036 / 108 · 世界が人をつくり返すとき
ウィトゲンシュタイン、沈黙のあとで
一度書き終えた答えを、もう一度開く。二冊の本の間で、言葉は日常へ戻っていく。
一 沈黙
『論理哲学論考』の最後の一文は、静かに、しかしきっぱりと扉を閉じる。語りえないことについては、沈黙しなければならない。
ドイツ語の原著は1921年、英語版は翌年に刊行された。序文で若いウィトゲンシュタインは、哲学の問題は本質的に解決されたと確信している。足りない章をいくつか補えばよい、というのではない。もうここから立ち去れると思っていた。
実際、彼は一時期、大学での暮らしを離れた。オーストリアの田舎で小学校教師をし、庭師として働き、建築家パウル・エンゲルマンとともに姉のウィーンの住宅を設計した。扉、窓、寸法の釣り合い。地に足のついた精密な仕事は、ほかにもあった。哲学は店じまいできると考えた人も、自分の日々を生きなければならない。
しかし話は終わらなかった。1929年、ケンブリッジへ戻る。その後の講義、対話、何度もの書き直しが、やがて『哲学探究』へつながっていく。この本が1953年に刊行されたとき、彼はすでに亡くなって二年がたっていた。
若い人が、ここまでで十分だと言う。のちに、その同じ人が再び机につく。
彼の物語はここから読み始めたい。すべてを解決したからでも、のちにすべてを取り消したからでもない。印刷され、評価され、自分の名と結びついたその考えを、もう一度開いて問い直すことができたからだ。
二 一冊目
『論考』は薄い本だ。開くと、1、1.1、1.11という番号が並び、命題が何層にも展開されていく。最初は、寸法の決まった建物のように見える。部分にはそれぞれ場所があり、その場所がほかの場所とつながっている。
日常の一文から近づいてみよう。「猫がテーブルの上にいる」。猫が本当はどこにいるか確かめる前でも、この文は理解できる。ある可能な状況を描いているからだ。部屋を見れば、真か偽かがわかる。猫が椅子の下にいたとしても、文の意味まで消えるわけではない。
若いウィトゲンシュタインが問うのは、これがどう可能かということだった。言語はいかにして事実を表し、文が真になる場合と偽になる場合を示せるのか。彼は命題を「像」として考えた。単語が一つずつ写真のように物へ貼りつく、という意味ではない。要素の組み合わせが、世界の可能な配置を表せることが重要なのだ。
ここから哲学には、遠慮のない問いが向く。深そうに聞こえるその文は、本当に何かを言ったのか。単語は知っているし、文法も整っている。それでも何が示されたのかわからなければ、荘重な口調で不足を埋めることはできない。
ソクラテスは「知っている」を立ち止まらせる。ウィトゲンシュタインは「言えた」を立ち止まらせる。方法も時代も違うが、どちらも私たちが通り過ぎやすい場所で足を止める。すらすら話せることと、考えが明らかなことは同じではない。
ただし、すべての言葉を実験室へ送れということではない。像の理論は「今すぐ検証できなければ無意味」とは単純化できないし、後の科学哲学における反証可能性の基準でもない。この本の難所は、境界線を引いたあとに現れる。
三 沈黙の中にあるもの
世界の事実をすべて書き並べたら、何が得られるだろう。天気、病気、賃金、星の位置。表はどこまでも長くできる。だが「私はどう生きればよいか」と尋ねる人は、表にもう一行増えるのを待っているとは限らない。
『論考』は倫理的価値と事実の記述を区別する。だから倫理は重要ではない、と言っているのではない。むしろ終盤には強い緊張が残る。明確に言えることが、生活でいちばん大切なこととは限らない。大切なことを、机の寸法と同じようには述べられないかもしれない。
ここでの沈黙は、節度に近い。最終的な答えがほしいからといって、もう一つの確認済みの事実に見せかけてよいわけではない。ある人が何年に亡くなったかを記すことと、その死がその生涯で何を意味したかを問うことは、違う仕事である。
ヘーゲルを思い出す読者もいるだろう。分かれたものを、より大きな全体の中で理解できるのか。二人の問いは異なり、どちらが誠実かという競争では決着しない。ただ、読者を誘う方向の違いは見える。一方はさらなる関係を探させ、他方は、自分の言葉に担える以上の荷物を載せていないかと問う。
しかも、この薄い本は自分だけを境界の外へ置き、永久に検査を免れようとはしない。終わり近くには梯子の比喩がある。読者は登ったあと、梯子を捨てなければならない。どう理解すべきかはいまも争われる。少なくとも、固そうに見える建物の内側に、自分へ向けた問いが開いている。
何も言うな、ではない。言ったあと、その言葉がどこまで届いたのかを知ろう、ということだ。
四 なぜ戻ったのか
やがて彼は、以前の言語の見取り図に満足できなくなった。変化は数多くの議論と書き直しを通して進んだ。ある日のひらめき一つではなく、他人に誤読されたからだけでもない。
『探究』の序文では、フランク・ラムジーとピエロ・スラッファの批判に言及している。考えが変わる現場には、部屋に一人で座る天才だけがいたのではない。他人の質問、すぐには答えられない反論、時間がたってから力を持ってくる一言もあった。
食卓で考えてみる。「塩を取ってください」。普通これは事実の報告ではなく、何かをしてほしいという頼みだ。「明日、必ず来ます」は予測にもなるが、約束にもなる。理解するには、話している人たちがそこで何をしているかを知らなければならない。
挨拶、冗談、謝罪、痛みの叫びもある。事実報告へ作り替えなければ言語に参加できないわけではない。ありがとうと言えるようになる子どもは、名前と対象を組み合わせることだけを学んでいるのではない。
こんな例を二、三出せば難しい本を倒せる、という話ではない。むしろ誘惑を見せている。言語についての絵が魅力的すぎると、まず言語の働き方を決めてしまい、絵に合わない生活を外へ押し出しかねない。
彼が戻ったのはケンブリッジだけではなかった。美しく整った図面のために見えにくくなっていた、日常の場面へも戻ったのだ。
五 二冊目
『探究』にも番号はある。しかし『論考』のように命題を階層的に積み上げ、体系を建てるわけではない。問い、例を変え、想像の相手に反論させ、通った道をまた歩く。安全な遠景から一目で見渡せる本ではない。
重要な言葉の一つが「言語ゲーム」だ。ゲームとは、単なる娯楽でも、好き勝手に言ってよいという意味でもない。発話を活動へ戻す。頼む、数える、物語る、報告する、演じる。それぞれに学び方があり、他人が理解したり訂正したりできる条件がある。
たとえば「水」。火事の現場の叫び、病床での小さな頼み、授業中の話。同じ語が使われても、水が場面ごとに別の物質へ変わるのではない。その発言がそこで何をしているかが違う。ある人はホースをつないでほしく、別の人はコップを口元へ運んでほしい。
第43節は、語の意味から言語の中での使用へ目を向けさせる。ただし彼は、これは多くの場合の説明であって、すべてを覆う公式ではないと限定している。「意味は使用だ」と暗記して例を見なくなったら、注意を促す言葉をまた壁にしてしまう。
使用は孤立した個人がそのつど勝手に決めるものでもない。人とともに話し方を学び、共有する生活の中で約束を認め、指示を理解し、表現が適切か争う。文脈が大切なのは、人と慣行と出来事があるからだ。どんな解釈も同じくらいよいからではない。
初期には、言語が世界を描く根拠を問う。後期には、言語が実際にどう生きているかを見るよう促す。深い転換だが、「言うだけ」から「するだけ」への逆転ではない。事実を報告することも、言葉を使ってすることの一つなのだ。
六 自分の本を直す
他人の考えを批判するほうが楽なことはある。自分の名は安全な側に置いておける。代表作を直す難しさは、文章をいくつか書き換える以上のところにある。その本を通して皆が知った「私」にも、最後の発言権はないと認めることだ。
このシリーズでは、ソクラテスがアテナイの確信を問い、マルクスがヘーゲルから受け継いだ問題を扱い直し、ガリレオが観測と論証で天文学を問い直してきた。ウィトゲンシュタインの場合、同じ著者名の二冊を机に並べ、自分の出発点へ振り向く姿を読むことができる。
思想を変えた歴史上唯一の人ではないし、一人で変化を成し遂げたのでもない。孤独に自分を倒した英雄と描けば、批判や会話や長いためらいが消えてしまう。注目したいのは、本が成功したことを、考え続けない理由にしなかったことである。
日常にも、小さな同類の難しさがある。家族の中でずっと「いちばん理性的な人」だった自分が、親しい人への判断は不公平だったと気づき始める。認めると、自分の役柄まで失う気がする。そこで自分の一文を直す代わりに、相手の欠点をもう一つ増やしてしまう。
ウィトゲンシュタインがその困難を解いてくれるわけではない。彼の生涯も、誰にでも使える穏やかな暮らしの手引きではない。それでも二冊から試せる勇気はある。自分に忠実であることは、一度口にした言葉を一生弁護することと同じではない。
この問いが自分にとって大切だからこそ、昔の答えにいつまでも自分の席を占めさせてはおけないのかもしれない。
七 二冊とも残っている
『探究』が刊行されても、『論考』は本棚から消えなかった。一方は後期哲学の重要な著作となり、他方も読み直され、論じられ、解釈され続ける。どちらも、賛成する人々の範囲を超えて影響を与えてきた。
相反する主張が同時にすべて正しいという証明ではない。本が読むに値するために、一つ残らず最終勝利を収める必要もない。問いが十分に鋭く置かれれば、答えが変わってもその問いは働き続ける。
一冊目からは、言葉だけが大きな顔をして回ることへの用心を学べる。ある仕組みは「歴史的必然」にかなっている、だからどんな負担でも受け入れろと言われたとする。そこで止まる。実際に何が言われたのか。その大きな言葉は何を隠したのか。
二冊目からは、自分のふるいを点検できる。友人が「もうもたない」と言う。測定できるどの指標のことかだけを尋ねれば、助けを求められていることを聞き落とすかもしれない。丁寧に聞くのは判断を捨てることではない。応答する前に、目の前の人が何をしているかを知ることだ。
言葉の虚勢に抵抗する一方、基準を狭めすぎて、生きた発言を一つの形に削ることにも抵抗する。これは彼が保証した即効の方法ではない。二冊の間から読者が持ち帰れる、小さな練習である。
以前に組み立てたものも、後から来る人を助けられる。のちに変えた箇所も、名声を守るために隠さなくてよい。
八 線を引く人
このシリーズをさかのぼるとカントがいる。私たちの経験と知識は、どんな条件によって可能になるのか。そこから認識の限界が問われ、物自体は、経験の中の対象と同じ仕方で知ることはできないとされる。
初期ウィトゲンシュタインが問うのは、表現の限界だ。文はどんなときに本当に何かを言うのか。二人とも哲学自身の能力へ問いを返すが、同じ線を引いているのではない。カントの経験の条件を、世界は個人の幻覚だという話にはできない。言語を問うことも、カントの図面の見出しを替えるだけではない。
ここで二人を並べる面白さは、勝敗を決めることより、線を引く責任にある。境界を定めたとたん、その境界がどこから来たかを説明しなくてよくなったように、私たちは振る舞いがちだ。
後期のウィトゲンシュタインは、もう一度問い返させる。経験を整理するために使っている絵そのものも、点検が必要ではないか。すべての問いに同じ種類の答えを要求したとき、すでにいくつかの問いを歪めてはいないか。
これはカントの最終勝利でも、後継者全員の敗北でもない。哲学史は永久に順位の変わらない成績表ではない。思想家の力は、後の人が問わずに済むようにすることではなく、問い続けざるをえなくするところにもある。
線を引くのは誠実な行為でありうる。その線を引いた手へ振り向くのも、またそうでありうる。
九 橋のたもとの二冊
1951年4月29日、六十二歳になったばかりのウィトゲンシュタインがケンブリッジで亡くなった。友人ノーマン・マルコムが残した伝聞によれば、滞在先のビーヴァン医師の家で、夫人に伝言を頼んだという。「すばらしい人生だったと、彼らに伝えてください」。
若いころ禁じたことを最期に言ったのだ、と劇的な反証に仕立てたくなる。しかし初期の彼も、人生の価値をどうでもよいものとはしていなかった。日常の「すばらしい人生だった」という言葉を、状況を見ずに哲学上の規則違反と決めることもできない。
その伝言は、会いに来る友人へ残された。二冊目が一冊目を打ち負かした証明として語られたのではない。苦難、成功、失敗の収支を私たちが全部計算し終えてからでなければ、彼にそう振り返ることを許せないわけでもない。
このシリーズが想像する橋のたもとへ、彼を迎えよう。脇にはガリレオの望遠鏡があり、彫刻家の手にはまだ石の粉がついていそうだ。彼は薄い本と厚い本を抱えている。ほかの人々が皆考えるのをやめたわけではない。ただ、その荷物によって、終わらない問いがとりわけ見えやすくなる。
二冊を置く。その間で、もう二度と変わらない自分を選ぶ必要はない。変わるのはいつでも簡単だと装う必要もない。あるページを開き、かつて信じた一文を指して、ここはもう一度考えたいと言うことができる。
すばらしい人生。本は一人の人の声を聞く助けになるが、その一言の許可証を出す役目はなくてよい。語った人は、私たちが彼の名の横に並べた二冊より、なお多くのものを生きていた。
読書のための注記と出典
橋のたもとの場面は文学的想像。二冊の読み方は散文としての解釈であり、伝えられた最期の言葉を哲学の証明として扱うものではない。
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中国語・英語版を基に、日本語の読者に向けて独立に再構成したエッセイ。史料と詳注は 原版。