだった。
1976年6月から50年後は、2026年である。
ところが今も、1マイルの世界記録は、エルゲルージが1999年に出した3分43秒13のままだ。3分半より、13秒以上遅い。
見出しになった、あの50年の予測は外れた。
どこで間違えたのか。過去に観測された速度の向上率が、曲線を当てはめた期間をはるかに越えて外挿できるほど、長く続くものだと扱ってしまった。だが、記録の向上は、等速で前進するものではない。刻々と変わる極値生成の過程から生まれる。その過程には、人口の増加、競技会の頻度の上昇、プロ化、トレーニングの進歩、技術の更新、そして生理学的な飽和がある。どの要因にも、変わらず安定している保証はない。ある時期に観測された向上の速さを、どこまでも外挿できる定数と見なしたこと。それが、この予測の最も根本的な誤りだった。
公平を期して言えば、著者たちは「可能性が高そうだ」という確率的な言い方をしており、定理を宣言したわけではない。この点は、後でも繰り返し出てくる。元の論文は、後世の一般向けの語り直しより、はるかに慎重であることが多い。
これが第一の失敗だ。「傾きは持続する」という見込みの失敗、と呼べる。歴史上観測された向上率は、その後鈍った。予測は、鈍らないと仮定していた。
なぜこの失敗がほとんど避けがたかったのか。それを理解するには、その向上率がどこから来たのかを考えるとよい。20世紀半ば、走競技の成績が急速に伸びた背景では、いくつものことが同時に進んでいた。競技に参加する人が増え、トレーニング科学が進歩し、栄養が改善され、大会が増え、プロ化が広がった。ある期間、それらが重なって、急な向上の傾きを作った。だが、そのどれも、永遠に加速し続けることはできない。参加人口はいずれ飽和する。トレーニング法の効果も上限に近づく。手の届きやすい果実は、取り尽くされる。だから、あの急な傾きは物理定数ではなく、特定の歴史段階が生んだものなのだ。それを50年先まで外挿するとは、その特定の歴史段階がいつまでも続くと仮定することに等しい。その仮定は、ほとんど成り立ちようがない。
四 女子が男子を上回る年、その予測は何度も外れた
女子が何年に男子を上回るのかを、もっぱら計算する予測がある。限界予測の失敗史のなかでも、これはとりわけ見事に外れてきた一群だ。ただし、扱うには細心の注意がいる。性別について何か実質的な主張をしていると、非常に誤読されやすいからである。ここで学ぶべきなのは、あくまで外挿という方法についての教訓だ。
1992年1月2日、『ネイチャー』にごく短い寄稿が載った。女子の走競技の記録が、歴史上、男子より速く向上していたことを先へ外挿し、男女が並ぶ年を種目ごとに計算したものだ。後の生理学の総説がこの回帰を再構成して示した交点は、マラソンが1998年、400メートルと1500メートルが2025年、800メートルが2030年、200メートルが2040年だった。
1998年は過ぎたが、マラソンで男女は並ばなかった。2025年も過ぎたが、400メートルと1500メートルでも並ばなかった。この三つの予測時点については、いまや現実によって誤りが示されている。
どこで間違えたのか。見落とされた、きわめて重要な変数があった。女子スポーツが歴史的に置かれてきた、不均衡な条件である。
女子の記録系列がたどってきた時間の大部分において、スポーツのなかでの女性の境遇は、急速に変化し続けていた。参加者は増え、出場できる種目は広がり、一流のコーチに指導を受ける道が開かれ、才能の発掘が進み、プロとして活動する機会も増えた。だから、あの時期の女子の急速な記録向上は、かなりの部分、社会的な機会の遅れを取り戻すことから生じていた。生物学的な男女差が際限なく縮小していたわけではない。参加機会の追いつきが鈍れば、以前と同じ傾きで男女が近づき続ける理由はなくなる。女性の歴史的な向上の傾きを、女性に固有の、永続する生物学的傾向として扱うのは適切でない。
純粋に数学的な欠陥もある。競技タイムが直線的に短くなり続けるモデルは、物理的に成り立つ長期モデルにはなれない。無限に続ければ、やがてゼロ、さらに負のタイムを予測してしまう。負の時間で走る人など、ばかげている。そして、そのばかげた事態が現れるよりはるか前から、推定される交差年は、どの年を出発点に選ぶかに極端に左右される。あの歴史には構造的な断絶があり、安定した一つの傾きなどないからだ。
ここでも、元の論文は問いとして提示されており、タイトルには疑問符がついている。生理学的な同一性を断言したものではない。近年の総説は、挑発的な、あるいは半ば冗談めいた論考と評している。後の一般向けの語り直しのほうが、論文そのものより、はるかに断定的になりがちなのだ。
これが第二の失敗だ。社会的な遅れの取り戻しを、永続的な収束と取り違える失敗である。急速に変わりつつある社会条件を、安定した生物学的定数として扱ってしまった。
五 2156年、まだ答え合わせの日を迎えていない予測
2004年、やはり『ネイチャー』に掲載された短報が、さらに有名な、さらに遠い未来の予測を打ち出した。
その方法は、オリンピック100メートルの優勝タイムに、男女それぞれ一本の直線を当てはめるというものだった。注意してほしい。使ったのは優勝タイムであり、生理学的な変数でも、単純な世界記録の推移でもない。見出しを飾った交点は、2156年のオリンピック。モデル上、そのときの女子優勝者は約8秒079、男子優勝者は約8秒098となり、女子が男子を上回る。要旨には、条件がはっきりついていた。「現在の傾向が続けば」、そうなるというのだ。
この予測は、ここまでの予測と区別しなければならない。置かれている立場が違う。予測した時点が、まだ来ていないのである。
2026年に、2156年についてのこの予測はすでに失敗したと言うのは、論理的に誤っている。2156年は、まだ来ていない。
ただし、言えることは二つある。
第一に、あの有名な一つの年は、異様に広い不確実性の幅を覆い隠している。交差する年について、分析と議論で示された範囲は、およそ2064年から2788年だった。つまり「2156」という数字の報道上の精密さは、統計上の精密さをはるかに上回っている。700年以上に及ぶ不確実な区間が、たった一つの年に押し込められ、ニュースの見出しになったのだ。
第二に、オリンピックの優勝タイムは、外挿に使うデータとして、とりわけ具合が悪い。記録が一方向に向上していく系列ではない。ある大会で誰が勝つかは、選手権特有の戦術、天候、風、予選から決勝までの組み方、そして誰がたまたま決勝に進んだかにも左右される。4年ごとの優勝者のタイムを、着実に向上する生理学的な最高値として扱えば、世界記録のデータにはない雑音まで持ち込むことになる。数週間後、『ネイチャー』は、この短報を批判する投書を2本掲載した。
だから、この予測について誠実に言えるのは、「失敗した」ではない。その後のトップ選手たちの成績データは、一定の傾向で収束が続くという前提を支えておらず、そのため外挿の信頼性は大きく損なわれた。ただし、文字どおりの予測終点である2156年については、まだ反証されていない、ということだ。
この区別は、この篇が厳格に守らなければならない一線である。予測が現実によって反証されたことと、予測した時点がまだ来ていないことは別だ。現実によって反証されたことと、学術誌が論文を撤回したことも別である。先ほどの1998年や2025年は、すでにその年が過ぎ、予測も外れた。だから失敗と言える。2156年はまだ来ていない。失敗とは言えず、前提が揺らいだと言えるだけだ。この二つをごちゃまぜにすることこそ、厳密さを欠く態度である。そして、この篇が問うているのは、まさに厳密さを欠くことの代償なのだ。
六 生理学を入れても、外挿は消えない
ここまでの失敗は、歴史上の曲線ばかりを見て、生理学的な仕組みを見なかったからだ、と言う人もいるだろう。では、生理学を組み込めば、正確に計算できるのか。
答えは、否だ。生理学を入れれば、モデルの説明はつきやすくなる。だが、必ずしも予測が当たりやすくなるわけではない。
1989年、走競技の成績を、いくつかの生理学的パラメータと結びつける、本格的な生理学モデルが示された。無酸素性エネルギー容量、最大有酸素パワー、持続に伴って有酸素パワーが低下する度合いを表すパラメータ、そして走るためのエネルギーコストである。単なる傾向線ではない。仕組みを明示した、生理学のモデルだった。
だが、その未来予測には、やはり歴史上の傾向が忍び込んでいた。それらの生理学的パラメータは、この先も向上し続けると仮定していたのだ。その仮定の下で、1マイル3分半の到来は、およそ2040年とされた。2040年はまだ来ていない。だが、実際の向上の軌跡は、初期の直線的な予測に比べ、すでにはるかに緩やかになっている。
ここで最も注目すべきなのは、著者たち自身が用いた、不確実性を示す言葉だ。彼らは、代数と生物学を同一視していなかった。理論上の1マイル3分を論じる際には、最大有酸素パワーとして、体重1キログラム当たり毎分約112ミリリットルの酸素が必要だと計算し、それは人間の能力をはるかに超えているように見える、と述べている。一方、体重1キログラム当たり毎分98ミリリットル程度に、非常に高い無酸素性容量を組み合わせることなら、十分にありうると考えた。その組み合わせからは、中距離走について、ずっと速い理論上の限界が導かれるという。
ここで何が起きているのか。同じモデルでも、パラメータの仮定を変えて入れれば、出てくる限界はまるで違う。そして、どのパラメータの仮定が正しいのかは、モデル自身には答えられない。究極と呼ばれる数字は、仮定された極端なパラメータの組み合わせから、条件つきで出てきた答えであって、人類の限界を実測した値ではない。
これが第三の失敗だ。生理学に、未来へ投射した生理学を足し合わせる失敗、と呼べる。仕組みに基づく方程式であっても、そのパラメータのなかには、推測にすぎない未来の軌跡を含められる。方程式は本物だ。だが、そこへ入れた未来は、当て推量なのだ。
ここでは、少し立ち止まっておきたい。非常に魅力的な考えが、ここで崩れるからだ。モデルが十分に科学的で、十分に仕組みに立ち入っていれば、未来を正確に計算できるという考えである。その誤りは、二つの違うことを混同するところにある。仕組みに基づく方程式は、確かに現在を正確に記述できる。いまの選手の生理学的パラメータを与えれば、その選手がいまどれほど速く走れるかを計算できる。これは内挿であり、信頼できる。だが未来を予測するには、方程式はまず、未来の選手の生理学的パラメータを知らなければならない。それは方程式には計算できず、推測するしかない。科学的な方程式に、科学的でない推測を加えても、得られるのはやはり信頼できない予測である。仕組みの厳密さで、未来のパラメータを勝手に推測することの穴は埋まらない。精密な方程式に、推測した未来を入れれば、出てくるのも推測した結果だ。ただ、方程式という衣をまとっているぶん、実際以上に信頼できそうに見える。
七 漸近線も、外れる
直線を使った外挿が失敗するなら、自然に思いつく手直しがある。直線がどこまでも伸びて、ばかげたところまで行ってしまうのなら、途中で曲がり、やがて平らになる曲線に替えればいい。ある漸近線に近づく形にすれば、有限の終点を持たせられる。
2005年、まさにそのようなモデルが示された。際限のない直線的な外挿に、明確に対抗する試みだった。最初は急で、後になるほど平らになる形を当てはめたのである。記録上の走速度は、発展期には加速的に向上し、その後、有限の漸近線へ近づいていく。主な結論は、男子の走競技の記録は、当てはめた曲線が示す漸近的な限界まで、すでにおよそ1〜3パーセント以内に来ている、というものだった。
こちらのほうが、よいモデルに見える。数学的に筋の通った終点があり、負のタイムを予測することもない。
だが、これも失敗した。しかも、はっきりと失敗した。
マラソンについて当てはめた漸近的な限界は、約2時間3分38秒だった。ところが、その数字はとうに追い越されている。現在の世界記録は2時間0分35秒。漸近線は、決定的に越えられた。
モデルの内側にも、さらに鋭い警告があった。当時の女子1500メートルの世界記録は、当てはめた漸近線にほぼ達している、あるいはそれをわずかに越えてさえいる、と判定していたのだ。だがその後、キピエゴンは2025年7月5日、公認記録を3分48秒68まで縮めた。かつての歴史への当てはめを、大きく越えていったのである。
よりよいはずのモデルが、なぜやはり失敗したのか。その漸近線は、2005年までの歴史に当てはめて得たものだったからだ。当てはめから得た漸近線には、条件がつく。その歴史が代表していた技術、人口、トレーニング、競争の全体的なあり方に依存している。その後に起きる構造的な変化、たとえばランニングシューズの革新や、東アフリカの選手層の厚みの増大は、トップ選手の成績を生み出す関数そのものを動かしうる。最初は急で、後に平らになる曲線でも、数学的に筋の通った終点を持つというだけで、この問題から免れることはできない。
これが第四の失敗だ。歴史から得た漸近線を、不変の漸近線と取り違える失敗である。ある技術の時代に当てはめた終点を、人類という種の法則にしてしまった。マラソンは、それが法則ではないことを示した。
八 フランケンシュタインの選手
ここまでの失敗には、どれも歴史の外挿の影が残っている。ならば、いっそ歴史を捨て、生理学的パラメータの極限だけから、一人の人間の究極の能力を計算できないだろうか。
この道は、さらに根本的な難しさに突き当たる。
1991年のマラソンモデルに、「生理学的な限界は2時間だ」と、よく誤って引用されるものがある。実際に行ったことは、正反対だった。最大酸素摂取量を非常に高く設定し、持続して使える割合をその約85パーセントに置き、さらに卓越したランニングエコノミーを備えた選手を組み立てたのである。この仮想の選手が走るマラソンは、計算上、1時間57分58秒となった。
注意してほしい。人類は2時間を切れない、と言っているのではない。逆にこのモデルは、2時間を切ること、さらには1時間58分で走ることも、生理学的に可能だと言っている。著者自身の結論は、当時の記録を大きく上回る向上が生理学的に可能であるか、さもなければ、マラソンの成績を決める要因についての当時の理解を修正する必要がある、というものだった。これは可能性を述べたのであって、実測して壁を立てたのではない。
しかし、ここには落とし穴がある。この種の限界計算に、共通して潜む落とし穴だ。
この仮想の選手は、それぞれの生理学的特性を独立に極値まで引き上げ、すべてを一人の身体に詰め込んで作られている。最高の酸素摂取量、最高の利用率、最高の経済性。全部ほしい。全部、いちばんよいものがほしい。だが、問題はそこだ。実在する一人の人間は、その極値をすべて同時に持てるのか。
それらの特性は、互いに独立しているとは限らない。足を引っ張り合うこともありうる。酸素摂取量を非常に高くする身体の構造が、かえってランニングエコノミーには不利かもしれない。だから、各特性を別々に最大化し、その最大値をすべて一人の仮想の選手に組みつけると、できあがるのはフランケンシュタインの選手かもしれない。そのパラメータの組み合わせが、現実には永遠に現れないかもしれない怪物である。
純粋に生理学から限界を計算することの根本的な問題は、ここにある。ある成績を出すために、どのような生理学的特性の組み合わせが必要か。それは教えてくれる。だが、実在する一人の人間が、その組み合わせを同時に持つことになるのか、そもそも持てるのかは教えてくれない。この二つの問いの間には、巨大な隔たりがある。
同じ落とし穴は、ほかの限界論でも繰り返し現れる。スプリントの最高速度を調べた研究では、最高速度の差を主に生むのは、空中で脚をより速く入れ替えることではなく、地面からより大きな反力を得ることだとされた。そこから外挿して、人類は時速35〜40マイルで走れるかもしれない、と言う人もいる。観測された最高速度をはるかに超える速さだ。だが、それは驚くべき生体力学上の可能性であって、100メートルを8秒台で走れると検証された予測ではない。選手はまず加速しなければならず、姿勢も保たなければならず、レース全体を通じて、水平方向と鉛直方向に適切な力積を加え続けなければならない。最高速度に達したときの、一歩のなかの一局面の制約を、そのままレースタイムの予測に置き換えることは、ほかの制約が先に限界として立ちはだからないと、ひそかに仮定することだ。その仮定は、ほとんど成り立たない。
これが第五の失敗だ。部分の制約を、全体の限界と見なす失敗である。一つの部分、一つの局面に働く物理的な制約を、成績全体を決める要因として扱ってしまう。
九 一つの記録と、その下に広がる人々
ここまで見てきたのは、モデルの失敗だった。ここからは、もっと具体的なものを見よう。何十年も動かない記録は、人類がすでに頂点に達した証拠なのだろうか。
答えは、否だ。それをはっきり見るには、まず、まったく違う二つのものを分けなければならない。記録の停滞と、競技水準の停滞である。
世界記録は、順序統計量だ。数ある成績のうち、ただ一つ、最もよいものだけを記録する。その記録の下には、一面に選手たちが広がっている。その集団全体の水準は、記録を下回る範囲で大きく向上することもある。記録が動かないまま、逆に下がることもある。あるいは繰り返し記録に迫りながら、公式の数字を1ミリメートルも、100分の1秒も動かさないこともある。
だから、一つの記録が何十年も動かないことは、その種目が何十年も進歩していないことを意味しない。記録は、端にあるたった一つの点だ。種目とは、その下に広がる分布の全体である。点が動かなくても、分布は動きうる。
2026年の女子800メートルは、このことを鮮やかに示している。クラトフビロバが1983年に出した1分53秒28は、いまも残っている。だが2026年6月、ヴェロは1分53秒80で走った。歴代3位の速さと報じられ、43年前の記録まで、わずか0秒52に迫ったのである。43年越しの記録がなお立っていても、いまを走る選手は、そのすぐそばまで来ている。男子やり投も同じだ。1996年の世界記録は98メートル48だが、2020年には97メートル76を投げた選手がいる。記録は動いていない。それでも、その下の人々は、記録のすぐ下で絶えずうねっている。 ここまでの比較は6月時点のものとして残す。2026年8月27日のチューリヒでは、ヴェロはさらに1分53秒70を記録した。1分53秒28との差は0.42秒、記録のタイムに対して約0.37%である。さらに近づいたという事実も、その差をドーピングの有無の証拠にはしない。
さらに強い証拠は、かつて停滞の典型とされながら、その後ついに破られた記録にある。
女子走高跳の世界記録、コスタディノワが1987年に跳んだ2メートル09は、1980年代から残る化石のような記録の代表例だった。30年以上、凍りついていた。ところが2024年、マフチフがついにそれを動かした。男子円盤投で1980年代に生まれた世界記録も、同じく2020年代に破られた。
この二つは、「30年ものの記録」の表から消えた。その消えたという事実が、重要なことを教えている。何十年も動かない記録は、それを破るのが難しいことの証拠であって、人類の究極の限界であることの証明ではない。長い眠りが、二度と覚めないとは限らないのだ。
この点は、このシリーズ第8篇で論じた停滞にもつながる。ソトマヨルが1993年に残した2メートル45は、高々とそびえ、長いあいだ誰にも越えられていない。だが、その下にいる人々を見れば、山と谷がある。2014年、バルシムは2メートル43まで跳び、差はわずか2センチメートル、約0.8パーセントに縮まった。その後、世界最高の年間記録は2025年に2メートル36、2026年には2メートル34となった。差は11センチメートル、約4.5パーセントである。記録へ滑らかに近づく一本の曲線ではない。高い峰も深い谷もある、起伏する全体像だ。ソトマヨルの線は、いまもそこにある。だが、人類が生理学的な壁に突き当たったから動かないのではない。それは、破るのが非常に難しく、いまのところ誰も破っていない記録なのだ。その下に広がる人々は、上がり下がりしながら、うねることをやめてはいない。
ここで、一つ厳密に区別しておく必要がある。女子100メートルの10秒49は、現在もワールドアスレティックスが公認している。それが、統括団体の現在の公式判断だ。一方、独立した統計資料は、1988年のあの記録について風速の測定値に疑いがあると引き続き注記し、主要な一覧とは別に置いている。この二つは、同じ命題ではない。風速測定に疑問を呈するのは、証拠についての議論である。ワールドアスレティックスが10秒49を公認し続けているのは、公式の判断である。後者は覆されていない。疑いを申し立てることと、裁定が下ることは別なのだ。
ここでもう一度この区別を強調するのは、この篇の主題と深く絡んでいるからだ。何十年も更新されない記録を見ると、人は相反する二つの解釈に引かれやすい。しかも、どちらも行き過ぎうる。一つは、動かないのは人類が限界に達したからだ、という解釈だ。この篇では、いくつもの反例によって、それが成り立たないことを見てきた。もう一つは、その記録は作られた当初から問題があり、不正な手段で生まれたから、後の選手がクリーンに走っても永久に追いつけない、という解釈だ。こちらは、第21篇で論じた落とし穴へ滑り込む。記録が長く残っていることを、その記録が疑わしい証拠にしてしまうのだ。だが、長く残っているというのは、長く残っているということにすぎない。人類が限界に達した証拠にも、その記録に問題がある証拠にもならない。何十年も動かない理由は、いくつもありうる。まだ答えの出ていない問いに、生理学的な限界であれ、道義的な疑いであれ、決定論的な答えをいきなり埋め込むのは、統計上の観察を、それが支えられない結論に仕立てることなのだ。
十 物差しの届かない、最後の目盛り
この篇を、そしてシリーズ全体を、ここで結ぼう。
この篇では、限界予測の失敗の歴史を見てきた。1マイル3分半の予測は外れた。女子が男子を上回るとされた年のうち、すでに過ぎた年についての予測も外れた。生理学的パラメータや漸近線から計算された究極の数字は、次々に乗り越えられた。あるいは、実在する一人の人間には永遠に達成できないかもしれない、パラメータの組み合わせに支えられていた。
これらの失敗は、それぞれ姿が違う。歴史上の向上率を、永続する定数にしたもの。社会的な遅れの取り戻しを、生物学的な収束にしたもの。ある技術の時代の漸近線を、人類という種の法則にしたもの。部分の制約を、全体の限界にしたもの。個別に極値を取った特性を、一人の仮想の選手に無理やり詰め込んだもの。
だが、姿の違う失敗の底には、同じ誤りがある。条件つきの歴史的な関係を、未来にも変わらない法則へと格上げしてしまうことだ。
ライダーは、一つの傾きが続くと仮定した。ウィップとウォードは、社会的な条件による収束が続くと仮定した。テイタムは、雑音を含む直線を150年先まで延ばした。生理学的な投射モデルは、潜在的な特性が未来にたどる軌跡を仮定した。漸近線のモデルは、当てはめに使った歴史上の全体的なあり方が、その先も有効であり続けると仮定した。どれも、同じ場所で同じ誤りを犯している。手元には、過去について成り立っていた、本物の関係がある。そして、その関係は未来でもそっくりそのままだろう、と仮定したのである。
だが、未来はそっくりそのままではない。未来には、新しい選手、新しい技術、新しいトレーニング、新しい競争の仕組みがある。まだ生まれていない人が、まだ現れたことのない身体を伴ってやって来る。それらは、現在のデータのなかにはない。そして、究極の限界がどこにあるのかを決めるのは、まさにそれらなのだ。
だから、このシリーズ最後の問い、人はどれほど速く、高く、遠くへ行けるのかに対する答えは、こうなる。限界は、必ず存在する。有限の生物には、必ず限界があるからだ。だが、その限界を、いまある物差しでは測れない。存在しないからではない。その場所を定めるのに必要な情報、未来の選手、未来の技術、未来のすべてについての情報が、いまはまだ、この物差しの測定範囲に入っていないからである。未来が生み出す不確実さは、どれほど有名な数字がほのめかす精密さよりも大きい。
これが、このシリーズの、そしてこの篇の、最後の余項である。
これまでの22篇には、それぞれの余項があった。名簿に載らなかった名前。割り切れない原因。比べられない成績。反実仮想の比較対象にしか存在しない身体。収める場所のない連続性。成功の物語が測定の視野から外した人々。不可能と判じられた現実。あえて残しておく、閉じきらない部分。名づけることを拒まれた差異。線の外へ押し出されても、損なわれないもの。帳簿が裏づけられない記載。国を代表する立場を外されることを条件に、受け入れられた人。それらはどれも、すでに起きた何かを測ろうとしたとき、この物差しが届かなかったものだ。
この篇の余項は、究極の限界そのものである。物差しが最も測りたい目盛りであり、最も届かない目盛りでもある。これまでの余項のように、ある具体的な場面で取りこぼされた、具体的な何かではない。それは終点なのだ。第1篇からここまで、この物差しが測り続け、ずっと近づこうとしてきた、あの終点である。
ここまで来れば、さらに根本的な問いを立てられる。なぜ、その終点は測れないのか。
ここまでの答えは、必要な情報の一部が、まだ来ていない未来にあるというものだった。これは予測についての判断であり、ある成績や生理学的な限界を永遠に正確に測れないという証明ではない。ここで問いを変えよう。仮にそれらの量を十分正確に知る日が来たとして、それで一人の人間を測り尽くしたことになるだろうか。前者は知識と証拠の問いであり、後者は測られる人にどう向き合うかという問いである。前者から後者が直接導かれるわけではない。それでも、この走路は私たちを後者の前に連れてきた。
この物差しが測っているのは、人なのだ。
陸上競技とは、始めから終わりまで、人の才能を解き放つ営みである。速く走れる人にトラックを、高く跳べる人に一本のバーを、遠くへ投げられる人にフィールドを与える。日常に埋もれてしまうはずだった身体の能力に、存分に広がり、人に見られ、覚えてもらえる場所を与える。それが陸上競技の最もよい面であり、このシリーズは、それを一度も否定していない。ここで、人の才能は解き放たれる。それは本当のことだ。
才能を解き放つには、成績を見えるものにし、比較するための仕組みが要る。だが一度の競技を正確に測ることは、才能を、まして一人の人間を測り尽くすことではない。これまでの篇には異なる難しさがあった。比較できる条件なのか。古い証拠を検証し直せるのか。連続する身体の違いを分類にどう収めるのか。究極の限界には、さらに未来の未知が加わる。原因は一つではなく、どれも測定の失敗だというわけでもない。数字が明瞭になるほど、その条件、残された問い、数字の後ろにいる人を省いてはならない。才能を解き放つことと測定の射程を限ることは、両立する。
これは、偶然ではない。余項が永遠に消えないのは、測られているものが人だからだ。そして人は、正確に測りきれる量ではない。
正確に測るとは、定めた量を必要な精度で測定することだ。一つの数字で対象のすべてを代表することではない。長さを正確に測っても物全体を尽くしたことにはならず、速さを正確に測っても人全体を尽くしたことにはならない。どれほど速く走ったかがわかっても、その一走が本人の人生に何を意味するかは、まだわからない。ほかに何を望むのか、続けたいのか、勝ち負けをどう受け止めるのか。それは秒表の小数点以下が足りないという問題ではない。数字は間違っていない。それでも人は数字より多い。
だから、このシリーズの余項は、根の根までたどれば、同じものに行き着く。人のうちにあって、一つの数字ですべてを代表されることを拒む部分である。それは篇ごとに違う姿で現れる。名前となり、身体となり、帳簿の一行となり、戸口の外に締め出された人となる。だが、どれも同じ残りなのだ。人には、正確に測りきろうとするどんな物差しからも、必ずはみ出す部分がある。
このシリーズが守りたい礎は、人は目的であり、ただ利用できる手段ではないということだ。正確に計時し、誠実に距離を測ること自体が、人を道具に変えるのではない。それは努力を公平に認め、選手を守ることもできる。境界を越えるのは、その人の価値、選択、これからの生をすべて、順位づけられ交換できる一つの成績に縮めるときだ。問題は正確な測定ではなく、それを人全体の代わりにすることである。これからどう生きるかは、その人の問いとして残る。記録簿の所有物ではない。
陸上競技は成績を比較することで、人が同じ競技の場で出会えるようにする。それは尊厳への裏切りではない。認められないのは、成績から人全体への飛躍だ。勝ったから人生の価値がすべて証明されるのではなく、負けたからそれが失われるのでもない。測定が正確になるほど、その仕事の範囲も明確にできる。秒表はこの一走に何秒かかったかを示す。その人が何になるべきかを決めはしない。制度は自分の仕事をよりよく果たしながら、その外側にあるものをのみ込まずにいられる。
だから、ここで、このシリーズが繰り返してきた一文の、言葉を一つ変えなければならない。
私たちは「物差しはまだ正確に測れていない」と言ってきた。計時、距離、比較条件についてなら、この「まだ」には意味がある。装置を改善し、誤差を減らし、規則を改訂できる。だが、いつか一つの成績が人全体を代表するという約束が隠れているなら、そこで立ち止まるべきだ。尊厳は装置の不正確さに依存しない。どれほど正確な装置も、測るよう設計された問いにしか答えない。測定の進歩は続ければよい。人を測定結果と等しく扱う要求には、歯止めが要る。それは競技を軽んじるのではなく、競技を再び人のためのものにする。
誰が速く走るのかと人が問い始めて以来、この構は走路を整え、秒表を作り、記録を残してきた。これからもより正確に測り、一定の条件のもとで身体がどこまで行けるかを探るだろう。研究が信頼できる生理学的限界を永遠に見いだせないと予言する必要はない。守るべきことは別にある。限界がわかり、一走が正確に計時されても、ゴールしたその人は尽くされていない。再び走っても、やめても、別の生へ向かってもよい。走路の終わりは、その人の終わりではない。そこが、物差しが自分のものにしてはならない最後の目盛りなのである。
競技の成績は正確に測れる。それでも、成績で一人の人間を測り尽くすことはできない。