権力はいかに解消するか
解消とは、同じ非対称を再生できなくなること
権力の弱まりや一時的な敗北は、まだ解消ではない。解消とは、ある関係が元の位置差をもう再生産できなくなることをいう。名称、土地、制度が残っていても、関係の仕組みが変われば別の権力である。共和政の器から帝政が生まれたとき、「ローマ」が続いても同じ関係が続いたわけではない。
すべての権力関係は変化し、最初の非対称を永遠には保てない。問題は終わるかどうかではなく、どのように終わるかである。ここに完成による解消と、崩壊による解消の二つが分かれる。
育成は卒業を、切削は空白を残す
完成による解消では、育成された側の能力が増え、位置差が徐々に縮む。学生が同僚になり、子が独立し、支配関係が対等な協働へ変わる。終点は予測しやすく、古い関係の内部で新しい関係がすでに準備されているため、退場は比較的静かである。
崩壊による解消では、切削が残余項を蓄積し、抑圧費用が限界を越えたとき、再生産能力が急に失われる。自治能力まで削られているため、古い中心が消えた後を埋める仕組みがない。権力の空白、競争、暴力は偶然の事故ではなく、長年の切削が後から提出する請求書である。
抵抗は原因というより、蓄積の見える形
抵抗は被支配側が制約のなかで能力と連結を育てる行為であり、残余項が可視化したものだ。抵抗を抑えれば解消を防げる、とは限らない。見える抗議を消しても、経験、判断、欲望の蓄積は続く。構造は圧力の方向を示すが、いつ何が導火線になるかまでは決めない。
したがって事件は構造の代用品ではない。暗殺、敗戦、経済危機、世代交代は転換を早めうるが、それだけで旧い関係を終わらせるとは限らない。再生産の回路が残れば、別の人物が同じ位置を占める。事件が転換点になるのは、蓄積した変化と接続したときである。
解消後にも歴史は続く。完成型では次の関係が旧い内部で育っている。崩壊型では、再集中する新しい切削権力か、時間をかけて残余項を受け入れる育成的な秩序かをめぐる争いが始まる。過去にどれだけ自治能力が残されたかが、その選択可能性を深く制約する。