まず、まだ杯を受け取っていない手を見てみよう。指は少し曲がり、杯の縁の上でとどまっている。もう一方の手は高く上がり、人差し指を立てている。寝台に座る男は、まさに自分の死を受け入れようとしている。それでも、口元の言葉はまだ終わっていないようだ。杯を差し出す若者は顔をそむけながら、手だけは彼のほうへ伸ばしている。二人はごくわずかな隔たりを挟んで向き合い、視線だけはすれ違う。

描かれた出来事は、紀元前399年のアテナイにさかのぼる。死刑を宣告されたソクラテスは、最後の一日にも友人たちと魂や死について語り合った。その別れを伝える、もっとも重要な著作の一つが、プラトンの『パイドン』である。ダヴィッドがこの場面を描いたとき、出来事からはすでに二千年以上が過ぎていた。絵はトリュデーヌ家からの私的な注文で制作され、1787年のパリのサロンに出品された。フランス革命が始まるのは、その二年後だ。啓蒙の時代には、個人が貫く原則、公の判断、古代の徳への関心が、こうした主題に同時代的な重みを与えた。この絵を理解する際にも、まずは1787年という時点を見失わずにいたい。学術カタログ、第106項
本稿は、まだ終わっていない杯の受け渡しから読み始めたい。死は迫っているが、議論はまだ終わらない。絵はソクラテスの毅然とした姿を打ち立てる一方で、周囲の人々の身体に、彼を失う苦しみを残している。その身体をたどっていくと、本来はその場にいなかった一人の人物にも出会う。彼が描かれることで、この死の場面には、出来事のあとに続く時間も入り込んでくる。
杯を受け取る前に まだ言葉が残っている
この牢獄でまず感じられるのは、硬さだ。壁には大きな石が積まれ、その継ぎ目は人々の背後を横に走っている。寝台の枠にも石の腰掛けにも、明瞭な角がある。光は石室の隅々まで行き渡ってはいない。左のアーチの奥は暗いままで、人が階段のほうへ遠ざかると、その身体は小さく、曖昧になる。一方、手前の床には空いた部分があり、私たちの視線は石畳を通って人々へと入っていける。
横に並ぶ身体は、浮彫のように見分けやすい。白い布のひだには、面の折れ目がはっきりとついている。むき出しの肩や背中、胸は、陰影のなかから厚みをもって現れる。色も抑えられている。広い灰褐色の壁と床のあいだで、赤い服、黄色い服、青い布が人々の身体に集まっている。とりわけ杯を運ぶ若者の赤は、まず中央より少し左へ目を引き、そこから腕に沿って杯へと視線を導く。新古典主義における明晰さや秩序は、ここではこうした具体的な形を取っている。それは、絵のなかの誰もが感情を抑えているという意味ではない。
ソクラテスの身体は、もっとも明るく、もっとも開かれている。布は肩から垂れ、腰のあたりで集まり、胸と腹の大半が露わになっている。頭を上げ、上体を起こし、片脚を寝台に沿って伸ばしている。この力強い身体は理想化されており、歴史上の七十歳ほどの老人とは隔たりがある。私たちはまず、そこに生命がまだ満ちているのを感じる。そのぶん、題名が告げる死は切迫する。まもなく断ち切られるのは、いま目の前で話し、手を伸ばし、ほかの人に顔を向けている、この人なのである。

右手の動きは小さい。指先は杯をつかんでおらず、かといって引っ込められてもいない。もう少し前へ出れば、受け渡しは終わる。一方、左手は動きを頭上まで伸ばし、立てた人差し指が暗い壁の前にはっきりと見える。二本の腕のあいだには、胸、顔、そして開いた口がある。この関係は、二つの時間が同時に進んでいるようにも読める。片方の手は取り返しのつかない結末へ向かい、もう片方の手は、まだ一つの言葉のために場所を確保している。
話し続けているという感じは、目の向きからも生まれる。ソクラテスはうつむいて杯の口を見てはいない。聴き手のいる側へ顔を向けている。杯を差し出す若者は、それとは逆だ。身体と手は役目を果たしつつあるが、頭は下がり、横へ向き、もう一方の手は目元に寄せられている。杯は二人を結んでいるが、視線を交わさせてはいない。一人はまだ続けられる対話のほうへ向き、もう一人は、自分が差し出さなければならないものに耐えている。
ここで描かれているのは、杯を受け取る前の姿だ。毒を飲んで、すでに衰弱し始めた身体ではない。『パイドン』では、主要な議論、毒を飲むこと、友人たちの涙、最後に横たわることには、もともと順序がある。ダヴィッドは、議論と別れの力をこの受け渡しの瞬間に集め、それらを一目で同時に見られるようにした。最後の一日を順番どおりに語り直さなくても、絵画は、その時間全体を一つの杯に託すことができる。『パイドン』117a–118a
完成した絵は確かな形をしているが、制作中には変更が重ねられた。メトロポリタン美術館の技術調査は、前腕の位置や指の輪郭が修正されていたことを明らかにしている。杯の縁に触れそうで触れないこの隔たりは、画家が作り上げた関係なのだ。技術調査 それを知ったうえで、もう一度、このわずかな隙間を見てみよう。杯を差し出す動作がよくわかると同時に、動作がまだ完了していないことによる緊張も保たれている。激しい抵抗を描くのではなく、次の瞬間に何が起こるのかというところに、絵は危機を置いている。
理由があっても 身体の悲しみは止まらない
ソクラテスの右側では、人々が身を寄せ合っている。手前の赤褐色の服の男は彼を仰ぎ見て、片手を自分の顎の近くに置き、もう片方をソクラテスの太腿を覆う布に添えている。その後ろでは、二人の若者の顔が肩越しに前へ出て、話す人を見つめている。さらに右には、頭を下げて顔を両手に埋める人がいる。両手を頬の脇まで上げ、身体を後ろへ傾ける人もいる。いちばん右の人物は上を向き、手のひらを画面の外へ伸ばしている。

これらの反応は、整然とした列にはならない。まだ前へ近づく人がいれば、すでに後ろへ退く人がいる。目で彼を捉えようとする人もいれば、自分の目を覆うしかない人もいる。手前の二人がまとう赤い服も、同じ働きはしていない。杯を差し出す若者の布は、そむけた背中と前へ伸ばした腕を結んでいる。寝台脇の男の衣のひだは下へ垂れ、彼を低い位置に落ち着かせ、そこから寝台の人を仰がせている。どちらも暖色の身体が、中央の白い布へ両側から近づく。しかし、同じ動作をしているわけではない。
とりわけ、脚に触れる手のところで立ち止まりたい。ソクラテスが上げた指は遠くを指しているのに、友人の手は、いま触れられる身体の上にある。魂についての議論が理解できたとしても、その人はまだここにいる。温かさと重さがあり、まもなく空いてしまう居場所がある。その手は、杯を受け取るのを阻んでいるわけでも、はっきりと引き戻そうとしているわけでもない。ただ、触れていることを保っている。ここで悲しみは、自分のほうが議論より正しいと証明する必要はない。具体的な一人の人が、もうともにいてくれなくなる。その事実を、議論にも引き受けさせている。
『パイドン』も、この一日を、誰もが同じように賛同する賛歌にはしていない。冒頭の語り手は、自分が喜びと悲しみのあいだを行き来していたと振り返る。毒が飲まれたあとには、このような友を失うことに、自分は涙を流しているのだと語る。話し合いは死の理解を変えうるが、人への思いをただちに消してはくれない。そう考えれば、絵の人々は、主人公の揺るぎなさを引き立てるだけの脇役ではなく、この死を受け止める人々として見ることができる。『パイドン』58e–59b、117c–e
このことは、「勇気」の重みも変える。ソクラテスの手を上げた姿だけを見ていると、彼は一つの孤立した格言になりかねない。しかし、彼に触れ、近づき、また彼から身を引く身体へ目を移せば、その決断が人との関係のなかでなされていることがわかる。絵は確かに、信念を貫く姿をたたえている。その一方で、周囲の人々の動作は、それによって何が失われるかを示している。中心人物の強さを認めるために、顔を覆う人々を一段低く見る必要はない。
もう少し下を見ると、床には外された足枷と鎖があり、ソクラテスの足首が露わになっている。拘束は解かれたが、監禁が終わったわけではない。身体は動かせても、この部屋のなかで、次に訪れる結末を避けることはできない。鎖は石畳に沿って横たわり、金属のわずかな光が、足や布や木の寝台と交じり合う。古代の物語には、こうして手に触れられそうな物質的な条件が与えられる。ダヴィッドは哲学の議論を、このような場所で行わせる。座ることができ、脚を伸ばすことができ、死刑も執行される場所である。

寝台には、伸ばした脚のそばに竪琴も置かれている。目立つものではないが、対話のなかでなお問われていた問題へ、私たちを戻してくれる。『パイドン』でシミアスは、竪琴と調和の関係を用いて反論する。魂が楽器から生まれる調和のようなものなら、楽器が壊れたあとに、調和はどうして存続できるのか。ソクラテスは、そのあとでこの比喩に答えている。また対話の初めには、夢の促しに従って詩作を試み、哲学を「音楽をすること」と結びつけた話も出てくる。絵の竪琴は、これらの手がかりにつながりうる。ただ、一つの寓意に閉じ込める必要はない。『パイドン』60d–61b、85e–86d、91c–95a
そうすると、立てられた人差し指も、もう一度考え直せる。それは権威ある身振りに見えるが、その背景にある対話には、問いも、応答も、考え直す余地もある。ソクラテスは友人たちに、自分に賛同することだけを考えず、議論が真であるかを大切にするよう促してもいる。本稿では、絵のなかで語る姿を、この過程のなかに戻してみたい。毅然としていることは、議論を続ける力でありうる。すべての問いがすでに消えていることを、必ずしも意味しない。『パイドン』89d–91c
その場にいなかった人が なぜここに座っているのか
杯と右側の人々ばかりを追っていると、左下の老人を見落としやすい。彼は寝台の足元に座り、身体を反対側へ向け、頭を垂れ、両手を腿の上で重ねている。灰白色の衣が身体を包み、細かなひだが膝に沿って落ちている。中央の動作に手を伸ばして加わろうとはしていないが、足元には巻物、筆記具、墨入れがある。ほかの人々の反応が外へ広がるのに対し、彼の姿勢は、すべてを内側に収めているように見える。

この老人は、通常、プラトンとされる。しかし『パイドン』は、最後の一日に居合わせた人々を挙げる際、プラトンはおそらく病気だったと明記している。ソクラテスが死んだとき、彼はまだ若かった。ところが絵では、すっかり白髪の老人になっている。さらに大切なのは、『パイドン』の語り手はパイドンであり、彼が別の人に牢獄での見聞を伝え、プラトンはその対話を著した作者だという点である。出来事、目撃者の語り、作者による執筆は、もともと異なる層をなしている。『パイドン』57a–59c
したがって、この老人を、自分がじかに見た光景を思い出している人物と単純に理解することはできない。ダヴィッドは、後年の作者を牢獄のなかへ招き入れ、異なる時間を一つの部屋に配した。中央には、まもなく断ち切られる言葉があり、寝台の足元には、それを後世へ伝える書くという営みがある。一枚の画布が喪失を描くと同時に、その喪失を語り直すことも受け入れている。これが、本稿におけるこの配置の読み方である。
彼の静けさとソクラテスの直立した姿には、形のうえでも関係がある。一方は低く沈み、もう一方は上へ向かう。一方は衣で身体を包み、もう一方は胸を露わにする。一方は両手を重ね、もう一方は両腕を広げる。二人が見つめ合うことはないが、私たちの視線は両者を結ぶことができる。左の灰白色の布は、離れた中央の明るい白にも応じている。そのため、端へ退いた老人は、構図から消えてしまわない。
ここまで来ると、部屋の左右の違いは、人物の密度だけではなくなる。右の人々は、別れを、いま起きているさまざまな身体の反応に変えている。左の老人と筆記用具は、それを出来事のあとへと押し広げている。さらに遠く、アーチのなかでは人々が去り、階段は見えない外へと続いている。牢獄はソクラテスを閉じ込めているが、絵は出来事にいくつもの出口を残す。去っていく人、記し続ける人、そして絵の前でもう一度この物語を読む人がいる。
このことは、歴史画を「現場の様子と合っているか」だけで判断できない理由でもある。明瞭な石壁、道具、衣のひだは、場面に信じられる手触りを与える。一方で、人物の年齢や出来事の順序は、組み直されうる。ダヴィッドは、読んだ古代の資料、自分が選び取った造形、十八世紀の観客が関心を寄せる問題を、一枚の絵に置いた。私たちが見ているのは、歴史がのちの時代に形を与えられる、そのあり方なのである。プラトンが描かれることで、その「のちの時代」が、じかに私たちの前へ座っている。
最初の手に戻ってみよう。まだ杯を受け取ってはいない。周囲の人々も、それぞれの動作の途中にいる。結末を知っているからといって、絵に見るべきものがその結末しかなくなるわけではない。話す人が聴き手にどう向き合うのか、聴き手は失うことをどう受け止めるのか、そして、その喪失を後世の人がどう語り続けるのか。いまは、そこまで見えてくる。死は一つの身体の動きを止めるが、絵は最後の議論を、いつまでもほかの人へと向かわせる。本稿が、この毅然とした姿のなかに、なお聞き取りたいと考えるのは、その終わりきらなさである。
任意の読み物 SAEからこの毅然とした姿を問い直す
ここからは、SAE(Self-as-an-End)美学を借りて、もう一つ鑑賞の問いを加えてみたい。前の節までの読解は、この節を読まなくても成り立つ。SAEは、個人が心を動かされるあり方と、互いに話し合える構造上の根拠を区別する。また、異なる「射線」を、作品を格付けするためではなく、問いを向ける方向として扱う。SAE美学の総論
この絵に向き合うと、私たちはまず「勇気を表している」と言いたくなる。その言葉にすぐ賛否を決めず、いったん手と手の関係をたどってみよう。杯を受け取ろうとする手、高く上がる手、目を覆う手、脚に触れる手、そしてプラトンの重ねた両手。目を移すたび、中心人物の置かれた状況は変わる。彼は判決を受け入れながら、なお話している。彼に死を差し出す人がいて、触れ続けようとする人がいて、出来事を後世の語りに残す人もいる。「勇気」という全体の印象が成り立つのなら、それはこれらの関係を含まなければならない。一つの英雄的な身振りだけに、すべてを保証させることはできない。
見たあとに下す二つの判断を比べることもできる。一つは、何も恐れない彼をただたたえるもの。もう一つは、彼の強さをたたえながらも、杯を差し出す若者のそむけた顔や、友人の触れ続ける手を、もはや見過ごせなくなったものだ。後者に加わったのは、もっと力強い賛辞ではない。解釈が引き受けなければならない細部である。美についてさらに問い続けられるというSAEの考えは、ここで具体的な要求になる。見落としていた人を画面に戻しても、その作品についての判断は成り立つだろうか。
理論はここで、「勇気」を、改めて問いかけられる画面上の関係へと戻す助けになる。杯を差し出す若者のそむけた顔や、ソクラテスの脚に触れ続ける友人の手を見落としたら、この勇気についての理解から、何が失われるだろうか。答えるときは、もう一度杯の周りへ目を戻してみよう。初めの感嘆を、今も同じように簡単な言葉で言い表せるだろうか。
画像と資料について
本稿の視覚的な記述は、メトロポリタン美術館が提供する4000 × 2663ピクセルの公式画像の観察に基づく。全図はダウンロードしたファイルのまま使用し、図2から図5には長方形の切り抜きのみを行った。色調補正、修復、描き足し、生成による内容の追加はしていない。デジタル画像は動作や細部を比べるのに役立つが、画面の明るさ、表示寸法、原作を見る条件は同じではない。
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