閉じた赤い道
十九歳のジュリアンは、藁と寝具の下に『セント・ヘレナ回想録』を隠している。ナポレオンは、名も財産もない若者が軍功によって上昇できた時代を意味する。だが彼は、その道が閉じた後に生まれた。王政復古の社会では家名、財産、縁故が再び位置を決める。軍服の赤を望む青年に残された現実的な入口は、聖職者の黒だった。
信じない本を暗記する
ジュリアンの記憶力は本物である。彼はラテン語の新約聖書をほぼ丸ごと暗記し、レナール家の客の前で指定された箇所から朗誦する。努力も能力も彼自身のものだが、目的は信仰ではない。聖書は貧しい製材業者の息子を教会の経路へ通す資格になる。彼は早くから、真正な能力を自分が信じない制度の通貨へ換える方法を学ぶ。
神学校の隠れた授業
ブザンソンの神学校で、よく学ぶことは安全を保証しない。知識は虚栄と疑われ、独自の判断は危険視される。ジュリアンは知っていることを隠し、凡庸さを演じ、誰の前で何を言うべきかを覚える。そこで教えられる最重要科目は神学ではなく、言葉の流通である。彼は偽善を軽蔑しながら、その技術の優等生になる。
彼にあるもの、ないもの
彼には記憶、知性、繊細な容貌、恐怖を命令へ変える意志がある。金、家名、職業、安心できる家庭はない。父と兄たちは身体労働を価値の基準とし、本を読む小柄な息子を役立たずと見る。そのため彼は、能力は権力を持つ誰かに値段を付けられて初めて社会的な現実になると知る。欲望を与える本は隠し、信じない本を公的な顔にする。
フーケが示した出口
友人フーケは材木商の共同経営を提案する。収入は現実的で、友情があり、地方で独立した生活を作れる。ジュリアンは考えた末、平凡な人間になることを恐れて断る。彼の能力が狭い役割を越えているという直感は正しい。だがよい生活を、社会的に高い生活以外の形で想像できない。自分を救いうる提案まで、彼が憎む身分表で低く評価する。
嫌う表の上を登る
社会は出生を見て「お前は下だから価値が低い」と言う。ジュリアンは「ならば上へ行って価値を証明する」と答える。争っているのは自分の行ではあっても、表そのものの権威ではない。二冊の本はその構造を示す。ナポレオンはなりたい自己、聖書は門で提示できる証明書だ。彼は自分の一部を次々に換金可能な道具へし、何が残るかをまだ知らない。
能力をどの通貨へ換えるか
学歴や資格が重要な社会では、能力そのものより、制度が読める形へ能力を変換する技術が評価される。ジュリアンの暗記はまさにその両義性を持つ。彼の努力は本物で、通行証としての聖書も現実に必要だった。それでも変換だけが続けば、何を信じ、何のために能力を使うかは空洞になる。制度に入るための言語を学ぶことと、その言語を自分の価値の全部にすることは違う。二冊の本を読む現代的な方法は、資格を捨てることではない。資格が開いた場所で、自分の能力を誰の目的へ、どのように使うのかをもう一度選び直すことである。