どの方向も、選ばなかった時間を生む。一つの仕事を深めれば別の可能性が遠のき、移住すれば得るものと離れるものが同時にある。
代価を受け入れるとは、苦しみを多く払うほど本物だと考えることではない。避けられる損失を減らし、負担を他人へ隠して渡さない工夫も責任である。
選択の影響を受ける家族や仲間がいるなら、彼らの意見は単なる障害ではない。自分の方向を守りながら、誰が何を負うかを一緒に見直す必要がある。
また、代価が想定を超えたときに修正してよい。続けることを誠実さと呼び、生活が壊れても止まれないなら、方向は再び自分を支配している。
引き受けるとは、結果を予言することではない。見える代価を数え、分担を明らかにし、それでも選び、変化があればもう一度判断することだ。