この版について
日本語版について: 中国語原文全体をもとに、日本語の読者に向けて独立に書き直したもの。作中の言葉は原文に沿った意訳であり、映画の台詞や漫画の文言をそのまま引用したものではない。
ひとりの女がかまどの前で考えている。同じ量の米から、どうすればもっとたくさんのご飯が作れるだろう。
方法はある。当時、楠公飯と呼ばれていたものだ。米を水に浸し、一度炊いて、もう一度炊く。米粒が膨らんで、見た目にはずいぶん量が増える。食感はひどい。それでも、かさは増す。
彼女はそのとおりに作る。できあがったものを、家族で食べる。
この映画の本編をなすのは、こういうことだ。
彼女はどんな人か
浦野すず。1925年生まれ。広島の江波で育った。
小さいころから変わらないことがある。いつも絵を描いている。
炭で紙に描く。指で地面に描く。海を、船を、うさぎを、身近な人を描く。上手だが、大人に教え込まれた上手さではない。すずにはすずの描き方がある。目に入ったものを描き、描き終えると、そこに置いておく。
もうひとつの特徴は、気がそれることだ。よくぼんやりしていて、呼ばれても二度目でやっと気づく。何かをしている最中にも、気持ちは別のところへ行ってしまう。家族からは、ぼうっとした子だと言われる。
このふたつは、すずにとって同じことなのだ。彼女の一部はいつもここにいない。そして、その一部が絵を描いている。
映画はそれを巧みに映す。すずの気がそれると、画面そのものが、彼女の絵のような筆づかいに変わることがある。観客が見るのは、ぼんやりしているすずの姿ではなく、そのとき彼女の見ているものだ。ここにいない彼女の一部を、観客は見ることができる。
幼いころのすずには、もうひとつ、はっきりしない出来事がある。人さらいの籠に入れられ、連れていかれたことがあるのだ。籠には男の子もいて、ふたりはあとで逃げ出した。あの男の子は、のちに周作へとつながる。曖昧なまま残るのは、むしろ人さらいの話のなかで、現実と子どもの空想と記憶がどう重なっているのか、ということだ。
嫁ぐことが決まった
1943年12月、会った覚えのない人から縁談が来る。
相手は北條周作。呉の海軍軍法会議所で録事、つまり書記官として働いている。周作は幼いころに一度すずを見ているが、すずは覚えていない。
江波の実家は海苔を作っている。採る、干す、切る、押す。家族総出の仕事だ。すずは幼いころから、この仕事のなかで育った。
1944年2月、すずは嫁いだ。
この結婚をどう描くかに、作品の最初の重要な選択がある。映画は悲劇に仕立てず、恋物語にも仕立てない。
ひとつの出来事として映す。
縁談が来る。家が承諾する。すずは荷物をまとめ、乗り物に乗って行き、翌日からその家の仕事をする。途中に「私はどうしたいのか」と考える場面はない。すずの置かれた場所には、そもそもその場面がないからだ。
すずの暮らしには、自分で選んだことがほとんどない。
誰かが銃を突きつけて従わせたわけではない。「するか、しないか」を決める席が、はじめから彼女の側にはない。結婚は家が決め、住む町は夫について行き、仕事は割り当てられ、食料は配給され、防空演習は通知される。
呉に来るとき、すずは呉がどこにあるのかさえ、ろくに知らない。
それでも、着いた翌日にはもう働き始める。江波の実家とは仕事が違う。決まりも、鍋や茶碗の置き場所も、姑のやり方も違う。ひとつずつ覚えていく。
初めて町なかへ買い物に出かけ、道に迷う場面がある。長いこと歩き回り、日が暮れかけてようやく戻ってくる。戻ったすずの手には、買ったものが下がっている。
その家にいる人たち
北條家には、舅の円太郎、姑のサン、夫の周作がいる。
周作の姉の径子も、娘の晴美を連れて実家に戻ってきている。
径子はすずに容赦がない。仕事に文句をつけ、ぼんやりしていることに文句をつけ、手際の悪さに文句をつける。
一方、径子自身がどんな境遇にあるのかは、少しずつ明かされる。
径子は裕福な家に嫁いだ。その後、その家を出てきた。当時の慣習では、子どもは夫の家に属する。息子の久夫は向こうに残り、連れて帰れたのは娘の晴美だけだった。
つまり径子は、すずが一度もしていないことをした。あてがわれた居場所から、自分で降りた。その代価が、もう会えない息子だった。
すずにいちばん厳しく当たる人は、自分もまた別の家を出てきた人なのだ。そのために、子どもをひとり手放している。
映画は径子にその事情を説明させない。すずと心を通わせ、姉妹のように仲直りする話にも持っていかない。ただ、同じ屋根の下にふたりを置く。ひとりは小言を言い、ひとりはそれを受ける。日々は進んでいく。
この映画の本編は何か
ここで、この映画が本当に描いているものの話をしよう。
上映時間の大半を使って映しているのは、こんなことだ。
配給の米を、どうすればもっと多く炊けるか。
どの野草が食べられるか。どう下ごしらえをするか。いつ山へ摘みに行くか。
着物をほどいて、どうズボンに仕立て直すか。
防空頭巾をどう縫うか。
醤油がないとき、どう味をつけるか。
列に並ぶ。配給を受け取る。遠くまで買い物に歩く。帰り道で迷う。
町なかで欲しいものを見つける。買おうかと思う。勘定してみる。買わない。
この作品の本編は、ご飯を作ることだ。
では、戦争はどこにあるのか。
窓の外にある。呉は海軍の基地だ。港には艦隊、空には飛行機、山には高射砲がある。すずは洗濯物を干しながら軍艦を見ることができる。空襲警報が鳴れば防空壕へ入り、解除されれば戻って、ご飯作りの続きをする。
このふたつの比率を、映画ははっきりと定めている。すずの一日の九割はご飯作りで、一割は空襲を避ける時間だ。そして後者の一割が、少しずつ増えていく。
すずが作り出したもの
すずはほとんど何も選んでいない、と先に書いた。だが、それは片方の話でしかない。
すずの暮らしには、自分で選んだことがほとんどない。けれど、そのほとんどすべてを、自分の手で作り出している。
米は配給される。けれど、それをどう増やすかは、すずが工夫する。
野草は山に生えている。けれど、どれが食べられるか、どう苦みを抜くかは、ひとつずつ試して覚える。
服は古い。けれど、どう仕立て直すかは、まず自分で絵に描き、それから鋏を入れる。
暮らしの楽しみまで、自分で作る。家族のために絵を描く。壁にも描く。やっかいなことを頭のなかで一枚の絵にしてみると、取りかかりやすくなる。
ほとんど決定権を持たない人が、手の届く材料のすべてに、自分の手を加えている。
このふたつは同時に成り立ち、互いを打ち消さない。作品は、一方で他方の埋め合わせをしようともしない。「自分では選べないが、上手に暮らしているのだから、それでいい」とは言わない。
ただ、両方をそこに置く。
白木リンの言葉
2016年の劇場版では大部分が削られ、2019年の長尺版と原作漫画では、もっとまとまった形で描かれている挿話がある。
すずは町からの帰り道で迷い、遊郭に入り込んで、白木リンという遊女に出会う。
ふたりは、友だちのような間柄になる。
そのころ、すずには悩みがあった。栄養が足りず、いつまでたっても子どもができない。彼女のいる家で、あの時代に、このことは重い。嫁としての居場所のかなりの部分が、子どもを産めるかどうかにかかっていた。
リンはすずに、こんな意味のことを言う。この世界で、人ひとりの居場所が、そう簡単になくなりはしない。
この言葉が物語のなかで占める場所は独特だ。慰めでも、一般論でもない。社会のいちばん端にいる人が、自分の居場所がなくなるのではないかと案じる人に向かって言っている。
そう言うリン自身の居場所は、遊郭の一軒の店だ。
そして、彼女の言っていることは本当なのだ。
さらに、こんな場面がある。すずが遊郭へリンを訪ねると、リンはおらず、代わりに病床の遊女、テルと出会う。すずは自分の得意なこと、絵を描くことで彼女を励ます。のちに花見をしているとき、リンから、テルはあのあと死んだと聞く。
リンは生き死にについて、こんな意味のことも語っていた。誰にも明かさない秘密を、ひとりで抱えたまま死ぬ。それも、ひとつの贅沢なのだと。
また、誰かがすずに代わって決めた
もうひとつ、この篇の題とつながる場面がある。
すずの幼なじみに、水原哲がいる。いまは海軍の水兵だ。その水原が、すずを訪ねてくる。
そこで周作は、すずと水原がふたりきりになるよう取り計らう。おそらく善意からだろう。ふたりの昔のことを知っていて、すずに機会を与えるべきだと思ったのだ。
すずは、それに感激したわけではない。
自分の気持ちはもう周作に向いている、と気づく。同時に、周作への疑いも生まれる。どうしてあなたが、私に代わってそんなことを決めるのか。
ひとりの人が、善意から、別の人の受け取るべきものを決めた。
この家では初めてのことだろうか。そうではない。結婚もそうして決まった。どこで暮らし、何の仕事をし、今年をどう過ごすかも、そうして決まってきた。
違うのは、今回決めた相手が、すずにとって大切になり始めた人だったことだ。だから初めて、代わりに決められるという、そのこと自体がすずを不快にする。
1945年6月22日。すずは晴美の手を引いて、外を歩いている。
その日、すずの右手はなくなった。
次の篇へ。