Non DubitoEssays in the Self-as-an-End Tradition
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SAE · War Theory · 日本語編集・再構成版
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勝つことではなく、負けないこと

Han Qin (秦汉)

手段の完成は外部にある

目的にはそれ自身の完成状態がある。手段の完成は、常に手段の外側にある。戦争の完成は敵の降伏や領土の獲得ではなく、開戦を避けられなくした条件が解け、両側で育成が再び続けられる瞬間である。

戦争が「より美しい作戦」「もう一都市」「敵の完全な破壊」を自分の目標にし始めれば、手段が目的の席を奪ったことになる。その瞬間から、戦争は守るはずだったものを壊し始める。

本当の敗北

第一目標は勝つことではなく、負けないことだ。ここで負けるとは、戦争の過程で自分が育成の保護者から育成の遮断者へ変わることをいう。外へ拡張し、内側の異論を封じ、人々を実行単位として扱えば、戦場で優勢でもすでに構造的には敗れている。

軍事的結果は兵力、指揮、情報、地理、偶然に左右される。構造的適合性は、その戦争がなお育成の回復に仕えているかで決まる。両者は別の軸である。軍事的に敗れても自分を失わない場合があり、軍事的に勝ち続けながら文明として自分を失う場合もある。

解放は方向であって口実ではない

抑圧された主体の解放は、戦争が向くべき方向になりうる。しかし「他者を解放するために戦争を始めなければならない」という定理にはできない。その言い方は、誰でも自分を解放者と名乗り、他者の未来を代わりに決める扉を開く。

見ること、支えること、代行することは違う。育成が回復したかどうかは、解放された側が自分で方向を決められるかで確かめる。平時に教育、批判、創造、協働を深めることも備えである。育成の速度は長期的な強さを生むが、歴史上の勝利を保証する約束ではない。