Non DubitoEssays in the Self-as-an-End Tradition
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SAE 方法論
第 V 篇 / 12

方法論の構造条件としての主体

Han Qin (秦汉)

十二状態モデルは知識が動ける経路を描く。しかし地図は自分では動かない。ある数値を先験の問題として扱うのか後験の問題として扱うのか、行き詰まりを公理の欠陥と見るのか測定不足と見るのか。その判断は六つの伝導路のどこにも属さず、経路の上から方向を選ぶ。本稿はこの機能をwhetherと呼ぶ。

1. 伝導図の上にある選択作用

三節点 Why/What/How と六方向を持つ伝導図をGとする。Gは可能な経路を示す静的図であり、実際の運動には選択作用Wが要る。Wが判断するのは、変数の節点帰属、最初に進む方向、そして先験と後験が衝突したとき何を修正するかである。

Whetherには三つの型がある。

  • Whether-1:節点帰属――これはWhy、What、Howのどこに属するか。
  • Whether-2:壁の診断――進めない原因は構造か、パラメータ・方法か。
  • Whether-3:衝突裁定――先験と後験が矛盾したとき、どの層を修正し、どの方向を保つか。

決定連鎖は Whether→Why→What→How となる。最初の帰属を誤れば、その後の精密計算がいくら正確でも、違う問いに答えることになる。

2. 二種類の壁

先験の壁は枠組みの構造不足である。結論がパラメータ選択や観測値に依存せず、内部構造から直接出るなら、調整を続けても突破できない。公理や演算子へ戻る必要がある。

後験の壁は、パラメータ、近似、測定、実験設計の不足である。こちらはデータを増やす、方法を変える、推定を改善することで越えられる。外見はどちらも「うまくいかない」なので、見分けが難しい。先験の壁を後験と誤認すれば無限に調整し、後験の壁を先験と誤認すれば壊す必要のない枠組みを再建する。

3. 誤った先験にも発見機能がある

具体的予測を出す先験は、誤っていても実験を設計する方向を与えうる。予測が否定されたとき、単に失敗が残るのではなく、予想しなかった構造が現れることがある。ただし、この発見機能には三条件が要る。

  • 反証可能であること。
  • 主体が修正を受け入れること。
  • 独立した対抗的検査があること。

「何らかの構造があるはずだ」のような柔らかい先験は、何が起きても生き残るため発見を導かない。硬い先験ほど壊れやすいが、壊れた位置が次の余項を精密に示す。

4. Whetherはなぜ委託できないのか

AIは複数の候補を並べ、各経路の利害を分析できる。しかしwhetherには、一つを選ぶだけでなく、他の経路を捨て、誤った場合の結果を引き受けるコミットメント構造がある。結果を引き受けないものは、選択肢を提示できても本当には排除できない。

六領域の研究過程では、計算、反例、競合枠組み、null結果の多くをAIが提供した一方、採用された枠組み方向の決定はすべて人間の承認を経ていた。これは将来のAIに節点帰属の助言ができないという意味ではない。主張は限定される。最終的に道を閉じ、別の道を歩き、その誤りを負担する位置は主体に残る。

5. 多AI協働の意味

複数AIを使う価値は速度だけではなく、単一の偏りによる植民を弱めることにある。あるモデルは長い推論を好み、別のモデルは修辞的確認を返し、別のモデルは候補を過剰に広げる。異なる失敗様式を衝突させれば、伝導内容の誤りを相互に検出できる。

しかし対抗的協働もwhetherを代行しない。AI同士が訂正するのは内容であり、「今は先験へ戻るべきか、後験を増やすべきか」という方向は人が決める。複数モデルの一致も、同じ資料や人間の要約を介した一致なら独立検証とは限らない。主体は何を渡し、何を省いたかを記録する必要がある。

6. 主体は利用者ではなく条件である

主体がいなければ、十二状態は節点と経路を備えた静止図である。主体はその図を使う外部ユーザーではなく、方向を発生させる構造条件になる。これはSelf-as-an-Endの方法論的な表現でもある。

この立場は、AIの能力を軽視するためではない。節点内部ではAIが人を大きく上回ることもある。重要なのは性能と位置を混同しないことだ。計算能力が高いことと、何を計算対象にして何を捨てるかを引き受けることは別である。方法論の最初の問いは「どう解くか」ではなく、「これは何を解く問いなのか」である。