この版について
日本語版について:中国語原作をもとに、日本語の読者に向けて独立に書き直した版。原文は同じページで簡体字と繁体字を切り替えて読める。
第27話の戦いが終わったところで、この物語は終われたはずだ。
敵の旗艦は破壊され、最高司令官は死に、戦争は終わった。一条輝、リン・ミンメイ、早瀬未沙も、大戦の前後にそれぞれ大切なことを口にしていた。戦争の筋は、きちんと結ばれた。しかし三人の関係には、本当の意味で、もう覆らない結論が出たわけではなかった。
あの回を最終話にしても、おかしくはなかった。
けれども、この作品には、その先にまだ9話がある。
二年後
第28話は、ナレーションから始まる。あの決戦から、およそ二年が過ぎた。
地球は回復しつつある。生き残った人類と、生き残ったゼントラーディが、ともに暮らし始めている。街が再建され、秩序が作られ、日々は先へ進む。
では、その9話に何が描かれているか。
一条輝はだらしのない生活を送り、ミンメイと未沙の間で決めかねている。最終話の直前まで、揺れ続ける。
早瀬未沙は一人で酒を飲み、二日酔いになる。
リン・ミンメイは、歌うのをやめようかと思っている。人気は落ち、酒に溺れるカイフンと各地の仕事場を回っている。
第27話を過ぎると、共通の危機によって一時は歩調の合っていた関係が、日常の中でまたほどけていく。
あの回ではっきりしたはずのことが、この9話でまた曖昧になる。決まったはずのことが、決まっていないことへ戻る。
制作や放送の経緯が、この収まりのよくない続きを形作ったことは確かだ。それでも、完成したテレビ版は全36話だ。実際に映像になったこの9話も、作品に含まれる。
そして、そこで描かれたものは、第27話のあのきれいな結末より、ずっとみっともなく、ずっと具体的だ。
戦争が終わっても、人は自動的に、よりよい人間にはならない。勝った日に明らかになったことが、翌年にはまたわからなくなる。決戦で気持ちを打ち明けた者も、二年後には、やはり迷っている。
この9話が描くのは、そういうことだ。
なじめない者たち
ゼントラーディの側にも、問題が起きている。
地球の暮らしになじめない者がいる。
作品は、この問題から目をそらさない。彼らは悪人でも、頑迷な連中でもない。一つのことだけをするように造られた人々だ。そのことを、今はしなくなった。ほかにできることがない。
彼らは暴動を起こし始める。
そうした者たちを集め、再び人類との戦いを始めたのが、カムジンだった。
気をつけたいのは、彼らが文化を知らなかったわけではない、という点だ。たばこを吸い、文化を話題にする。人質を取り、交換条件を突きつけて人を従わせることもできる。人類社会の楽しい部分も、人を縛る部分も、そろって彼らの新しい手段に加わっていた。
接触によって暮らしや行動の幅は広がった。だが、それだけで人が自動的に善良になるわけではない。
作品は、このくだりに何の評言も付けない。ただ、それを起こらせる。
カムジンのあの言葉
カムジンも、その仲間たちも、実際に触れてはいるのだ。
歌う姿を見た。キスを見た。たばこも味わった。後には、そうしたものを「文化」と呼ぶようにもなった。たばこを吸いながら、これが文化だと言っている。
その一式について、カムジンは評価を下す。大意を言い直すなら、こうだ。
見慣れてしまえば、どうということもない。ただ珍しかっただけだ。
この連作がたどり着くのは、その言葉だ。だから、ゆっくり考えたい。
嘘ではない。彼は本当に接触し、本当に見て、本当に試している。それについて意見を述べる資格はある。
怒りに任せた言葉でもない。何かを攻撃しているのではなく、判断を下している。試してみたが、その程度だった、と。
数百万隻の艦隊を止めてしまうものが、ある一人にとっては、何でもないことがある。
矛盾はない。二つは別のことを言っている。前者は、あるものがシステムの中で発揮する効果について。後者は、それが一人の人に及ぼす効果についてだ。
この作品は、両方を描いている。
ミンメイは聞いていた
その言葉を聞いた者の中に、リン・ミンメイがいた。
当時、彼女の人気は下がっていた。歌うのをやめようかと迷っていた。カイフンと各地を回って仕事をし、そのカイフンは酒に溺れていた。
あの言葉は、彼女に大きな打撃を与えた。
彼女がどこに立たされているのか、ここではっきりさせておこう。
二年前、彼女の歌は数百万隻規模の艦隊を混乱させた。人類はその隙をつかんで旗艦を破壊し、戦争に勝った。それは、この星の歴史に記される出来事だった。
二年後、一人のゼントラーディが彼女に言う。あれは、ただ珍しかっただけだと。
彼女には、言い返すすべがない。
自分がこの星を救った、とは言えない。口にするには大きすぎるし、すべてを自分がしたわけでもない。あなたはわかっていない、とも言えない。彼は知っている。試している。彼女には、差し出せる証明が一つもない。
そもそも、自分がしたことが何だったのかを知らなかったからだ。第2篇で見たように、なぜ効いたのかはわからず、ただ歌っていただけだった。武器として使われたときにも、何が起きているのか、よくはわかっていなかった。
今、そのことは大したものではないと告げられる。大したものなのだと証明できるものは、手元に何もない。
唯一確かだったこと、自分には歌が歌えるということに、目の前で値が付けられた。その値踏みが正しいのかどうかを、彼女自身がわからない。
作品は埋め合わせをしない
ここで、この9話の最も重要な性質を考えたい。
作品は、その傷を埋め合わせない。
ミンメイが自分の価値を証明し直すためのコンサートを用意しない。彼女のしたことがどれほど大事だったか、立ち上がって教える人もいない。カムジンにあの言葉を撤回させることもない。その発言の報いを受けさせることもない。後に彼は死ぬが、それは別のことによってだ。
ただあの言葉を言わせ、彼女を打ちのめし、そのまま日々を先へ進ませる。
あの戦争を終わらせたものは、それを歌った当人を救えなかった。
作品は、それを解決しない。
最後の一話
カムジンは戦艦を一隻修理し、要塞への攻撃を仕掛ける。
そして戦死する。
彼についての作品の扱いは、率直だ。平和な暮らしを送れない人には、この道以外に行く道がなかった。
戦いが終わると、ミンメイは、一条輝と早瀬未沙が互いの無事を確かめ合っているところを見る。
彼女は、そこから身を引く。
知らない街に行って、もう一度歌ってみるつもりだと言う。
そして去っていく。一条輝と未沙は、その姿を見送る。
これが、この作品の結末だ。
結末に残るもの
最後に、この結末をもう一度、言葉を足さずに並べておこう。
南の小さな島から来た少女が、ミスコンテストに出て、デビューし、歌手になった。
彼女の歌を、三人の偵察兵が傍受した。ある種族が、それまで持たなかった範疇に初めて接触する出来事だった。
後にその歌は、一つの武器として決戦に用いられた。二つの種族の存亡を決める戦いだった。
二年後、そうしたものに実際に触れたゼントラーディが彼女に言った。ただ珍しかっただけだ、と。
物語の最後に、彼女は一人で知らない街へ行く。もう一度、歌ってみようと思いながら。
彼女のしたことと、その後に彼女が置かれた境遇は、釣り合っていない。
作品は、釣り合わせようとしない。彼女のしたことに見合う居場所も、それに見合う評価の一言も与えない。
ただ、一人で去らせる。
見送った二人は、彼女が去った後、再建の進む街に戻っていく。ごくわずかに生き残った人類とゼントラーディと、ともに暮らしていく。