SAE · Interfaces with the Philosophy of War · 日本語再構成版
インターフェース 05 / 08
その席は空けておく
正戦論と重なるところ
正当な理由、正しい意図、最後の手段、成功の見込み、相称性、戦闘員と非戦闘員の区別。正戦論は開戦と戦闘に高い門を置いてきた。SAE も、穏やかな道が閉じ、涵育の担い手が破壊されつつあることを開戦の条件にする。重なりは小さくない。
ただし「最後の手段」は同じ言葉でも働きが違う。正戦論では平和的手段を尽くす道徳的義務であり、SAE ではその手段が関係のなかでまだ機能しうるかという構造判断である。相称性と、戦後に相手が主体として再編できる道を残す条件も、一方が他方を包含しない。
誰が正義を判定するのか
正戦論を完全に適用するには、「こちらが正義の側だ」と判定する席が要る。国内の裁判と違い、主権国家のあいだには全員が認める共通の裁判官がいない。グロティウスもカントも、この不在を見落としたのではなく、正面から扱った。
SAE はその席を新設しない。「この戦争は正義か」ではなく、「どの非戦争的な道を試し、相手はどう答え、何がまだ残っているか」と分解して問う。裁定者の身分ではなく、見える証拠と反論可能性を求める。
空席の代価
空席にすれば、同盟者や後世へ示せる「正義の証明書」を発行できない。それは小さな損失ではない。共同体がなぜ抵抗するのかを説明する言葉は必要であり、正戦論は二千年にわたりその役割を担ってきた。SAE の基準も「穏やかな道は尽きた」と悪用されうる。
さらに相称性は、出口を閉ざさなくても過大な暴力という一群を止めるが、SAE の橋渡し条件だけでは止められない。規模を測る基準を加えれば、誰が測るのかという空席が戻ってくる。ここは解決したふりをせず、未決のまま残す。