Non DubitoEssays in the Self-as-an-End Tradition
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オリジナルのないコピー

Han Qin (秦汉) · 日本語版 · 2026-10-09

この版について

この版について:中国語原作をもとに、日本語の読者に向けて独立した文章として書き直した。原作は同じページで簡体字と繁体字を切り替えて読める。

テレビカメラの前で、一人の男が会社の社長を脅している。

記者がいる。カメラがある。野次馬も、監視カメラもある。それなのに、男の顔はどの映像にも映らない。男を捉えた画面では、その顔の位置に笑顔のマークがリアルタイムで重ねられている。

映像だけではない。その場にいる人々の目にも、顔のあるはずの場所に同じマークが見える。目が電子化されているからだ。男はそこにも侵入している。

この男が、のちに「笑い男」と呼ばれる。

事件の輪郭

まず、公的な記録の上でこの事件がどんな形をしているかを見ておこう。

正式名称は「広域重要081号事件」。

2024年2月1日から、およそ三か月にわたって起きた。物語の現在は2030年だから、六年前の事件だ。

セラノ・ゲノミクス社の社長アーネスト・セラノの誘拐。広域ネットワークへの侵入。同社のマイクロマシン生産ラインへのウイルス注入。マイクロマシンメーカー六社に対する脅迫。そうした事件が含まれている。

いずれの事件でも、同じ笑顔のマークが使われた。

一人の犯行に見える。並外れた能力を持ち、明確な目的に向かって行動し続ける、一人の人間の犯行に。

なぜ、そんなことをしたのか

動機についても、最後まで確認しておきたい。この事件全体で、ここだけは確かな手応えがあるからだ。

この世界には、電脳硬化症という病気がある。電脳化に伴って脳細胞が徐々に硬化していく、不治の病だ。

村井という博士が、その特効薬となる村井ワクチンを開発した。

使用には認可が必要だった。村井は申請した。認可は下りなかった。

薬に問題があったのではない。当時の所管部局のトップ、今来栖尚は村井と同期だった。村井への嫉妬から、ワクチンを握りつぶした。

とはいえ、病気への対策は必要だ。そこで今来栖が目をつけたのが、まだ開発段階にあったマイクロマシン療法だった。申請していたセラノ・ゲノミクス社は、当時は名もない小企業にすぎない。今来栖はその申請を強引に通した。

結果、セラノ社は一躍大企業になった。村井は失意のうちに死んだ。

本当に効くワクチンは認可されなかった。効かないマイクロマシンは認可され、普及し、大勢の患者に使われた。

その代償は具体的だ。本来なら治せた人たちが、役に立たないものを使わされた。当人たちは知らない。誰も教えなかったからだ。不治の病なのだから、治らなくても想定の範囲内だ。不治の病がなぜ治らなかったのか、わざわざ責任を問う者はいない。

のちにセラノ社長自身も、真相を知る数少ない一人となった。警察上層部は表沙汰になることを望まず、彼を半ば軟禁状態に置いた。

つまり、真相を知った者が現れたとき、この仕組みが選んだのは過ちを正すことではなかった。知っている人間を管理下に置くことだった。

ここには曖昧な箇所が一つもない。調べれば確かめられる。具体的な名前があり、特定の人間が、特定の私情から引き起こしたことだ。

アオイがしたこと

アオイは若者だ。

ネットを歩き回っていて、三年前にセラノへ送られた脅迫メールを偶然拾う。そのメールには、セラノ社のマイクロマシンが効かないことと、村井ワクチンが効くことが、対照させて書かれていた。

そこで彼は、事件の真相を知った。

正義感に駆られ、世に公表しようと決めた。

セラノの電脳に侵入して誘拐し、すべてを明かすよう要求する。顔を撮られないよう、あらゆるカメラの映像にリアルタイムでマークをかぶせた。

彼がしたのは、それだけだ。

アオイ本人の行動は二つしかない。セラノを誘拐したこと。カメラの前で彼を脅したこと。

それ以外のすべて、六社への脅迫も、生産ラインに仕込まれたウイルスも、三か月にわたる一連の犯行も、彼の仕業ではない。

それをしたのは別の人間だ

残りを実行したのは、別の人間たちだった。

アオイの手口をまねし、同じマークを使って、それぞれの目的のために動いた。

しかも、互いに連絡を取り合っていない。

組織も指揮もない。間に入って調整する者もいない。彼らは一味ではない。それぞれの場所で同じものを目にし、それぞれ動こうと決めた人々の集まりだ。

腕前もまちまちだ。非常に高い技術を持つ者もいれば、ちょっとした細工をしただけの者もいる。目的も完全には一致しない。真相を明かすために動いた者もいれば、今まさに起きている大事件に加わりたかっただけの者も、おそらくいる。

だが、外からその違いは見えない。見えるのは、異なる時間、異なる場所で、異なる手口とともに現れる同じマークだけだ。

誰もが、自分で決めたと思っている。

外から見れば、一人の人間が犯行を続けている。警察は一人を追い、メディアは一人について報じる。社会全体が、「笑い男」という犯罪者が実在すると思っている。

その人間はいない。あるのは一つのマークと、互いに面識のない人々だけだ。

作品はこの現象を「スタンド・アローン・コンプレックス」、孤立した個人の集合体と呼ぶ。つながっていない者たちが、組織的な行動に見えるパターンを作り出す。

オリジナルの場所さえ空いている

さらに、もう一段深いところがある。

アオイが動き始めたのは、三年前の脅迫メールを拾ったからだった。

では、そのメールを書いたのは誰か。

作品は最後まで明かさない。

その人物は、理屈をすべて用意していた。セラノ社のマイクロマシンの無効性、村井ワクチンの効き目、両者の比較。それをそろえてメールを書いた。そして、何も成し遂げなかった。

作品自身も、この人物については、本人が何一つ成し遂げていないのだから「オリジナル」と呼ぶのもぎりぎりだ、という扱いをしている。

並べれば、こうなる。正体不明の、何も成し遂げなかった一人。そのメールを偶然拾い、二つのことをした若者。そして、互いを知らず、残りのすべてをやった人々。

この連なりのどこを探しても、オリジナルは見つからない。

六年

あの三か月のあと、アオイは六年間沈黙した。

逃げていたのでも、身を隠していたのでも、機をうかがって潜んでいたのでもない。やめたのだ。

六年後、九課が彼を見つけたとき、彼は図書館にいた。

別人になりすましてはいない。名前も変えず、整形もせず、どこかの地下室に隠れてもいない。ただ活動をやめ、普通に暮らしていた。

一方、全国の捜査機関は六年間、彼を追い続けた。追っていたのは、何十人もの行動をつぎ合わせた人物像だ。その人物像と、図書館に座るこの人間とが重なるのは、最初の三日間だけだった。

その六年間にも、「笑い男」のマークは使われ続けた。社会の記憶の中では、ずっと一人の犯行だった。互いに面識のない者たちが、その人物像にそれぞれ何かを付け足し続けていた。

コピーは増えていく。オリジナルはもう、やめている。

これが本連作の最初の見立てだ。そして、当てはまるのはこの事件だけではない。

一つの行動、一つの言い回し、一つのイメージが、発信源も組織も、途中で受け渡す誰かもないまま、ひとりでに広がり、積み重なり、意志を持つかのようなものへ育っていくことがある。

しかも、そこに加わった一人ひとりは、行動したそのとき、自分で決めている。

この二つは、同時に成り立つ。

あのマークそのもの

最後に、一つ付け加えておこう。

笑い男事件は、その後さらに込み入った展開を見せる。ある幹事長の後援会が、脅迫された企業に持ちかけるのだ。脅迫を止められたら、寄付をしてほしい、と。

あのマークが存在すること自体が、最後には金集めの道具に使われた。

それをした者たちは、アオイとも、模倣者たちとも、あのメールを書いた人物とも、何の関係もない。

オリジナルのないものは、誰にでも使える。

では、この現象を人の手で作り出すことはできるのか。

実験した者がいる。しかも、成功した。

次の篇へ。