Non DubitoEssays in the Self-as-an-End Tradition
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SAE · Plato's Republic · 日本語編集・再構成版
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見えない人は問われない

Han Qin (秦汉)

グラウコンの強化された反論

トラシュマコスが沈黙したあとも、グラウコンは勝利を認めない。不正を行って罰されないのが最善、不正を受けて報復できないのが最悪で、正義は弱者同士の妥協にすぎないという立場を、相手以上に強く組み立て直す。

羊飼いギュゲスは姿を消す指輪を得ると、王妃と結び、王を殺し、王位を奪う。正しい人にも同じ指輪を与えれば行動は同じになる、とグラウコンは言う。さらに正しい人から評判を奪い、不正な人に完全な名声を与え、どちらの生がよいかを問う。

指輪が消す問い

普通、行為には自分へ語る理由が伴う。その理由は、他人から「なぜ」と問われて初めて立ち、修正され、あるいは不足を認める。見えなくなると罰の危険だけでなく、この外からの問いが消える。弱い理由は崩れず、引き出しへ沈み、次の行為は前より少ない説明で済む。

自己点検だけでは保証にならない。問う側と答える側が、すでに動きつつある同じ基準を使うからだ。独学の技術で誤りが手触りとして定着するように、滑らかさが確認の証拠に見えてしまう。他者が常に正しいのではない。自分と重ならない視線が、自分では作れない中断をもたらすのである。

誰にも現れない損失

グラウコンはなお問える。完全に見えず、最後まで満足し、葛藤も感じない者に、どんな損失が起きたと言えるのか。債権者も期限も経験される痛みもない「構造的負債」は、人間の代わりに神の監視を戻す話と何が違うのか。

SAEは、修正可能だった理由が問いの届かない地盤へ変わったという損失を指せる。しかし、その損失が誰にも現れないとき、なぜ重要なのかを自動的には答えられない。物語の恐ろしさは大反乱より、同僚の間で指輪を内側へ回す小さな手つきにある。隔絶は決断らしくない動作から始まる。